荻野目慶子の現在は?結婚した旦那は医師?監督と不倫?自殺騒動も! エンタメ

荻野目慶子の現在は?結婚した旦那は医師?監督と不倫?自殺騒動も!

目次

[表示]

ホルモン剤投与は拒否?荻野目慶子との肉体関係を優先?

医師からは治療に有効なホルモン剤による治療を勧められた深作監督でしたが、副作用によって男性機能が低下することを嫌ったため、女性ホルモン剤の投与を拒否したのです。

荻野目さんと深作監督は、病院内でも逢瀬を重ねていたということです。そのことについて、深作は自分の命より、荻野目との肉体関係を優先させた、という噂でマスコミを賑わしました。

2003年前立腺がんが脊髄転移し死亡

深作監督は、前立腺がんの細胞が骨に転移していたため、骨折しやすい状態でした。2002年9月に前立腺がんの脊椎転移を発表し、12月から「バトル・ロワイアルII 鎮魂歌」の撮影を開始しました。

しかし、クランクイン直後に痛みが激しくなり再入院となります。放射線治療の後、体力が低下して肺炎を併発し、一時危篤状態に。そして2003年1月12日に深作監督は息を引き取ります。(享年72歳)

荻野目慶子の経歴

荻野目さんはマンガ「ガラスの仮面」(美内すずえ)に憧れて芸能界を目指し、子役として活動をはじめました。全盛期にはテレビや映画に出演して演技派女優として大活躍されていました。

そんな荻野目慶子さんのこれまでの経歴を振り返ってみましょう。

12歳の時劇団ひまわりへ入団

「ガラスの仮面」の主人公・北島マヤは、貧しい家庭で育ちながらも天才的な演技力を持った少女です。そんなマヤに憧れた荻野目慶子さんは、女優を目指して12歳で劇団ひまわりへ入団します。

当時、子役として出演した映画は1977年の市川崑監督「獄門島」です。

劇団ひまわりは、かつて水谷豊さんや柳葉敏郎さんをはじめ松坂慶子さん、南海キャンディーズの静ちゃんなども所属していた、子役の登竜門とも言われる由緒ある児童劇団です。

1979年(当時15歳)オーディションに合格。芸能界へ

劇団ひまわりに所属し、子役として映画や雑誌などで活動する傍ら、荻野目さんが15歳の1979年、ついに舞台の役者オーディションに合格して芸能界デビューを果たします。

芸能界デビュー作は舞台「奇跡の人」で、荻野目さんは主人公のヘレン・ケラー役を射止め、女優への階段を登り始めることになります。

1980年(当時16歳)映画「海潮音」報知映画賞新人賞受賞

舞台「奇跡の人」の翌年、1980年には映画「海潮音」(橋浦方人脚本・監督)では、池部良さんの相手役となる主人公の少女・宇島伊代役を演じました。

荻野目さんは、この作品で初めての栄冠となる「報知映画賞」最優秀新人賞を受賞しました。同年の新人賞は「狂い咲きサンダーロード」と「鉄騎兵、跳んだ」の山田辰夫さんとのダブル受賞でした。

ヨコハマ映画祭最優秀新人賞も獲得

Alexas_Fotos / Pixabay

また、同作での荻野目さんの演技は高く評価され、「ヨコハマ映画祭」最優秀新人賞も受賞することとなりました。ここから荻野目慶子さんは演技派の名声を手に入れ、大女優への階段を駆け上りはじめます。

多忙のため高校の入学式には出席できなかった

Wokandapix / Pixabay

荻野目慶子さんはデビューして4年後の1980年に、「海潮音」報知映画賞新人賞を受賞しました。わずか16歳で女優としてブレイクした荻野目さんは、演技派の有望新人女優として大忙しでした。

あまりに多くの出演オファーが殺到していたため、高校入学式の当日にも撮影が入ってしまい、ついに入学式に間に合わなかったとインタビュー記事の中でこぼしています。

デビューしてしばらくの間は清純派女優だった

荻野目慶子さんのデビューが10代であり、おとなしそうで清楚な顔立ちだったことから、清純派女優として売り出されました。

もともと劇団ひまわりに入団したのも、お母さんが荻野目さんのおとなしすぎる性格を心配して、もっと元気な女の子になってほしいということことで、劇団応募を応援したことも一つのきっかけだそうです。

不倫騒動により「魔性の美女」と呼ばれるように

ところが、荻野目さんの自宅マンションでの河合監督の自殺事件、翌年の深作監督という、二度に渡る不倫騒動を経たことで、荻野目さんにはすっかり「魔性の美女」というイメージが定着してしまいました。

命が尽きるまで荻野目さんの虜となった二人の男性の事実は、荻野目さんが秘めている女の魔性を限りなく際立たせることとなりました。

以後悪女や愛人の役が増える

荻野目さんは騒動のあと、女優として見事復活を果たしました。しかし「魔性の美女」と呼ばれるようになってから、荻野目さんの元には悪女や愛人役のオファーが多く舞い込んできました。

