渡辺美佐子の現在は?夫や子供は?誰がために憲法はあるに出演?

渡辺美佐子さんは女優として数々の映画やドラマに出演。映画「誰がために憲法はある」に出演するなど現在でも活躍されています。そんな渡辺美佐子さんですが顔を整形したとの疑惑もあります。また最愛の夫の死、息子のこと、渡辺さんの平和への願いについても取り上げていきます。

渡辺美佐子の現在は?

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渡辺美佐子さんはこれまで数多くの映画やドラマに出演するなど、女優として長年に渡って活躍されてきました。近年でも舞台や映画に出演されるなど勢力的に活動されています。

そんな渡辺美佐子さんの2000年以降の活躍はどのようなものがあるのでしょうか?渡辺さんのプロフィールと合わせて紹介していきます。また今後公開予定の映画についても取り上げます。

渡辺美佐子のプロフィール!年齢は?

  • 名前:渡辺美佐子(わたなべ みさこ)
  • 職業:女優
  • 出身地:東京都東京市麻布区
  • 生年月日:1932年10月23日
  • 血液型:AB型
  • 配偶者:大山勝美
  • 所属事務所:現在はフリー

女優の渡辺美佐子さんは1932年10月23日東京都生まれ。女優としてデビュー以来数々の映画やドラマに出演。86歳になった現在でも映画や舞台など幅広い分野で活動を続けています。

また1965年には元TBSプロデューサーの大山勝美さんと結婚。2人の間には息子も生まれています。渡辺さんは女優として活動する傍ら、朗読劇なども長年に渡って活動されてきました。

2008年から女優18人で「夏の雲は忘れない」に取り組む

2008年に上演の朗読劇「夏の雲は忘れない」は1945年、太平洋戦争末期の広島と長崎を舞台にした朗読劇です。出演は渡辺さんの他、岩本多代さん・大橋芳江さん・大原ますみさんなど18名の女優陣。

往年のベテラン女優が勢ぞろいしている点でも注目されていますが、テーマは戦争の悲劇を後世に語り継ぐもの。原爆で両親を失った子供たちや子供を失った家族の手記を渡辺さん等が読み上げて行きます。

大道具や小道具など余計な演出はありませんが、当時の映像に加えて音楽や効果音、照明をタイミングに合わせて導入するなど戦争の悲劇や恐ろしさを巧みに伝える演出は見どころです。

2014年舞台「黄昏にロマンス」に平幹二朗と出演

2014年には舞台「黄昏ロマンス」でベテラン俳優の平幹二朗さんと共演しています。原作はソビエト連邦の劇作家アレクセイ・ニコラエヴィチ・アルブーゾフ。物語の舞台は1968年のバルト海に面した街。

登場人物は平幹二朗さん演じる老齢の医師ロデオンと渡辺さん演じる患者リダの2人だけ。バルト海に沈む夕日を老い先短い2人の人生の終焉に重ねて物語は静かに、しかし情熱的に進行していきます。

2015年舞台「リア」でリア王を演じる

2015年に渡辺美佐子さんは、シェイクスピア作品の「リア王」を原作にした舞台「リア」で、リア王を演じています。リア王は男性ですが、その役を渡辺美佐子さんが演じています。

リアが2人の娘に裏切られ狂気にかられて彷徨い歩くシーンや、最後に自分を助けようとした3人目の娘コーデリアの亡骸に嘆き悲しむシーンは見る者を圧倒しました。

渡辺さんはその後も「リチャード三世」でシェイクスピア作品を演じています。

2018年映画「ビブリア古書堂の事件手帖」に出演

2018年には黒木華さん主演の映画「ビブリア古書堂の事件手帖」にも渡辺美佐子さんは出演しています。原作は三上延さんのシリーズ累計680万部以上を誇る同名小説。監督は三島有紀子さん。

鎌倉にある小さな古書堂「ビブリア古書堂」の女主人・篠川栞子が文学作品にまつわる様々な「謎」を解き明かしていく文系ミステリー。映画では夏目漱石の「それから」が重要な鍵を握っています。

この映画で渡辺さんは栞子に想いを寄せる青年・大輔の祖母を演じています。大輔が本嫌いになるきっかけを作った張本人であり、大輔と栞子を結びつけるきっかけにもなった重要な役どころでした。

