海老名香葉子は初代林家三平の妻?現在は?娘たちとの関係は? エンタメ

海老名香葉子は初代林家三平の妻?現在は?娘たちとの関係は?

「昭和の爆笑王」と言われた初代林家三平さんの妻である海老名香葉子さん。何かと世間を騒がせている泰葉さんや、峰竜太さんの妻である海老名美どりさん、林家正蔵さんなどを子供に持ち、若い頃から一家を支えてきた彼女の生い立ちから現在までをまとめています!

目次

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海老名香葉子は初代林家三平の妻?現在の活動は?

林家一門を支えるおかみさん、さらに、エッセイスト、絵本作家という肩書を持つ海老名香葉子さんは、現在どんな活動をしているのでしょうか?

海老名香葉子のプロフィール!本名は?現在の年齢は?

  • 名前‥海老名香葉子(えびなかよこ)
  • 本名‥海老名 嘉代子(えびなかよこ)
  • 生年月日‥1933年10月6日
  • 出身地‥東京都墨田区
  • 配偶者‥初代林家三平
  • 子供‥海老名美どり、泰葉、九代目林家正蔵二代目林家三平

海老名香葉子は初代林家三平の妻?落語界一門のおかみに

海老名香葉子さんは、1952年に落語家の初代林家三平さんと結婚し、落語界一門のおかみさんになりました。結婚後は旦那さんの芸能活動をサポートしながら、4人の子供の子育てに奮闘しました。

通常は、師匠が亡くなってしまうと落語界では一門が解散するのですが、海老名香葉子さんは、おかみさんとして一門を支え続けたのです。

海老名香葉子の現在の活動は?戦争の恐ろしさを伝え続けている?

そんな海老名香葉子さんは、現在、戦争の恐ろしさを後世に伝える活動を行っています。

戦争で家族を亡くされた過去を持つ海老名さんが発願者となり、1945年3月10日に東京大空襲があったことから、毎年3月になると、「時忘れじの集い」という平和を祈るイベントを行っています。

海老名香葉子は講演活動もやっている?

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海老名香葉子さんは、現在「泣いて、笑って、がんばって」などの講演テーマで、ご自身の戦争体験や家族について語る講演会を行っており、ご高齢にも関わらず、全国を飛び回っているそうです。

海老名香葉子は自治体の観光大使も務めていた?

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海老名香葉子さんは、石川県に疎開していたということもあり、石川県観光大使を務めたり、石川県穴水町の”穴水町名誉町民”にもなっています。

さらに、毎年開催されている「時忘れじの集い」が、東京都台東区で行われている縁もあり、”たいとう観光大使”を務めるなど、各地の観光大使としても活動しているようです。

海老名香葉子は名古屋・大須演芸場最高顧問?

中京圏にある唯一の寄席である名古屋大須演芸場は、2015年9月に新装会場しました。

海老名香葉子さんは大須演芸場の最高顧問として、興行の企画や運営面についてのアドバイスなどを行っているということです。

海老名香葉子は現在も日本共産党の支持者?赤旗に出てる?

海老名香葉子さんは、日本共産党支持者として赤旗の企画でトークショーを行っており、その中で、戦争を回避するためには憲法第9条を堅守しなければならないと訴えています。

しかし、その一方で、政治的には日本共産党と対立関係にあるはずの産経新聞の読者ファンクラブの幹事を務めてもいます。

そのため、政治的にどうこうというよりは、ただ戦争をなくしたい、平和の尊さを伝えたいという立場である、ということだけだと思われます。

海老名香葉子の子供は?娘・泰葉や海老名美どりとの関係は?

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海老名香葉子さんの子供たちというのは、それぞれ有名で、皆さんがよくご存じな人達だと思いますが、海老名さんと子供たちの関係性とはどのようなものなんでしょうか?

海老名香葉子の娘は海老名美どりと泰葉?

