岡山強姦バラバラ殺人事件とは?被害者は加藤みさ?住田紘一は死刑? 社会

岡山強姦バラバラ殺人事件とは?被害者は加藤みさ?住田紘一は死刑?

岡山強姦バラバラ殺人事件とは2011年に起きた殺人事件で、加害者は住田紘一、被害者は加害者の元同僚の加藤みささんでした。事件の残虐性もさることながら、1人殺害しただけでも死刑という裁判所の判断も話題となった、岡山強姦バラバラ殺人事件について紹介していきます。

目次

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住田紘一とは?岡山強姦バラバラ殺人事件の犯人?事件の経緯は?

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2011年の9月30日の白昼、加害者の住田紘一が勤めていた会社の倉庫で元同僚の加藤みささんを強姦のうえ殺害、遺体を切り刻んで捨てるという残虐極まりない事件が起こりました。

ここでは事件の加害者の住田紘一、岡山強姦バラバラ殺人事件、加藤みささんについて紹介していきます。

岡山強姦バラバラ殺人事件とは?

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岡山強姦殺害事件とは、岡山県北区にあるベネッセ系列の会社、株式会社シンフォームの敷地内で起きた事件です。

加害者と被害者は元同僚という関係で、会社に退職の手続きに来た加藤紘一が勤務中の加藤みささんを倉庫に誘い出し、強姦のうえ事件隠蔽のために殺害。

さらに加藤紘一は加藤みささんの遺体を契約していたガレージに運んだ後に、刃物でバラバラにしてゴミ捨て場などに遺棄しました。

犯人は住田紘一?被害者は加藤みささん?

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岡山強姦バラバラ事件の加害者の住田紘一と、被害者の加藤みささんは元同僚という関係でした。

と言っても正社員でシステム管理業務に就いていた住田紘一と、派遣社員であった加藤みささんは、働いているフロアも違ったことから顔見知り程度の間柄だったと言います。

住田紘一の顔写真は?

上の画像が逮捕時に報道された、住田紘一の顔写真です。事件当時の年齢は29歳であり、逮捕時の写真では口元が隠れているものの、ごく普通の社会人と言った印象です。

加藤みささんの画像は?

上の画像が事件発覚当時に報道された、加藤みささんの顔写真です。犯行が起きた当時、27歳でした。

画像の通り可愛らしい方であるため、事件当時は「可愛いというだけでこんなに酷い目に合うのか!」「理不尽過ぎる」という怒りの声が上がりました。

住田紘一は勤務中に加藤みささんを強姦後殺害した?

住田紘一は犯行に及ぶ10日前、9月10日付けでシンフォームを退社していました。犯行当日は社員証の返却という名目で元勤務先を訪れていたと言います。

そして勤務中の加藤みささんを会社の倉庫に誘い出して強姦、用意していたバタフライナイフで10回以上刺して殺害したのです。

また強姦に及ぶ前には加藤みささんの所持していた財布を脅し取り、現金2万4000円を奪っていたことも明らかになっています。

遺体をバラバラにして遺棄

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加藤みささんをめった刺しにした住田紘一は、遺体を自分の車に乗せると、大阪の自宅付近に契約していたガレージに運び込んでのこぎりなどで細かく切断しました。

骨は細かく手で折ってゴミ袋に入れて、肉は削いで大和川に捨てたと逮捕後に供述しています。しかしながら供述をもとに捜索を進めても、加藤みささんの遺体の全ては見つからなかったそうです。

防犯カメラの映像で犯人が特定された!

住田紘一は隠ぺいに励みましたが事件の発覚は早く、犯行の数時間後には加藤みささんが突然姿を消したことで、シンフォニーの社内は騒然としていました。

普段から勤務態度が真面目で、周囲に無断で長く席を外すような人ではなかったために、誘拐でもされたのか、どこかで倒れてしまったのかと警察に連絡を入れました。

そして警察が防犯カメラをチェックしたところ、退社したはずの住田紘一が加藤みささんと一緒に写っていたことが発覚したとのです。

犯行を認めたため逮捕

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犯行からおよそ1週間が経った10月6日、住田紘一の元を岡山県警の捜査員が訪れました。あくまでも任意の取り調べでしたが、住田紘一は容疑を認めたことから、その日のうちに逮捕されました。

取り調べの際に逃亡を図ったとも?

