住吉都の死因は自殺?ブログに病んでいる様子も?心屋仁之助も関係?

住吉都さんはスピードスケートの選手として活躍していましたが、平昌五輪の代表選考会を最後に亡くなってしまいました。この記事では本人が書いたブログや死因が自殺とされることの考察をはじめ、関係者である小平奈緒さんや心屋仁之助さんについてまとめました。

住吉都は自宅で死去?死因は?自殺だった?

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まずは住吉都さんはどんな人なのかを知るためにプロフィールや活躍をはじめとして、亡くなっていた当時のことを詳しく見ていきましょう。

住吉都のプロフィール!画像は?

  • 名前:住吉 都(すみよし みやこ)
  • 生年月日:1987年3月19日
  • 職業:スピードスケート選手
  • 所属:ローソン
  • 出身地:北海道
  • 出身学校:釧路北陽高校-信州大学

小学校1年生からスピードスケートを行います。そこから長い間スピードスケートの経験を積み上げていき、その努力が実り、五輪の選手として出場を果たすという素晴らしい成績を残していくのです。

住吉都は、オリンピックにも出場したスピードスケート選手

住吉都さんは2014年に行われたソチの冬季オリンピックにて500mと1000mに出場するほどの実力を持っていました。

500mが14位、1000mが22位の結果となり、残念ながらメダル獲得というわけにはいきませんでしたが、それでも日本の代表として出場できるほどなので、レベルは非常に高いといって良いでしょう。

住吉都は2018年に死去!当時30歳だった

2017年の12月に平昌五輪の代表選考会で500mで18位、1000mで16位という結果を残しますが、残念ながら五輪の出場権を逃します。これが住吉都さんがスピードスケートをする最後の姿となるのです。

代表選考会から約1ヶ月がたった2018年の1月20日に、住吉都さんが亡くなっていることが明らかになります。当時は30歳という若さでした。

死因は非公表?死亡場所は長野の自宅

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亡くなっていることが明らかになった住吉都さんですが、死亡していた場所は長野市内にある自宅で見つかったそうです。

ここまでわかると住吉都さんの死因が気になるところですが、実は死因については公表されておらず謎のままとなっています。

所属していたローソンが各方面に連絡したことで発覚

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住吉都さんはローソンに所属しており、彼女が亡くなっているのが発見されてローソンが各方面に連絡したことにより明らかとなっています。

このことはスピードスケート界に大きな衝撃を与えることになり、所属先のローソンから連絡で事件を知った日本スケート連盟会長の橋本聖子さんは深い悲しみに胸を痛めていました。

詳細は知らされず、憶測が広まる

住吉都さんが亡くなっていたことは報道されていたのですが、いつ亡くなったのか?といったような詳細は一切報道されていないのです。

30歳でまだまだスケートを続けることも可能な年齢であったこともあってかその衝撃は大きく、自殺なのか病気なのかという様々な憶測が広まっていきます。

平昌五輪が迫っていたため詳しくは報道しなかった?

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そもそもなぜ詳しいことが報道されていないのかも気になるところでしょう。1つの説としては、平昌五輪が近かったからではないかというものがあります。

住吉都さんが亡くなったのは2018年の1月20日で平昌五輪が開催されたのは同年の2月9日なので日付としてもかなり近いです。出場する選手への影響を少なくしたかったからという理由かもしれません。

NHKは自殺と報道?報道の内容は?

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住吉都さんの死因については公表されていないのですが、NHKのニュースでは自殺として報道されてしまっています。もちろんNHKだけで他のメディアはそのような報道はしていません。

内容としましては住吉都さんの活躍を軽く触れた後に、平昌五輪の代表選考会で良い結果が残せずに代表落ちしたことを挙げ、最後に関係者からの話だと亡くなっていた状況から自殺と見ていると報道しています。

ネット上でも自殺だったという意見が多数?

住吉都さんの死因の憶測はインターネットの中にも広がっていきます。その中では自殺という意見が多く挙げられていました。

またその理由としては平昌五輪の代表に落ちてしまったことが最も多く、その他としてはケアミスといったことも挙げられています。

死因やその理由については様々なものが挙げられていますが、やはりほとんどの人が共通して「30歳は若すぎる」や「まだまだこれからなのに」といった悲しみの声が上がっていました。

病気だったのでは、という意見も

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メディアやインターネットでは自殺なのではないか?という声が多く上がっていますが、その中には自殺ではなく病気が原因ではないかといった憶測もあります。

もちろん住吉都さんは通院しているような噂はありませんが、心不全や心筋梗塞などの突発的な病気であれば自宅で亡くなっていてもおかしくはないといった理由です。

その後の葬儀や告別式は非公表で行われた

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住吉都さんの死は多くのことが非公表になっていますが、葬儀と告別式についても遺族の希望によって行われる日付は非公表とされています。

これもやはり平昌五輪が近いからということもあるのでしょうか?この理由に関しても詳しいことはわかっていません。

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住吉都の自殺の理由と言われているのは?代表に選ばれなかった事?

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住吉都さんの死因が自殺だとすると、やはり平昌五輪の代表に選ばれなかったというのがショックだったというものが憶測の意見の中で一番多かったのですが、これらの原因についてもう少し詳しく見てみましょう。

元々明るい性格で自殺するようなタイプではなかった?

住吉都さんと関係の深い人たちからは他の人から寄せられる信頼も高かったようです。しかも性格は真面目で正直な人であり、何よりも元気で明るい性格であったとのことです。

関係の深い人たちが言っているのだから、このことに関してはおそらく間違いはないでしょう。となると普通に考えれば自殺をするような人ではないという考えが強くなります。

12月の平昌五輪代表選考会で代表を逃したのが原因?