海老名香葉子さんの娘さんは2人いますが、一人目が1953年に誕生した長女の海老名美どりさん、2人目が1961年に誕生した次女の泰葉さんです。

海老名香葉子さんは1933年生まれなので、長女の海老名美どりを生んだのは20歳の時ということになります。

息子は九代目林家正蔵と二代目林家三平

2人続けて女の子だった後に、1962年に長男の9代目林家正蔵さん、1970年に次男の2代目林家三平さんと、2人続けて今度は男の子を生んでいます。

今は、初代林家三平さんのお父さんである林家正蔵の名前を長男が、林家三平の名前を次男が継いでいます。

泰葉は春風亭小朝と離婚して一変?

海老名香葉子さんの次女泰葉さんは、1988年に結婚した落語家の春風亭小朝さんと、2007年に離婚しました。

しかし離婚後、泰葉さんはブログで、結婚期間中に小朝さんからいじめや暴行を受けたと暴露をしたり、小朝さんのことを”金髪豚野郎”と呼ぶなどして世間を驚かせました。

泰葉と海老名香葉子との関係は?子育て失敗?

泰葉さんのそうした振る舞いに対して、海老名香葉子さんの子育てが悪かったと非難をする人もいましたが、泰葉さんは、離婚後数年してから「双極性障害によるうつ病」という診断を受けています。

つまり子育ての問題ではなく、病気だったということですし、泰葉さんの騒動に対する謝罪コメントでも、海老名さんは、暴走する泰葉さんを包み込むようなコメントを出しています。

泰葉さんが一方的に、家族に対する敵意をむき出しにしている感はありますが、母親である海老名さんが、泰葉さんを突き放したり勘当したということはないようです。

泰葉の離婚騒動で、海老名香葉子の評判が悪化?

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病気のせいもあってか、奇行ともとれる言動を繰り返す泰葉さん。一時期は落ち着いていましたが、2017年以降、母親の海老名香葉子さんに対しても、攻撃を始めます。

長時間土下座をさせられたとか、3日間食事を与えてもらえなかった、ひどい言葉を浴びせられた‥といった発言を繰り返しています。

これに対し、海老名さん自身はコメントしていませんが、家族がこれを否定しています。ただ、泰葉さんの言葉を信じた人もいるでしょうし、評判が悪くなった可能性はあります。

海老名香葉子は泰葉とは現在連絡をとっていない?

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2019年に泰葉さんとのことを聞かれた際に、海老名香葉子さんは、連絡は取っていないと答えています。

2017年のブログで、泰葉さんは”海老名家とは絶縁して完全に独立した”と言っているので、海老名さんの方からはどうしようもない‥といったところだと思います。

海老名香葉子は海老名美どりと確執があった?三平の隠し子を隠していたから?

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海老名香葉子さんの夫である初代林家三平さんには隠し子がいましたが、海老名さんは、そのことを海老名美どりさんに隠していました。

そのことで美どりさんは母親に不信感を抱いていたと言われています。

そして、反対に海老名香葉子さんの方も、海老名家がお世話になっている石原プロから、美どりさんの夫である峰竜太さんが独立したことに対して、不満があると言われています。

二人の確執は解消?二代目林家三平の結婚がきっかけだった?

確執があると言われていた海老名香葉子さんと海老名美どりさんですが、どうやら美どりさんの弟である2代目林家三平さんの結婚を機に雪解けしたようです。

三平さんは、母親である海老名香葉子さんよりも、先にお姉さんの美どりさんに、恋人である女優の国分佐智子さんを紹介したのだそうです。

ただ、そんなことにこだわらず、海老名さんが国分さんと三平さんを優しくを迎え入れたことに、美どりさんは、母親の懐の深さを感じたのだと言われているようです。

海老名香葉子の家は現在も大家族?

海老名香葉子さんは、初代林家三平さんと暮らしている時から、4人の子供たちと入門したばかりの行儀見習いと言われる弟子たちと一緒に暮らしていました。

そんな大家族は今も変わらず続いているようで、今は、2人の息子さんとその家族、そして、行儀見習いと一緒に、変わらずの大家族で暮らしているようです。

海老名香葉子にはたくさんの孫もいる?

