【未解決】岡山地底湖行方不明事件の概要と不可解な謎!真相を考察 社会

【未解決】岡山地底湖行方不明事件の概要と不可解な謎!真相を考察

謎の多い未解決行方不明事件として知られている、岡山地底湖行方不明事件。被害者は名倉祐樹さんで、この事件にはいじめや部長が大きく関わっているのではと考察されています。今回は、この事件の真相やその後、現在はどうなっているのかなどについて、まとめてみました。

目次

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岡山地底湖行方不明事件は未解決穴事件?事件の概要は?

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謎の多い岡山地底湖行方不明事件ですが、そもそもどのような事件なのでしょうか。事件の概要や被害者について、詳しく見ていきましょう。

岡山地底湖行方不明事件とは?鍾乳穴奥の地底湖で大学生が行方不明?

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岡山地底湖事件では、鍾乳穴の奥にある地底湖でゆう絵うしていた大学生が行方不明になり、今でも行方不明になった学生は見つかっていないという事件です。

水深30メートル、幅20メートルもある、巨大な地底湖でした。

行方不明になったのは高知大学の3年生の男子学生、名倉祐樹さん

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岡山地底湖行方不明事件で行方不明になったのは、当時高知大学に通っていた3年生の名倉祐樹さん21歳でした。

県警新見署員約30人で捜索しましたが、結局見つかりませんでした。

事件は行方不明になった学生と一緒に洞穴に訪れた仲間の通報で発覚

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岡山地底湖行方不明事件が発覚したのは、名倉祐樹さんと一緒に洞穴に入った仲間からの通報でした。

名倉祐樹さんと一緒に洞穴に入ったのはメンバーの中の5人で、午前11時ごろに洞穴に入り、その後午後2時ごろに行方不明になったそうです。

行方不明になった学生とその仲間は探検サークルのメンバーだった

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行方不明になった名倉祐樹さんと一緒に洞穴に訪れていたのは、学生や社会人も含めた探検サークルのメンバー13名でした。

仲間が供述した事件当日の状況は?

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仲間の供述によると、洞穴には行方不明となった名倉祐樹さんも含めた5人で午前11時に入り、名倉祐樹さんだけ着衣のまま奥の地底湖で遊泳し、午後2時ごろにそのまま行方不明となったそうです。

この洞穴に入るには本来同市教委への届け出が必要になりますが、彼らは届出を出していませんでした。

男子学生は捜索するも見つからず、打ち切りに

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行方不明になった男子学生は、通報後県警新見署員約30人と経験豊富な大学OBも参加していましたが、洞穴内はロープでしか降りられない断崖や胸まで水に浸かる個所など、地底湖まで3時間かかりました。

過酷な洞穴内での捜索は困難を極め、男子学生を見つけることができませんでした。

危険な捜索を続けるも男子学生は結局見つけることができず、捜索隊の安全も考慮し、捜索は打ち切られました。

事件当時のニュースの報道は?

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事件当時のニュース報道は、いつもなら騒ぎ立てるマスコミたちも、不自然なくらいに静かで、事件の真相に触れようとはしませんでした。

このようなマスコミのあまりに不自然すぎる対応も、この事件に裏があると思われせる原因のひとつとなっています。

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事件現場が起きた鍾乳穴について

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岡山地底湖行方不明事件の事件現場となったのは、日咩坂鍾乳穴という鍾乳洞でした。日咩坂鍾乳穴とは、どこにあるのでしょうか?

また、どのような鍾乳洞なのでしょう?事件現場の日咩坂鍾乳穴について、詳しくご紹介します。

事件が起きた日咩坂(ひめさか)鍾乳穴?どこにあるの?

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岡山地底湖行方不明事件が起きたのは、広島県東部から岡山県西部にまたがる吉備高原にあり、日咩坂鍾乳穴神社の後ろ手にあるドリーネの底への降り口を100メートル下った日咩坂鍾乳穴でした。

吉備高原には、日咩坂鍾乳穴の他にも穴小屋、宇山洞などの鍾乳洞群が分棒しています。しかし、鍾乳洞群のほとんどが証明もない観光洞ではないため、訪れる人はあまりいません。

日咩坂鍾乳穴は照明もなく観光地でもない

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日咩坂鍾乳穴も、吉備高原の他の鍾乳穴と同じように証明もなく、観光洞ではありませんでした。中にはとても神秘的な光景が広がっていますが、高低差も激しく、なかなか容易に立ち入ることができません。

日咩坂鍾乳穴の構造は?奥に地底湖がある?

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日咩坂鍾乳穴は、巨大な洞口の先に1600メートルの蛇行洞があり、最奥部には水深32メートルもの巨大な地底湖が広がっています。

蛇行洞の700メートル地点にある神の池までは天井の高い水平な洞窟が続いており、広間では星穴、大穴と呼ばれる光が差し込んで、とても神秘的で他の鍾乳穴にはない癒しの空間となっています。

しかし、神の池の先には高低差の激しい鍾乳石がたくさんある道が続いて、簡単に通ることはできません。

日咩坂鍾乳穴の平面図や概念図は?

こちらが、事件の現場となった日咩坂鍾乳穴の巨大地底湖の平面図です。この図からもわかるように、非常に深く、巨大で危険な地底湖でした。

日咩坂鍾乳穴に実際に行った人の感想は?

