勝呂誉の元奥さんは大空眞弓?離婚理由は?再婚した?現在の仕事は?

俳優としての活動のほか、クイズ番組などでタレントとしても活躍していた勝呂誉さん。現在の奥さんとは再婚だといいますが、過去の結婚や離婚はどのようなものだったのでしょうか。また息子さんはどのような人?勝呂誉さんの現在の姿について見ていきます。

勝呂誉の結婚した元奥さんは大空眞弓?離婚理由は?現在は再婚?

勝呂誉さんの最初の結婚相手は、女優の大空眞弓さんでした。その馴れ初めや離婚の経緯、そして息子さんの人物像はどのようなものでしょうか。

勝呂誉のプロフィール!身長や現在の年齢は?

  • 生年月日:1940年6月1日(79歳)
  • 出身地:兵庫県芦屋市
  • 身長:177センチ
  • 血液型:B型
  • 職業:俳優
  • デビュー年:1961年
  • 主な出演作品:「青年の樹」「下町の太陽」「怪奇大作戦」など

俳優として活躍!「クイズタイムショック」など、タレントとしても活動

勝呂誉さんは1961年にテレビドラマで主演を務めデビュー後、端正な顔立ちと真面目なキャラクターで一躍人気者になりました。その後も多くのドラマや映画に出演し、また舞台でも活躍されています。

俳優として活動する一方、クイズ番組にも積極的に出演していました。1970年に「クイズタイムショック」で11回連続出演中に全問正解を2回記録し、連続勝ち抜き57人という番組記録も打ち立てています。

勝呂誉が結婚した奥さんは大空眞弓?馴れ初めは?

勝呂誉さんは1968年、女優の大空眞弓さんと最初の結婚をしています。奥さんとは、1961年に主演を務めた「青年の樹」にて共演したことがきっかけで知り合ったようです。

勝呂誉には息子がいる?元俳優?画像は?

野呂誉さんには、最初に結婚した大空眞弓さんとの間に息子さんが一人いらっしゃいます。中田元博さんといい、元俳優で「ツインズ教師」などに出演していたそうですが、その他の活動に関する情報はありません。

勝呂誉の息子・中田元博は覚せい剤で逮捕されていた!

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息子の中田元博さんですが、2001年に覚せい剤取締法違反で逮捕されて世間を騒がせました。

しかも逮捕は一度だけでなく、2002年2月には同法違反で逮捕、懲役2年6ヶ月・執行猶予5年の判決を受けています。この時出廷した勝呂さんは、「殴ってでも更生させる」と述べていました。

さらに執行猶予中に覚せい剤を使用した疑いで、入院治療を終えた2008年に3度目となる逮捕をされています。入院治療まで受けていたことから深刻な依存症であったことが伺えます。

勝呂誉は大空眞弓と離婚?理由は?

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勝呂さんは大空眞弓さんとの間に息子さんをもうけましたが、1982年に離婚されています。実はこの二人の結婚には謎が多く、「偽装結婚」であったのでは、という噂があります。

なんと大空さんは、元セゾングループの代表である堤清二の愛人だったという話があるのです。この話を揉み消すために勝呂さんと結婚したのでは、というのです。

また逆に、勝呂さんがゲイだった、という噂もあります。女性との結婚生活を続けるのに疲れてしまい離婚したという説ですが、はっきりした離婚理由はわかっていません。

勝呂誉は現在、一般女性と再婚していた!結婚式には大空眞弓も出席

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勝呂さんは大空さんと離婚後、詳しい時期は判明していませんが、一般人の女性と再婚しています。そしてなんと、大空さんがその結婚式に新郎友人として出席していたそうです。

その際にスピーチで、「過去の私と勝呂さんの結婚は何かの間違いでした。私のことは忘れてどうかお幸せに!」と祝辞を述べたといわれています。

勝呂誉の今現在の仕事は?プラザオーサカ?トークショーも?

俳優にタレントとマルチに才能を発揮していた勝呂誉さんですが、現在はどんなお仕事をされているのでしょうか。みてみましょう。

勝呂誉は離婚をきっかけに芸能活動を休止?