こちらが一番多く憶測がされていた原因になりますが、平昌五輪の代表選考会に出場して五輪代表の座を狙っていましたが、結果が振るわなかったためショックを受けてしまった、という憶測です。

平昌五輪の前にもワールドカップからの代表選手としても外れてしまうなど、かなり苦しい生活があったそうですし、結果が思うように振るわなかったため糸がプツンと切れてしまったのかもしれません。

当時は腰を悪くしていた?

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住吉都さんは腰の調子を悪くしていた時期があったようです。先ほども触れていますが、結果が振るわなかったため、焦りでトレーニングの量を増やしたりしていたのでしょうか?

それによって体に無理がかかってしまい、腰を悪くしてしまったという可能性もあります。

選手生命に限界を感じていたとも?

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自分の思うような結果が残せず、さらに体を痛めたことによって自分の選手としての生活に限界を感じていたのではないか?という憶測もあります。

亡くなったニュースを聞いた人たちからは「まだ30歳なのに」という声が多く上がっていますが、住吉都さん本人からすれば、もしかしたら自分はここまでなのではないか?という不安を持っていたのかもしれません。

8月からすでに元気が無い様子だった

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釧路北陽高校時代の時の指導者であった榊稔監督は、8月に帯広で住吉都さんと会っていたのです。その時の様子は腰を悪くしていた時期でもあり、いつもの元気な姿ではなかったと取材で話していました。

前述していますが、もしも焦りからトレーニングの量を増やしすぎて腰を悪くしてしまったので会ったら、元気がないということも考えられます。ただ元気のない理由に関しては詳しくはわかっていません。

精神を病んでいた?ブログにもその様子が?

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住吉都さんはブログを定期的に書いていました。明るく元気な性格だったので、投稿している内容も明るいものが多い中、投稿の内容で少し注目されている部分があるのです。

「ごめんね。」と題している投稿で住吉都さんの中に憎しみ、恨み、嫉妬、怒りなどドロドロとした黒い部分が自分にあることを吐露しています。この部分を見ると精神的な面で問題があるという見方もできるのです。

平昌五輪の開催が近づいて思い詰めていった?

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あまり成績が振るわなかったことによって、五輪に対して執着しすぎてしまったということも考えられるでしょう。もちろん目標として掲げるのは良いことなのですが、そればかり考えるというのも問題が起こります。

あまり深く考え込んでしまうと自分の中でプレッシャーを作り出してしまって、周りの人たちからのプレッシャーと自らが作り出したプレッシャーに潰れてしまうということもあり得るのです。

ライバルの小平奈緒との差を感じていた?

住吉都さんと小平奈緒さんの2人の関係については後述しますが、この2人は良きライバル関係でもありました。2018年に開催されている平昌五輪では代表選手として出場し、素晴らしい成果を挙げているのです。

代表選手として出場できなかったことに対して住吉都さんは小平奈緒さんとの差が開いていることを強く感じてしまったという可能性もあります。

心酔していた心屋仁之助のブログが原因という噂も?

前に「ごめんね。」のブログの内容について触れていますが、この文章をブログに投稿した後、心理カウンセラーとして活動していた心屋仁之助さんを頼っていた部分があったそうです。

そして住吉都さんが亡くなる前に自殺を肯定しているようにも捉えられる文章をブログに書いて投稿していたことがあり、それが自殺につながってしまったのでは?という声も多数ありました。

代表を選ぶ際のルールが原因となったという人も?

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また五輪選手を選ぶ時のルールについても疑問を持っている人もいました。本来であれば代表選手に選ばれなければ落として終わりとなってしまうのですが、ただ落とすという方法を変える必要があるとの声です。

もう少し詳しくいうと落ちてしまった選手に対して、次回の代表選考会に希望が持てるような措置を施すというもので、代表選考会側も選手のメンタルを支えてあげるという方法が挙げられていました。

アスリートの賃金の安さが間接的な原因に?他の生き方が分からなかった?

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また住吉都さんが亡くなった原因とされているのが、アスリートとしての賃金が少なかったからではないか?との声もありました。

生い立ちは後述しますが、住吉都さんは長きに渡ってスピードスケートに打ち込んでいたのです。そのため賃金が少なくて他の生き方をしようとしてもどうして良いかわからず、追い詰められたとの憶測もあります。

自殺の原因とされているものは多い

住吉都さんの自殺の理由について見ていきましたが、この記事で紹介しているものが全てではありません。もっと他にも原因とされている憶測はあるでしょう。

また原因とされているものはたくさんありますが、可能性があるというだけであって確かなものはありません。住吉都さんの死因が非公表とされている以上、本当のことはわからないままです。

住吉都と小平奈緒は同期だった?2人の関係は?

前にも住吉都さんと小平奈緒さんは良きライバル関係であったことに触れていますが、ここからは2人の関係について詳しく見ていくことにしましょう。

住吉都と小平奈緒は大学時代の同期?

プロフィールで軽く触れていますが、住吉都さんは信州大学に在籍していました。そして良きライバル関係であった小平奈緒さんも信州大学です。

しかも同じスピードスケートの種目の五輪代表を目標としてトレーニングに励んでいました。つまり住吉都さんと小平奈緒さんは大学の同期ということになります。

ソチ五輪でも一緒だった

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2人は大学の同期だったとはいえ、大学を卒業しても交流はありました。そして2014年の2月に開かれているソチ五輪で同じ種目である短距離の日本代表選手として出場することになります。

結果はメダルには届かなかったものの、大学時代からの付き合いを持っていた2人が同じ舞台に出場できたことに関しては、これほど嬉しいことはないでしょう。

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