木野花の経歴は?教師から女優になった?結婚歴や子供について!

多くのドラマや映画、CMなどで活躍中の木野花さん。プライベートはあまり知られていない木野さんですが、果たして結婚はしているのでしょうか?それとも独身?そして子供は?今回は名脇役者として活躍している木野さんの経歴についてまとめてみました!

おばちゃんキャラで活躍?女優・木野花の出演作品は?

本当にこんなおばちゃんいそう!と思わせる演技で、多くの作品に出演している木野花さん。

そんな木野花さんのプロフィールや最近の出演作品について紹介します。

木野花のプロフィール!本名や年齢・出身地は?

  • 芸名‥木野花
  • 本名‥木野目 留美子
  • 生年月日‥1948年1月8日
  • 出身地‥青森県
  • 出身校‥弘前大学教育学部美術学科卒

現在女優や演出家としている活躍している木野花さんですが、大学では美術学科を専攻していたようです。

現在も名脇役として活躍している女優・木野花

主役を支えてドラマや映画を盛り上げるのが脇役の人達です。主役の俳優さんが重要なのは確かですが、その脇を固めるベテラン役者さんたちで作品の良し悪しが決まると言っても過言ではありません。

そのベテラン役者さんの中でも、木野花さんはその高い演技力で数多くの作品に出演している名脇役者です。

2013年ドラマ「あまちゃん」で、「メガネ会計ばばあ」として話題に

2013年の、NHK朝の連続テレビ小説「あまちゃん」は、人気脚本家の宮藤官九郎さんが脚本を手掛け、高視聴率をとった作品です。この中で木野花さんは”長内かつ枝”という名前の海女さん役を演じました。

作品の中で、能年玲奈さん演じる、主人公の天野アキから、かつ枝は「メガネ会計ばばあ」というあだ名を付けられており、視聴者の間でも、木野さんといえば「メガネ会計ばばあ」という名前で親しまれていました。

2015年公開の映画「猫侍 南の島へ行く」「娚の一生」

2015年2月公開で、榮倉奈々さんと豊川悦司さんのW主演映画「娚の一生」は、西炯子(にしけいこ)さんのベストセラーコミックを実写化したもので、木野花さんは主人公つぐみの祖母の友人役で出演しています。

2015年9月に公開された映画「猫侍 南の島へ行く」では、主役の北村一輝さん演じる久太郎の、姑タエを木野さんが演じています。

どちらも主人公に影響を与える重要な役どころを、木野さんは演じています。

2018年の映画「愛しのアイリーン」は、ツイッターでも話題

2018年の9月に公開された映画「愛しのアイリーン」は、同名の人気漫画が実写化されたもので、俳優の安田顕さんが主演を務めています。

木野花さんは、安田顕さん演じる岩男の母親ツル役で出演していますが、かなり強烈なキャラクター設定でインパクトもあり、優しいおばあちゃん役の木野さんとは全く違う印象です。

熱狂的なファンを持つ人気漫画であったことから、実写化されるということで、ツイッターなどでは大きな反響がありました。

2015年には「ぴったんこカン・カン」に黒木華と出演

2015年に放送されたぴったんこカンカンに、舞台「書く女」で、樋口一葉を演じる女優の黒木華さんと、樋口一葉の母親役として共演した木野花さんが出演しました。

お肉屋さんや天ぷら屋さんを回ったり、着物屋さんで稽古のための浴衣を探したり、二人が即興でお芝居をしたりと盛りだくさんな内容でした。

声優経験もある?1996年~放送アニメ「こどものおもちゃ」

少女漫画雑誌「りぼん」で連載されていた「こどものおもちゃ」が1996年から数年間テレビアニメとして放送されていた時期がありました。

この中で木野花さんは、主人公倉田紗南の母親の声を担当しています。

声優としての活動は少ない木野さんですが、最近では、NHKの子供向け番組「みいつけた」で、”てけばあ”というちょっと怖いイスのおばあさんの役をされています。

元は演劇女優?木野花の演劇情報は?