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野呂さんは大空さんと14年の結婚生活を経て離婚後、芸能活動から遠ざかっています。

親友だった石立鉄男さんと共同でペットショップ経営をしていたとも言われていますが、実際のところ詳しくはわかっていません。

勝呂誉の現在はホテル「プラザオーサカ」のチーフアドバイザー?

勝呂さんは現在、大阪市の十三にあるホテル「プラザオーサカ」で、チーフアドバイザーを務めているようです。

勝呂誉はホテルでトークショーもやっている?ランチでトーク?

勝呂さんはプラザオーサカで、不定期ながらトークショーも開催されています。ランチとトークで3000円というリーズナブルな価格で、人気があるそうです。

勝呂誉はイベントにも出演している?

野呂さんは現在、過去に出演した作品に関するイベントでトークショーやサイン会に出演されています。多くの人が集まり、大盛況であるようです。

勝呂誉は小林旭と現在でもゴルフをしている?

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親交の深い日活スターの小林旭さんとは、芸能界でゴルフをする俳優がほとんどいなかった昔からのゴルフ仲間で、今でもその仲は続いているようです。

クラブチャンピオン(通称クラチャン)に3回もなっており、2人でプロの試合にも出ていたとか。

勝呂誉に兄弟はいるの?

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野呂さんの兄弟について検索されることが多いようですが、調べたところそれらしい情報はありませんでした。一般人に兄弟がいるという可能性はありますが、公表されていません。

勝呂誉と平幹二朗の関係は?ゲイだった?

勝呂さんを平幹二朗さんと関連して検索する人が多いようですが、実は平さん(故人)は同性愛者であったという噂がかねてよりあり、その相手が勝呂さんだったのではと言われているのです。

平さん自身は同性愛者であることに関して肯定もしなければ隠すようなこともしておらず、元妻である佐久間良子さんのほか、周囲のスタッフには認知されていました。

しかし、相手が勝呂さんであったという話が何を根拠にしたものなのかは分かっていません。

勝呂誉の若い頃は?画像はある?

1960年代から、俳優にタレントとマルチに才能を発揮してきた勝呂さんですが、若い頃はどのような人だったのでしょうか。過去の作品の中からみてみましょう。

勝呂誉の、「青年の樹」でドラマデビュー!

勝呂さんは、「俳優座」で演劇の勉強中だった1961年に、テレビドラマ「青年の樹」でデビューしました。この時勝呂さんは主演の座に公募で選ばれたそうです。

大学で知り合った若者たちが色々な経験をしながら成長していくストーリーで、勝呂さんはその容姿とキャラクターで人気者になりました。

「下町の太陽」で倍賞千恵子と共演して話題に

勝呂さんは、現在も所属している松竹芸能に入った後、1963年には映画「下町の太陽」で倍賞千恵子さんと共演し、大ヒットしました。

倍賞さん演じる主人公の寺島町子を通勤の電車でいつも見ていて、とある時強引に「つきあってくれ」と申し出る、同じ町の鉄工所工員、北良介役で出演しています。

当時この二人は映画の題名から「サニーカップル」と呼ばれ、世間の話題となったそうです。後に他の作品でも共演しています。

勝呂誉の若い頃の画像は?

日米合作映画「勇者のみ」(1964年)ではフランク・シナトラとも共演している勝呂さん。若手イケメンスターとして人気がありました。

【動画あり】勝呂誉の出演作品まとめ

数々のドラマや映画で活躍されていた勝呂さん。その過去の出演作品をいくつかご紹介していきます。

ドラマ「何処へ」(1969年)

石原洋二郎の小説「何処へ」は何度かテレビドラマ化されており、勝呂誉さんは1966年の作品に、主人公・伊能琢磨役で出演しました。

伊能琢磨は、大学を卒業してすぐ東北地方の町に赴任してきた若い高校教師で、その生徒や父兄たち、町の女性たちとの出会いを交じえ、時に他の教師たちと対立もしながら、人間的に成長していく様子を描いています。

特撮テレビドラマ「怪奇大作戦」(1968-1969年)

円谷プロダクションが作成し、1968年から1969年にかけて放送されたテレビドラマ。現代社会において発生する謎の科学犯罪に、「SRI(科学捜査研究所)」のメンバーが立ち向かう様子を描いています。

