畑山隆則(元ボクサー)の現在は?実業家・タレントとして活動中? エンタメ

畑山隆則(元ボクサー)の現在は?実業家・タレントとして活動中?

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畑山隆則は氷室京介が大好き?

畑山隆則さんは氷室京介さんの大ファンとして知られています。現役のボクサー時代は氷室京介さんの曲を入場曲としてよく使用していました。

上の動画の5:24に畑山隆則さんが入場しますが、この時の曲も氷室京介さんの「Native Stranger」という曲です。

他には「Re-born」「STAY」などを流していました。

畑山隆則の宗教は?クリスチャンなの?

畑山隆則さんが試合で十字架のネックレスを首から掛けて入場したり、ラウンド開始のたびに十字を切るポーズをしていたのでクリスチャンではないかと言われました。

ですが畑山隆則さんご本人はクリスチャンではなく、試合前のピリピリしていた時に何となく入った教会にとても癒されたのでそれ以来ゲン担ぎでやっていたそうです。

ちなみに現在の畑山隆則さんは、真言宗智山派の信徒でいらっしゃいます。

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畑山隆則のボクサーとしての経歴は?数々のタイトルを獲得?

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畑山隆則さんはボクサーとして数々のタイトルを獲得しました。ここでは、畑山隆則さんのボクサーとしての経歴についてまとめます。

中学生の時は野球をやっていた?

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畑山隆則さんは昔からスポーツ万能だったそうです。体育の得意な男子生徒の多くがそうであったように、畑山隆則さんも野球部に入って活動をしていました。

中学時代の畑山隆則さんは、野球部のエースの4番バッターで、将来はプロ野球選手になることを目指していました。

野球で活躍したため、青森山田高校ではスポーツの特別推薦で入学します。野球部に入部するが、球拾いの際に先輩と口論になり、1か月で退部してしまいました。

辰吉丈一郎の試合を見てボクサーになった?

野球部を退部した後は目的がなくなってしまい、この先どうしようかと考えていたころ、畑山隆則さんはテレビで辰吉丈一郎さんの試合を見ます。

その試合で辰吉丈一郎さんは、WBC世界バンタム級チャンピオンの座に就きました。これに感銘を受けた畑山さんは、ボクサーになる決心をします。

畑山隆則さんは、ボクシングで世界チャンピオンになることを目指し、ガソリンスタンドでアルバイトをしてお金を貯め始めました。

高校を中退し、捨て身の覚悟で上京

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畑山隆則さんは、学校を辞めてアルバイトで貯めたお金を持ち、単身東京へ向かいます。これで成功できなければ人生は終わりという、捨て身の覚悟での挑戦でした。

辰吉選手の活躍で当時ボクシングブームでした。そのため上京してすぐ入った大手ジムにも何百人も会員がおり、思う指導を受けられず、畑山さんはジムを移ります。

腕っぷしには自信があり、自分には世界王者になる素質があると信じてすぐに大手ジム「ヨネクラジム」を移った畑山隆則さんの判断は、正解でした。

恩師・柳和龍に認められプロボクサーに

新しいジム「京浜川崎ジム」で畑山さんは師匠の柳和龍氏と出会います。柳氏の「俺がお前を世界チャンピオンにしてやる」と言われ、畑山さんは感激します。

その後はアマチュアの試合には参戦せず、柳氏と二人三脚でプロへの道を歩みました。1996年には二人は横浜光ボクシングジムに移籍しています。

1993年、プロデビュー戦で初回KO勝ち

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1993年6月17日、東京で行われた福村和宏選手とのプロデビュー戦を初回KO勝ち、4RKOで飾ります。畑山隆則さんは当時17歳でした。