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大人しく捕まった住田紘一ですが、送検後の8日、検察の取り調べの際に腰縄を切って逃げようとしたとい話も漏れ聞こえています。しかし、その場ですぐに取り押さえらて逃亡は失敗に終わりました。

この行動に対して「全く反省していない」「無一文でサンダル履き。逃げたところでどうにもならないのに、考えが浅すぎる」と批判が集まりました。

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事件の詳細は?住田紘一と加藤みささんとの関係は?

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岡山強姦バラバラ事件が報道された当時、そのあまりに残虐な手口から「被害者女性に個人的な恨みがあったのではないか?」と、住田紘一と加藤みささんの関係を疑問視する声もありました。

しかし2人にはほとんど接点はなく、たまに業務上の書類や連絡事項のやり取りをするというだけの間柄でした。

ここでは、「遺恨も無いのにここまで酷いことができるのか?」と世間を震撼させた、岡山強姦バラバラ殺人事件の小先を紹介していきます。

住田紘一は犯行前に計画を立てていた?凶器も準備

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加藤みささんを脅して強姦、殺害する際に使ったバタフライナイフは、犯行のために住田紘一が予め用意したものです。

また遺体を運び込んだというガレージからも、血液の付いたのこぎりや包丁と言ったものが押収されており、犯行前にこの場所に刃物を持ち込んでいたことが明らかになりました。

また犯行前にシンフォニーの倉庫の周辺をチェックしていたことも分かっており、岡山強姦バラバラ事件は場当たり的な犯行ではなく、計画性のあったものだと判断されています。

加藤みささんの命乞いも無視して殺害!10回以上刺した?

強姦された後、加藤みささんは「誰にも言わんから!」と、命だけは助けて欲しいと懇願したと言います。しかし住田紘一はこれを受け入れず、彼女の胸などを10回以上めった刺しにして殺害したのです。

遺体はバラバラにして大和川に捨てた

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自宅付近のガレージに移動した住田紘一は、頭部や腕といったように遺体を5つに分割したと言います。そして、ろっ骨なども手で細かく折って、ポリ袋に詰めました。

犯行後の10月3日にはこのガレージの付近で、住田紘一と思われる男性が黒いポリ袋を持ち運ぶ姿が近隣住民らに目撃されています。

逮捕後に住田紘一は、遺体の入った袋をゴミ捨て場や大和川に捨てたと供述しましたが、遺体の全ては発見されませんでした。

住田紘一と加藤みささんの関係は特になし?

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事件報道時、加害者と被害者の関係が不明瞭であったことから、ネットなどでは痴情のもつれによる犯行と予想する人もいました。

しかし、住田紘一と加藤みささんは所属している部署も、勤務しているフロアも違うという、ほとんど接点もないような元同僚という関係だったのです。

なんの落ち度もない女性が、ただの顔見知りの男性に勤務中に襲われる。後に加藤みささんのお母様は「誰もが被害者になり得る恐怖」と、事件の残酷さを指摘しています。

犯行の動機はただの欲求不満だった?

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シンフォームを退社する前、住田紘一は元の恋人が他の男性と結婚したことを知り、大きなショックを受けたと言います。

そしてこのことで感じた苛立ちを解消するために、強姦殺人を計画するようになったと供述しています。

加藤みささんがターゲットになった理由も「可愛くて好みのタイプだった」というもので、この動機からも、2人の間には何の関係もなかったことがよく分ります。

住田紘一は別の女性の強姦殺人計画も立てていた!

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また、逮捕後の供述から住田紘一がターゲットにしていた女性は他にもいたことが判明しています。

1人は同じマンションに住む女性、そして元同僚の女性の中から加藤みささんを含む3人の女性が、ターゲットにされていました。どの女性も住田紘一との関係性は薄く、容姿の好みで選んだと言います。

そしてこの中から、犯行当日に偶然住田紘一の「困ったことがあるから、倉庫を見に来てくれないか?」という呼びかけに答えてしまったのが、加藤みささんだったのです。

元交際相手を殺害する計画も?

犯行の引き金となった元交際相手の女性の殺害も、住田紘一は企てていました。

裁判時にも刑期を終えたら彼女を殺害したいと述べており、公の場で堂々と、殺意があることを認めていました。

住田紘一の生い立ちは?勉強が得意だった?

