吉村由美は西川貴教と離婚後、再婚?賛否両論のタトゥーの秘密は? エンタメ

吉村由美は西川貴教と離婚後、再婚?賛否両論のタトゥーの秘密は?

吉村由美さんはPUFFYとして音楽ユニットを結成しています。次々に変わっていく髪型が話題になりました。私生活では、西川貴教さんが旦那でしたが離婚しています。その後、結婚事情は、どのようになっているのでしょうか?インスタグラムなどから現在の生活を調査しました。

目次

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吉村由美とは?元旦那・西川貴教と離婚後、再婚?

吉村由美さんは、人気女性デュオであるPUFFYとして20年以上に渡り活動しています。過去に結婚、離婚歴があります。これまでの旦那との結婚までの経緯と離婚について詳しく調査しました。

吉村由美のプロフィール

  • 生年月日    1975年1月30日
  • 出身地        大阪市寝屋川市
  • 血液型        A型
  • 身長           161㎝
  • 特技           卓球
  • 趣味           ゲーム。特にRPGを好む

中学生の頃は陸上部に所属していました。寝屋川市の大会に出場して、走り幅跳びの競技において優勝した経験を持っているそうです。

1999年に西川貴教と結婚するも、2002年に離婚

PUFFYとして順風漫歩な活動を行いながら吉村由美さんは、当時T.M.Revolutionとして活動していた西川貴教さんと1999年に結婚しています。しかし2002年には離婚を発表しています。

離婚当時2人に子供はいませんでした。売れっ子歌手同士の結婚とスピード離婚は、世間を大いに賑わせました。

2人の出会いのきっかけは相川七瀬だった

吉村由美さんと西川貴教さんの馴れ初めは、歌手の相川七瀬さんがキューピッド役をしたそうです。相川七瀬さんが個人的に仲良くしていた友人が、後に夫婦となる2人でした。

 しかも吉村由美さんも、西川貴教さんも当時は心を許せる友人がおらず、相川七瀬さんが、どちらかと会うと、もう片方が不機嫌になるというシーソーのような関係だったそうです。

面倒に思った相川七瀬さんは、3人で同時に会うことにしました。初めて3人で集まった時には吉村由美さんと、西川貴教さんは双方で激しくけん制してバチバチものだったそうです。

それでも惹かれ合った

その後、音楽番組で吉村由美さんと西川貴教さんは共演する機会が多くなり、自然と惹かれ合い距離を縮めたそうです。2人は、相川七瀬さんの思惑通り、交際をスタートし、結婚に至りました。

離婚理由は前の状態に戻るため?

晴れて結婚をしたものの夫婦共々人気絶頂期にありました。結婚をしても生活時間が異なるためすれ違いの生活が続いたそうです。こういった生活は夫婦の関係をギクシャクさせたようです。

2人が離婚をした理由というのは、元旦那の西川貴教さんによると「たまに会うような関係性が一番シックリくる」というコメントを発しています。

お互いのペースを保つため

2人ともアーティストとして成功を収めているので、お互いのツアーなどの音楽活動に対してつい言いたくなってしまうのだそうです。当時はそれが良いと感じた時代もあったそうです。

しかし時間の経過と共に、別の人間である以上ペースが異なり考え方にも差が生まれたことで、一定の距離感があった方が良いとお互い認識を改めたそうです。

価値観の違いもあった

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音楽に関しては、これ以上無いほどピッタリな感覚を持っている2人でしたが結婚に関する将来の展望に関して相違があったそうです。

西川貴教さんは、子供を欲しいと考えていたようです。吉村由美さんは、もっと先まで音楽を続けたいと考えていたことで人生の価値観に関しては一致しなかったと言われています。

離婚後も良好な関係で相川七瀬を安心させる

離婚後はプライベートで会う程仲が良いそうです。仕事を一緒にやることもあるようです。後年に相川七瀬さんと、吉村由美さん、西川貴教さんと2人で仕事をする機会もありました。

仲良く仕事を進める2人を見た相川七瀬さんは「離婚をしても友人として仲良くしてくれるのは嬉しい」とコメントしていました。仲を取り持った身としては責任を感じていたとも言っています。

2006年には大森南朋との熱愛が報じられたが2009年ごろ破局

独身に戻った吉村由美さんは、2006年に俳優の大森南朋さんとの熱愛を週刊誌フライデーが報じました。2人は、同棲状態にあると書かれていました。

記事によると2人で散歩する姿や、吉村由美さんのマンションに向かう大森南朋さんが目撃されていたそうです。結婚も視野に入れていると言われて交際を続けていました。

しかし大森南朋さんとの交際は2009年頃に終わりを迎えていたそうです。具体的な破局の理由は語られていません。

2009年に倖田來未の元カレといわわれる一般男性と結婚

Pexels / Pixabay

大森南朋さんと破局した吉村由美さんは、知り合った一般人の男性と交際を始めて2009年に結婚しました。結婚したお相手となる旦那は、元倖田來未さんの元カレとして有名な男性です。

