月ヶ瀬村事件とは?犯人の丘崎誠人は差別を受けていた?最後は自殺?社会

月ヶ瀬村事件とは?犯人の丘崎誠人は差別を受けていた?最後は自殺?

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調理師や土木員など職を転々としたが続かなかった

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丘崎誠人は、1988年の16歳のときに、大阪や東京で調理師として住み込みで働いていましたが、性に合わないという理由で村に戻っています。

その後も土木作業員や警備員、左官業などの仕事をしますが、どれも半年も続きませんでした。

事件当時は無職で、趣味に没頭して過ごしていた

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丘崎誠人は、事件当時は無職で、TVゲームやビデオ、車などにのめり込んで、その年の3月に四輪駆動車を購入し、カーステレオでドリカムやチャゲ&飛鳥の音楽を聞くのが好きだったようです。

前日は風俗街に遊びに行っていた?

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丘崎誠人は、滋賀県の雄琴の風俗街にたびたび足を運んでいて、事件の前日にもソープランドに行っていたことが分かっています。

このような丘崎誠人の行動について、逮捕当時には無職でありながら風俗店に行き、お金を使って遊び歩いていたことを非難する声もありました。

しかし現在では、集落内では村八分で女性に口さえきいてもらえなかったこと、例え好きな相手ができても差別から交際できないことを考え、同情的な意見も多く見られます。

村人からもらったお金を使い込んだという話も?

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ネットの情報では、丘崎誠人の家のトイレが水洗でなかったから、水洗化させるために村からお金を出していましたが、そのお金で丘崎誠人は車を買ったということです。

裁判の判決は?上告は取り下げた?

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月ヶ瀬村事件の判決は、1審が懲役18年でしたが、大阪高裁は1審を破棄し、無期懲役を言い渡しました。

この判決に対し弁護団は上告を勧めましたが、丘崎誠人はなぜか上告を取り下げています。

一審では懲役18年に

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丘崎誠人に対しての一審は、丘崎誠人が村人から差別を受けていたことによる鬱積があったことを考慮したのか「懲役18年」という軽いものでした。

大阪高裁は懲役18年を破棄して無期懲役に?

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2000年6月14日、月ヶ瀬村事件の丘崎誠人に対する大阪高裁の判決が行われました。公判では、丘崎誠人は「村からの差別を受けていて、その鬱積が犯行に至った」と主張していました。

確かに丘崎の家は村の外れにあって日陰の土地に立っていて、家計は困窮していました。

しかし検察側は「差別を受けたという供述は身勝手で、本人がそれを感じていたとは認められない」とし、大阪高裁は、1審の懲役18年を破棄し、無期懲役を言い渡しました。

上告は取り下げた?無期懲役で刑が確定

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大阪地裁の無期懲役の判決に対し、弁護団は丘崎に上告を勧めました。

ですが丘崎誠人は上告せず、刑が確定しました。このことについては、本人が精神的に疲労困憊していたから、上告しなかったのでは?とも言われています。

事件のその後は?丘崎誠人は自殺した?

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月ヶ瀬村事件の犯人である丘崎誠人は、大分刑務所で収監中に自殺しています。

一度犯行を認めた後は取り調べにも素直に応じ、全面的に罪を認めていたという丘崎誠人。彼は獄中で何を思っていたのでしょう。

丘崎誠人は大分刑務所で収監中に自殺

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丘崎誠人は2001年9月4日午後8時頃、大分刑務所の独居房で自殺しました。

自分のランニングシャツを独居房の窓枠にかけて首をつっているのを、巡回中の刑務官が発見。そのまま病院へ運ばれましたが、意識不明の状態が続き8日の未明に死亡が確認されました。

自殺した日は被害者の月命日だった?遺書は無し

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丘崎誠人受刑者が自殺を図った、4日は彼が殺害した浦久保充代さんの月命日でもありました。

この丘崎誠人受刑者の自殺に関して、高野嘉雄弁護士は次のように語っています。

「誠人君が罪を深く悔いていたことは、接見して直感した。自殺も、おそらく罪の意識からだと思う。彼は最後まで心を閉ざし続けた。刑事や検事はいうまでもなく、弁護士すらも信用していなかった。彼の心をこじ開けられなかったことを、私は弁護士として慙愧に思う」

(引用:新潮45)

村八分が原因と言われている事件は他にも?

