志垣太郎の現在の年齢や出演は?息子もテレビで活躍している? エンタメ

志垣太郎の現在の年齢や出演は?息子もテレビで活躍している?

目次

[表示]

志垣太郎の学歴・経歴

geralt / Pixabay

東京で生まれた志垣さんは、早いうちから芸能の世界に関わっていたようです。デビューの頃からのエピソードを紹介していきます。

大森三中を卒業後、高校在学中に舞台「巨人の星」の主役でデビュー

志垣さんは、東京都大田区大森三中に通っていました。15歳の時に劇団こまどりに入団されたのです。玉川学園高等部に在学中の1969年に、舞台「巨人の星」で主人公・星飛雄馬役でデビューしました。

1970年には、ドラマ「男は度胸」でドラマデビューしますが、当時はまだ本名のままでした。「志垣太郎」という芸名にしたのは、この頃のようです。

高校卒業後は日本大学芸術学部に進学し卒業している

TeroVesalainen / Pixabay

志垣さんは、19歳で一人暮らしを始め。自炊生活を送っていたそうです。芸術学部に進学しただけあって、ご自身のプロフィールには特技として「衣装デザイン」と記されています。

1971年「おれは男だ!」で若い女性アイドル的存在に!当時の画像は?

1971年出演のドラマ「おれは男だ!」では、出演の森田健作さんと共演して、注目されるようになりました。その強い目力で、女性たちからの支持を集めたのです。

「あかんたれ」の演技が認められ、より広く知られるようになる

1976年の「あかんたれ」では、妾の子として生まれながら、父の本妻がいる大店に丁稚奉公に出され、虐められながらも、一人前の商人に成長する主人公を演じました。

当初は「イメージに合わない」と言われていた

主人公のキャスティングについては、原作者である花登筺さんの一存で決定したといいます。当時志垣さんはアイドル的存在だったので、「原作のイメージに合わないのでは」という批判的な声が多かったそうです。

しかし、いざ始まってみると、当初80回くらいの予定だったのが、視聴率が良く、そのまま延長されることになったのです。

商人への成長がテーマなので、女性だけではなく、多くの男性にも愛され、当時はテレビのある町の食堂が混雑した、なんて逸話も残っています。

アニメ「ベルサイユのばら」でアンドレ役を務める

そして、誰もが知る少女漫画「ベルサイユのばら」のアニメ化に際して、ヒロインの幼馴染・アンドレ役に抜擢されるのです。

志垣さんは当時を振り返り、「セリフがないシーンも“ 声にならない声 ”を込めた。」と、今作への情熱を語っています。

役者としてのキャリアを積み、バラエティにも進出

役者として数多くの作品に出演し、ベテラン俳優となった志垣さんは、バラエティ番組にも挑戦するようになります。

「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」では、吸血鬼のような衣装で「デビル志垣」となり、子供たちにコワモテで迫るという企画に登場していました。

近年は、「踊る!さんま御殿」をはじめ、「有吉ゼミ」「噂の!東京マガジン」「ためしてガッテン」などのトーク番組に数多く出演し、今や若い世代からも認知されています。

2008年からオスカープロモーションに所属

志垣さんは、2008年12月1日付で、オスカープロモーションへ移籍することを発表しました。それまでは個人事務所だったので、新たな可能性のための再出発となったようです。

20年間、個人事務所で自分をプロデュースしてきたが、自分のわからない自分がまだ残っている。

(引用:  http://netafull.net/talent/028664.html )

また、私生活では、多くの俳優仲間と交流があるようです。柴俊夫さん、松崎しげるさん、西田敏行さん、田中健さんとは、20代の頃からの付き合いなんだとか。

ほかに、志垣さんが実は創価学会に所属しているのでは、という噂があるようですが、これは明確な根拠がなく、事実関係は調べても出てきません。

【 動画・画像あり 】志垣太郎の主な出演作品

それでは、あらためて志垣太郎さんの主な出演作品を映像。画像とともに確認していきましょう。

テレビドラマ「おれは男だ!」

1971年2月21日から1972年2月13日まで放送されました。森田健作さん演じる主人公が、女子校として歴史が長く、女子生徒優位の学校に転向してくる。時代は、女性活躍の「ウーマンリブ」思想全盛で、男子生徒たちと女子生徒の対立を軸にした物語。

