ローリー寺西(ROLLY)の現在は?娘がいる?すっぴん画像あり! エンタメ

ローリー寺西(ROLLY)の現在は?娘がいる?すっぴん画像あり!

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「燃えろいい女」

1979年にシングルリリースされた「燃えろいい女」は「世良公則&ツイスト」のシングル曲です。ローリーさんの濃縮されたクドいボーカルが賛否両論を呼んだそうです。

ローリーさんによるカバーが「ROLLY\’S ROCK THEATER~70年代の日本のロックがROLLYに与えた偉大なる影響とその光と影~」に収録されています。

「ROLLY\’S ROCK CIRCUS~70年代の日本のロックがROLLYに与えた偉大なる影響とその影と光~」に続くトリビュートアルバムです。

「恋のマジックポーション」

「すかんち」の楽曲「恋のマジックポーション」は、フジテレビのバラエティ番組「ダウンタウンのごっつええ感じ」のテーマ曲に採用されました。

「ROLLY\’S ROCK CIRCUS~70年代の日本のロックがROLLYに与えた偉大なる影響とその影と光~」にローリーさんによるセルフカバーが収録されています。

ローリーさんが“後世に残していきたい一曲”として収録したそうです。

「ローリー涙の故郷奇行~ROLLY・大阪編~」

ローリー寺西さんが故郷の大阪府高槻市に舞い戻り、色々な思い出を語っています。

前述の失恋相手の女性や、ローリーさんの母親が登場し、子供時代の思い出話等を披露しています。 

「ギター・パフォーマンス講座」も?

「ギター・マガジン」2009年10月号に、ローリー寺西さんによるライブパフォーマンス講座が掲載されています。

上の動画は雑誌に掲載された記事との連動企画です。

ローリー寺西は幼少期いじめられていた?

ローリー寺西さんは子供の頃に虐めにあった経験を語り、話題になりました。

子供の頃に肥満児でいじめられていた

今は細くてスラリとした体形のローリーさんですが、子供の頃は肥満児で「電気豚ナマズ」というあだ名をつけられ、いじめられていたそうです。

ローリーさんのご両親が電気屋を営んでいた事、体形が太めであった事、牛乳を飲むとヒゲができた事を理由に、そんなあだ名を付けられたのだと言います。

壮絶なダイエットによって今の体型になった

かつてぽっちゃり体形だったローリーさんは、ハードなダイエットで今のスリムなスタイルを手に入れました。

ほっそりとした体形になってもなお満足できずに「脂肪吸引」を2回も行っています。「肥満」に対する恐怖心のようなものを未だに持ち続けているのだそうです。

いじめにあった経験が糧となり現在の性格がつくられたとも

いじめにより思い悩む日々を過ごしていたローリーさんですが、夏休みにお祖母さんの家でセミの抜け殻を見て思ったそうです。

いじめられている今の時期は土の中で過ごす幼虫のようなもので、いつかは羽ばたく事ができるのではないかと。耐えてみせようと。

中学一年生の時にギターに出会い、状況は変わります。ギターの腕前で級友から一目置かれるようになりました。自分の思いを表現できるようになり、ローリーさん自身も変わったそうです。

奇抜なメイクも仮面だと語っている

ローリーさんがいじめに思い悩み、母親に相談した時に「いじめられたおかげで心が強くなったと思いなさい」と言われたそうです。

その理屈には納得いかないと思いつつ「辛抱する自分がちょっと好き」と思ったりもするそうです。

ローリーさんは我慢でたまったストレスを「仮面」をかぶったステージの上で爆発させる事ができるとインタビューで答えています。派手なメイクはステージ上で演じる為の「仮面」だそうです。

カラーコンタクトに派手なメイクの僕は、「とてつもなくいかれてる」と思われているんじゃないかな。でも、これは「仮面」。メイクせずにステージに上がると、演じられないからで……。普段は言葉遣いも含めて、礼儀正しいですよ。

(引用:yomiDr.)

ローリー寺西が槇原敬之の親戚という噂は本当?