朗読劇はメンバーが高齢化したため2019年夏で終了

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「夏の雲は忘れない」など朗読によって戦争の愚かさや恐ろしさを後世に語り継ぐ活動を長年に渡って続けてきた渡辺美佐子さんですが、2019年の夏を最後に朗読劇を終えると語ります。

理由は朗読劇の出演者が高齢化してきたとのこと。渡辺さんの朗読劇に限らず、戦争を体験した人は高齢化が進み、各地の語り部たちも引退するなど全国的に悩みのタネとなっています。

渡辺さんは「東京新聞」の取材に対して、子供の時の戦争体験が現在の活動の原点になったと語っています。また戦争を知らない世代によって戦争の惨禍が繰り返される危機に警鐘も鳴らしています。

2019年4月27日映画「誰がために憲法はある」出演

2019年の夏で朗読劇を辞めると発表した渡辺美佐子さんですが、戦争の愚かさや恐ろしさを後世に語り継ぐ活動を決して諦めたわけではありません。女優には、女優だからこそ出来ることがあります。

渡辺さんは4月27日公開の映画「誰(た)がために憲法はある」にも出演しています。戦争体験者が年々減少し戦争の記憶が薄れて行く中で、日本国憲法が果たしてきた役割について考え直すという内容。

監督をドキュメンタリー映画「大地を受け継ぐ」や「止められるか、俺たちを」の脚本を手掛けた井上淳一さんが務めています。渡辺さん自身広島の原爆で恋人を失ったと語っています。

2019年秋公開映画「いのちスケッチ」に出演予定

2019年の秋に公開が予定されている映画「いのちスケッチ」にも渡辺美佐子さんは出演しています。主演はドラマ「僕の初恋をキミに捧ぐ」で注目が集まる劇団EXILEに所属する俳優・佐藤寛太さん。

渡辺さんは佐藤さん演じる主人公の祖母で認知症を患う和子を演じています。夢に挫折して実家にも戻れない主人公の亮太が動物園のアルバイトを始めたことから、命と向き合い成長していく物語です。

現在も舞台や映画・テレビなどで幅広く活躍中

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渡辺美佐子さんは86歳になった現在でも舞台や映画を中心に幅広い活躍をしています。その原点にあるのは自身の戦争体験でした。

年齢を理由に朗読劇は引退することになりますが、その想いは今後は映画やドラマという形で引き続き発信していくことが期待されています。

また渡辺さんは「東京新聞」の取材に対して、自分たちの世代で活動が終わっても、その次の世代に引き継ぐことが重要と語っています。渡辺さんの不戦への戦いはまだまだ続きそうです。

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渡辺美佐子に整形疑惑?

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渡辺美佐子さんについてネット上で検索すると「整形」というキーワードが表示されます。渡辺美佐子さんが以前と比べて顔が変わったと指摘する声も。果たして渡辺さんの整形疑惑は事実なのでしょうか?

また整形が事実だとしたら、その理由はどこにあるのでしょう。ここからは渡辺美佐子さんの整形疑惑と、それを受けての一般の人々のリアクションについて取り上げていきます。

顔に不自然な頬の張り?現在の画像はある?

渡辺美佐子さんに突如として整形疑惑が持ち上がったのは2014年10月に放送されたテレビ朝日「徹子の部屋」に渡辺さんがゲスト出演したことでした。

その番組内で渡辺さんは亡き夫との闘病の日々を司会の黒柳徹子さんに語っていくのですが、それを見た視聴者からは「頬が不自然に腫れている」といった指摘が相次いだのです。

印象が変化!整形の噂が広がる

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「徹子の部屋」に出演した渡辺美佐子さんを見た視聴者の多くが違和感を感じたようです。頬を釣り上げていることは手術の痕跡も見えたという人や、目元にもシリコンを入れて二重にしているといった声も。

同じように整形と思った視聴者が放送後、ネット掲示板に書き込んでいます。

83歳で整形?凄まじい女優魂だと話題に

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ネットの反応は賛否両論ありました。整形そのものが賛否両論あるのでその手術が良かったか悪かったかは意見が分かれるところでしょう。

しかし年齢を重ねても美しくありたいと願う気持ちは女性としては当然のことではないでしょうか。ましてや渡辺さんは女優です。整形してでも若くあろうとする女優魂を賞賛する声も多く上がりました。

痛々しいという声も

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一方で渡辺さんの整形に批判的な意見ももちろん上がっています。整形する前は高齢になっても色気のある素敵な女優さんだったのに残念といった声もあります。

また、せっかくお金をかけたのにすぐに整形したとバレる手術をするのもおかしいといった意見や、あの顔でテレビに出るのは良くないといった辛辣な意見まで。整形すべきでなかったという声もありました。

渡辺美佐子は結婚してる?旦那はプロデューサー?

