中卒・高校中退の芸能人の男女別ランキング!中卒・中退の理由は? エンタメ

中卒・高校中退の芸能人の男女別ランキング!中卒・中退の理由は?

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渋谷すばる

関西ジャニーズの出世頭、関ジャニ∞のメインボーカルを務められていた渋谷すばるさんです。残念ながら2018年にジャニーズを退所なさっています。ご自身の音楽を磨く為に海外に拠点を置いて生活するためです。

渋谷さんは茨木市立太田中学校卒業後、私立大阪高等学校へ進学なさいました。しかし15歳でジャニーズJrとしてデビューなさってから多忙となり、高校を中退なさっています。

2019年に、渋谷さんはご自身の公式サイトを立ち上げています。また秋には、ワーナーミュージック・ジャパンのバックアップで自主レーベル「World art」を発足し、再ソロデビューする予定だそうです。

大倉忠義

同じく関ジャニ∞のドラム担当の大倉忠義さんです。お父様は居酒屋チェーン「鳥貴族」社長であることも知られていますが、幼い頃は大きな会社ではなく、新聞配達のアルバイトなどで苦労もなさっています。

大倉さんがジャニーズに入ったのは中学生の時です。東大阪市立俊徳中学校卒業後、大阪商業大学付属高等学校に入学なさいましたが、やはり仕事が忙しくて中退を余儀なくされたそうです。

大倉さんは音楽活動でも探求心旺盛ですが、ドラマなどもこなしておられます。また2015年には「関ジャニの仕分け∞2時間スペシャル」の企画内で、メンバーの横山裕さんと共に高卒程度認定試験に合格しています。

亀梨和也

人気グループKAT-TUNのメンバーの亀梨和也さんです。亀梨さんは歌手活動のほかに「妖怪人間ベム」「怪盗 山猫」等の主演でもお馴染みです。また、ノーベル製菓の「サワーズグミ」のCMが印象的です。

亀梨さんは東京都立水元高校に進学なさいましたが、高校1年の時にKAT-TUNが結成され、あっという間に人気グループになりました。そしてやはり多忙の為出席が出来なくなり、中退なさったとのことです。

亀梨さんは2019年にソロデビューなさっています。デビュー曲「Rain」はオリコンウィークリーランキングで初登場1位を獲得しています。またドラマ「ストロベリーナイト・サーガ」の主演も記憶に新しいです。

井ノ原快彦

ジャニーズの中でも安定した人気を誇るV6のメンバー、井ノ原快彦さんです。井ノ原さんのご活躍は俳優から歌手、司会、キャスターと非常に幅が広いです。高校中退なさっています。

井ノ原さんは芸能活動が忙しかったのもありますが、勉強が嫌いで高校3年生の時に中退なさいました。しかしお父様と「30歳までには卒業する」という約束を交わされていて、27歳で再入学し卒業なさっています。

井ノ原さんと聞くだけで、「特捜9」「あさイチ」「出没!アド街ック天国」と、出演なさっている番組が次々と頭に浮かびます。勿論V6のメンバーとして、コンサートなどでファンを沸かせることも忘れません。

国分太一

ジャニーズいちの好感度を誇るTOKIOのメンバー、国分太一さんです。国分さんも井ノ原さんと同様マルチなご活躍をなさっています。TOKIOではキーボードを担当なさっています。

国分さんは1988年にドラマデビューなさっています。高校には進学しましたが、中退なさっています。やはり他のジャニーズの方々同様、仕事との両立が難しかったものと思われます。

国分さんは2008年から2009年までの間、「NHK及び民放在京キー局全てで同時期にレギュラー番組を持つ」という快挙を遂げています。好感度の高さが伺えます。現在でもお目にかからない日はないほどです。

中卒・高校中退の男性芸能人!【ミュージシャン・歌手】

RyanMcGuire / Pixabay

ミュージシャンや歌手の中にも、中卒、高校中退でも輝く才能を発揮なされている方が多く存在します。ご活躍と共に紹介します。

尾崎豊

1980年代から1990年代初頭にかけて活躍なさったシンガーソングライターの尾崎豊さんです。残念ながら26歳の若さで他界なさっています。若者のカリスマと呼ばれ、その楽曲は今でも歌い継がれています。

尾崎さんは青山学院高等部と倍率20倍の陸上自衛隊少年工科学校合格なさいました。しかし陸自の方は短髪という校則がお嫌で入学せず、青山学院の方も喫煙やオートバイ事故、飲酒などが理由で自主退学となりました。

尾崎さんの突然の死にファンは嘆きました。教育の場ではタブー視され続けましたが、死後10年経った頃から評価も変わり、高校教科書に顔写真や「15の夜」の歌詞が掲載されたこともありました。