 シンガーソングライターの槇原敬之さんをご存知でしょうか?「どんなときも。」「もう恋なんてしない」等のヒットソングや「世界に一つだけの花」をスマップに楽曲提供した事で有名です。

その槇原敬之さんとローリー寺西さんは親戚で、従兄弟なのだそうです。ローリーさんのお母さんと槇原さんのお父さんが姉弟なのだと言います。ローリーさんの方が槇原敬之さんより6歳年上になります。 

ローリー寺西と槇原敬之はいとこ同士で仲が良い

槇原敬之さんの両親が、ローリー寺西さんの両親が営む電気屋で働いていた為、2人は幼い頃から仲が良かったそうです。

ローリーさんが子供の頃、2人のお姉さんと「ザ・ヤンチャーズ」というグループを結成して遊んでいたのだとか。やがてそこに3歳頃の槇原敬之さんも加わるようになり、4人で楽しく遊んだそうです。

中学生になったローリーさんは、槇原敬之さんに「ピンク・フロイド」や「レッド・ツェッペリン」を聞かせてロックを伝授しようと試みますが、槇原さんに「一雄ちゃん、これ、怖いわ!」と言われてしまったようです。

槇原敬之のデモテープに参加し、グランプリを受賞したことも

その後「YMO」に影響を受けるようになった槇原敬之さんは、坂本龍一さんが担当していたラジオ番組「サウンドストリート」にデモテープを送り、絶賛されます。

「AXIA(アクシア)ミュージックオーディション`89」ではグランプリを獲得しました。この時の応募曲は、後に槇原敬之さんのデビューシングルとなった「NG」でした。

デモテープのギターはローリー寺西さんが弾いています。

「Name of Love」

「Name of Love」は、ローリーさんが本名の「寺西一雄」名義で、1998年にリリースしたシングルです。

槇原敬之さんが作詞・作曲・プロデュースしています。カップリングでは、槇原さんのヒット曲「SPY」をローリーさんがカバーしています。

すかんちのROLLYが歌えば「SPY]の変態性をもっと濃厚にかつコミカルに出していたと思いますが寺西一雄が歌う「SPY」にはマッキーとも違う「情けなく何処かナルシストな優男」の姿が見えてくるのでした。

(引用:toys8cmのブログ)

ローリー寺西の学歴・経歴

ここではローリー寺西さんのこれまでの経歴について述べていきます。

 中学時代に「近田春夫&ハルヲフォン」に憧れてギターとウクレレを弾き始めた

ローリーさんは中学時代に近田春夫さんに痺れて、エレキギターとウクレレを弾き始めます。この時期にハードロックに興味を持つようにもなったそうです。

近田春夫さんは、作曲やプロデュースもするミュージシャンで、1970年代に「近田春夫&ハルヲフォン」というバンドを結成し活動しました。解散後に再評価され、2006年にバンドは再結成しています。

ちなみに小学生時代のローリーさんは、フィンガーファイブの大ファンだったようです。

浪速工業高等学校電子科卒業

ローリーさんは大阪府摂津市にある、私立中山学園浪速工業高等学校電子科を卒業されています。

ローリーさんの在学当時は男子校だったようですが、現在は星翔高等学校に名前が変わり、男女共学になりました。

ロックバンド「すかんち」のボーカル・ギターでデビュー

ソニーのオーディションに合格し、1990年「すかんち」は「恋のTKO」でメジャーデビューします。ローリーさんは「すかんち」のギター・ボーカル・コーラス担当です。

他のメンバーは、ベース・ボーカル・コーラスのshima-channさん、ドラム・コーラスの小畑ポンプさん、キーボード・ボーカル・コーラスのドクター田中さん、キーボード・コーラスの小川文明さんです。

