佐竹雅昭の現在は?空手はまだ続けてる?一時は死亡したという説も!エンタメ

佐竹雅昭の現在は?空手はまだ続けてる?一時は死亡したという説も!

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佐竹雅昭は人1倍練習をしていた!

佐竹雅昭さんは練習量が人並みはずれており、常に鍛錬を怠りませんでした。

引越しのアルバイトをしたときも、エレベーターを使わず階段を使い、プール監視員のアルバイトでは水中で蹴りの練習をしていたそうです。

プール監視員のときはお客さんから苦情が来るほどだったといいますから、余程一生懸命やっていたのでしょう。

佐竹雅昭をもってしても、総合格闘技では中々勝てなかった

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佐竹雅昭さんが総合格闘技でなかなか勝てなかった理由については、さまざまな考察がなされています。

寝技や顔面への攻撃がある総合格闘技は勝手が異なる面が多々ありました。おまけに佐竹雅昭さんは日本人には珍しいヘビー級のため練習相手を探すのも大変で、自分で養成する必要があるほど不足した状態でした。

しかも当時はその黎明期であり、対応も非常に難しかったものと考えられます。そして、体調面のコンディションも悪く、パンチドランカーの様な症状も出ていたことも、影響は少なからずあったでしょう。

佐竹雅昭はファイトマネーも凄かった!なんと1試合2500万!

佐竹雅昭さんは、その破格のファイトマネーでも有名です。PRIDE時代は1試合2500万円でした。

K-1時代の初期で100万円、全盛期では1000万円だったそうです。いずれにしても高いファイトマネーです。それだけの価値があったということでしょう。

佐竹雅昭の名勝負と言えば?

佐竹雅昭さんのファンの間では、数々の勝負が名勝負と言われていますので、ここで挙げたもの以外で、とりわけ名勝負との呼び声が高いものを紹介します。

それは、UKF世界ヘビー級タイトルとWKA世界スーパーヘビー級、2つのタイトルを懸けて戦った1993年9月のスタン・ザ・マンとの対戦と言われています。

このときは佐竹雅昭さんは3-0で判定勝ちを決めますが、ルールがWKAのものではなかったので、スタン・ザ・マンが保持していたWKAタイトルの移動はありませんでした。

格闘技だけじゃない!佐竹雅昭はテレビにゲームにと大活躍

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格闘技から離れた佐竹雅昭さんは、活躍の場をビジネスやタレント活動に移し、これらでも精力的に活動します。

たけしの元気が出るテレビやお笑いウルトラクイズにも出演

佐竹雅昭さんは、人気バラエティ番組「たけしの元気が出るテレビ」にレギュラー出演していたことがあります。

また、「ビートたけしのお笑いウルトラクイズ」にも何度か出演しています。

マンガ「となりの格闘王」の主人公は佐竹雅昭

佐竹雅昭さんは、原作・緒田太一、漫画・西条真二による実録格闘技漫画「となりの格闘王」の主人公として登場しています。

1992-1994年の間、週間少年チャンピオンに連載しれた漫画で、原作は緒田太一氏、漫画は西条真二氏によるものです。

佐竹雅昭と正道会館を軸として、忠実に当時の格闘界を描いている作品です。

アニメ版「餓狼伝説」ではメインキャラの声優も務めた

佐竹雅昭さんは、アニメ版「餓狼伝説」のメインキャラ、ジョー・ヒガシ(丈 東)の声優も務めました。

この時の佐竹雅昭さんの声について、オリジナルのゲームの中の声とはあまりにかけ離れているということで、ちょっとした話題になっています。

なお、声優の中村悠一さんは、この時の佐竹雅昭さんの声マネが得意なことで知られています。

林原めぐみとのラジオ番組「佐竹雅昭の覇王塾」

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佐竹雅昭さんは、ラジオにも出演しています。1993-1996年に掛け、文化放送で「佐竹雅昭の覇王塾」という番組をやっていました。

これは講談社が創刊したゲーム雑誌とのタイアップ企画のために発足した番組です。アシスタントは声優の林原めぐみさんでした。

林原めぐみとはCDもリリースしている

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ラジオ番組の企画で、林原めぐみさんとは聖飢魔IIの清水氏プロデュースでCDもリリースしています。

「覇王咆哮」佐竹雅昭with林原めぐみ というタイトルで、全9曲を収録しています。

現役引退後はアバレンジャーにも出演

「爆竜戦隊アバレンジャー」に、佐竹雅昭さんは本人をモデルにした役でゲスト出演しています。

表の顔は「大爆発新幹線」と呼ばれる格闘家佐竹昭雅、実はトリノイド第2号ヒルリンドであった、という役です。

佐竹雅昭の趣味は?