河村隆一

ソロとしてのご活躍の他に、RYUICHI名義でLUNA SEAやTourbillonのボーカリストも担当なさる河村隆一さんです。ミュージカル俳優や小説家としてもご活躍です。高校中退なさっています。

河村さんは日本工業大学付属東京工業高等学校に進学なさいました。しかし進学した後自分が本当にやりたいものは何かを考え、それが音楽だと気づいてそちらに進むべく中退したのです。

河村さんは17歳の時上京し、友人の家を転々としながら、アルバイトとバンド活動をなさっていました。またご自身の音楽活動以外にプロヂューサーも勤めており、多くの歌手に楽曲提供もなさっています。

吉幾三

演歌歌手、シンガーソングライター、作詞家、作曲家、ラッパーと、多くの肩書を持つ日本歌謡界の大御所吉幾三さんです。ワークマンやヤマト運輸のCMソングでもお馴染みです。中卒です。

吉さんは青森県の出身です。お父様は地元の民謡歌手でしたが、吉さんが歌手になることには反対でした。吉さんは中学卒業後、お父様の反対を押し切って歌手になるために単身上京します。

2008年頃、動画サイトで「オラ東京さ行ぐだ」のリミックス等が流行り「IKUZOブーム」が到来しました。非公式のものですが吉さんは好意的で、むしろご自身からIKUZOを公式の愛称になさっています。

清水翔太

日本のポップとR&Bシンガーソングライターの清水翔太さんです。清水さんは17歳の時にソニー傘下のレコード会社と契約し、2008年にデビューしています。その後たて続けにヒット曲を出されています。

清水さんは中学校の頃から吹奏楽部に入部するなど音楽に興味をお持ちでしたが、学校には馴染めず引きこもりになったりもしました。卒業後は高校ではなく音楽の専門学校キャレス大阪校に進学なさいます。

ボーカルのコースを専攻なさった清水さんは、そこでゴスペルやソウルミュージックに魅せられていきます。そして在学中に契約を果たします。現在では武道館ライブを満杯にするほどのアーティストです。

Fukase

見た目も楽曲もインパクト抜群の4人組バンドSEKAI NO OWARIのボーカルでもある初代リーダーでもあるFukaseさんです。Fukaseさんは高校中退なさっています。

Fukaseさんは高校一年で中退した後、アメリカンスクールに1年間通った後NYに留学します。しかしパニック障害になり2年間の予定が二週間で帰国、精神病院に入院となってしまいます。

バンド名は、Fukaseさんが「絶望し世界の終わりだと思ったが、音楽と仲間が残っているので【終わり】から始めよう」という思いから名付けたものです。現在では世界に必要なアーティストです。

布袋寅泰

ロックバンドBOØWYのギタリストしてデビューなさい、解散後はソロ活動、他のアーティストへの楽曲提供など、音楽の分野で長く輝き続ける布袋寅泰さんです。高校卒業直前に中退なさっています。

布袋さんは幼少期より服装にこだわりをお持ちで、その為私服登校が可能な中高一貫制の私立校へ進学なさいます。プロテスタント系の新島学園高校です。中退の理由は「髪型を指摘されたから」だそうです。

布袋さんは、ジャスミン・ロジャーズや石川さゆりさん等の楽曲にギターとして外部参加されるほど、音楽家として信頼されています。また「風の谷のナウシカ」にも「王蟲の暴走」という楽曲を提供なさっています。

藤原基央

ロックバンドBUMP OF CHICKENのボーカリスト兼ギタリスト、そしてシンガーソングライターでもある藤原基央さんです。藤原さんはゲームの楽曲なども出がける才能をお持ちです。

藤原さんが初めてバンドを組んだのは中学生の時でした。それがBUMP OF CHICKENとなるグループです。高校は進学校の日出学園高等学校でしたが、周囲の雰囲気に馴染めず、1年生の秋に中退なさいます。

藤原さんは、音楽評論家の鹿野淳さん、ミスチルの桜井和寿さん、音楽プロデューサーの亀田誠治さん等から音楽性を高く評価されています。また榎本くるみさんのシングルのプロデュース等もされています。

西川貴教

ソロプロジェクト「T.M.Revolution」の西川貴教さんです。「WHITE BREATH 」や「HOT LIMIT」等、一度聴いたら忘れられないヒット曲を数多くお持ちです。

西川さんは県立野洲高等学校に進学しましたが、中学校の時始めたバンド活動に嵌り、遅刻や早退を繰り返していたため退学になります。その後、大阪のスクールオブミュージック専門学校に入学なさいます。

現在の西川さんは「消臭力」のCMや子供番組「天才てれびくんYOU」へのご出演、「機動戦士ガンダムSEED」のミゲル・アイマン役等、独特の2.5枚目加減で幅広く活躍なさっています。