海老名香葉子さんの長女美どりさんと峰竜太さんとの間には、現在タレントをしている息子さんが一人と、一般人の娘さんが1人います。泰葉さんには子供はいません。

次に長男である林家正蔵さんには、息子さんが2人と娘さんが一人いて、息子さんの一人は、現在、落語家”林家たま平”として活躍しています。

また、次男の2代目林家三平さんと妻である国分佐智子さんの間にも、2016年に男の子が生まれたので、海老名さんのお孫さんは全員で6人いるということになります。

海老名香葉子の病気は?乳ガン?結石?

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海老名香葉子さんは、これまでに病気にかかったことはあるのでしょうか?

海老名香葉子が病気に?乳ガンを克服した?

海老名香葉子さんは、2009年に乳がんを患っていますが、たまたま受けた人間ドッグでそのがんは見つかったということです。

通常高齢になると、体力的にも手術するかどうかは判断に迷うところですが、医師にがんであることを告げられた海老名さんは、その場で手術をお願いしたと言います。

結果的に手術は成功し、手術の9日後には講演会のため鹿児島まで行ったそうです。やらなくてはいけないことがたくさんあるから!と発言しているので、気力で乳がんを克服したといえるでしょう。

海老名香葉子は胆のう結石で手術もしていた?

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2012年9月20日に初代林家三平さんの33回忌法要が行われた時に、息子さんである2代目林家三平さんが、”少し前に母は胆のう結石で入院していた”、と言っています。

”9月8日に入院をして12日に手術だった”と言っているので、法要は、そのわずか8日後ということになります。

海老名さんは、乳がんの時も手術の9日後には講演会をしていますが、ご高齢にも関わらず、気力で病を乗り越える姿に、勇気をもらった人も多かったのではないでしょうか。

現在は、何か病気を抱えている?

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海老名さんが発願者であり、毎年行われている、東京大空襲の供養式「時忘れじの集い」において、2019年3月には、”あと15年は生きて戦争の恐ろしさを伝えていきたい”という内容の発言をしています。

お元気な証拠だといってもいいのではないでしょうか。

海老名香葉子の若い頃が壮絶?生い立ちは?

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初代林家三平さんの妻となられてからの海老名香葉子さんは、色々と話題になったりすることも多かったですが、若い頃はどんな人生だったのでしょうか?

その生い立ちについて、まとめてみました。

海老名香葉子の生い立ちは?戦争中に一人で疎開した?

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海老名香葉子さんは1933年生まれなので、戦争を体験しています。そして戦争中、海老名さんだけ、おば夫婦の住む静岡県沼津市に疎開していたようです。

両親と兄弟が東京大空襲で死去、戦争孤児に?中根喜三郎だけが残った?

1945年3月、海老名香葉子さんが11歳だった時東京大空襲があり、両親と兄弟たちの多くは亡くなってしまったため、海老名さんは戦争孤児となってしまいました。

3番目のお兄さんであった、中根喜三郎さんと疎開していた海老名さんだけが生き残ったのだそうです。

海老名さんの実家は釣り竿の名匠「竿忠」なので、お兄さんが跡継ぎとなり、後に中根喜三郎さんは、「竿忠」の4代目となられています。

海老名香葉子はその後3代目三遊亭金馬の養女に

両親が亡くなり、親戚をたらいまわしにされた海老名香代子さんですが、お父さんの知人であった、落語家の3代目三遊亭金馬さんが声をかけてくれたことで、養女となりました。

養女になったきっかけで初代林家三平と結婚

実は、初代林家三平さんの母親である七代目林家正蔵さんの妻が、金馬家に出入りしていたことがきっかけとなり、初代林家三平と海老名さんは知り合うことになりました。

この金馬家の養女となったことは、海老名さんの大きな転機となったのです。

1952年4月に海老名さんと初代林家三平は結婚しました。

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