香山美子の現在は?若い頃は美人?夫は三條正人?息子の情報は? エンタメ

香山美子の現在は?若い頃は美人?夫は三條正人?息子の情報は?

香山美子さんは今も大変美しい女優さんですが、若い頃は準ミス・エールフランスに選ばれる程の美人で、デビューから最近まで映画やテレビの第一線で活躍されています。夫は2017年に他界された歌手の三條正人さんで、息子さんが1人います。では香山さんをご紹介しましょう。

目次

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香山美子の現在は?活動している?

香山美子さんは2018年7月9日に、テレビ朝日系バラエティ「徹子の部屋」に出演して以来、目だった芸能活動は控えているようです。香山さんの近況は以下の通りです。

現在の年齢は?香山美子のプロフィール

香山美子さん本名渡辺紀子(旧姓岩本)さんは、1944年1月1日に現在の東京都武蔵野市で生まれました。長女で弟と妹が1人ずついます。現在は75歳です。

香山さんは三鷹市立第五小学校在学中の6年生の時(55年)に児童劇団「こまどり」に入り、子役で東映やNHKの映画やドラマに出演しています。

その後、練馬区立石神井西中学校から山崎学園富士見高等学校へ進学しました。在学中の61年に、松竹とエールフランス共催の「ミス・エールフランス・コンテスト」で準ミスとなり、卒業後松竹に入社しました。

近年では「酔いが醒めたらうちに帰ろう」や「刑事吉永誠一 涙の事件簿」に出演

近年の香山美子さんの出演作品、2010年の東陽一監督作品「酔いが醒めたらうちに帰ろう」では、浅野忠信さんが演じる主人公でアルコール依存症の戦場カメラマンの、母親役を好演しています。

この作品は第20回日本映画批評家大賞において、 東陽一監督が監督賞、永作博美さんが主演女優賞を受賞しました。忌野清志郎さんが歌う主題歌「誇り高く生きよう」が、エンディングをさらに印象的にしています。

また、13年にはBSジャパンの刑事ドラマ「刑事吉永誠一 涙の事件簿」の第4話「消えた指輪」で、ピアノ講師の母親役を演じています。このドラマは、主人公の刑事を船越英一郎さんが演じる人気ミステリーです。

現在は女優活動はしていない?最近の画像は?

香山美子さんは2015年に映画出演した後、女優活動はほとんどしていません。前述しましたが、18年の7月に「徹子の部屋」に出演した程度です。その時の画像はテレビ朝日のホームページで見ることできます。

最後に出演したのは映画「ソ満国境 15歳の夏」?

香山美子さんが最後に出演した映画が、2015年の松島哲也監督・脚本作品「ソ満国境 15歳の夏」です。敗戦直後にソ満国境に置き去りにされた中学生たちが、壮絶な経験をしながら祖国を目指す実話作品です。

主演は田中泯さんと、この映画が遺作となった夏八木勲さんです。特別出演の香山さんは、福島県の原発事故で避難を余儀なくされている現在の中学生、吉川敬介の祖母役で出演しています。

ある日放送部の吉川敬介たちのもとへ、中国東北部の寒村から取材の依頼が来るところから物語りは始まります。そこで彼らはソ満国境で、当時の中学生たちが経験した想像を絶する体験を知るのでした。

引退はしていない?公式ホームページにも載っている?

現在女優としての活動をほとんどしていない香山美子さんですが、現在もプランニング・メイ有限会社のホームページに所属タレントとして載っています。赤井英和さんも同じ事務所に所属しています。

ただし、ホームページが2011年頃から更新されていません。そんな訳で今日現在の香山さんの事は、ネットで調べたり推測するしかありません。

趣味やジムにいったりして過ごしている?