中卒・高校中退の男性芸能人!【タレント・お笑い芸人】

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中卒、高校中退でご活躍なさっている方には、タレントやお笑い芸人の方も多数存在します。現在のご活躍と共にご紹介します。

伊集院光

お笑いタレントでもあり、ラジオパーソナリティーやコメンテーターも勤める伊集院光さんです。元落語家さんだったのは有名な話です。高校中退です。

伊集院さんは東京都立足立新田高等学校に進学なさいましたが、ほとんど出席なさらず3年の2月に中退なさいました。不登校を案じたお父様の友人の紹介で、圓楽一門へ入門なさったという話もあります。

現在ではインテリ芸能人としてクイズ番組でもお姿をよく見かけます。またNHKの「100分de名著」等の司会もされていて、伊集院さんの知識の深さに驚かされます。

薬丸裕英

ジャニーズのアイドルグループ「シブがき隊」のヤックンこと、薬丸裕英さんです。現在はジャニーズ事務所を離れ、マルチタレントとしてご活躍なさっています。

薬丸さんは武蔵村山市立第四中学校卒業後、明治大学付属中野高校(定時制)を中退なさっています。理由は定かではありませんが、他のジャニーズの方々同様、仕事が理由である可能性があります。

情報番組「はなまるマーケット」の司会を17年間務められたことは忘れ難いです。また奥様の石川秀美さんとの間にもうけられたお子さん方は、俳優、サッカー選手、タレント業と、それぞれの道で頑張っておられます。

KABAちゃん

小室哲哉プロデュースのグループdosの元メンバーで、SMAP、安室奈美恵さん、RAG FAIR、Kis-My-Ft2等、多くのアーティストの振り付けを手掛けてこられたKABAちゃんさんです。

KABAちゃんさんはアイドルになる為にバレエを含めた様々なダンスを習っていました。そしてマイケル・ジャクソンのダンスに憧れ、アメリカ留学への資金を貯めるために高校を半年で中退なさっています。

オネエであることや性別適合手術のことばかり話題に上がるKABAちゃんさんですが、21歳でニューヨークに渡って身に着けたダンスの実力は本物です。CM、ミュージカルの振り付け等も手掛けてらっしゃいます。

西川きよし

お笑い界で「師匠と呼ばれる、漫才コンビ「やすしきよし」の西川きよしさんです。奥様の西川ヘレンさんと同じ、吉本興業の方です。中卒です。

西川さんはお父様が事業に失敗なされたことから、10歳の頃から様々なアルバイトをなさっていました。大阪市立三稜中学校を卒業されましたが、お父様が病気で倒れたことで進学を断念し、就職なさいました。

mohamed_hassan / Pixabay

お笑いの師匠として以外にも、参議院議員として3期18年間も勤められたことでも有名です。

「中学校を出た人間が、高校しか出てない人間が、一生懸命やったらどのぐらいのことができるか、どれぐらいのことしかできないか、やってみたいです。」

(引用:Wikipedia)

選挙活動の折には上記のように仰っていたそうです。

中山秀征

お笑い芸人として活躍し、今ではテレビに欠かせない名司会者でもある中山秀征さんです。中山さんは、3ヶ月でデビューできなければ辞めるつもりで劇団に入団し、本当に3か月後にドラマデビューなさっています。

中山さんはそれを切っ掛けに本格的に役者を目指し、上京なさいます。神奈川県立柿生高等学校に入学なさるも、恐らくは「ABブラザーズ」としての活動が多忙となったため、中退なさっています。

現在は「シューイチ」やその他特番の司会をこなし、群馬県からPRを務める「ぐんま大使」に任命されるなどのご活躍を見せています。また、ベストファーザー賞を受賞なさったことでも有名です。

品川佑

漫才コンビ「品川庄司」の品川祐さんです。「好感度低い芸人」「炎上芸人」などと悪く言われることもありますが、小説の執筆、映画監督と多方面で才能を発揮されている芸人さんです。

品川さんはご両親の離婚後、不良漫画に憧れ公立の狛江市立狛江第三中学校に転学なさいました。卒業後は東京学園高等学校商業科に進学なさいましたが、一か月で退学になっています。

ご自身の過去を元に書かれた小説「ドロップ」の描写が事実なら、校内での喧嘩が原因での退学と考えられます。この作品は累計発行部数は720万部のベストセラーとなり、品川さん監督のもと映画化されています。

千原ジュニア

兄弟漫才コンビ「千原兄弟」のボケ担当で、現在では司会者としても大忙しの千原ジュニアさんです。京都共栄学園中学校卒業後、京都共栄学園高等学校を二か月で中退なさっています。

