池部良は渋い名俳優!高倉健の昭和残侠伝出演の条件とは?子供は? エンタメ

池部良は渋い名俳優!高倉健の昭和残侠伝出演の条件とは?子供は?

目次

[表示]

池部良は30歳を越えて高校生役を演じた?

「青い山脈」での池部良さんの役柄は旧制高校生ですが、当時は30歳になっていました。映画が公開されたのが1949年で、池部良さんは1918年生まれです。

しかし、劇中では30歳の年齢を感じさせていません。爽やかに旧制高校の学生を演じています。

池部良の「昭和残侠伝」への出演は条件付きだった?

高倉健さんをスターへと押し上げた人気シリーズ昭和残侠伝にも池部良さんは出演しています。高倉健さんを支える名脇役を毎回演じていました。しかし、この作品への出演には乗り気ではなかったようです。

なぜなら、池部さんは当時、日本映画産業協会会長を務めていました。このとき、芸能関係者関係者の暴力団との縁を断てと警察から警告を受け、池部良さんは映画俳優と暴力団との完全絶縁を表明しています。

当時、石原裕次郎さん、里見浩太朗さん、山城新伍さんが暴力団に拳銃を密輸していたという事件が発覚しました。

「昭和残侠伝」への出演を決めたのは?

日本映画産業協会会長という立場と、これに加えてヤクザ映画への出演には奥さんも反対しています。しかし、プロデューサーの俊藤浩滋さんから再三出演の申し入れがあり、条件をつけて承諾しています。

「今の日本人が喪ったものをヤクザの世界を借りて描くんです」とという言葉が響いたようです。

提示した条件は?

geralt / Pixabay

出演のオファーを受ける際に、池部良さんは名前を小さくしポスターで目立たなくすること、入れ墨を入れないこと、毎回殺されることの3つを条件に映画の出演を承諾しています。

ちなみに、出演料を3倍にしてもらいたいと言うのを忘れていたと後に笑い話に語っています。

映画のクライマックスで主演の高倉健に放った一言が流行語に

昭和残侠伝シリーズで、池部良さんは高倉健さんと出入りに向かい毎回殺されてしまう役柄を演じています。悪玉ヤクザの横暴に堪忍袋の緒が切れた高倉健さんが、一人で敵のもとへと長ドスを手に持ち向かいます。

池部さん扮するヤクザはこのとき、毎回道すがら高倉健さんを待っていて合流し出入りに向かいます。この場面は道行きと呼ばれて、多くの人の心掴みました。

1970年に公開された「昭和残侠伝 死んで貰います」では、道行きの際に池部良さんが演じる風間重吉が高倉健さんに語りかけた「ご一緒願います」の一言が流行語になりました。

「ご一緒願います」

「昭和残侠伝 死んで貰います」では、このシリーズで初めて、池部良さんの同行を高倉健さん演じる花田秀次郎はカタギになっている風間を巻き込めないと断ります。

しかし、風間重吉は「ご恩返しの花道なんですよ。ご一緒願います」と一言。花田秀次郎は何も言い返さず二人で戦いに向かいます。

三島由紀夫も池部良の演技を絶賛した

「昭和残侠伝 死んで貰います」の池部良さん演じる風間重吉を三島由紀夫さんも絶賛しています。「寂しさと暗さがなんとも言えない。」と高倉健さん扮する花田秀次郎と出入りに向かう道行きを絶賛しています。

池部良の主な出演作品

俳優池部良さんは、さまざまな作品に出演してきました。ここでは代表的な作品をいくつかピックアップして紹介します。

映画「青い山脈」

石坂洋次郎の小説「青い山脈」を映画化した作品です。監督は今井正、主演を原節子さんです。藤山一郎さんが歌う主題歌を聞いた方も多いかもしれません。

戦後を代表する青春映画で、後に3度リメイクされています。池部良さんの代表作の一つと言えるでしょう。「青い山脈」は戦後間もない封建制の考え方が根強く残っている田舎町。

この封建的な考え方を変えるために女性教師が奮闘する物語です。池部良さんは劇中で、女学生新子に淡い恋心を抱く金谷六助を演じています。

映画「坊ちゃん」

夏目漱石の小説「坊っちゃん」はこれまで5度映画化されていますが、池部さんは戦後まもない1953年、2度目の映画化のときに主演を務めています。

坊っちゃんは知的な池部良さんにバッチリはまっている役柄で、袴姿もよく似合っています。

映画「乾いた花」

石原慎太郎さん作の短編小説を実写化した「乾いた花」では刑務所から出所したばかりのヤクザ・村木を演じていました。

池部良さん演じる村木は賭場で、その場には場違いなかわいい女の子、加賀まりこ演じる冴子と出会い惹かれていきます。ここから破滅的な二人な関係が描かれていきます。

ちなみに「乾いた花」1989年に発表された文藝春秋社の大アンケートによる日本映画ベスト150で85位にランクインしている映画です。

著書・エッセイ本「風が吹いたら」

「風が吹いたら」は池部良さんの初エッセイです。「風が吹いたら」では自身の生い立ちから、家族、映画など、思い出を綴っています。

バラエティ番組「徹子の部屋」

池部良さんは俳優活動と文筆業がメインでテレビのバラエティ番組に出る機会は多くありませんでした。

しかし、黒柳照子さんが司会の「徹子の部屋」には11回出演しています。番組では映画に出演したときのことや奥さんのことなどを話しています。

池部良は結婚していた?子供は?