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芸能活動を自粛している香山美子さんですが、現在はプライベートを優先して人生を楽しんでいます。長年続けている趣味の油絵を描いて展覧会に出展したり、ジムに通ったりして、気ままな暮らしをされているそうです。

現在は公演なども行いつつ楽しく暮らしている

香山美子さんは2017年、BSテレ東のバラエティ「松平健・高将の名言」に出演して、時代劇や舞台について愛情たっぷりに話しをしています。

香山さんは12年に松平健さんの新歌舞伎座の舞台「暴れん坊将軍~二人吉宗~唄う絵草子」に出演しています。残念ながらその後の公演情報は入手できません。

香山美子の夫は歌手の三條正人?既に死亡している?子供は?

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ここからは、香山美子さんの家族、特に夫の三條正人さんについて詳しく紹介して行きます。

香山美子の夫は三條正人?

香山美子さんの夫は、歌手の三條正人さんです。三條さんは1943年生まれで、滋賀県大津市の出身です。滋賀県の高校を卒業後、法政大学に進学し、在学中にダンスホールで歌手としての活動を始めました。

三條正人は「鶴岡雅義と東京ロマンチカ」のメインボーカリスト

1967年三條正人さんは、ムード歌謡グループ「鶴岡雅義と東京ロマンチカ」にメインボーカリストとして入りました。レコードデビュー曲「小樽のひとよ」が68年のオリコンチャート年間4位と大ヒットしました。

香山美子と三條正人のデュエット曲も?

香山美子さんと三條正人さんは「東京めぐりあい」をデュエットしています。なかにし礼作詞、市川昭介作曲の有名なデュエット曲です。2001年のアルバム「スーパー・バリュー」に収録されています。

出会いはテレビ番組「ラブラブショー」?1973年に結婚

1971年フジテレビのバラエティ「ラブラブショー」で、香山美子さんと三條正人さんは出会いました。その後は三條さんが積極的にアプローチした結果、73年5月めでたくゴールインしました。

どうやら香山さんが行きつけの飲み屋さんで、三條さんから熱心に口説かれたそうです。

2人はおしどり夫婦だった?

結婚当時は人気女優とヒット歌手の新婚生活ですから、すれ違いが多かったようですが、お互いにメモを残して会話していたとの事です。なんともおしどり夫婦ぶりが伝わるエピソードですね。

三條正人は2017年にマントル細胞リンパ腫で死去

三條正人さんは2016年頃から体調不良が続くようになりました。足のむくみが酷くなり、病院を受診した結果、悪性リンパ腫の一種「マントル細胞リンパ腫」と診断されました。

この病気が原因で、三條さんは翌年10月74歳で亡くなりました。

三條正人の死がショックで活動を休止したという噂も

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三條正人さんは闘病しながら最後まで歌手としての活動を続けていました。その裏には、香山美子さんが芸能活動を控え、毎日病院へ通って励まし支えたという事実があります。

香山さんは、当時は本当に夫婦らしい生活だったとふり返っています。その分三條さんが亡くなると、大きな喪失感をあじわった事は想像に難くありません。

三條さんを失った大きなショックが、芸能活動を一時休止させたのかもしれません。

香山美子には息子がいる?三條正人の葬儀にいた人物?

何も詳しい事は分かりませんが、香山美子さんには息子さんがいます。三條さんの葬儀の際に遺影を抱えている男性が、ずっと香山さんの傍らにありました。その男性が息子さんであると思われます。

現在、息子は普通の会社員?

香山美子さんの息子さんは、一般の職業に就いているとのことです。普通の会社員ではなく、医師ではないかという噂がありますが、真偽の程は分かりません。

香山美子の若い頃は?美人で有名だった?