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佐竹雅昭さんは、フィギュアをはじめとしたサブカルチャー好きとしても知られており、「サブカルチャー評論家」という肩書も持っています。

それでは、具体的に佐竹雅昭さんがハマっているサブカルチャーというのはどのような趣味なのかについて、詳しく見てみましょう。

直々にプロデュースした怪獣フィギュア「佐竹雅昭の怪獣コレクション」

佐竹雅昭さんはウルトラマンの怪獣にも造詣が深いことで知られ、フィギュアのコレクションを監修しています。

フィギュアメーカーCCPより「佐竹雅昭の怪獣コレクション」というシリーズが出ており、名作として大変人気を博しています。

現役時代から特撮好きだった!登場曲は「怪獣大戦争マーチ」

佐竹雅昭さんは特撮ファンとしても知られています。佐竹雅昭さんの子どもの頃はちょうど特撮の全盛期でしたので、そういった番組に親しみ、現在のような道を歩まれたことは想像に難くありません。

実際、時代の影響もあり、佐竹雅昭さんぐらいの世代ではヒーローに憧れた子どもたちは多く、格闘家の方には特撮ヒーロー物が好きな人が多いのだそうです。

佐竹雅昭さんの入場曲「怪獣大戦争マーチ」も、東宝系の特撮映画で自衛隊のテーマ曲として主に使われた定番的な存在の曲です。

MTGも嗜み、フレンドパーク出演時は商品に高額レアカードを求める

佐竹雅昭さんは、マジックザギャザリング(MTG)というアメリカ発祥のトレーディングカード集めも趣味としています。

豪華賞品の当たるダーツで有名だった人気番組「関口宏の東京フレンドパーク」では、このMTGのレアカードを希望しました。

最高賞が車のパジェロでその他の商品は相場が20万円ほどでしたが、佐竹雅昭さんが欲しがったカードは合計で10万円でしたので、司会の関口宏さんは「安い」という感想を持たれたようです。

佐竹雅昭は結婚しているの?

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佐竹雅昭さんのご家族など、プライベートについては、どのような暮らしを送られているのでしょうか。気になる方も多いことでしょう。

練習と試合、さらには趣味のフィギュア収集で非常に忙しい生活を送っていたため、遊ぶ暇もなかった、K-1時代は打ち上げさえ参加しなかったという佐竹雅昭さんですが、その様な生活で出会いはあったのでしょうか。

結婚しているものの、奥さんや子供の詳細は不明

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佐竹雅昭さんは少なくとも独身ではないようです。様々な説があり、結婚している、結婚していたが離婚した、離婚したが再婚した、いや独身だと一通りの噂があり、いずれに真実があるのかはまったくの不明です。

ただ、ご本人の口からご家族を話題にされることがないため、結婚されているにしてもいつ、どのような方と結婚(もしくは離婚や再婚を)したのかなどお相手についても、公にされているような情報はありません。

ただ、佐竹雅昭さんの著書には「結婚はしないが子供は欲しい」という記述もあったようで、独身の可能性も高いです。ご家族に関してわかっていることは以上です。仕事とプライベートは分けたい方なのでしょう。

佐竹雅昭のエピソードや噂

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佐竹雅昭さんは、とても天真爛漫でユニークな方なので、数々のエピソードや噂が存在します。

いずれも興味深いエピソードばかりですが、以下にその一部をご紹介します。

佐竹雅昭のテーマ曲が存在する?

佐竹雅昭さんのオリジナルテーマ曲は、「怪獣大戦争マーチ」の伊福部昭さんの作曲による「闘志天翔〜覇王・佐竹雅昭のテーマ」というものです。

作曲家の伊福部さんは、怪獣大戦争マーチを佐竹雅昭さんの依頼で入場テーマ用に新しく編曲し、抑制の効いた行進曲にしました。佐竹雅昭さんはよほど「怪獣大戦争マーチ」が気に入っているのだということが伺えます。

佐竹雅昭はビートたけしに嫌われている?