同年、東日本スーパーフェザー級新人王に輝く

同年12月、畑山さんは坂本和則との対戦で初回KO勝ちを決め、東日本スーパーフェザー級(日本のプロボクシングでの旧名「ジュニアライト級」)新人王となります。

1997年、世界チャンピオンのチェヨンスに挑戦するも引き分け

畑山隆則さんは1997年10月、両国国技館にて世界王者のタイトルに初挑戦します。WBA世界スーパーフェザー級王者である韓国のチェヨンスとの対戦でした。

デビュー以来20戦20勝、16KOと負けなしで来た畑山隆則さんに日本中が期待をしましたが、この時は初の引き分け、王座獲得はなりませんでした。

1998年、再び挑戦し世界チャンピオンを奪取

1998年9月、畑山隆則さんは再び両国国技館にて世界王者チェヨンスに挑みま、2-0の判定勝ちを収めて無敗で念願の世界王座を獲得しました。

畑山隆則さんはこの時、リング上で柳氏に縋り付いて号泣しました。それは16歳で出会って以来二人三脚で歩んできた世界王者への夢が叶った瞬間だったのです。

1999年、現役を引退し芸能界へ

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1999年6月、モンゴルのラクバ・シン選手の挑戦を受けた防衛線にて、畑山隆則さんは5回TKO負けでプロ初黒星を喫し、王座からも陥落しました。

畑山隆則さんはこのとき24歳、負けたら引退を公言していました。この初めての負けは、畑山隆則さんに引退を決意させるには十分だったのです。

同年7月、畑山隆則さんは現役引退を表明し、1995年よりマネジメントを担当していた片岡鶴太郎氏がタレント業を行っていた縁で芸能界入りし、テレビに出演します。

2000年、引退を撤回!きっかけはジムの会長の一言?

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畑山隆則さんは引退後はテレビ出演の他、青春を取り戻すべく、たばこやお酒も楽しみましたが、すぐに今の自分がやることとは違うという思いを持ち始めました。

自身にとりボクシングがいかに大切かがわかった頃、ジムの会長から「お前と坂本博之の試合が見たいなあ」と言われます。

男が一回やめると言ったのを簡単に撤回していいものかと悩みましたが、坂本選手とやれるならと復帰を決意しました。下は2000年4月の畑山隆則さんの述懐です。

男が1回やめると言ったのを簡単に撤回していいものかと思いました。でも、死ぬ間際、人生を思い出した時、昨年の6月でぷっつり切れてたらいやじゃないですか。人にうそつきと言われても後悔したくなかった。

(引用:asahi.com)

2000年、階級を上げた復帰戦でライト級でも世界王者に

https://www.youtube.com/watch?v=_5TGseOhQHE

畑山隆則さんは2000年6月、階級をライト級へと上げ、復帰戦を再び世界王者戦にすると発表しました。

WBA世界ライト級王者、ベネズエラのヒルベルト・セラノを8ラウンドで下し、2階級制覇という偉業を復帰戦で成し遂げました。

このリング上で畑山隆則さんは「次は坂本選手とやります」と宣言し、会場は大歓声に包まれました。対戦は、2000年10月11日に決定しました。

2000年、vs坂本博之で勝利!

畑山隆則さんは「平成のKOキング」との異名をとるパワフルなボクサーとして人気を博していた坂本博之さんと対戦することになりました。

試合の前、「自分の方がぜんぶ上。バキバキ言わしてやりますよ」と語っていた通り、畑山隆則さんは坂本博之さんとの対戦で10回TKO勝ちを収め初防衛を飾りました。

試合後のインタビューでは「もう2度とやりたくないです」と語るほど壮絶な試合でした。

2002年、現役を引退

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2001年7月1日が畑山隆則さんのラストマッチでした。この時の動画はのちほど掲載します。

さいたまスーパーアリーナで畑山隆則さんはフランスの元WBA世界王者ジュリアン・ロルシーを相手に3度目の防衛戦に臨みます。

結果は0-3の判定負け、畑山隆則さんは世界王座から陥落し、2002年1月、正式に引退しました。

畑山の戦績は?異常な強さ?