千原さんの通われた学校は中高一貫の進学校で、猛勉強ばかりの周囲の空気に馴染めず、千原さんは登校拒否や引きこもりをするようになってしまいます。そんな時兄のせいじさんに誘われ、漫才を始めたそうです。

千原さんが高校中退なさったのは「自分はこれで戦うしかない」と感じたからだそうです。また、「中卒だから努力で来た。高校や大学まで行ってたらそうはならなかった」と言うようなことも仰っています。

小沢一敬

お笑いコンビ「スピードワゴン」のボケ担当で、ネタ作りもおやりになっている小沢一敬さんです。キザな言葉をよく発することでお馴染みですが、小説の執筆などもなさる多彩な方でもあります。

小沢さんは名古屋大谷高等学校を中退なさっています。理由には定かではありませんが、一説によると「高校生活に飽きたから」からだそうです。生来飽きっぽく、高校もそれで2か月でお辞めになっているらしいです。

小沢さんは独特のセンスを生かした格言集「恋ができるなら失恋したってかまわない」も出版なさっています。また、仲間の芸人さんたちからは「記憶力や観察力がとても高い」と評価されています。

中卒・高校中退の男性芸能人!【スポーツ選手】

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中卒、高校中退の方の中には、スポーツの分野で実力を発揮なさっている方も多くいらっしゃいます。ご紹介していきます。

亀田三兄弟

実父・亀田史郎さんががトレーナーを務めていた兄弟ボクサーの亀田興毅さん、亀田大毅さん、亀田和毅さんです。悪評でワイドショーを騒がせることもあるご兄弟ですが、とてもボクシングには真摯です。

このご兄弟は三人とも、「ボクシングに専念するため」に高校には進学していません。中卒です。こと三男の和毅さんは卒業後「武者修行」の為メキシコの渡り、2008年メキシコでプロデビューなさっています。

3人ともそれぞれ世界王者タイトルをお持ちで、2013年に「史上初の3兄弟世界王者タイトル保持者」としてギネスにも認定されています。2019年7月には和毅さんのレイ・バルガス戦があります!

船木誠勝

プロレスラーでもあり、総合格闘家でもある船木誠勝さんです。かつては新日本プロレスに入団されていました。その頃の同期には武藤敬司さん、蝶野正洋さん、橋本真也さん等がいらっしゃいます。

船木さんは弘前大学教育学部附属中学校を卒業後、一度は不合格となった新日本プロレスに入団されています。高校入学式の前日とのことなので、高校入試は合格なさっていたのでしょう。

船木さんは総合格闘技で53試合39勝13敗という記録を残されています。現在では松竹芸能に所属され、ドラマやバラエティーでもお姿を拝見する機会が増えています。

魔裟斗

元キックボクサーでK-1のWORLD MAX 2003・2008世界王者(日本人初)でもある魔裟斗さんです。15歳でボクシングジムに入門しましたが、すぐにキックボクシングに転向なさいました。

魔裟斗さんは埼玉栄高校に進学するも中退なさいます。理由は定かではありませんが、その後いくつもの職を転々となさいました。17歳で藤ジムに入門し、1997年にプロデビュー戦を果たします。

キックボクシングでの戦績は64試合56勝6敗です。一度は現役を引退なさいましたが、2015年、東日本大震災チャリティーイベント「NIPPONFIGHT」で現役復帰試合を行っています。

松岡修造

元男子プロテニスプレイヤーで、スポーツキャスター、スポーツ解説者である松岡修造さんです。ウィンブルドン男子シングルスで日本人として62年振りにグランドスラムベスト8に進出したことでも有名です。

松岡さんが中学生時代からテニスに熱中され、慶應義塾高等学校に入学するも、高校テニスの名門校柳川高等学校への転入を自ら決めています。その時期ヨーロッパ遠征までなさっています。

そんな松岡さんがプロへの道を決めたのは、世界的名コーチのボブ・ブレッドさんの「アメリカへ来い」の一言でした。松岡さんは反対するご両親を説得なさって渡米。以下のご活躍は皆さんご存知の通りです。

三浦知良

キング・カズの愛称で知られ、52歳になられた現在もプロサッカー選手として活躍なされている三浦知良さんです。三浦さんは「リーグ戦でゴールを決めた最年長のプロサッカー選手」としてギネスに認定されています。

三浦さんは私立静岡学園高校を8カ月で中退なさり、ブラジルに単身渡ってCAジュベントスに所属します。しかし技術は評価されていたものの、指導陣は三浦さんにプロになるほどの強みはないと考えていました。

一時は日本帰国も考えた三浦さんをブラジルに留まらせたのは、地元の子供たちがサッカーをしている姿を見たからだそうです。裸足で粗末なボールしかなくても楽しそうにプレイするのに心打たれたとのことです。

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