毎回起こる怪奇現象が実は人間によって引き起こされた科学犯罪で、社会に疑問を投げかけるような考えさせられるテーマもあり、未だに多くの特撮ファンの心をひきつけている作品です。

勝呂さんはこの作品で、情にもろく熱血漢のSRIメンバー、三沢京助を演じています。また「幻の死神」の回ではその歌唱も披露しています。

ドラマ「暖春」(1969年)

京都の小料理屋の一人娘である主人公・千鶴が、自分を置いてどんどん結婚していく友人たちに焦りを感じながら、彼女を見つめる母親や、周囲の人々と交流していく様子を描いたドラマです。

勝呂さんはこの作品中で、主人公に好意を寄せるも反応してもらえず、友人関係である呉服屋の次男坊を演じています。

ドラマ「西遊記」(1978年)

石から生まれた猿・孫悟空が、三蔵法師、猪八戒、沙悟浄と出会い、共に天竺へ取経の旅をするという冒険活劇です。最終回には最高視聴率27.4%を記録する異例の人気ぶりでした。

また日本国外での人気も非常に高く、イギリスやオーストラリアで英語の吹き替え版が作成され何度も再放送されるなど、1970年代のカルト的ドラマになりました。

勝呂さんは作中で、天竺への旅へのきっかけとなるお告げを与える、観世音菩薩を演じています。

歌手としての活動も?①:「二人で胸を張れ」

勝呂さんは俳優だけでなく、歌手としても活躍していました。1963年には映画「二人で胸を張れ」に出演し、同名の主題歌を倍賞千恵子さんと共に歌っています。

当時勝呂さんと倍賞さんは松竹青春映画を担うスターコンビとして、デュエット曲もいくつか発売していました。

この曲は若い男女のデュエットですが、恋愛というより友情をテーマにしており、共に励まし合う二人の掛け合いが微笑ましい、清潔感のある曲となっています。

歌手としての活動も?②:「銀座浪漫」

1999年に発表したオリジナル曲の「銀座浪漫」は、勝呂さんがディナーショーなどで今も歌い続けています。

数々の名作で活躍してきた勝呂誉さん。俳優以外でも幅広く活動している多才な方だということがわかりました。幾度も共演している倍賞千恵子さんについて興味のある方はこちらもご覧ください。

ドラマ「青春の樹」ではヒロイン役が途中降板していた?

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勝呂誉さんのテレビドラマデビュー作となった「青春の樹」ですが、ヒロイン役を途中から別の女優が演じていたようです。

当初のヒロイン役は小林哲子

このドラマのヒロインである山形明子役は、当初女優の小林哲子さんが演じていました。

勝呂さん演じる、曲がったことが大嫌いな父親に厳しく育てられた正義感の強い青年、主人公・坂本武馬のガールフレンド的存在です。

しかし、一部資料では全放送回数79回とされる同作の撮影中、小林さんは病気が原因で途中降板することになってしまいます。

代役に選ばれたのは香山美子

小林哲子さんの降板が決まり、代役に選ばれたのが同じく女優の香山美子さんでした。

代役と言っても同じ山形明子役を演じたのではなく、主人公・武馬の友人である和久宏の恋人役として出演していました。

香山さんは勝呂さんと同じ松竹芸能に所属し、その後女優として成功を収めていっていることから、「青年の樹のヒロインと言えば香山美子」というイメージを持っている人も多いようです。

小林哲子さんのその後

小林哲子さんは俳優座に在籍し、舞台や映画、テレビにと活躍されていましたが、特に映画「海底軍艦」で演じた皇帝役では威厳ある美しさで魅せ、その存在を永遠のものとしました。

その後結婚を期に芸能界を離れるも後に復帰しましたが、1994年に肺癌のため53歳の若さでこの世を去っています。

勝呂誉は芸能活動を休止してもなお活躍している!

デビュー以来、色々な作品で名優たちと共演し、その名を残している勝呂誉さん。俳優としてはもちろん、タレントや歌手としてもそのマルチな才能ぶりを発揮してきたことが分かりました。

残念ながら芸能活動を休止していた勝呂さんですが、今でもトークショーやイベントを積極的に開催し、多くのファンに愛され続けてます。今後も様々な場面での活躍が楽しみですね!

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