阿部定事件の動機は愛ではなかった?昭和の猟奇事件の真相を探る!エンタメ

阿部定事件の動機は愛ではなかった?昭和の猟奇事件の真相を探る!

目次

[表示]

阿部定事件が社会に与えた影響は?

johnhain / Pixabay

昭和11年には陸軍将校によるクーデター未遂事件「2.26事件」が起こり、軍事政権に傾いていった時代。自由な発想などを軽々しく口にできないような閉塞的な雰囲気が漂っていました。

そんな中で起こった阿部定事件は、本能の赴くまま、自分の欲求を実現させたという意味では、ある意味「気持ちいい」と感じられる事件でもあったのです。「人間らしい事件」ととらえることもできたのです。

阿部定事件は、「局部」という表現が使われるきっかけに?

3dman_eu / Pixabay

石田から切り取られた「体の一部」の表現に、記者たちは苦労したようです。「性器」や「男性器」では少し生々しすぎる。かといって「下腹部」では意味合いが違う。

週刊文春などでもは、社内で名称を公募したくらいだったそうです。そして決まったのが、貴族院専属記者からの提案「局所」。

「局部」や「局所」という言葉は、阿部定事件を契機に報道の世界で波及した言葉なのです。

阿部定には、ファンも多かった?

服役中にも求婚する手紙や、作家からのファンレターなども多く届いたといいます。ファンレターについては、そのほとんどが男性だったようですが1万通ちかく届いたそうです。

1947年に織田作之助が阿部定事件をモデルにした小説「妖婦」を発表。また、坂口安吾も出所後の定と対談をしています。昭和の文壇で「無頼派」といわれる作家に強く求められていました。

熱狂的なファンの中には近代舞踊の第一人者である土方巽も含まれ、出所後定の出したおにぎりや若竹頻繁に顔を出しました。定とのツーショット写真も残っています。

阿部定事件と似たような事件も起きている!

阿部定事件の後、各地で似た犯行での事件が起こっています。人間の隠された残酷性が浮き彫りになっているようでゾッとします。

1953年に起きた局所切りつけ事件

昭和28年7月9日東京都文京区で、起こったこの事件は、元女優で、芸名を宮古世里江という女性が、同棲相手の局部をカミソリで切り取りマンホールへ捨てるというものでした。

男性は命は取り止め、女性も不起訴になり、2人はその後も一緒に帰って行ったといいますが、ー無いんですよね、大事な部分が。その後の事は分かっていません。

1954年に起きた硫酸事件

Gellinger / Pixabay

奈良硫酸結婚事件ともいわれています。差別を受けていた地区出身との結婚を望むが、男性の父親がそれを認めず、他の女性との結婚をまとめてしまう。

だが、男性は婚姻の事実を隠し、肉体関係を続けた結果、女性は身籠ってしまう。その段になり、漸く婚姻の事実を女性が知ることになり、憤慨した女性が、男性の下半身に硫酸をぶちまけた事件。

女性は差別団体の協力もあって不起訴となっています。

男性版?1958年の浦添乳房切り取り殺人事件

Couleur / Pixabay

沖縄で起こった男性版の事件です。今後の生活に不安を覚え、同棲していた女性と心中を図るが、男性だけが生き残ってしまいます。

女性の遺体を森に置き去りにしたけれど、未練があったため、女性の一部をいつも身につけていたいので、右の乳房を切り取ったのでした。

男のズボンのポケットから切り取った乳房が出てきたそうです。

平成にも、男性の局部がハサミで切断される事件が

弁護士である被害者と、元ボクサーの加害者、そして加害者の妻との三角関係の末路が、枝切りばさみで局部を切り取られてしまという事件に発展。切り取られた局部はトイレで流されてしまいました。

睾丸が残っているため、精子を作ることはできますが、性行為は難しいとの見解です。

津山事件も、阿部定事件の影響を受けていた?

Alexas_Fotos / Pixabay

横溝正史の小説「八ッ墓村」のモデルになったという津山30人殺しの実行犯・都井睦雄は阿部定事件の調書も読んでおり、「どうせ死ぬなら(阿部定に)負けないような、どえらいことをして死にたい」と言っています。

純愛ではなかった?現在の心理学で阿部定事件を探る!

Takmeomeo / Pixabay

1936年に行われた精神鑑定ではサディズムとフェチズムがクローズアップされました。当時よりも発達した心理学的に見ると、違う面が見えてきます。

裁判ではずっと一緒にいたくて殺害したと発言

pixel2013 / Pixabay

「ずっと一緒に居たかった」という理由は、「純愛」の表現ととらえられることが多かったですが、そもそも殺してしまったら一緒に居られません。

定と石田は出会って2~3か月、体の関係が始まって1か月でした。この期間に、昼も夜も体を求めていたということから、定が「ずっと一緒にいたかった」のは自分を魅了する「一部」に向けられているように見ます。

純愛ではない!最新分析結果では歪んだ自己愛が原因とされている

geralt / Pixabay

専門家が当時の調書などを見ると「境界性パーソナリティ障害」「自己愛性パーソナリティ障害」の要素が見えてくるといいます。笑っている逮捕時の写真についても自分がヒロインであることに酔っているようです。

人に見捨てられることを極度に怖がる特性から、石田に見捨てられることを恐れ、時分の一番欲しかったものとずっと一緒に居るために殺害に至った、とみることもできます。

石田は阿部定と別れたがっていた?

Alexas_Fotos / Pixabay

石田は二度目の駈落ち中、定にひどく首を絞められた後、手元の金が尽きたこともあり、また一度吉田屋に戻ることを提案します。定は全否定しますが、ここで石田の心が見えなくなってきます。

定を愛おしんでいることは確かなようですが、ただ、自分にとって「都合のいい女」でいてもらえたらラッキー、という風に見えなくもなく、そういった発言が、定を不安にさせていたかもしれません。

阿部定は男性を憎んでいた?