一般人ですが、都内で飲食店を経営する事業主で、かなり見た目がハンサムであるそうです。結婚後は都内の高級マンションで新婚生活を始めたのです。

2012年に息子を出産するも2013年に離婚

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結婚生活が続き、2人の間には2012年に息子が誕生しています。しかし、この吉村由美さんの出産に旦那の立ち合いはありませんでした。どうやらこの頃には仲がこじれていたそうです。

出産後の翌年2013年に、吉村由美さんと旦那の離婚を公表しています。吉村由美さんの妊娠中に夫婦は別居生活を開始したと言われています。

元夫との離婚原因はすれ違い?出産に立ち会ったのは大貫亜美だった

吉村由美さんの息子の出産には、PUFFYのユニットで相方の大貫亜美さんが立ち会っています。離婚の原因としては、旦那の仕事が多忙になったことで2人の生活にすれ違いが生じたそうです。

元から、行っている飲食店経営の他にコンサルタントとしての仕事を始めたことで、旦那は地方を飛び回り、家でゆっくりする時間が無くなってしまったそうです。

吉村由美さんは、旦那とのすれ違い生活に対して大きな不満を持つようになります。やがて夫婦間は喧嘩ばかりするようになり、最終的に旦那が家を飛び出してしまったそうです。

今も西川貴教とは仲よし!相川七瀬も復縁を希望しているが本人たちは否定

吉村由美さんと、西川貴教さんは、現在も仲が良く、相川七瀬さんを交えて毎年のように誕生パーティーを催しています。SNSでも繋がりを持ち、デビュー19周年の時に、お互いに祝福しあっています。

2人のSNSのやり取りを見たファンは「復縁すれば良いのに」、「仲が良い」と二人の行く末を願うようなコメントが多数上がっています。実はこの2人はデビューした日が同じなのです。

しかし、当の本人達は復縁をすることに関しては否定的である様子です。2人は一度結婚して人生のバディと言うよりは、アーティストとしてお互い高め合う関係を望んでいると言われています。

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吉村由美(PUFFY)の現在の活動・出演情報や曲は?

吉村由美さんと大貫亜美さんのデュオであるPUFFYは、1996年にデビューから音楽活動を続けています。現在のPUFFYとしての活動内容や、メディアへの出演情報、楽曲についてご紹介します。

海外でも人気のPUFFYはデビュー20年を超える今も活躍を続けている

 PUFFYは日本のみならず海外でも人気のデュオです。PUFFYは20年を超えて、2人は40歳を超えてもなお、活動を活発に続けています。デビューした翌年からアジア各国で人気を博しました。

1998年に台湾で発売したCDはゴールドディスクを受賞しています。CDの発売だけではなく、香港などでツアーも行っています。2人のキャラクター商品はアジアで売れに売れたそうです。

2000年代前半からは北米へと活動の場を広げています。インディーズデビューも果たしています。米国のアニメ番組の主題歌も担当し、知名度が一気に上昇しています。

2019年6月「THE CAMP BOOK 2019」

2019年は長野県で開かれる野外音楽フェスの「THE CAMP BOOK 2019」への参戦が決まっています。PUFFYはヘッドライナーとしてエントリーされていることから、注目度の高さが伺えます。

2019年8月 BRADIO 47都道府県ツアー「IVVII Funky tour」

人気ロックバンドのBRADIOが47都道府県のツアーを発表しています。ワンマンライブではなく、複数のミュージシャンが参加する、俗にいう対バンと呼ばれる形式のライブです。

PUFFYや氣志團、TOCなど9組のアーディストの対バンが発表されています。2019年5月からスタートして9月の新潟公演まで約4カ月のロングランとなります。

2019年9月「氣志團万博2019 ~房総ロックンロール最高びんびん物語~」

氣志團が2012年から毎年房総で開催している野外フェス「氣志團万博」にPUFFYは出演します。2019年は9月に行われる予定です。

その他の参加アーティストはマキタスポーツ、木梨憲武、私立恵比寿中学校など合計6組が出演予定です。

PUFFYの曲①「パフィピポ山」

2015年に発売されたPUFFY34枚目のシングルです。中華を思わせるサウンドは、でんぱ組.incの関係者が多数関わった独特の楽曲です。

歌詞には、日本語、英語、中国語など多くの言語が織り込まれています。MVではPUFFYが桃まんじゅうを工場で作っています。

歌詞に出てくる食べ物が、工場のベルトコンベアーに乗って流れていくという仕掛けになっています。

PUFFYの曲②「渚にまつわるエトセトラ」

「渚にまつわるエトセトラ」は作詞が井上陽水さん、作曲が奥田民生さんという「アジアの純真」以来のコンビで制作された楽曲です。1997年にリリースされて累計売上枚数が110万枚と大ヒットしました。