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月ヶ瀬村事件以外にも、村八分が原因で発生した津山事件がありましたので、紹介します。

津山事件も原因は村八分だった?

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津山事件は、1938年5月21日未明、岡山県苫田郡西加茂村で発生した大量殺人事件です。

犯人の都井睦雄は、2時間足らずの間に28名を殺害し、5名に重軽傷(その後2名が死亡)を負わせました。犯行後に犯人は自殺したため、不起訴となっています。

犯人の都井睦雄は、当時幼馴染と婚約していましたが、肺結核に感染していた容疑者との結婚を反対されました。都井睦雄はその事から関係者を恨み、犯行に及んだともいわれています。

差別の要因と差別をなくす方法とは?

2017年1月、ドナルド・トランプ氏かアメリカ大統領に就任しましたが、トランプ氏は、選挙期間中に女性蔑視の発言や人種差別的な発言をしていました。

しかし、世論やメディアの予想に反して、クリントン候補に勝利しました。これを意味するのは、多くの人に差別的な思想があるのかもしれません。人はなぜ差別するのかを、心理的な観点からみていきます。

差別の要因

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差別はよくないというのは、誰もが認識していることですが、それでも人は差別してしまいます。人間には差別の要因となる特質が2種類あるといわれています。

スケープゴート理論

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スケープゴートはのことであり、身代わりといった意味もあります。不満や憎悪、責任といったものを、直接的原因となるものや人に向けるのではなく、他の対象に転嫁することです。

簡単な使われ方として、事態を取りまとめるために、無実の罪を着せる身代わりや、無実の罪が晴れた場合の冤罪などがあります。

内集団バイアス

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内集団バイアスとは、自分の所属する集団に好意的な態度や行動をとる一方で、自分が所属しない集団に対しては、非好意的な態度や行動をとる傾向のことをいいます。

自分の集団の価値を別の集団よりも高くすることで、自分自身の価値を高めて、自尊心を満たす行為と考えられています。

そうした、内集団バイアスは、集団間で競争意識を生み出すメリットがありますが、行き過ぎることで、他者を差別したり攻撃することにもつながりかねないデメリットもあります。

差別をなくすには

差別をなくすことは、ある意味大変難しいことですが、個人単位で人をみることができるかどうかだといわれています。国籍、性別、年齢などは、アイデンティティを構成する一部に過ぎないという考え方が大事です。

どのような集団に所属しているのかも関係がありますが、自身の立場を省みるという点でも、集団に囚われ過ぎないことが大切になってきます。

自尊心を維持したり、高めたりするために他者や別の集団を差別するのは、人間の性なのかもしれませんが、それが如何に虚しい行為なのかを考えることが差別をなくすことに繋がります。

犯行は残虐だが、弁解は一切なかった丘崎誠人

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月ヶ瀬村事件とは、1997年5月に奈良県添上郡月ヶ瀬村で発生した事件です。犯人の丘崎誠人は、下校途中の13歳の浦久保充代さんに、車に乗って行くよう声をかけたところ、無視をされて激昂し殺害しました。

丘崎誠人の生立ちは悲惨で、朝鮮人の血が入っていることで、集落から丘崎一家を「朝鮮が!」と見下されていました。姉は20歳で妊娠し、出産していますが結婚はせず、4年後に再び妊娠し出産しています。

2000年6月、大阪高裁の判決は無期懲役を言い渡し、丘崎誠人は上告せず刑が確定しました。丘崎は2001年9月4日、大分刑務所の独居房で自殺しました。今回はそんな月ヶ瀬村事件についてまとめてみました。

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