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凄惨な事件を起こす犯罪者というのは生い立ちも特殊なことが多いため、住田紘一の過去についても注目が集まりました。

ここでは常人には考えつかないような理由で強行に及んだ、住田紘一の生い立ちを紹介していきます。

実家は大阪?両親の情報は?

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住田紘一は1982年生まれで事件当時は29歳、実家は大阪の住吉区にあることが判明しています。その後も大阪府内の高校、大学へと進学し、実家を出ても県外に住居を移すことは無かったと言います。

両親がどのような人物であったのかは詳しく分かっていませんが、裁判に現れた際に「根は優しい」と犯罪者の我が子を擁護していたことから、親としての甘さが見て取れるでしょう。

また加藤みささんのお父様である裕二さんが、後に住田紘一のことを「誰にも間違いを正してもらえずに成長してしまった」と語っていることから、彼の生い立ちについて思うところがあったと予想されます。

学歴は?大阪市立大学で法学部を卒業

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住田紘一は学業の面では優秀であったとされ、出身大学が大阪市立大学であることが分かっています。

出身学部は明かされていませんが、司法試験を受けていたことから、法学部であった可能性が高いと見られています。

司法試験を受ける程頭は良かった?

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過去には司法試験を受験していたという住田紘一。学業は優秀であったことがうかがえます。

学生時には何を思って司法試験を受けたのかは不明ですが、法で人を助ける、犯罪者を裁くと言った職業を目指していたのでしょう。

しかし、皮肉にも自分が犯罪を犯し、裁かれる人間として裁判台に立つことになってしまったのです。

ベネッセの子会社株式会社シンフォームに入社

大学卒業後、住田紘一は岡山県に本社を構えるベネッセの情報処理系子会社、株式会社シンンフォームに就職しました。

ちなみにシンフォームは、2014年に東京支店でベネッセの顧客の個人情報を流出させる事件を起こしており、その責任を取る形で2015年に解散しています。

住田紘一の裁判内容と判決は?岡山初の裁判員裁判だった?

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2013年2月、住田紘一の初公判が岡山地方裁判所で行われました。自供が得られていたことから、裁判の争点となったのは専ら量刑についてでした。

ここでは、岡山強姦バラバラ事件の裁判の内容と判決について紹介していきます。

判決は死刑?裁判での発言が元に

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出所したら元の交際相手を殺す、と供述していたように住田紘一は懲役刑を期待していたのでしょう。しかし、岡山地裁が下した判決は「死刑」でした。

当初より事件の残虐性から検察は死刑を求刑していたのですが、殺害したのが1人なのだから懲役刑になると、住田紘一は甘く見ていたと予想されます。

しかし、人を殺したことに対して全く反省をしていない発言ばかりが目立ち、更生の余地がないという判断により、死刑が言い渡されたのです。

裁判員制度で選ばれた裁判員も死刑判決を支持

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この事件は、岡山県で初めて行われた裁判員制度を利用した裁判でもありました。出席した裁判員たちは、検察の主張を指示、死刑が妥当という結論を出したと言います。

当時を振り返り、加藤みささんのお父様の裕二さんは、裁判員の皆さんは我が事のように真摯に裁判に向き合い、怒ってくれたと、裁判員を務めた方々に謝意を表されています。

反省の色が全くなかった?殺人を容認するような発言も

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人を殺すことは目的を達成される手段として承認されている、との発言を裁判の場でしたという住田紘一。

司法試験の受験経験があるために法律には一家言あったようで、犯罪者は死刑にすれば良いといった持論も語っていました。

では自分も死刑で構わないということか、と問われると「自分だけは特別」という歪んだ見解を述べていたと言います。

両親の言葉がきっかけで、加藤みささんの父親に泣いて謝罪

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あまりにも傲岸不遜な住田紘一の態度に、加藤みささんのお父様や弟さんらの遺族たちは、一層激しい怒りを見せます。

しかし、証言台に住田紘一の両親が立ち「本当は優しい子」と加害者をかばうと、態度を一変して泣き始め、「死刑になりたくてわざと反省していないふりをした」と不可解な発言をしました。

そして遺族に向き直ると頭を下げて「ごめんなさい、本当は反省しています」「やっぱり親を残して死ねない」と続けました。謝罪の理由すらも自分の都合というのは、より遺族の感情を逆なでしたことでしょう。

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