ロックミュージックにおいて「遊び心」とはBeatles以来の伝統であり、 超重要なのですが、すかんちは遊び心を究極の次元で 突き詰めた偉大なバンドだと思います。 パクりぎりぎり一歩手前のサウンド(ぎりぎりアウトにも感じる) が音楽ファン心を実にくすぐります。 これは凄く難しいことで、パクりをオマージュに感じさせる手腕と 元ネタへの圧倒的な愛が無くては出来ない芸当です。 ローリー寺西のギターは超絶で、日本を代表するギタリストですね。 素晴らしいバンドです。

(引用:はじしらず ゆうすけのウェブサイト)

楽曲が「ダウンタウンのごっつええ感じ」で採用されて注目を浴びた

1991年に発売された4枚目のシングル「恋のマジックポーション」が当時の人気番組「ダウンタウンのごっつええ感じ」のテーマ曲に採用されヒットします。

続く5枚目のシングル「恋のミラクルサマー」も同番組のテーマソングに採用されました。

バンド解散後にROLLYと改名、タレントや役者としても活躍する

1996年の「すかんち」解散後、ローリーさんは「ローリー寺西」から「ROLLY」に改名しました。音楽活動の他にタレントや役者としても活躍しています。

ローリーさんはグラムロックを表現する上で、演劇の経験は為になると考えているようです。

さらには「僕はもう音楽家じゃなくてもいい。ROLLYというものを表現したい」とインタビューで答えています。

2006年と2007年に「すかんち」を再結成してライブツアーを行っている

2005年に行われたローリーさんのデビュー15周年記念ライブに、解散した「すかんち」のメンバーがゲスト出演しました。

それをきっかけとして2006年に「すかんち」を再結成し、2日間だけのライブツアーを行いました。その翌年の2007年にもライブツアーを行っています。

ローリーさんは「解散はもうしない」と言っているそうです。

2008年「THE 卍」を結成

2008年になると、ローリーさんは佐藤研二さん、高橋ロジャー和久さんとともに「THE 卍」を結成します。ローリーさんはギターとボーカルを担当しています。

佐藤研二さんはグラムロックバンド「「マルコシアス・バンプ」でベースやコーラスを担当していました。「マルコシアス・バンプ」は1996年から無期限で活動停止しています。

高橋ロジャー和久さんはヘヴィメタルバンド「X-RAY」のドラマーとして1983年にメジャーデビューし「X-RAY」解散後は「レジタンス」のメンバーとなり再デビューしています。

2009年末の紅白歌合戦に平原綾香のサポートとして出演

ローリーさんは2009年末に放送されたNHK紅白歌合戦に、平原綾香さんのサポートギタリストとして出演しました。

ローリー寺西の主な出演作品は?

ローリー寺西さんの主な出演作品を紹介します。

「モアナと伝説の海」

「モアナと伝説の海」はディズニーのアニメ映画です。日本では2017年3月10日に公開されました。

ローリーさんは、キラキラと光輝くものが大好きな海底のモンスター「タマトア」の声を演じています。ローリーさんは、かつては地味で冴えなかったという設定のキャラクター「タマトア」に共感したそうです。

「タマトア」が歌う挿入歌「シャイニー」の日本語版をローリーさんが歌っています。グラムロック調の楽曲「シャイニー」はデビッド・ボウイをイメージして作られました。

「ムジカ・ピッコリーノ」

「ムジカ・ピッコリーノ」はNHK教育テレビで2013年から放送されている音楽教育番組です。

ローリーさんは「ローリー司令官」という役で出演しています。

「天才てれびくんYOU」

「天才てれびくんYOU」は「天才てれびくん」の改題番組で、2017年からNHK教育テレビで放送されています。

ローリーさんは謎のミュージシャン「オンリー・ロンリー・ローリー」役で出演しています。

「天才てれびくん」のオープ二ング曲に「すかんち」の「タイムマシーンでいこう」、エンディング曲に「YOU YOU YOU」が使われています。

発言が話題に「笑っていいとも」

1993年10月~94年3月

この間、ミュージシャンのローリー寺西(現ROLLY)が木曜日にレギュラー出演。奇抜なファッションやメイク、狂気を感じさせる言動でアルタの客席とお茶の間をしばしば凍りつかせた。