荻野目さんの魔性性に対する世間のイメージが反映されていたのです。

荻野目慶子の出演作

荻野目慶子さんは子役時代の1977年から現在に至るまで、実に40年以上も女優のキャリアを重ねてきました。代表的な出演作をピックアップしましたので、気になる作品があれば、ぜひチェックしてみてください。

1977年映画「獄門島」

1977年の映画「獄門島」に子役として出演し、荻野目さんのスクリーンデビュー作品となります。日本を代表する推理作家・横溝正史原作、市川崑監督によるの金田一耕助シリーズの映画です。

荻野目さんは不幸な出自を持つ勝野の少女時代を演じきりました。またこの作品に若かりし頃の浅野ゆう子さんや池田秀一さんが出演していることも映画マニアの間では有名です。

1980年ドラマ「阿修羅のごとく2」

「奇跡の人」の翌年1980年、NHK土曜ドラマ「阿修羅のごとく-2」でテレビドラマ初出演となります。当時、倉本聰・山田太一と並び「シナリオライター御三家」と呼ばれた向田邦子・脚本作品です。

4姉妹役を演じる加藤治子、八千草薫、いしだあゆみ、風吹ジュンといった錚々たる女優陣に囲まれて、当時16歳の荻野目さんが里見家の子供・洋子役を演じました。

1983年映画「南極物語」

荻野目さんの出演作で最大のヒットを記録したのが1983年公開の大作映画「南極物語」です。出演は高倉健、夏目雅子他。観客数880万人、興行収入59億円は当時の日本映画最高記録となりました。

南極に取り残された兄弟犬タロとジロの名前はご存知の方も多いでしょう。荻野目さんは樺太犬の飼い主・志村麻子役として登場しています。

1994年映画「忠臣蔵外伝 四谷怪談」

1994年には映画「忠臣蔵外伝 四谷怪談」に出演しました。その頃、荻野目さんと不倫関係にあった深作欣二監督の作品で、四谷怪談と忠臣蔵を大胆に翻案した意欲作です。

伊右衛門は佐藤浩市、お岩役に高岡早紀。荻野目さんはお梅役を演じています。

本作品は、第18回日本アカデミー賞の最優秀作品賞/監督賞/脚本賞、主演男優賞/女優賞を総ナメしました。荻野目慶子さんも渡辺えり子さんと一緒に優秀助演女優賞を受賞しています。

2004年昼ドラ「愛のソレア」

2004年の昼ドラ・ドロドロ愛憎劇「愛のソレア」では、娼婦から女優へとのし上がり、華麗な男性遍歴を繰り返す魔性のヒロイン、人気女優・花園しのぶ(久我美穂)役を演じました。

深作欣二監督が2003年に亡くなった翌年の作品でした。ちなみにソレアとはフラメンコの代表的ジャンルのひとつで、孤独(soledad)を語源とする情熱的な楽曲です。

2007年ドラマ「相棒 season6」

2007年には「相棒シーズン6」の第3話「蟷螂(かまきり)たちの幸福」にミステリー作家・蓬城静流役で出演し、夫殺しのトリックを巡って右京(水谷豊)と対決し最後の最後まで特命係を翻弄します。

シーズン6では杉下右京の相棒は亀山薫(寺脇康文)です。ちなみに、右京の相棒の名前は、亀山薫、神戸尊、甲斐享、冠城亘と、なぜか4人の名前は最初が「か」で、最後が「る」の字で終わります。

荻野目慶子の家族は?妹は?

現在は医師の岡崎さんとの家庭生活を送られていますが、お母様の介護のため介護関係の資格を取得したという情報もあります。荻野目慶子さんの妹が洋子さんであることはあまりにも有名です。

妹は歌手の荻野目洋子

姉の慶子さんが女優としてキャリアを重ねたのに対して、妹の洋子さんは堀越高校卒業後は80年代アイドルの王道を駆け抜けました。荻野目洋子さんは4人兄弟の末っ子で、血液型はB型です。

劇団ひまわりに慶子さんとともに姉妹で合格しましたが、自宅から遠いことや経済的な理由から劇団には慶子さんだけが通ったそうです。洋子さんは幼少から民謡を習っていて「完璧な発声」と言われていました。

再ブレイク?バブリー・ダンスで「ダンシング・ヒーロー」が話題に

荻野目洋子さんの第二弾シングル、1985年11月発売の「ダンシング・ヒーロー」がオリコンでトップ10入りしました。これを契機に1986年から4年連続レコード大賞金賞受賞、5度の紅白出場を果たします。

それから30年後の2014年、TV番組で久しぶりに歌ったこの曲が音楽配信サイトで1位になります。その後デビュー30週年の本格再起動を発表します。単独ライブなども開催しました。

