紀比呂子の現在は?金沢料理屋を営業?旦那や子供は?父や母の情報も

結婚の為、芸能界から姿を消していた紀比呂子さんですが、最近TVに出演し視聴者を驚かせました。そんな彼女は現在、金沢料理屋「はく」の女将をしています。夫のホリディイン金沢の倒産を機に東京に帰り、自立の道を歩んでいました。そんな彼女の最近と過去の軌跡をたどります。

紀比呂子の現在は?家庭料理屋『はく』の女将をしている?

「紀比呂子」(きのひろ子)は1970年頃の女優です。1980年結婚を機に芸能界を引退し、金沢に住んでいました。しかしその後「ご主人」の会社が倒産し、東京の母「三條美紀」の家に移ります。

そして現在は「世田谷」の(きぬた)に「はく」という小料理屋を開店しています。そこで本格的な「金沢料理」のお店を営業しています。

その店はかなりこだわったお店で有名ですが、彼女は「元女優」の名を借りず、立派にお店を繁盛させているのです

元女優・紀比呂子のプロフィール!現在の年齢や身長は?

紀比呂子さんは女優として数々の人気ドラマに主演していました。デビューは、1969年で「レコード」も出していますが、主に「アイドル女優」として知られています。母親は女優の「三條美紀」さんです。

成城の聖ファチマのマリア幼稚園に在籍し、その後「短大」まで「成城学園」に通いました。その頃、人気雑誌「平凡」の表紙を飾り、華々しくデビューしました。初出演はテレビドラマで「風の中を行く」です。

その後「地の群れ」に出演、「準主役」という大役を務めました。本名は「福田 博子」さんで 現在1950年4月11日生まれの69歳です。

紀比呂子の現在は?芸能活動はしている?

小料理屋をしておる「紀比呂子」さんですが、「芸能活動」は一切していないのでしょうか?情報では2018年にTV出演した記録があり、それ以降の情報は見受けられません。

つまりその時には一時的に「芸能活動」をしていたようです。しかし、おそらくそれは「元女優」として紹介されたのでしょう。彼女を起用してドラマを放映したという記録はありません。

現在は「料亭の女将」をしておられ、お元気にされているようです。

最後のメディア登場は2018年『行列のできる法律相談所』

最近の出演映像は、2018年の「行列のできる法律相談所」がありますが、どうやらこれが「最後の出演」となっているようです。この時の映像は36年ぶりだったので、その変貌ぶりには驚いた方もおられたでしょう。

しかしもともと綺麗な方なので、歳はとっていても上品な女性という感じを受けました。

現在、金沢料理が楽しめる『家庭料理 はく』を営んでいる

「紀比呂子」の現在は金沢料理に特化した小料理屋「はく」の経営者です。現地の素材を使ったこだわりの料理屋です。「元女優」の名を語ることなく、真面目に「調理師の免許」を取得し、お店を持ちました。

小料理屋を始めたきっかけは夫の会社の倒産だった?

結婚してから「紀比呂子」さんは旦那さんの会社のある「金沢」にいました。しかし「旦那さんの会社の倒産」をきっかけに東京へ戻ります。そこで「紀比呂子」さんは自分のお店を持つことになります。

金沢では生活に馴染んでいて、地域の活動にも参加していました。その時よほど「金沢」に愛着がわいたのか、東京の「世田谷」で「金沢料理の専門店」をもつにいたります。

その名も「はく」といいます。「紀比呂子」さんを連想させる店名ではなく、真っ向から「腕で勝負の道」を選びました。

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紀比呂子が営む家庭料理屋『はく』の情報は?店はどこ?

「紀比呂子」さんの営むお店は、公表しているのでしょうか?そうならば場所を知り実際に訪ねることができるのでしょうか?彼女の「往年のファン」ならば気になるところです。

彼女のお店の客層や店の評価などを調べてみました。

お店の場所は世田谷区砧

お店の所在地は「東京都世田谷区砧」です。最後は「きぬた」と読みます。商店街の近くの閑静な所にあります。お店は特に大きくはなく、10人余りの収容人数です。

品のよさそうなただ住まいで、入り易さもあり、好感が持てます。場所の情報は東京都世田谷区砧8-3-10砧・マンション103です。

アクセスは、小田急の「祖師ケ谷大蔵」駅南口から歩いて5分くらいのところです。電話番号は「03-3417-2071」で、営業は17:30-21:00の間です。出来れば予約した方が良いかもしれません

小料理屋『はく』の特徴は?

女優だったことは店名には出さずに、「自力」で勝負した「紀比呂子」さんのお店は「成功」を収めています。70歳前の「美人女将」が立つ「金沢料理の店」として評判を呼んでいます。

食材を本場の「金沢」から仕入れ、調理するという「こだわりぶり」です。特に「白身魚」を大切にし、焼酎なども「金沢産」を取りあつっかっています。全般にさらりとした味付けです。

他にも「人気メニュー」では、「イワシのこんか漬け」や「黒作りのチャーハン」などがあり、「北陸特産」のものが楽しめる家庭料理です。

小料理屋『はく』の評判は?

お料理の金額は「3000円~4000円」くらいでやや高めですが、手の込んだ料理ですので、納得がいきます。また「食べログのレイト」も3.5手前でかなりの高評価です。それなりの理由がある価格設定です。

店内はとても雰囲気が良く、バランスがとれた形をしています。したがって全体的に評判は良く、いつも予約が入っている状態です。

小料理屋『はく』を訪れる客層は?

価格から考えると、ある程度「余裕のある年配層」のお客さんが中心です。特に酒類はやや高めで、「がぶがぶ」と飲むような雰囲気ではありません。「紀比呂子」さん中心の層のように見受けられます。

雰囲気は、はじめての方でも安心しては入れる和やかなムードです。一部には「スナック的」なお店という意見もあるようです。

紀比呂子は結婚を機に芸能界を引退!旦那はどんな人?