畑山隆則さんのボクサーとしての戦績は、29戦24勝(19KO)2敗3分という素晴らしいものです。

畑山隆則さんはラストマッチ前に自らを「スーパーチャンピオンになれる器ではない」と評しましたが、日本ボクシング史上屈指の選手であることは間違いありません。

畑山隆則のボクシング動画!

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素晴らしい戦績を残し、日本中のファンを沸かせてきた畑山隆則さんのボクシング動画から、必見のものを選りすぐりで以下ご紹介します。

KO連発!畑山隆則の爽快KO TOP10!

https://www.youtube.com/watch?v=8qnJZvoad9I

畑山隆則さんがKO勝ちした試合がトップ10形式でまとめてあります。

史上最大の日本タイトルマッチ!畑山隆則vsコウジ有沢

スーパーフェザー級の2大スター同士のタイトルマッチです。

双方にそれぞれ500万円ずつ、勝てばもう500万円と高級車が授与されるという豪華なファイトマネーも話題となりました。いうまでもなく日本最大のタイトル戦です。

通常のタイトルマッチですと1試合100万円強なので、この試合がいかに人々の関心を集めたものだったかが伺えますが、ここでも畑山選手がTKO勝ちを収めました。

WBA世界ライト級タイトルマッチ!畑山隆則vsジュリアンロルシー

畑山隆則さんのラストマッチです。この試合を最後に、畑山隆則さんはボクサーを引退します。

坂本博之さんとの戦いですでに大きな満足感と達成感を得て燃え尽きていたのかもしれない、と畑山隆則さんは著書「ボクシング界のぶっちゃけ話」に書いています。

2002年7月には、元WBA世界ミドル級王者の竹原慎二さんとともにボクサ・フィットネス・ジムを開設し、実業家としての第2の人生を歩み始めました。

畑山隆則が滅多打ちに!?畑山隆則vsラクバ・シン

畑山隆則さんが挑んだ2度目の防衛戦です。ファンからは、レフェリーや陣営がストップをかけたりタオルを投げ入れるのが遅すぎるとの声も上がる試合でした。

これが畑山隆則さんが味わった初めての敗北であり、この試合後に負けたら引退するの約束通り、畑山さんは1度目の引退をしてしまいました。

坂本博之との伝説の試合は「情熱大陸」や「ZONE」でも取り上げられた

児童養護施設で育った坂本博之さんとケンカ番長でならした畑山隆則さんとの魂のファイトで、畑山隆則さん自身がこの試合で燃え尽きたと語っている一戦です。

畑山隆則さん自身今も「全キャリアを通してのベストバウト」と評する2000年10月11日の坂本博之さんとのこの試合は語り草であり、人気番組でも取り上げられました。

「ZONE」

「ZONE」はTBS系列で1999年10月から2004年9月まで放送されていたスポーツドキュメンタリー番組です。

畑山隆則さんと坂本博之さんのこれまでの道を丁寧に追っており、感動したとの声が高い動画です。

情熱大陸

「情熱大陸」は毎日放送で放送中の、様々な分野で活躍する人たちを密着取材で取り上げ、紹介するドキュメンタリー番組です。

この番組からは、この試合がただの試合ではない、真剣なケンカだったことが伝わってきます。男の意地をかけた戦いがとてもかっこいいと評判です。

複数のドキュメンタリー番組で取り上げられ、この試合がいかに話題となったかが伝わります。多くのボクサーのボクシングを始めるきっかけともなりました。

畑山隆則さんの今後の動向にも期待!

以上、畑山隆則さんについて、不良だった昔のエピソードから現役時代の強さ、坂本博之さんとの伝説の名勝負などについてご紹介しました。現在も実業家として活躍中の畑山隆則さんの、今後の動向にも注目です。

現在も竹原慎二さんと共同で経営しているT&Hジムに2日に1度はいらっしゃるようですので、ファンの方は体を動かしに訪れてみてはいかがでしょうか。

夢のかなえ方や強さの秘訣、また、かっこいいとはどういうことかについてのヒントも得られるかもしれません。

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