2017年、この曲で踊った大阪府立登美丘高等学校ダンス部の動画がバブリーダンスとして話題になります。再びヒットしたこの曲は、登美丘高等学校ダンス部とともに日本レコード大賞特別賞を受賞しました。

妹の荻野目洋子と対談!家庭環境を語る

お二人のお父様が亡くなった年、洋子さんの公式HPで初の姉妹対談が掲載されました。世間からは芸能一家に観られているが、実はサラリーマン家庭だったことなど家族の思い出について話し合いました。

当時、家には猫8匹、犬2匹をかっていたこと、母親がモノづくりが好きで、その楽しさを教えてもらったこと、父親は絵を描いたり旅が好きな人だったそうです。

ご両親の影響で映画や音楽が好きになって、学校を休んでチャップリンの映画を観に行ったりしたそうです。強制はされなくても家庭には芸能へ進むための環境が整っていたと、子供時代を振り返りました。

荻野目慶子のその他関連情報は?

女優として活躍を続ける荻野目紀子さんですが、実はアイドル顔負けにバラエティ番組やグラビア雑誌などにも登場しています。ご自身の人生を綴った自伝的書籍なども出版されています。

荻野目慶子が本を出版!「女優の夜」で不倫を語る?

「女優の夜」には荻野目さんの過去の思い出も記されてはいますが、頁の大半が二人の男性についての回想録となっています。

河合監督から本妻と離婚する気はないと告げられたこと、深作監督にレイプされて関係が始まったことなど、決して報道されることのなかった衝撃的なエピソードを本人自ら包み隠さず赤裸々に語っています。

私は、モラルでは解決のつかない、自分でもどうすることもできない心や体を抱えてしまった。「生と死」「生と性」……二つの恋愛で直面した永遠の命題。自らの半生を綴った壮絶な愛のドキュメント。
(引用 amazon)

歌も歌っている?「南極物語」挿入歌「愛のオーロラ」

荻野目さん出演の大ヒット映画「南極物語」では、挿入歌の「愛のオーロラ」を歌い、シングルレコードが発売されました。

レコード自体は大ヒットとはいきませんでしたが、歌手デビューしたことによって、テレビバラエティ番組の司会者などタレントとしても活躍の場を広げていくきっかけとなりました。

魔性の美女になる前の荻野目慶子TVバラエティ出演・激レア動画集

女優街道まっしぐら、と思われがちな荻野目慶子さんですが、以前はバラエティ番組や歌番組などにも明るい笑顔で登場していました。デビュー直後の初々しい映像で魔性の女になる前の荻野目さんをご紹介します。

荻野目家の一族/家族対抗歌合戦に両親姉妹で登場

1983年に放送された「オールスター家族対抗歌合戦」で、話題の映画「南極物語」に出演中の新人女優として紹介されています。ご両親とデビュー前の荻野目洋子さん(14歳)と一緒に歌合戦を繰り広げます。

冒頭で萩本欽一さんから「南極物語」への質問をぶつけられますが、このようなプロモーションの努力が実って、作品は日本映画の興行収入記録を塗り替える大ヒットとなりました。

久米宏のトーク番組「おしゃれ」に出演

久米宏さんの辛口トークに、18歳・社会に出て1年目の荻野目慶子さんが笑顔満面で対応しています。背の高い久米さんを上目遣いで見つめながら話す荻野目さんの可愛らしい仕草を見ることができます。

仲の良い友達は?の問いに同い年の薬師丸ひろ子さんと杉田かおるさんと答えます。また身長を聞くついでにバストはいくつか?きっと大きいはずだ、と執拗に問い詰める久米さんは今なら完全にセクハラアウトです。

糸井重里の若者おしゃべり番組「YOU」のレギュラーアシスタント

1983年に19歳となった荻野目さんは映画からテレビ界へ進出し、タレント活動を始めていました。1983年4月から1984年3月の1年間、NHK教育テレビの番組で司会アシスタントを務めました。

若かりし日の糸井重里さんが司会進行役の若者トーク番組「YOU」の貴重映像です。番組テーマソングは坂本龍一、イラストは大友克洋、この回のゲストは吉永小百合さんと非常に豪華なキャスティングです。

これからも新しい表情を見せてくれることでしょう

お母さんが心配してしまう程、おとなしくて優しい少女だった荻野目慶子さん。劇団ひまわりでは子役を演じ、映画デビューするとわずか16歳の若さで映画祭の最優秀新人賞を獲得しました。

運命的な不倫と壮絶な別れを2度も経験してからは、ネガティブなイメージがつきまとうようになりました。そして、いつの間にか芸能界一の「魔性の美女」と呼ばれ配役も悪女役ばかりになっていました。

しかし、2013年、本来の優しさを発揮できるお相手と結ばれました。これからは主婦役が似合うと言われたい、という荻野目さん。家庭人の幸せを手に入れて、演技でも新しい表情を見せてくれることでしょう。

2/2