999theone / Pixabay

15歳の時の強姦事件を考えると、男性恐怖症に陥ってもおかしくはない状況でしょうが、定は逆に男性を「商売道具」にしています。これは、弱者として男性から隠れているつもりは無い、という意思の表れでしょう。

子供の頃からの定の性格を見ていくと、自分の体を手に入れるため、男性が定のことをちやほやすることを楽しんでいいるように見えます。男たちへの復讐ではないのでしょうか。

阿部定事件=純愛は世間や文豪が作り上げたイメージだった?

josemdelaa / Pixabay

定が男性の「局部」を持ち去ったことで、女性は究極のところでやはり男性を求めている、という理由付けを男性に与えたと思われます。

この理由を美化し、新しい文学表現に取り入れようと、坂口安吾ら「無頼派」が中心になって阿部定事件を盛り上げていった経緯があります。ここで、自己中心的な定の行動が「純愛」として昇華します。

阿部定事件の漫画が話題に!「阿部定事件~ふたりの女~」とは?

阿部定事件を、犯人の定と幼馴染であるお栄の目線で語られている作品です。

「阿部定事件~ふたりの女~」はどんな話?

cherylholt / Pixabay

天真爛漫、ある意味傍若無人にふるまう定に対し、自分の気持ちをついしまい込んでしまう地味なお栄は「いつか痛い目を見ればいい」というねじ曲がった気持ちを併せ持っていた。

定が身を持ち崩すきっかけとなった強姦事件の直前、定が入っていった慶大生の家に、跡から複数の大学生が入っていくのを見ていたお栄だったが、そのことを誰にも伝えなかった。

大人になり、偶然吉田屋で働く定と再会したお栄だったが、遊女にまで落ちてもまだ輝きを失っていない定に再び妬みの気持ちを抱き、石田と定の間を割こうとする。

ネタバレ注意!「阿部定事件~ふたりの女~」の結末は?

Anemone123 / Pixabay

阿部定事件の通り、石田と定は逃避行を続け、最後に定は石田を絞殺し逃亡。お栄のところにも聞き込みが来るが、自由奔放に生きていても、人から愛され、支えてくれる人に巡り合える定への妬みは尽きない。

自由奔放に生きる定の人生とお栄自身のつまらない人生を比べ、できるなら定のように生きたかった、とつぶやくのでした。

阿部定事件は文学作品にも?

Gellinger / Pixabay

定が刑務所に服役している時、1万通をこえるファンレターが届いたといいます。その中には作家や俳優などからのものも含まれていました。

小説「失楽園」

1995年から翌年まで日本経済新聞に連載された渡辺淳一のベストセラー作品。不倫関係にある男女の心の葛藤と最終的には心中という結論に至るという救われない物語。映画、ドラマ化されました。

小説「妖婦」

織田作之助の短編小説。阿部定の芸妓になる前の少女時代を描いた作品です。

【動画あり】阿部定事件は定期的に映像化・映画化もされている!

センセーショナルな内容の阿部定事件は、政治的に不安を抱える風潮が強い時に求められるコンテンツなのかもしれません。一定期間を置いて何度も映像化されています。

明治大正昭和 猟奇女罪史

監督、脚本は石井輝夫、主演が吉田輝雄、1969年に公開されたオムニバス形式映画。阿部定自身が合間のインタビュー映像に出演しています。

映画「愛のコリーダ」

監督が大島渚、日仏合作映画で1976年公開。主演は藤竜也、松田映子。性行為部分が無修正で撮影されており、性器部分も修正無しだったため日本での公開はかなりカットされてしまったといういわくつきの映画。

2000年にはノーカット版がリバイバル上映されています。

映画「失楽園」

監督は森田芳光、主演は役所広司と黒木瞳で、1997年に劇場公開されています。新聞での連載終了後、半年ちょっとですので、原作の人気が伺えます。

ドラマ「サヨナラ、きりたんぽ」

きりたんぽが男性器のイメージにつながるとして、きりたんぽを特産とする秋田県からクレームが入り、タイトル変更。

2017年5月からドラマ「サヨナラ、えなりくん」としてテイクオフ。

映画「SADA」では、黒木瞳が阿部定役に!

大林宜彦監督、主演を黒木瞳、片岡鶴太郎で制作された映画。1998年に公開。48回ベルリン国際映画祭国際批評家連盟賞受賞。

本当?阿部サダヲさんの芸名は阿部定事件をもじったものだった!

ykaiavu / Pixabay

阿部は本名から、サダヲのサダは定からとっているということです。いつも顔色が悪いため、大人計画の松尾スズキさんからは「死体写真」という名前を拝命していたようです。

定が求めた「父性」

定は両親が年を取ってからの子供のため、非常に甘やかされて育ちました。

事件と男性

stevepb / Pixabay

定は18歳の時に、実の父親に女衒に売られています。定の証言では、泣いて頼んでも決定を翻してくれなかった、とあります。ここで定は「見放された」と感じたのだと思います。

阿部定事件に関わる男性は2人います。殺害された石田吉蔵、そしてパトロンである大宮五郎です。石田とは10歳ほど年がはなれており、大宮とは18歳、”親子ほど”年が離れています。

石田を殺害した後、定は自分も死のうと考えますが、そこで必ず関所となるのが大宮の存在でした。殺害現場から逃走するしたのも「(大宮)先生にお詫びしないと」という理由からでした。

NEXT:定が本当に愛していたのは?
3/4