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渡辺美佐子さんは女優としてデビュー以来、数多くの映画やドラマ・舞台で活躍してきました。86歳になった現在でも女優として舞台や映画に出続け、戦争と平和を語り継ぐ活動を続けています。

そんな渡辺美佐子さんですが、プライベートでは元TBSプロデューサーの大山勝美さんと結婚し、その後2人の間には息子も生まれています。

ここからは渡辺美佐子さんのプライベートについて取り上げていきます。女優とは違う日常の渡辺美佐子さんとはどのような女性なのでしょうか。

1965年に元TBSプロデューサー大山勝美と結婚

女優として充実した日々を歩んでいた渡辺美佐子さんが結婚したのは1965年。相手は元TBSプロデューサーの大山勝美さんでした。2人の大物の結婚に世間は注目しました。

大山勝美さんは「岸辺のアルバム」や「ふぞろいの林檎たち」など現在でも名作と賞賛される多くのドラマを手掛けてきたことで有名です。まさにテレビドラマの黄金時代を支えた中心人物でした。

出会いはドラマ?親しくなったきっかけとは?

渡辺美佐子さんが大山勝美さんと知り合うきっかけになったのもドラマでした。大山さんのシャツの襟が崩れているのを見た渡辺さんが「独身ですか?」声をかけたといいます。

その一言から2人はプロデューサーと女優の関係を越えて親しくなり、出会って1年後の1965年に2人は入籍します。当時は渡辺さんも大山さんも30代前半の若い頃でした。

売れっ子女優が映画監督や番組プロデューサーと結婚するケースは当時としては珍しくありません。渡辺さんと大山さんの関係もそのようなものだったでしょう。いわゆる職場結婚でした。

のちに息子が誕生、現在は成人している

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大山勝美さんと結婚したのちも渡辺美佐子さんは精力的に女優の仕事をこなしていきます。それから間もなくして渡辺さんは大山さんの子供を身籠ります。

産まれてきたのは男の子でした。2人は愛情いっぱいに息子を育て、その息子は現在では成人して両親とは無縁の一般の職業についているといいます。

1998年、夫・大山勝美が胆管がんを患う

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息子も生まれて公私ともに順風満帆に思えた渡辺美佐子さんと大山勝美さんでしたが、1998年に悲劇が2人を襲います。夫の大山さんに胆管がんが見つかってしまったのです。

胆管がんとは胆管に出来た悪性の腫瘍のことで、病状が進むと他の臓器に転移したりリンパ節に転移する恐れもある病気です。この時医師から告げられた余命は3年という過酷な現実でした。

渡辺美佐子は夫の看病で65歳にして初めて家事を行った

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渡辺美佐子さんは女優としてデビュー以来、まったく家事という家事をやってきませんでした。料理も洗濯もやったことがありません。その生活は結婚して子供が生まれてもかわりませんでした。

しかし夫の大山勝美さんに胆管がんが見つかったことで、渡辺さんはこれまでやったこともなかった料理を、拙いながらも懸命に挑戦します。その料理を家族3人で食べている時間は幸せだったと語っています。

渡辺美佐子さんにとって大山勝美さんという男性がどれほど大切な存在であるかを証明するエピソードです。病気を抱えた夫のために献身的に尽くすために、ここから仕事も抑えるようになっていきました。

余命3年を宣告されたものの命を取りとめ15年仕事を続ける

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大山勝美さんが余命3年という宣告を受けてからというもの、渡辺美佐子さんは夫のために料理をしたり洗濯したり掃除をしたり、身の周りの世話を毎日続けて行きます。