PIRO4D / Pixabay

若い頃はイケメンで青春スタートして人気の高かった池部良さんです。結婚はしていたのか、どのような家族に囲まれて暮らしていたのかと気になる方もいるかもしれません。

ということで、ここでは池部さんの家族について調べてみました。

1948年に羽鳥敏子と結婚するも、のちに離婚

池部さんは1948年に女優の羽鳥敏子さんと結婚しています。しかし、結婚生活は長くは続かず後に離婚しています。

1960年に森永製菓二代目社長の孫で18歳年下の一般女性・美子と再婚

池部良さんは40歳を過ぎた頃に、18歳年下の美子さんと再婚しています。再婚した女性は一般の方ですが、森永製菓2代目社長のお孫さんでした。

ふたりとも猫好きで、シャム猫が縁で親しくなったようです。美子さんは池部さんと同じく立教大学の出身で、お二人の結婚式は立教大学のチャペルで執り行われました。

安倍晋三の夫人・安倍昭恵は池部良の従姪にあたる

政治家安倍晋三さんの夫人・安倍昭恵さんは、池部良さんの従姪にあたります。池部良さんが再婚した美子さんは森永製菓2代目社長のお孫さんと上述しました。

実は美子さんにはご兄弟がいて、この森永製菓5代目社長松崎昭雄さんが安倍昭恵さんのお父さんです。親戚が集まる機会には、池部良さんと安倍昭恵さんが顔を合わせてお話をする機会もあったのかもしれません。

池部良に子供はいなかった

池部良さんはお子さんには恵まれなかったようです。調べてみたところ、息子さんも娘さんもいませんでした。しかし、最愛の奥さんと長年連れ添えた池部良さんは幸せだったでしょう。

ディーンフジオカが若い頃の池部良にそっくりと話題だが息子ではない

若い頃の池部良さんとディーン・フジオカさんが似ていると言う方も多いです。整った顔立ちですすしげな目元、確かに似ています。

さらに、巷ではひょっとするとディーンフジオカさんは池部良さんの子供なんじゃなんて噂する人もいます。

しかし、ディーン・フジオカさんは池部良さんの息子さんではありません。上述したように池部良さんにお子さんはおらず、単に似ていると言うだけで根も葉もない噂話です。

池部良は愛妻家だが自宅を売り払われていたことがある!

Pexels / Pixabay

結婚して長年連れ添っていると、さまざまなことが起こります。池部良さんにも強烈な出来事が起こったようです。

家を売られていた!

結婚後、池部良さん夫婦はは麻布に住んでいたのですが、しばらくして世田谷の岡本町に自宅を構えました。しかし、当時世田谷はまだ開発途上の田舎で虫も出るため、美子さんは嫌になってしまったそうです

不満が募ったのか、美子さんは麻布に帰らないのなら自分ひとりで帰らせてもらいますと池部さんに言ったようです。

そして、長期間のロケに出かけている間に自宅をアルジェリア大使館に売却して、実家の麻布に帰ってしまいました。帰ってきてこの事実を知った池部良さんは、とにかく驚いたことでしょう。

家は勝手に売れるの?

Skitterphoto / Pixabay

家の売却は名義人が自由にできるようになっています。夫、妻がいつでも自分名義の家を売っても構いません。

しかし、法的に持ち家は夫婦の財産として認められています。原則的に離婚をするときは、共働きの場合は50%ずつ、専業主婦の場合は5割ほどを目安に協議して決めることになっています。

家を勝手に売られないために登記識別情報を預かっておく!

Pexels / Pixabay

現在別居している夫婦など、自宅を勝手に売却されてしまう可能性がある場合でも防御法はあるようです。まず、名義人から登記識別情報を預かっておく方法があるそうです。

不動産を売るためには登記識別情報が必要で、預かっておくと家を売れません。登記識別情報は昔で言う権利書のことです。ちなみに、2005年以前の不動産は売却時に権利書が要ります。

ただし、司法書士に代わりの書類を発行してもらうという抜け道もあります。

家を売らないと書面にしておく!

ErikaWittlieb / Pixabay

家を売らないと口約束ではなく書面にしておくと、家を売られた場合でも代金の半分を受け取れます。

仮差押え申し立てをする!

qimono / Pixabay

裁判所に仮差押の申し立てをして認められると、紛争が解決するまで不動産・預貯金などは処分できません。

池部良さんの場合はその後も円満な夫婦関係!

勝手に家を売られてしまった池部良さんですが、その後も仲睦まじく結婚生活は続いています。

池部良さんと美子さんはその後、美子さんの麻布にある実家で生活をするようになったそうです。そして、美子さんの実家近くに家を建てて、新居に住むようになりました。

池部良さんは相当の愛妻家だったようです。インタビューや対談でも、奥さんのことを楽しそうに話していました。晩年は僕より先に逝っちゃ嫌だよと、常日頃奥さんの美子さんに言われていたそうです。

長年人々を楽しませ続けた池部良の功績に感謝します!

池部良さんは敗戦で沈んでいる日本に希望の光を与える存在でした。スクリーンから復興に向かって懸命に頑張る日本人を照らす存在だったと言えるでしょう。

晩年は文筆で読者を楽しませていました。出演作品やエッセイは今でも色あせておらず、人々を魅了しています。長年のご功績に感謝し、池部良さんのご冥福を心より申し上げます。

関連する記事はこちら

2/2