山崎学園富士見高等学校在学中に、準ミス・エールフランスに輝いた香山美子さんは、1962年高校卒業後に松竹に入社しました。映画デビューは61年の「ご機嫌はりきり娘」で、当時から美人と評判でした。

香山美子は美人で有名!「銭形平次」への出演でお茶の間でも人気に

松竹映画で美人女優として不動の地位を得た香山美子さんですが、1960年代は竹脇無我さんや歌手の橋幸夫さんとの共演映画に多く出演しています。

そして70年から実に14年間もの長きに渡り、香山さんはフジテレビの時代劇「銭形平次」で、主演の大川橋蔵さんの女房役を務めています。

「銭形平次」は史上最長の888話が放送されて、ギネスブックの世界記録に認定されています。香山さんは平次の妻、お静を第209話から最終回まで679回演じて、お茶の間の人気者になりました。

香山美子の若い頃の画像は?

1960年代から70年前半の香山美子さんの若い頃の画像は、映画ポスターや雑誌の表紙、そして着物のモデルなどで数多く見られます。まさにスター女優としてひときわ輝いている時代です。

リカちゃん人形のモデルも香山美子?

リカちゃんは1967年にタカラトミー(旧タカラ)から発売された着せ替え人形です。現在でも販売されている人気の人形玩具で、累計出荷数は5300万体以上という大ヒットかつロングセラーです。

リカちゃんの本名は「香山リカ」、誕生日は5月3日です。苗字は香山美子さんに由来しており、人形のモデルそのものとも言われています。香山さんの国民的な人気にあやかっていたのかもしれません。

日本の少女向け着せ替え人形として誕生したリカちゃんは、69年にはアメリカ製のバービー人形の売上を上回るヒット商品となりました。その後は、日本の着せ替え人形の代名詞として定着しました。

香山美子の生い立ちや経歴は?父親は吉本興業に所属?

ここで香山美子さんのプロフィールを、おさらいしておきましょう。

父親は吉本興業の人だった?

香山美子さんの父親、岩本正夫さんは早稲田大学文学部出身で脚本家でした。東京吉本のメイン劇場「浅草花月」で、戦前から評判のレビュー「吉本ショウ」の脚本を手がけていました。

岩本さんは、その後吉本興業の文芸部長を務めました。

東京に生まれ劇団こまどりで子役として活動

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東京生れの香山美子さんは、1955年三鷹市立第五小学校在学中に児童劇団「こまどり」に入り、子役で東映やNHKの教育映画やドラマに出演しています。

富士見高校在学中に準ミス・エールフランスに選ばれる

香山美子さんは、練馬区にある山崎学園富士見高等学校在学中の1961年、松竹とエール・フランス共催の「ミス・エールフランス・コンテスト」で準ミスに輝きました。

高校卒業後松竹に入社

香山美子さんは、1962年山崎学園富士見高等学校を卒業すると同時に松竹に入社しました。香山さんは、61年には「ご機嫌はりきり娘」で映画デビューしています。アルバイトで銀幕デビュー、なのかもしれません。

「嵐を呼ぶ18人」で映画デビュー

香山美子さんは1963年の松竹映画、吉田喜重監督作品「嵐を呼ぶ18人」で、ヒロイン石井ノブ役を演じています。共演は早川保さんです。

この作品は、瀬戸内海の造船場で働く社外工の若者18人の生き様を描いた青春映画で、若者たちが暮らす寮の寮長を早川さんが、行きつけの飲み屋の娘を香山さんが演じています。青春労働映画でもあります。

「学生芸者 恋と喧嘩」「七人の刑事」などに出演

香山美子さんは松竹入社の年の1962年には、市村泰一監督作品「学生芸者 恋と喧嘩」に出演しています。この映画は岩下志麻さんが、主人公の学生芸者八坂杏子を演じている青春映画です。

63年にはテレビで大ヒットした刑事ドラマ「七人の刑事」の劇場版2作品に出演しています。同年1月公開の大槻義一監督作品「七人の刑事」と、4月公開の高橋治監督作品「七人の刑事 女を探がせ」です。

後者で香山さんは、犯人逮捕の決め手となる目撃証言をする非行少女「川森りゅう子」を演じています。

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