小野兼弘の死因は?遺産がやばい?若村麻由美が相続したの? エンタメ

小野兼弘の死因は?遺産がやばい?若村麻由美が相続したの?

2007年に死去した元釈尊会会長の小野兼弘さん。女優の若村麻由美さんの元夫であり渡辺謙さんの元妻に多額の資金援助をしていたとされる人物です。死因は?遺産の行方は?謎多き人物像を当時の画像などを振り返りつつ調査していきましょう。

目次

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小野兼弘の死因は?遺産がすごい?若村麻由美が相続したの?

小野兼弘さんは180キロあると言われた巨体でしたが死因はなんだったのでしょうか?また当時電撃婚で世間を驚かせた妻の若村麻由美さんは遺産を相続したのでしょうか?

小野兼弘のプロフィール!画像は?

  • 生年月日:1953年4月18日
  • 没年月日:2007年4月18日(54歳没)
  • 出身地:岡山県
  • 出身校:立正大学仏教学部卒業 同大学院修士課程修了
  • 肩書:釈尊会会長、日印文化交流協会会長

小野兼弘さんの父親も日蓮宗系の仏教団体を主宰しており、幼い頃から法華経の修行をしていました。そして高校在学中に池上本門寺で日参行を行い、1982年に岡山県倉敷市にて釈尊会を創立しました。

小野兼弘は宗教家、釈尊会会長で有名?

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2003年に突然降ってわいた釈尊会会長と女優の結婚騒動。この時初めて「釈尊会」という宗教団体を知った人は少なくありません。しかし釈尊会は1万人以上信者がいる大きな宗教団体だったそうです。

小野兼弘さんは財界人や政界人との人脈もあり、宗教家としてだけでなく実業家としての顔も持っていました。

小野兼弘は死去?死因は肝不全だった?

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2007年に肝不全で亡くなった小野兼弘さん。甘い物やアルコールを好み180キロとも言われた巨体で、坂道は人の手を借りなければ登れないような状況だったそうです。

肝不全はあらゆる肝疾患が原因でおこりうる病気で、肝不全に至るまでにアルコールによる肝障害など患っていたことが想像できます。

小野兼弘の遺産は凄かった?若村麻由美が相続したの?

全盛期には1万人以上とも言われた信者から多額のお布施を得ていたはずの小野兼弘さん。そうなればもちろん遺されたものも凄かったはず!妻である若村麻由美さんが相続するかと思われたのですが・・・

遺産として残されたのは借金と小野さんの両親の写真1枚のみだったそうです。多額のお布施があったにも関わらず借金が残されていたとは驚きです。

若村麻由美は遺産を相続放棄した?原因は借金?

実は生前小野兼弘さんは身内などから3億円とも言われる借金をしており、返還を求めた裁判も起こされていました。また料亭へのツケが6000万円以上にもなってしまい訴訟を起こされています。

当時の妻である若村麻由美さんは夫の死後、東京地裁に相続放棄の申述書を提出しました。遺産も負債も相続放棄したということです。

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小野兼弘と若村麻由美の関係は?

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美女と野獣とも言われたこの二人ですが、実際のところどのような関係だったのでしょうか?女優と宗教家はどのようにして出会い結婚まで至ったのでしょうか。

小野兼弘が結婚した妻は若村麻由美?馴れ初めは?

二人の出会いはいったい何?と当時も話題になりました。実は若村麻由美さん、日本舞踊坂東流の名取でもあり、坂東流関係者を通じた食事会にて小野兼弘さんと出会ったそうです。

では日本舞踊の坂東流と小野兼弘さんの関係は?こちらはいくら調べても答えが見つかりませんでした。小野兼弘さんは実業家としての一面もあったようなのでそういったつながりから知り合ったのかもしれません。

若村麻由美は渡辺謙と不倫していたという噂も?

小野兼弘さんと若村麻由美さんの電撃婚と時を同じくして浮上してきた渡辺謙さんとの不倫騒動。実際のところは不明ですが、結婚前に若村さんが釈尊会に出入りするようになってから不倫に発展したとか。

当時の渡辺謙さんの妻由美子さんに「若村麻由美と一緒になりたい」という理由で離婚を迫ったなどという噂もありました。

若村麻由美の結婚会見に違和感?

不倫の噂があるにもかかわらず突然の結婚会見。この会見がさらなる波紋を呼ぶことになります。会見は若村さんお一人で教祖である夫小野兼弘さんの姿は無し。

無理に見開いているような瞳、貼り付けたような笑顔で着物姿の若村さんは会見に挑まれました。渡辺謙さんとの不倫を揉み消すようなタイミングであったことには間違いありません。

若村麻由美が結婚を決めた理由は?夫婦仲はよかった?

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見た目ではなく人柄、包容力が決めてだったと語る若村麻由美さん。夫婦仲はもっぱら良かったとの噂ですが同居はしておらず、その結婚生活も約4年で終わってしまいました。

小野兼弘は渡辺謙の離婚に関わっていた?元妻が釈尊会の信者?

渡辺謙さんが白血病で仕事が激減した頃、当時の妻由美子さんが釈尊会と出会いハマってしまったようです。病気が快方に向かうと夫婦で釈尊会に参加するようになったということです。

渡辺謙さんと由美子さんの離婚訴訟裁判に小野兼弘さんが渡辺さん側の証人として出廷し、由美子さんが小野さんに4億5千万円の借金があり、4千万円は未返済と証言しました。

この借金は渡辺さんのスキャンダルを揉み消すためや高額な医療費にあてられたと由美子さんは反論しましたが、その使途は不明な点が多かったということです。

小野兼弘と若村麻由美の結婚は偽装結婚だった説も!子供はいるの?