その甲斐もあってか大山さんのがんの進行は次第に遅くなり、余命3年といわれていたものが4年が過ぎ5年が過ぎ、気が付けば15年という長い年月が過ぎていました。

この頃になると渡辺さんの料理の腕前もかなり上達していたことでしょう。

2014年胆管がんの合併症が原因で死亡

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しかし妻・渡辺美佐子さんの懸命の看病も実らず、夫・大山勝美さんは胆管がんの合併症が原因でこの世を去ります。仕事をセーブするほど尽くした夫の死は、渡辺さんにどれほどの悲しみを与えたでしょう。

渡辺さんは今でも大山さんの存在を感じていると後に語っています。大山さんは死の間際まで仕事のことばかり考えているような人間で、今でもその魂が周辺に残っているような気がするといいます。

「徹子の部屋」に出演、旦那の闘病生活を語る

夫・大山勝美さんを失った同じ年の10月に、渡辺美佐子さんはテレビ朝日「徹子の部屋」にゲスト出演します。そこで渡辺さんは司会の黒柳徹子さんに、壮絶な闘病の日々を語ったのでした。

大病を患った夫のために、慣れない手つきで料理を始めたこと、仕事をセーブして夫に付きっきりで看病したことなどを語り視聴者の涙を誘いました。その後渡辺さんは女優業に全力を注いでいきます。

渡辺美佐子さんに整形疑惑が浮上したのはこの時ですが、もし渡辺さんが整形していたとしたら、原因は若さの他に、夫を失った悲しみを断ち切るためだったとも考えられます。

渡辺美佐子の経歴は?若い頃は?

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女優・渡辺美佐子さんは数多くの映画やドラマで活躍されてきました。そんな渡辺美佐子さんですが若い頃はどうだったのでしょうか?

ここからは渡辺美佐子さんが歩んできた道程を振り返って行きます。

高校卒業後に俳優座養成所の3期生に!愛川欣也が同期

渡辺美佐子さんは東京都実践女子学園高等学校の在学中に電車内で俳優の信欣三さんを見かけます。その時渡辺さんは登校の途中でしたが、渡辺さんにとって信欣三さんは憧れの人物だったので尾行します。

学校のことは忘れて信欣三さんの後を追った渡辺さんが辿り着いた先は六本木の「俳優座」でした。そこで渡辺さんは俳優養成所の募集広告を渡されます。若い頃から渡辺さんは物凄い行動力ですね。

これが転機となり渡辺さんは高校を卒業して間もなく俳優座のオーディションを受けます。その結果渡辺さんは見事合格となり、俳優養成所の3期生として入所します。同期には愛川欣也さんがいました。

養成所卒業後劇団「新人会」に入団、日活と契約

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俳優養成所で演技の基礎を学び卒業すると渡辺さんは劇団新人会に入団し、初舞台「家庭教師」以降、数々の舞台をこなしていきます。この時劇団の同期には愛川欣也さんや安井昌二さん等がいました。

新人会は俳優養成所の2期生と3期生を中心に結成された劇団で、養成所から発生した劇団はこの他に劇団青年座・劇団三期会・劇団仲間がありました。

1953年映画「ひめゆりの塔」でデビュー

新人会で経験を積む渡辺美佐子さんの人生を大きく前進させたのが1953年公開の映画「ひめゆりの塔」での出演でした。これが渡辺美佐子さんの映画人としての第一歩でした。

沖縄戦時中の看護を目的としたひめゆり学徒隊の1人として渡辺さんも出演します。渡辺さんの役は安富良子。監督は今井正さん。主演は宮城先生を演じた津島恵子さんが務めています。

この映画では憧れの俳優で渡辺さんの女優としてのきっかけになった信欣三さんも平良先生役で出演しています。当時東映は経営が傾いていましたが、今作品が大ヒットしたことで危機を乗り越えます。

1958年映画「果しなき欲望」にてブルーリボン賞・助演女優賞受賞

「ひめゆりの塔」の出演をきっかけに日活と契約した渡辺美佐子さんはその後も数多くの日活映画に出演、女優としてのキャリアを着実に積み上げていきます。

そして1958年には「果てしなき欲望」でブルーリボン賞助演女優賞を受賞します。監督は今村昌平さん。原作は藤原審爾さん。終戦の日に駅のホームに集う人々の欲望剥き出しの感情を描いた内容。

まだ戦争の雰囲気が漂う重苦しい中で人間の欲望と欲望がぶつかり合う中でも時折り見せる人間の可笑しさ滑稽さをユーモラスに描いた異色の戦争映画でした。

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