佐竹雅昭さんはビートたけしさんの番組に出演していましたが、のちに発売されたDVDでは全てモザイクがかかっています。

ここまでの確執を生んでしまったのは何だったのか、はっきりとした情報はありませんでした。

ビートたけしさんは共演NGの有名人も多い方です。佐竹雅昭さんは個性的でのびのびとした方なので、なんらかの形で逆鱗に触れてしまった可能性があります。

角田信朗と佐竹雅昭は犬猿の仲?

佐竹雅昭さんは、角田信朗さんと犬猿の仲だと言われていますが、角田信朗さんもまた、ビートたけしさん同様、難しい方で有名です。

角田信朗さんは、自分が注目されず佐竹雅昭さんばかり人気があったので、佐竹雅昭さんの悪口を吹聴して回っていました。

正道会館の石井館長と佐竹雅昭さんの絆が壊れてしまったのは、角田信朗さんの嫉妬心からくる悪口がもとであったという説もあります。

石井館長、武蔵との確執も噂される

石井館長とは、K-1の旗揚げの頃までは良好な関係を築いていましたが、K-1が興行的に成功を収めた頃から関係に変化が現れました。

かねてより無理な試合や待遇に少なからず不安のあった佐竹雅昭さんは、1999年の武蔵への判定負けを巡る石井館長との口論から正道会館を離脱しました。

石井氏の当時の意向が武蔵を新しい看板にしたいというものであったことからこの判定は疑惑の判定とも言われます。武蔵さんとの確執が噂されるのも仕方のないことです。

著書「まっすぐに蹴る」やテレビ出演の際には大胆な暴露も行っている

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上記にご紹介したような角田信朗さんや石井館長との確執については、佐竹雅昭さん自身の口から語られた事実です。

佐竹雅昭さんは、著書「まっすぐに蹴る」やテレビ出演時のコメントで、このような内幕について語りました。余程腹に据えかねるものがあったことは間違いありません。

石井館長はその後逮捕され、角田信朗さんも松本人志さんとトラブルを起こすなどあまり良い話が聞こえてきません。

佐竹雅昭さんの著書「まっすぐに蹴る」について

佐竹雅昭さんは、2003年に「まっすぐに蹴る」という著書を出しています。

この本からは、佐竹雅昭さんの空手に対する熱意や曲がった事が嫌いな人柄や信念が、拙さの残る文章で素直に綴られていると評判です。

石井館長や角田信朗さんとの確執についても書かれているので、気になる方は一読されることをお勧めします。

K-1は「奴隷と奴隷商人の商売」だった!?

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「まっすぐに蹴る」には、K-1時代に佐竹雅昭さんがいかに過酷な条件のもとで辛酸を舐めたかが詳細に記されています。それはあたかも「奴隷商人にこき使われる奴隷」のようだったようです。

K-1立ち上げの時は、儲かった分は石井館長と折半の約束でしたが、実際はファイトマネーと最高でも12〜3万円の非常に少ない月給で、驚くほど薄給だったことも明らかにされています。

また、脳の血管が度重なるダメージで萎縮しており、パンチを食らうたびに意識が飛び、試合後ICUに直行となったことが3度もあり、ドクターストップがかかっていたことも綴られています。

華やかな表舞台の内幕の暴露が興味深い

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以上のようなことは決して表からは見えないので、この本で内情を知り非常に衝撃を受けたという内容のレビューが多くみられます。

その点では、これは暴露本だという評価が多いのも頷けます。佐竹雅昭さん自ら「奴隷」と表現する通りの悲惨な境遇であったのは紛れもない事実なのです。余程苦痛を味わったことの顕れであると言えます。

そして、このような思いをしながら格闘技を盛り上げた佐竹雅昭さんの功績に改めて敬意を表したいという声も非常に多く聞かれます。

佐竹雅昭さんの今後の活躍にも期待!

佐竹雅昭さんは、パンチドランカー寸前の症状に悩まされながらも、薄給や無理な試合に極限まで耐え、以前は日陰の存在となりがちであった格闘技を年末恒例の華やかな舞台へと押し上げた功労者であると言えます。

佐竹雅昭さんのこれまでの歩みをほんの一部ですがこうして振り返ってみると、努力を惜しまなない人柄や、ご本人の著書タイトルそのままの、信念を持ったまっすぐな人物像が浮かび上がってきます。

佐竹雅昭さんは現在、「佐竹道場」や「平成武師道」、「無我の会」やその他講演会などの活動を熱心に行っていらっしゃいますので、思うところのあった方・お近くの方は足を運んでみてはいかがでしょうか。

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