両手で拳を作ってパンチを繰り出すような振り付けは西城秀樹さんがカバーした「YMCA」の振り付けをベースに作られており、誰にでも真似がしやすいようにしているそうです。

渚にまつわるエトセトラに出てくる歌詞の「カニ食べいこう」というフレーズがあってか、PUFFYがカニを食べに行くと店員に感謝されるというエピソードがあります。

PUFFYの曲③「これが私の生きる道」

「これが私の生きる道」は、PUFFYにとって2枚目のシングルです。オリコンでは登場した週に1位を獲得しています。その後の3週間に渡りオリコン1位を独占し続けました。

累計売上枚数は160万枚を超えています。PUFFYにとっては、1番売上枚数が多いシングルで、代表曲と言っても過言ではありません。

さらに翌年の1997年には、「これが私の生きる道」が高校野球の入場行進曲として選ばれています。

吉村由美はツイッターやインスタをしている?

吉村由美さんは、現在SNSの運用はTwitterだけを行っています。インスタグラムにある吉村由美さんとされるアカウントはファンによる非公式アカウントです。

吉村由美さんのツイッターでは、どのような内容を呟いているのでしょうか。PUFFYの相方の大貫亜美さんは、SNSが元でトラブルがあったと言われています。

どのようなトラブルが起きたのか、吉村由美さんに与えた影響などを調査しました。

吉村由美のTwitterは現在も更新中!

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吉村由美さんのツイッターは、頻繁に更新する時期と、しない時期のメリハリがあるようです。見る限りは1日に3回更新することもあれば、何日も更新しない日もあります。

基本的には2行程度の短い文章で、相方の大貫亜美さんと一緒に写真をアップロードるケースが多く、中には子供が小学生になったことを、報告しているツイートもあります。

子供の呟きについて気が付いたファンは「もう1年生になるのですね。早い」、「入学おめでとうございます」というように祝福のコメントが多数寄せられています。

インスタはしてないが大貫亜美のインスタなどには登場

吉村由美さんは、インスタのアカウントを開設していません。PUFFYの相方の大貫亜美さんは、インスタのアカウントを開設しており、定期的に吉村由美さんと一緒に写った写真をアップロードしています。

仕事先で一緒に撮ったとされる写真もありますが、吉村由美さんの誕生日を祝う画像を仲良くアップすることもあります。

大貫亜美が投稿したインスタで吉村由美に波紋?

大貫亜美さんが2019年1月に投稿したインスの内容が意味深な内容で反響を呼びました。結果的に吉村由美さんにも影響を及ぼしたと言われています。

インスタに投稿された内容と、インスタの投稿を読んだ人がネットで起こした反応について、まとめてご紹介します。

2019年1月に大貫亜美がインスタで人間関係のトラブルを明かす

2019年1月に投稿された大貫亜美さんのインスには、対談で瀬戸内寂聴さんとお目にかかれる機会があって嬉しかったと綴られています。失礼が無いように緊張していたようです。

続いて去年の振り返りとして「親友と呼べる人と信頼していた人を一辺に失った」と記載されています。更に「これまで共に過ごした時間はなんだったのか」と空虚感に包まれている心情を吐露しています。

瀬戸内寂聴さんの庭をゆっくりと眺めながら、失った物に対して思いを馳せていたそうです。明確に起こった人間関係について明かされることはありませんでした。

いなくなった親友が吉村由美、信頼していた人がTERUではないかと話題に

大貫亜美さんの意味深な投稿は、大きな話題となりました。失った親友と信頼していた人とは誰なのか?という推測で大いに盛り上がったのです。

 ネットでは、信頼していた人はTERUさんで、親友を吉村由美さんであるという解釈をした人が多かったようです。大貫亜美さんの私生活も原因があります。

実は大貫亜美さんは1999年にGLAYのボーカルTERUさんとの不倫が報じられました。TERUさんは、当時妻がいたのですが離婚して、2002年に大貫亜美さんと結婚しています。

信頼していた人に対するネットの声

kaboompics / Pixabay

この結婚について良く思っていない人が多かったせいか、略奪婚というレッテルを貼られていました。信頼を失った人がTERUさんであれば浮気をされたと考える人が多かったようです。

何しろTERUさんの元嫁というのはGLAYが全く売れない鳴かず飛ばすの時代から陰で支えてきた人で、ヒットを飛ばすようになった矢先に、離婚をしたので元嫁を擁護する声が当時は大きかったのです。

ネット上では過激に「因果応報だ」、「不倫女が何を言っているのか」とアンチとも取れる反応が多かったのです。

NEXT:後日更新されたインスタで吉村由美との不仲説を否定?
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