渡辺謙さんの離婚訴訟裁判の中で、「若村麻由美と一緒になりたいから離婚してくれ」と言われたと由美子さんが証言したことにより明るみになった不倫疑惑。渡辺謙さんは否定しましたが疑惑は残りました。

そんな渦中の若村麻由美さんと小野兼弘さんの結婚は関係者から「偽装結婚」と囁かれました。借金の代わりに若村麻由美さんを広告塔にしたなどとも噂されるようになったのです。

小野さんと若村さんは結婚後も同居することは無く、子どももいませんでした。

小野兼弘の借金問題の詳細は?どんな借金があったの?

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信者は1万人以上とも言われていた釈尊会の会長小野兼弘さんですが、遺産は無く多額の借金が残るとはいったいどのような金銭感覚だったのでしょうか。

小野兼弘が抱えていた借金問題がやばい?

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生前の小野兼弘さんはお金遣いが荒いことで有名だったようです。信者たちからの多額のお布施はブランド品や暴飲暴食、またギャンブルに消えたなどとも言われ、湯水のごとくお金を使っていたようです。

小野兼弘は実家が運営する別の宗教団体名義で3億円借金?

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当然そのような散財をしていれば釈尊会のお布施だけでは足りなくなり、ついには小野さんの実家の宗教団体名義で借金をして私的に流用してしまったのです。

3億円とも言われる借金の返還を巡り、実弟から訴えられた小野兼弘さん。亡くなるまでの間に解決には至らなかったようです。

小野兼弘は料亭に6000万もの借金もあった?

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お酒も食べることも大好きだった小野兼弘さん。高級料亭を好み、一晩に100万円以上飲食することも珍しくなかったということです。

料亭での飲食は「ツケ払い」で通していて、未払金が6800万円に到達したころには料亭から支払いを求める訴訟を起こされてしまいました。

小野兼弘が創立した釈尊会とは?宗教家としての活動は?

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巨体にスキンヘッドというルックス、美人女優との電撃婚など話題を振りまいた小野兼弘さん。宗教家としての経歴はどのようなものだったのでしょうか。

小野兼弘が創立した釈尊会とは?

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小野兼弘さんが1970年に霊鷲山山頂での祈祷中に釈尊との親子の情を感じ、1982年に岡山県倉敷市で釈尊会を創立しています。

「釈尊」とは「釈迦」の尊称であり、「仏様」や「お釈迦様」と同様の意味です。小野さんの実家は「大尊会」という釈尊会とは別の宗教団体で、現在も岡山県岡山市の天応山神顕寺にて活動中です。

小野兼弘の宗教家としての経歴は?

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小野兼弘さんは日蓮宗系の団体「大尊会」を主宰する父親の影響もあり、幼少期から法華経の修行を積んでいました。そして立正大学へと進学し仏教学部を卒業、同大学院の修士課程を修了しています。

小野兼弘さんの卒業した立正大学は日蓮宗僧侶の教育機関が根源になっている大学です。

釈尊会の現在は?

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全盛期には1万人とも言われる信者のいた釈尊会ですが、現在は存在していません。小野さん一代限りの新興宗教として発展しましたが、小野さんの死により事実上の解散となったようです。

小野兼弘死去後の若村麻由美の現在は?

まずは若村麻由美さんのプロフィールを確認してみましょう。

  • 生年月日:1967年1月3日(52歳)
  • 出身地:東京都練馬区
  • 血液型:A型
  • 身長:162cm

無名塾を卒業後1987年にNHKの朝ドラ「はっさい先生」のヒロインを演じてデビューし、その後もテレビ、映画、舞台など幅広く活動していた若村麻由美さん。小野兼弘さんとの結婚で一時仕事が激減しました。

しかし小野兼弘さんの死後、若村さんは女優として完全復帰します。現在放送中のテレビ朝日「科捜研の女」にも絶賛出演中です。52歳となった今も変わらぬ美貌で視聴者の心を魅了しています。

小野兼弘の釈尊会以外にも!岡山県とゆかりのある宗教や開祖

岡山県と言えば、「きびだんご!」と多くの人が答えるでしょう。しかし、きびだんごだけじゃないんです!

小野兼弘さんの創立した「釈尊会」、さらに実家の「大尊会」以外にも岡山を発祥の地とする宗教や、有名な開祖が多数誕生していることをご存知でしたか?

黒住教

1814年江戸時代に黒住宗忠が立教した黒住教。神道十三派一つで天理教、金光教とともに幕末三大新宗教の一つです。信者はおよそ30万人と言われており、岡山県岡山市の尾上神道山に本部があります。

金光教

1859年赤沢文治(川手文治郎)が開いた創唱宗教の金光教。黒住教と同じく幕末三大新宗教の一つです。信者はおよそ45万人と言われており、現在の本拠地は岡山県浅口市の金光町にあります。

ほんぶしん

1962年大西玉を中心に誕生した新宗教のほんぶしん。天理教より分派したほんみちからさらに分派して誕生した経緯があるため、天理教に近い教理教義を持っています。

信者はおよそ90万人と言われており、現在本部は岡山県岡山市の東区にあります。

法然(1133年~1212年没)

法然は岡山県久米郡に生まれ浄土宗の開祖として知られています。それまでの仏教の教えである厳しい修行をしなければ助からないということに対し、念仏を唱えれば皆死後は平等に往生できると説きました。

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