小川知子の現在はインスタ?幸福の科学?谷村新司とデュエット曲も エンタメ

小川知子の現在はインスタ?幸福の科学?谷村新司とデュエット曲も

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1998年広告塔だった影山民夫が死去。天使を目撃?

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影山民夫は1998年火災により焼死したと言われていますが、その死因は謎に包まれています。小川知子さんは病院の彼の亡骸にいち早く駆けつけて「彼が息を引き取る時に天使が舞い降りてきたの」と言ったそうです。

しかし影山の長女の言い分とは食い違いが生じています。ひょっとしたら「幸福の科学」の信者としては奇跡がかった話が必要だったのかもしれません。

宗教的発言や活動のせいでメディアから遠ざかった

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小川知子さんの宗教がかった行動や言動からマスコミは扱いづらさを感じ、次第に彼女を遠ざけようになりました。彼女自身もそのことを甘んじて受けていたとも思われます。

小川知子とその他の芸能人との関係は?

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小川知子さんと親しかった芸能人や関わりのあった芸能人を取り上げたいと思います。

谷村新司とのデュエット曲秘話は?過激な演出の真相は?

1984年に、谷村新司さんとのデュエット曲「忘れていいの~愛の幕切れ~」が発売されました。谷村新司さんが小川知子さんの胸元に手を滑り込ませながら歌うという演出が、かなり話題になりました。

「胸を揉んでいるのでないか?」と世間で騒がれたことを憶えている人も多いと思います。小川さんはその歌の衣装として男女の別れを演出するために胸元が大きく開いたドレスを選びました。

そのドレスを見た谷村さんが「胸に手を入れたくなる」と言ったことを小川さんが受け入れたことで生まれたパフォーマンスです。後に小川さんは、谷村さんの手が余りにも胸に入り込んで困惑したと話されています。

和田アキ子と確執がある?現在の関係は?

小川知子さんは和田アキ子さんと確執があるという噂があります。小川知子さんは、和田アキ子さんがデビューした時には、女優としても歌手としても活躍していました。新人の和田アキ子さんに苦言を呈したようです。

小川さんは、和田アキ子さんにきつく当たることはあっても化粧の仕方を教えていたなど先輩としてのやさしい一面もあります。後に和田アキ子さんは昔、小川知子さんからいびられていたと暴露したことがあります。

それは本音というより昔は先輩後輩の関係が厳しかったことを言ってるのではないでしょうか。その証拠に現在、二人は良好な関係を築いているそうです。

西城秀樹との関係は?弟のような存在?

小川知子さんは、家族ぐるみの付き合いがあったみたいです。彼女は、西城秀樹さんを弟のようにかわいがっていました。西城秀樹さんが2度目の脳梗塞を発症した後は、良くリハビリに付き合っていたとも言います。

倒れる前日も一緒にリハビリをしていたそうです。後に「今日は行きたくない」という西城秀樹をなだめて一緒に歩いたエピソードを涙ながらに彼女は語っています。

西城秀樹さんと家族がどのような闘病生活を送ってきたかを身近で見てきた小川知子さん。西城の妻からの取材記者に向けたメッセージを彼女が代読したことからも、西城の家族から信頼されていることがよく分かります。

小川知子と同姓同名のTBSアナウンサーがいる?

小川知子さんと同姓同名のアナウンサーがいます。慶応義塾大学を卒業し、TBSに入社した小川知子アナウンサーです。彼女はミス慶応にも選ばれました。

大学時代はスキー部に所属し、入社試験当日には左足じん帯を切る大けがを負い病院からTBS本社に向かうという逸話の持ち主です。体育会系の彼女は当初、スポーツ報道を中心に活躍します。

その後、「JNNニュースの森」のメインキャスターなどを務め、ニューヨーク支局でも働いていました。

小川知子の経歴

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ここでは小川さんの経歴について触れたいと思います。彼女は1949年1月26日広島市で生まれ、3歳の時、東京王子に転居しています。北区立王子小学校に通い、同級生には羽田健太郎がいます。

1960年(当時11歳)「東宝児童劇団」に入団

小川知子さんは幼少の頃からバレエを習い1960年、小学校5年生(11歳)の時「東宝児童劇団」に入団します。

ドラマ「ママちょっと来て」にて子役デビュー

小川知子さんは、日本テレビドラマ「ママちょっと来て」で子役としてデビューします。

精華学園女子中学校在学中から才能を見出され、日本テレビのバラエティ番組「九ちゃん!」の司会で、当時超売れっ子だった坂本九と共演しています。

1965年東映に入社、映画「大奥(秘)物語」でブレイク

1965年小川知子さんは16歳の時、東映にスカウトされ入社することになります。同期には「すこし愛して、なが~く愛して」というセリフを言うサントリーのCMで有名な大原麗子がいます。

小川さんは『悪魔のようなすてきな奴』で映画デビューを果たします。「大奥㊙物語」で新人賞を受賞し、「続・大奥㊙物語」の主演など3年間に10数本の映画に出演しました。

1966年「恋旅行(アメリアッチ)」で歌手デビュー

1965年小川知子さんはTBS「夢のスタジオ」の司会を久保浩と共に務めます。番組終了と伴に1966年久保浩とデュエット曲「恋旅行(アメリアッチ)」で歌手デビューを果たします。

ビクターからはなぜかこの1枚2曲しか出していません。

過激な演技を求められ東映を退社

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小川知子さんが東映に入社したのは青春路線の女優としてスカウトされたからです。しかし、青春ものに出演するどころか、それとは真逆の「いかがわしい」題名の映画に出演するように求められました。