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実際に現地に足を運んだ人の感想というのが、以下の通りになります。

予想はしていたものの、懐中電灯では暗すぎてよく見えません。天井からは雨のように、あちこちから水滴が落下していました。

私は2度神の池の先に行く機会がありましたが、神の池からは非常に狭く数10m匍匐前進で進み、しばらくすると道内は大きくなり大ホールに出ます。ここの2次生成物は非常に美しく、その先から急激に降下している為、私達素人には無理があるようです。

(引用:おきらく・ごくらくCAVING)

岡山地底湖行方不明事件の不可解な謎まとめ!【当時の状況編】

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大学生1人が行方不明となっただけなのはよくある事件かもしれませんが、岡山地底湖行方不明事件には、他の行方不明事件とは異なる不可解な謎がたくさん残されています。

岡山地底湖行方不明事件に残された謎について、まずは当時の状況のおかしな点から見ていきましょう。

日咩坂鍾乳穴は天然記念物だった?入るには届出が必要?

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岡山地底湖行方不明事件が起きた日咩坂鍾乳穴は岡山県の天然記念物に指定されていて、洞穴に入るには同市教委に届出を出し、許可を得る必要がありました。

日咩坂鍾乳穴には入洞届を促す看板もあった

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新見市では、新見市内の鍾乳洞に入る際には、同市教委に入洞届を出すことを義務付けていて、洞窟の入り口にも、「入洞する前には必ず入洞届を提出してください」という看板が立てられています。

たとえ入洞届が必要なことを知らなくても、看板を見れば一目瞭然です。

学生たちは届出を出していなかった

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日咩坂鍾乳穴に入るは本来同市教委に届出を出す必要があり、日咩坂鍾乳穴には入洞届を促す看板が立っていたにもかかわらず、学生たち探検サークルのメンバーは、届け出を誰も出していませんでした。

探検サークルであれば、入洞届が必要なことも知っていそうですし、知らないとしても、看板を見れば分かるので、彼らは知ったうえで入洞届を提出していないということになります。

入洞届を出さずに日咩坂鍾乳洞に入ったことも、この事件では大きな謎となって残っています。

探検サークルの学生については部長・副部長以外情報がない?

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探検サークルには、部長や副部長の他にもたくさんのメンバーがいましたが、顔写真も実名も、誰一人として情報がありません。

個人情報を守るためだとも考えられますが、あまりに事件の情報が何もなさすぎるので、メンバーの情報も、あえて隠蔽しているのではと思わせられます。

事件当時は合同合宿中で、他大学の学生や社会人もいた

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岡山地底湖行方不明事件では、高知大学の探検サークルの他にも、他大学の学生や社会人も含めた13人で参加していました。

しかし、高知大学の学生だけでなく、この他大学の学生や社会人からも、事件の詳細は何も明かされていません。

洞窟内は県警動隊の警部補でも過酷な状況だった

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洞窟内にはロープがないと進めないような急な断崖も多く、県警動隊ですら、捜索が過酷な状況でした。

外からの光もなく、雨量などによって水位も大きく左右されるため、最深部にたどり着くことすらできない日もあります。

事件が起きたのは1月の真冬の時期だった

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岡山地底湖行方不明事件が発覚したのは、真冬の1月の時期でした。ただでさえ過酷な日咩坂鍾乳穴ですが、当時は寒さでさらに過酷になっていたと考えられています。

また、真冬の寒さで鍾乳洞内の地底湖を遊泳するのは、水温も低く、非常に危険な状況でした。

捜査は早々に打ち切られ、事件は不明瞭なまま終わった

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事件発覚後、県警機動隊などによって懸命な捜索が行われましたが、過酷な鍾乳洞内での捜索は困難を極め、捜索は事件発覚後から5日で早々と打ち切られました。

岡山地底湖行方不明事件は事故死として処理

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岡山地底湖行方不明事件には様々な謎が残されており、事件の詳細も何一つ明かされていないにもかかわらず、警察は捜索を打ち切ったのちに、男子学生は事故死として処理されました。

鍾乳洞内は非常に危険な状況だったので、事故死としてとらえられても仕方ありませんが、探検サークルのメンバーの不可解な行動を考えると、裏に何かあるのではと疑わずには言われません。

遺族も事故死に納得していた?

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事件性があると思っていれば、遺族はこのような謎ばかり残されて見つかっていないことに納得がいくわけがなく、抗議などをしていたでしょう。

しかし、遺族がそのような行動を起こしたという情報もなかったことから、被害者の遺族も事故死に納得していたのではないかと思われます。

当時の捜索中のニュース報道の様子もおかしかった?

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普段は何か事件が起きれば我先にと情報を求め、報道しようとするマスコミですが、この事件の時だけは関係者に取材も行わず、単なる事故死としてしか取り扱っていませんでした。

それだけでなく、当時のニュース報道などでも、さまざまな不可解な点がありました。

ニュースで報道された情報が二転三転

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事件当時のニュース報道では、日咩坂鍾乳穴に入洞したのは5人、4人、13人と、報道するたびに入洞した人数が二転三転していました。

また、入洞した人数だけでなく、行方不明となった男子学生が溺れた状況も、報道のたびにコロコロと変わっていました。

高知大学の対応は?

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行方不明となった学生が通っていた高知大学も、事件後は会見もせず、世間に特に情報を明かすことはありませんでした。

通常であれば、探検サークルの関係者も多い大学も、責任を取って会見を開くべきですが、高知大学は今でも沈黙を続けています。

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