「紀比呂子」さんの引退のきっかけはやはり「結婚」です。では「どんな方」と結婚されたのでしょうか?またその後の足跡が気になるところです。詳しく見ていきましょう。

紀比呂子は1982年に結婚

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「紀比呂子」さんが結婚したのは1982年のことです。人気絶頂の頃でしたが、「芸能活動」とはこれを機に縁を切ります。「山口百恵」のようにきっぱりと「新たな人生」を選択なさったようです。

強い意志があり自分で道を切り開くタイプの人なので、やがて自分のお店を持つにいたります。

紀比呂子の夫は中学校の2歳年上の先輩

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「紀比呂子」さんが結婚したのは1982年のことです。その人とは16年の年月をかけて結ばれました。「紀比呂子」さんのお相手は中学校時代の2歳年上の先輩です。

男性は「高校」のころから「紀比呂子」宅に出入りしていたほど親密だったようです。しかし彼はその後一度結婚をしていますが、その後離婚して改め「紀比呂子」に結婚を申し込みました。

紀比呂子は結婚を機に芸能界を引退している

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それを機に彼女は芸能界を「引退」しました。「芸能活動」とはこれを機に縁を切ります。その後事情により「復帰」を薦められますが、それは断っています。

女優引退後は富山や石川県金沢市に引っ越し

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女優引退後は富山や石川県金沢市に引っ越ししています。その時の体験が後に「金沢料理の店」を開くきっかけになりました。引っ越し先ではかなり地域の人と馴染んでいたようです。

旦那はホテル「ホリディイン金沢」の副社長をしていた

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ご主人は「金沢ホテルの副社長」です。「ホリディイン金沢」というホテルです。しかし2000年にホテルは「倒産」します。

そのために「紀比呂子」に「復帰」の声がかかりました。しかし彼女はそれには応じず、東京に戻ります。

紀比呂子に子供はいるの?

「紀比呂子」さんにはお子さんがいます。しかしお子さんに関する詳細は発表されておらず、性別だけが公表されています。2人のお子さんがいるとしか情報がありません。

すでに成人していると思われますが、通常の人生を歩んでいるのでしょう。

紀比呂子と旦那の間には一男一女が生まれている

「紀比呂子」さんのお子さんは「一男一女」であるということは公表されています。それが今わかる情報のすべてのようです。

子供達の現在は?

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全く情報は公開されておらず、現在のお子さんの情報は特別ありません。お店に行ったら知ることができるかもしれません。

現在旦那とは別居中?

「紀比呂子」さんら3人は東京の母「三条美紀」さんのところに行ってから「料亭」を出されました。後程、旦那さんも上京しましたが「同居」はせずに「別居」しております。

これは二人の仲が「険悪」なのではなく、「旦那さんの自尊心」を尊重しての選択だったらしいです。

なんだか理解しがたいですが、現に婚姻関係は継続中なようですから、同意の上でのことなのでしょう。

別居中ではあるものの離婚はしていない

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つまり「別居中」でああるが「離婚」はしていないということになりますが、「お互いの仲」は良好なようなので、「親友」のような関係になっているのでしょう。

結婚前は火野正平とデートの報道をされたことも

「紀比呂子」さんも浮いた話が一つもなかったのではなく、実は「火野正平」とデート中に「自動車事故」が起き、それが大々的に報道されたことがありました。しかしそれは「結婚前」のことです。

その他には目を引くようなスキャンダルはありませんでした。

紀比呂子の生い立ちや家族について

「紀比呂子」さんの「生い立ち」と彼女のご家族について、詳しい情報をおさらいしましょう。彼女の華麗な過去の情報が紐解かれます。

紀比呂子の母親は、女優・三條美紀

「紀比呂子」さんのお母さんは女優の「三條美紀」さんです。彼女の本名は「佐藤 幹子」さんです。「紀比呂子」さんの名前は、お母さんの「美紀」の一字を取って付けられました。

「大映」の映画に多数出演した女優です。初出演は1946年で、映画「君かと思ひて」がデビュー作でした。

紀比呂子の父親はどんな人物だった?

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「紀比呂子」さんのお父さんの情報は全く見当たりません。人物像についても情報が見あたりませんでした。2chでは離婚されたといううわさがありますが、真相は不明です。

お母さんの「三條美紀」さんが亡くなられた時の「喪主」も紀比呂子さんですので、おられないことは確かです。すでに亡くなっていらっしゃるか、昔に離婚されたのでしょう。

母方の祖父も俳優だった?

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ただお爺さんの情報はあり、大正の俳優「佐藤 圓治」さんです。彼は俳優と大映の部長も務めた人物です。「東北なまり」がうけた異色俳優で、やはり多くの映画に出演をしています。

つまり紀比呂子さんを含めて3代の俳優の家系になるわけです。

紀比呂子の学歴がすごい!小学校から短大までエスカレータ?

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彼女の「学歴」はなかなかすごいです。まず、幼稚園は「成城の聖ファチマのマリア幼稚園」という所です。お嬢さんが通うお洒落な幼稚園だったようです。このころには「ピアノ」などを習っていました。

この幼稚園は幼稚園から大学までを一貫で教育している「成城学園」です。彼女はそこで「大学の中退」まで学んでいます。「中退」は芸能活動が忙しくなったためです。

小学生の頃は坂本九の大ファンだった!

「紀比呂子」さんは、その当時は大スターだった「坂本九」さんの「大ファン」でした。誰もが好きになるスターで彼女も小さい時は「九ちゃん」のプロマイドを持っていました。

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