怒り心頭の小川さんは単身東映本社に乗り込み、東映との契約を解消しました。東映との契約はまだ2年以上残っていたのに、すぐに東芝から歌手デビューしたものですからマスコミは彼女を糾弾しました。

このように回りがビックリするような行動を起こしたのは、彼女が18歳の時でした。

1971年映画「別れの詩」で復帰、歌手・女優として活躍する

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突然の恋人の死から2年後の1971年、小川知子さんは映画『「されどわれらが日々」より別れの詩』でのヒロインを演じ女優としてカムバックを果たします。

共演は山口崇・高橋長英・藤田みどり・北村和夫・村井国夫・南風洋子など当時の錚々たる俳優陣です。翌年には映画「恋の夏」に出演し日本で人気のあったフランスの俳優ルノー・ヴェルレーと共演しています。

小川知子さんは、歌手としても1971年「美しく燃えて」「愛のゆくえ」「ごめんなさい」1972年には「おんなの夢」「別れてよかった」「若葉の頃」を発売し活躍しました。

小川知子の出演作は?

小川知子さんはカムバックした後は、映画・テレビドラマの出演に引っ張りだこ。彼女の役者としての本領発揮ぶりを紹介いたします。

1983年ドラマ「金曜日の妻たちへ」

1983年、小川知子さんはTBS系列で放送された連続テレビドラマ「金曜日の妻たちへ」出演。通称は『金妻(きんつま)』と言われ、日本全国の奥様方を夢中にさせました。

出演は古谷一行・いしだあゆみ・竜雷太・泉谷しげる・佐藤友美など。また奥様方だけでなく、大人の恋に憧れるOLや学生にも人気となりシリーズ化され3部作まで制作されました。

当時、ドラマのロケ地として使われた新興住宅街の多摩ニュータウンにはたくさんの見学者が訪れました。

1972年映画「恋の夏」

郷ひろみが「男の子女の子」で歌手デビューした1972年、小川知子さんは映画「恋の夏」に出演しました。当時、映画「個人授業」でブレイクし日本でも人気があったルノー・ベルレーと共演しています。

動画はルノー・ベルレー主演の映画「個人授業」の1シーンです。

1973年映画「さよならマカオ」

1973年小川知子さんは、恋人福澤さんを奪ったカーレースをテーマにした映画「さよならマカオ」を制作しています。この映画に自ら出演し、監督、主題歌、撮影、録音、編集までを担当しています。

彼女は、恋人福澤さんが夢中になったカーレースの世界を実感するためにこの映画を制作したのではないでしょうか。

1978年映画「君はいま光のなかに」

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1978年小川知子さんは、映画「君はいま光のなかに」に出演しました。この映画は「再生不良貧血症」で愛児を亡くした主婦の苦悩やこの病気のおそろしさ、そして献血の必要性を訴えた社会問題を捉えた作品です。

1994年映画「ノストラダムス戦慄の啓示」

1994年小川知子さんは、幸福の科学出版が制作した映画「ノストラダムス戦慄の啓示」に出演しました。これは、地球を舞台に繰り広げられる「光と闇の戦い」がメインテーマになっている宗教色の強い映画です。

当然のことですが、幸福の科学が制作していますので同名の原作本でのノストラダムス霊の語る予言とは異なり、幸福の科学が示す教えを表しています。

小川知子・仕事と生活のバランス

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このコラムを通じて、小川知子さんの歌手として俳優として一人の個人としての生きざまが垣間見えたのではないでしょうか?彼女にとって仕事と生活のバランスは最適だったのでしょうか?

小川知子・若い頃

契約を残したまま東映との決別、幸福の科学の信者としての行動などから彼女の仕事や物事に対する強い執着心が表れています。

小川知子・最近

最近の彼女は韓国に行ったり、食事やお酒を楽しんだり、歌手として同級生コンサートに参加するなど、その時の彼女の表情からリラックスしている様子や楽しんでいる様子が伺えます。

きっと彼女が毎日を楽しもうとしているからだと思います。若い頃の「人生に執着すること」から最近の「人生を楽しむこと」に確実に変化しているようです。仕事を楽しみ、生活を楽しむ、とっても大切なことですね。

小川知子の強さとやさしさ

亡恋人を想い映画を製作したことや故西城秀樹を励まし一緒にリハビリを行うなど、小川知子さんの強さとやさしさが物凄く表れています。彼女の行動の発露には、根底に深い愛情があったと感じずにはいられません。

何事にも一所懸命に挑む彼女の姿がとても素敵です。ツィッターに投稿している内容からも、いきいきとした人生を歩んでいると感じさせる小川知子さん。

友人や家族との交流がとっても楽しそうです。まさに、今が彼女にとって仕事と生活のバランスが取れている状態だと言えるのではないでしょうか。

小川知子の魅力を再発見

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このコラムで小川知子さんの魅力に少しは気づけたと思います。私たちは回りの人を先入観で判断しがちです。小川知子さんも例外ではありません。彼女に宗教色を感じている人は多いと思います。

でもそれは彼女の一面にしか過ぎません。彼女の今までの行動やインスタに掲載された写真、そして夫婦の関係性などを総合的に知ると彼女の生き生きした人生に魅力を感じてしまいます。

回りの人を先入観で判断することなく、その人のいろんな側面を見ることに努力し交流していくことが、私たちが人生をより豊かに生きていく方法なのかもしれません。

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