木野花さんはもともと舞台女優さんとしてデビューしていて、今もドラマや映画で大活躍する傍ら、舞台にもほぼ毎年出ています。

2018年の4月から5月には、「リトル・ナイト・ミュージック」に、2019年では、3月から4月の間公演されていた「十二番目の天使」に木野さんは出演していました。

木野花の経歴や現在の活動は?舞台の演出やワークショップも?

最近ではおばあさん役の印象が強い木野花さんですが、どういったことがきっかけで芸能界に入ったのでしょうか?

木野さんの生い立ち、経歴から現在の活動までをまとめてみました。

5歳頃に両親が離婚、母親に引き取られて青森に

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木野花さんは、小さなころからおじいさんやおばあさんに可愛がられて育ったそうですが、木野さんが5歳の時に両親が離婚されています。

そして、木野さんはお母さんに引き取られて青森に引っ越しました。

小学校~高校時代は母親が仕事で構ってくれなかった

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シングルマザーとなった木野花さんのお母さんは仕事で忙しく、子供の頃の木野さんとゆっくり関わるような余裕はなかったようです。

そのため木野さんは、かまってもらえず寂しい‥という思いを抱えて、小学生の頃から高校生の時期を過ごしたようです。

反抗したが不良にはなれず読書にのめりこむ

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自分にかまってくれないお母さんへの反抗心を持っていたという木野花さんですが、だからといってグレて不良になるような勇気もなく、ひたすら本を読むことに没頭し、寂しいという現実から逃げていたそうです。

出身高校・大学は?学生時代は芸術家を目指していた?

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木野花さんは、若い頃には彫刻作品をよく作っていたんだそうですが、芸術家として生きていくほどの才能は自分にはない‥という限界を感じ、大学は、芸術学科のある弘前大学教育学部に進学しました。

そして大学を卒業した後は、中学校の美術の先生として勤務していたのだそうです。

大学卒業後に中学校の美術教師を務める

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木野花さんは、”芸術家としての自分の才能に見切りをつけ、教職を受けたらたまたま受かったので、先生でもいいか、という思いで先生になった”というようなことを、ご自身でお話されています。

教師としてあまり志が高くなく、教育者としての自覚もなかったのだそうです。

ストレスのため神経性胃炎・偏頭痛をに苦しみ1年で退職

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木野花さんは、中学校の美術教師になりましたが、軽い気持ちで教師になってしまったことで”自分なんて全然だめだ”、という思いにとらわれていったのだそうです。

また、職員室での雰囲気にも馴染めず、2学期の終わり頃からは、神経性胃炎や編頭痛、朝起き上がれないほどの低血圧に苦しんだと言います。

その結果、医者から「それはストレスが原因だから、環境を変えた方がいい」と言われ、仕事を辞める決意をし、結局1年間で美術教師はやめてしまったということです。

雑誌の「アングラ特集」に惹かれて演劇界へ

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木野花さんが中学の美術教師を辞める決意をした頃、たまたま見ていた「美術手帖」という雑誌で「アングラ特集」というものを見つけます。

アングラというのは”アンダーグラウンド”の略で、商業性を無視した芸術活動のことです。その時代はアングラ全盛の時代でした。

そのアングラ特集に感じるものがあった木野さんは、運命を感じ演劇の世界に進むことを決めたのだそうです。

1971年(当時23歳)に上京、東京演劇アンサンブル養成所に入る

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1971年、木野花さんが23歳の時に、演劇をするため上京し、「東京演劇アンサンブル養成所」に入ります。

初めのうちは、数年演劇をした後教師に戻るつもりだった、という木野さんですが、結局はこれが現在の活躍につながるスタートともいえる場所になりました。

ここでレッスンや演劇の勉強に励んだようです。

1974年(当時26歳)劇団「青い鳥」を知り合った女性5人で結成

急に思い立って入った「東京アンサンブル養成所」ですが、入ってから3年ほどが過ぎた1974年、木野花さんが26歳の時に、養成所で知り合った女性4人と木野さんの5人で、劇団「青い鳥」を結成します。