(引用:「笑っていいとも!」事件メモ&タモリ名言・珍言集)

ローリーさんは放送コードすれすれの発言で、タモリさんをはじめとする共演者やスタッフを毎回冷や冷やさせたそうです。

  • 「奥さん、お宅の娘さん、今セックスしてますよ!」
  • 「奥さん、お宅の娘さんのパンツ、俺が買いましたよ!」
  • 「奥さん、お宅の台所の米、腐ってるよ!」

『援助交際』『ブルセラショップ』『米不足騒動』等、当時の世相を題材にした過激な発言に、放送後は苦情の電話が殺到しました。けれどもローリーさんによれば、意外と人気のあるコーナーだったそうです。

(ROLLY)『いーつまでもー ROLLYはー みんなのー そばにいるよー♪』とかいって。さだまさし風に歌って。みんなシーンとして、よかったね、よかったねって、卒業で。で、『最後に一言』ってタモリさんと鶴瓶さんに言われたので、『お宅の米、腐ってるよ・・・』って。

(赤江珠緒)(笑)

(ROLLY)言ったところで、コマーシャルってなりましてね。

(赤江珠緒)懲りてねえ!(笑)。

(ピエール瀧)(笑)

(ROLLY)それ以来、めっきりテレビ番組には呼ばれなくなりましたね。

(引用:miyearnZZ Labo)

CM「こってりんこ」

「こってりんこ」は日清が発売していたラーメンの名称です。

ローリー寺西さんは、嘉門達夫さんや牧伸二さんと共に、そのラーメンのCMに出演されました。

ローリー寺西が愛する「クイーン」とは?

「クイーン」は1971年にイギリス・ロンドン出身の四人組で結成されたロックバンドです。メンバー全員が作詞・作曲を行い、楽曲をヒットさせています。

メンバーそれぞれが作曲する為、楽曲の作風が多彩なバンドです。それをボーカルのフレディ・マーキュリーが表情豊かに歌い上げています。

ボーカルのフレディ・マーキュリー亡き後も活動継続

1991年11月24日にボーカルのフレディー・マーキュリーが亡くなった後も、残されたメンバーがクイーン名義で活動しています。

2020年1月に来日し、コンサートを行います。ボーカルにはアダム・ランバートを迎えています。

2018年には伝記映画「ボヘミアン・ラプソディー」が公開され、日本でも大ヒットしました。

クイーンのボーカル、フレディ・マーキュリィの生い立ち

1946年9月5日、当時はイギリスの保護国であったアフリカのタンザニアにあるザンジバル諸島で、フレディ・マーキュリーは生まれました。

本名はフレデリック・バルサラ。両親はペルシャ系のインド人でゾロアスター教徒でした。

幼少期に親元を離れインドへ

8歳になったフレディは、家族の元を離れ、インドにある全寮制の英国式寄宿学校に入学します。聖歌隊でフレディが歌うのを聞いた音楽の先生は、彼を音楽の特別クラスに入れました。

ピアノはインドのポンペイに住む親戚から教わったそうです。「少年時代のフレディは音楽が大好きだった」とフレディの母親は話しています。

12歳になったフレディは友人と「ヘクティス」というバンドを結成します。友人によると、フレディはラジオで一度聞いただけの曲を、ピアノで完璧に弾く事ができたそうです。

イングランドへの移住

フレディは1963年に家族のいるザンジバルに戻りますが、翌年にザンジバル革命が起き、アラブ人とインド人に多くの死傷者が出ます。

安全の為にバルサラ一家はザンジバルを離れ、イングランドに移住します。そしてフレディはロンドンで、後のクイーンのメンバー達と出会う事になるのです。

ミュージシャンの枠を超えたエンターテイナー

派手なメイクや衣装、過激な言動で、色物的な印象を持つ人も多いと思われるローリー寺西さんですが、意外と本格派のロック・ミュージシャンでした。

音楽を中心としつつ、その他の活動も意欲的に行い、ミュージシャンの枠を超えたエンターテイナーと言えそうです。

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