森田健作さんとの共演が話題に。いつの時代も、アイドルというだけで演技の評価は厳しいものになりますが、ここから志垣さんは自らの道を切り開いたのです。

テレビドラマ「あかんたれ」

1976年10月11日から1977年7月29日まで放送されました。妾の子・秀太郎が、丁稚奉公先で虐められたり苦労を味わいながらも、一人前の商人へ成長していく。

当初の批判を跳ね返すようにドラマはヒット。今や、秀太郎といえば志垣太郎、と言わせるまでの志垣さんの苦悩と努力を想像しながら観るのもひとつです。

テレビドラマ「ブラックペアン」

2018年4月22日から6月24日まで放送されました。主人公は、天才的な技術を持つ外科医だが、非常識な言動で周囲を翻弄していく医療ドラマ。志垣さんは、病院の利益よりも個人の利害を優先してしまう院長役です。

初々しく若かりし志垣さんの作品を観たあとは、「病院の院長」というベテラン俳優にしかできない難しい役どころを味わってください。

アニメ「ベルサイユにばら」

テレビアニメ版は1979年10月10日から1980年9月3日まで放送されました。原作は池田理代子さん、フランス・ブルボン朝時代の、ルイ15世紀からフランス革命のマリー・アントワネット処刑までを描いた漫画です。

原作では、比較的コメディータッチの場面が多かったのですが、それらを排除し、シリアスな仕上がりとなっています。

今でも多くのファンが志垣さんの声に恋しています。公式動画が配信されているようなので、みなさんもぜひチェックしてみてください。

映画「狼の紋章」

1973年9月1日公開の映画で、原作は平井和正さんと坂口尚さんによるSF漫画です。私立中学校へ転校した主人公は、満月に不死となる人狼で、秘密組織に狙われるという物語です。

東方映画では今までなかった、暴力・性描写を取り入れた斬新な映画でした。志垣さん演じる犬神明の狼男のマスクは、ジベリアオオカミの本物の毛を植毛したのだそうです。

映画「大空のサムライ」

1976年公開。零戦パイロット・坂井三郎の体験をモデルに、オリジナル脚本として映像化された戦記映画です。志垣さんは、海軍軍人として、ガダルカナル上空戦で戦死された笹井醇一海軍少佐を演じています。

当時はまだCGがない時代で、特撮を駆使した空中戦が見ものです。

「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」

志垣さんのお仕事の中でも「デビル志垣」は衝撃的…いや笑劇的で、幅のあるキャリアを持つ志垣さんならではの存在感があります。

CM「アース製薬 ちびっこホイホイ」

振り切った志垣さんの動きと、冷めた外国人女性のリアクションでシュールな仕上がりとなっています。

志垣太郎の元気の秘密は風呂うどん?

志垣さんが、2014年にトーク番組「有吉反省会」に出演した際、「うどん愛」について熱く語っていました。

志垣流うどんの食べ方

19歳の時に、仕事で毎日忙しく、ゆっくり食事が出来なかった志垣さんは、朝食のうどんをお風呂に持ち込んで食べたことがあったそうです。

すると、そのうどんが、朝の太陽の光に照らされて、輝いて見えたのだとか。それに感動した志垣さんは、それからずっとこの「風呂うどん」を習慣にしているそうです。

番組では、志垣さんのうどん愛を試すがごとく、-20度の巨大冷蔵庫を用意し、この中でうどんを食べる志垣さんは、凍えながらもうどんを食し、「うどんへの愛はかわりません!」と叫ぶのでした。

本場・讃岐では知られた食べ方

このうどんの食べ方、志垣さんが変わり者なのかなと思われた方、実はうどんの本場・香川県あたりでは昔から知られたうどんの食べ方だそうです。

香川の年中行事でめでたい時にうどんを食す習慣があったそうです。そして昔は風呂に入るのは貴重でありがたいことだったそうで、香川の人たちは、風呂に入れる喜びを、同時にうどんを食べることで表現したとか。

これを、当時19歳の志垣さんが知っていたのかはわかりませんが、うどんへの愛が引き寄せた偶然の一致なのでしょうか。真実はわかりません。

奥様からの苦情あり?

RobinHiggins / Pixabay

微笑ましい話ですが、実は志垣さんのこの風呂うどんには被害者がいるのです。そう、それは奥様の紀子さんです。奥様は朝6時の風呂うどんのために、それより前に起きて手打ちをしているそうです。

奥様は、同番組のインタビューで「寝不足になり困っている」「湯船にうどんをこぼさないで」など大変ご立腹のご様子です。

これからもShigaki-ismで

さて、ここまで俳優・声優の志垣太郎さんの活躍を紹介してきました。

以前、息子の匠さんと一緒に「徹子の部屋」い出演された時は、大変照れた様子で、息子さんへの愛情が伝わってくる放送になっていました。匠さんからのTwitterからも、志垣さんを慕っているのが伝わってきます。

志垣太郎さんのあのにこやかなお顔を思い出すと、なんだか元気が出てきます。今後も、映画やテレビなどで活躍する志垣さんから目が話せません。

芸能人の親子に関する記事はこちら

2/2