1975年「美しい雲のある墓の前」にて旗揚げ公演を行う

劇団「青い鳥」が結成された翌年の1975年、「美しい雲のある墓の前」で旗揚げ公演が行われました。

1980年代に小劇場ブームが到来!アングラ演劇の代表的な存在に

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劇団「青い鳥」では、団員全員で企画、演出に参加するというスタイルをとっていましたが、当時これは「青い鳥スタイル」と呼ばれました。

旗揚げ公演以降、1980年代の小劇場ブームも追い風となり、劇団「青い鳥」はアングラ演劇の代表的な存在となっていきました。

1986年「青い鳥」を退団、「劇団☆新感線」の舞台に参加

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旗揚げ公演から11年後の1986年に、木野花さんは、劇団「青い鳥」を退団します。この時木野さんは38歳です。

その後木野さんは、「劇団☆新感線」など、他の劇団の舞台にも参加しながら、テレビでも少しづつ活躍するようになっていきます。

女優として活動しながらワークショップの講師も務める

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舞台やテレビでの活躍の場を増やしていった木野花さんですが、他にも、舞台の演出をしたり、ワークショップの講師をするようにもなっていきます。

2017年舞台「クラウドナイン」の演出を担当

1988年にも木野花さんが演出を手掛けたことがあるという、大人計画の「クラウドナイン」という舞台ですが、2017年には、29年ぶりに木野さんが再び演出をしました。

木野さんは死ぬ前にもう一度「クラウドナイン」の演出がしたいと望んでいたそうなので、願いが叶ったということになります。

少し変わった家族の、コミカルで不思議な内容の舞台です。

2018年放送ドラマ「この世界の片隅に」に出演

2016年にはアニメ映画にもなった「この世界の片隅に」は、もともとは、こうの史代さんの同名漫画が原作です。2018年7月にはドラマ化され、松本穂香さんが主演を務めました。

木野花さんはこの中で、松本穂香さん演じる、主人公すずの、嫁ぎ先の隣に住んでいるの主婦役として出演しました。

「この世界の片隅に」は、戦時中の日常生活を描いたお話ですが、映画化された時に大きな話題となったので、ドラマ化された時も大変注目を集めた作品でした。

2019年ワークショップ開催

木野花さんが講師を務める「劇団座・高円寺」のワークショップは、2019年で9回目を迎えました。

このワークショップでは、経験の有無に関係なく、大人でもお芝居に興味がる人はチャレンジしてみましょう!という内容のものです。

演技をしてみたい、舞台に立ってみたいという人のためのワークショップで、これまでに120人を超える人が舞台デビューをしているようです。

木野花ドラマスタジオ台本シリーズの「夜の森」も出版している

木野花さんは、若い役者さんを育成する目的で「木野花ドラマスタジオ」を長年主催しています。

ここで稽古、上演するための台本は、登場人物全員がきちんと描かれていて、誰もが主役にもなり得るように、主役と端役がはっきりと分けられていません。

そんな「木野花ドラマスタジオ」の台本は、演技指導者や役者を目指す人がどこでも買うことが出来るように、シリーズ化され、出版されています。

木野花のインタビューは?

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お芝居でセリフを言う時とは違い、インタビューではその人の本音を聞くことが出来ます。

木野花さんがインタビューで語った本音とは一体どういったものなんでしょうか?

朝ドラ「あまちゃん」に出演した感想は?

最終回を迎えた時には、喪失感から「あまちゃんロス」という言葉が生まれたほどのブームとなった、NHKの朝ドラ「あまちゃん」に出演していた木野花さん。

このドラマに出演していた時の感想を聞かれた木野さんは、”これほどのブームになるとは思ってなかったから、朝ドラの枠を超えた作品で、スゴイな!と思った”

また、”自分も出ているんだけど、ただのファンのように、自分の出ていないシーンを見るのが楽しみだった”というような内容のことを語っていました。

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