渡辺哲には奥さんや息子がいる?自宅は吉祥寺?もののけ姫の声優も? エンタメ

渡辺哲には奥さんや息子がいる?自宅は吉祥寺?もののけ姫の声優も?

誰もが一度はテレビで見たことのあるであろう俳優の渡辺哲さんの詳細をみなさんは知っていますか?見たことはあるけどよく知らない、そんな人も多いでしょう。そんな渡辺哲さんのプライベート、奥さんや息子のことなどの情報を皆さんに提供していきましょう。

目次

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渡辺哲は現在、結婚している?奥さんや息子は?

強面俳優の渡辺哲さんの気になるプライベートですが、実は若いころに一般女性と結婚しています。さらに双子の息子さんたちをお持ちです。気になる家族について少し探っていきましょう。

渡辺哲のプロフィール!現在の年齢や画像は?

  • 本名  :  非公開
  • 生年月日:  1950年3月11日 (69歳)
  • 出身地 :  愛知県常滑市
  • 身長  :  181㎝
  • 血液型 :  A型

東京工業大学工学部を中退しシェイクスピア劇の劇団に参加したことがきっかけで芝居の楽しさを覚え、映画デビューを果たし俳優として生きていくことを決意しました。

渡辺哲の嫁は外国人?詳細は明かされていない

渡辺哲さんの奥さんについてですが詳細は明かされていませんでした。ですが外国籍の一般人女性との噂があります。イタリア人やロシア人との情報がありますが、息子の名前から日本人なのでは?という声もあります。

息子は双子、本多英一郎とアントーニオ本多

渡辺哲さんの子供はというと、41歳になる2人の「双子」の息子がいることがわかっています。なぜ子供に関しての情報は明かされているのでしょうか。それは2人の息子がそれぞれ名前の知られる人物であるからです。

双子が生まれる確率は1/100といわれていますが、他にも双子の子供をもつ芸能人夫婦がいますね。そちらのご夫婦が気になる方はこちらの記事も参考にしてみてください。

双子の息子の兄・本多英一郎は俳優に!

長男の本多英一郎さんは中央大学在学中に演技に目覚め役者の道に進みました。2010年頃「Lunar Punk」という劇団を主宰することになりましたが、現在は、舞台アクションの講師として活躍しています。

双子の息子の弟・アントーニオ本多はプロレスラー

次男の本多宗一郎さんは武蔵野美術大学に在学中、演劇や学生プロレスを始めました。大学の芸術祭での試合においてマッスル坂井にスカウトされ「マッスル2」に参戦し頭角を現しました。

リングネームはアントーニオ本多で「アントン」などの愛称で知られおり、アイアンマンヘビー級メタル王座でのタイトルをはじめとするたくさんのタイトルを制覇し、現在もDDTプロレスリングで活躍中です。

アントーニオ本多は「ダイビングフィストドロップ」「南部式ナックル」「バイオニックエルボー」「エルボースタッブ」「ごんぎつね」など多くの得意技を持っています。

渡辺哲の現在の活動・出演情報は?

遅咲きの俳優として知られている渡辺哲さんは1983年の大河ドラマ「徳川家康」をはじめ、多くのテレビドラマやCM、映画や舞台と幅広い分野で活躍しあっという間に名脇役へとなっていきました。

強面からヤクザ役や殺し屋といった役を多く演じてきた渡辺哲さんですが、近年コメディやラブストーリーにも出演するようになり、ゴジラシリーズへの出演や猫の恩返しなどアニメ映画の声優としても活躍している。

ドラマ「泣き虫しょったんの奇跡」

2018年に公開された「泣き虫しょったんの奇跡」は将棋棋士・瀬川昌司の自伝を映画化したもので、その映画の中で渡辺哲さんは主人公の昌司の師匠である安田師匠を演じています。

小学生の頃から将棋一筋で生きてきた瀬川昌司は一度夢は断たれ将棋とは縁を切っていましたが、周囲の人に支えられて35歳の時に人生をかけてプロへの二度目の挑戦を始めます。

舞台「カクエイはかく語りき」

2018年愛知と東京で12年ぶりの一人芝居「カクエイはかく語りき」が上演されました。田中角栄生誕100年となった2018年に脚本・演出に水谷龍二を迎えて挑まれました。

原案は2006年に上演されたものと同じく「田中角栄の人を動かすスピーチ術」で、渡辺哲は29歳から75歳までの田中角栄を素晴らしい説得力で熱演しました。

プロレス「マッスルマニア2019 in 両国 俺たちのセカンドキャリア」

2019年2月16日にに東京の両国国技館で開催された「マッスルマニア2019 in 両国 俺たちのセカンドキャリア」にゲスト出演者として渡辺哲さんが出演しました。

マッスルマニアとは、1991年からアメリカで始まった祭典のことで肉体美を競うといった大会です。全体的なバランスや、顔のルックスなども重視しているという大きな特徴をもっています。

渡辺哲の最新情報を知るには?ブログやSNSはある?

ドラマや映画、CMに舞台と様々な形で活躍する渡辺哲さんの最新情報を知るにはどうしたらよいのでしょうか。自身のブログやSNSなどは使用しているのでしょうか?

渡辺哲さんはGREEの公式ブログやexcite blogなどのアカウントを持っていましたが、今はGREEの公式ブログの方しか更新されていないようです。チェックしてみてください。

渡辺哲はよく吉祥寺で目撃されている?

渡辺哲さんがどこに住んでいるのか気になる人も多いのではないでしょうか?謎の多い渡辺哲さんですが住んでいるところは公開されているのでしょうか?わかっていることをまとめてみました。

渡辺哲は40年間ずっと吉祥寺に住んでいる

渡辺哲さんは若い頃からなんと40年以上もの間自宅を吉祥寺においていることがわかっています。俳優業が軌道に乗る前から吉祥寺に住んでいたようで目撃情報も多数出ています。

吉祥寺駅前に渡辺哲のいきつけの焼き鳥屋がある

渡辺哲さんの自宅がある吉祥寺駅から徒歩3分の所に渡辺哲の行きつけの焼き鳥屋さんがあるようです。その店は「いせや総本店」で、満席の日も多い人気のある店です。

「いせや総本店」は80年以上続く老舗です。正午から営業しており日替わりのお楽しみ品もあるようです。一度行かれてみると渡辺哲さんに偶然遭遇するかもしれませんね。

渡辺哲の特技は英語!映画やドラマでも見られる?

渡辺哲さんには意外な特技があることをみなさんは知っているでしょうか。公式プロフィールにも公開されていますが、渡辺哲さんの特技はなんと英会話でそれはメディアの中でも披露されています。

出世作「アンボンで何が裁かれたか」で流暢な英語を披露

渡辺哲さんの出世作となったのはオーストラリア映画の「アンボンで何が裁かれたか」です。この映画はラッセル・クロウの映画デビュー作にもなった映画としても知られています。

太平洋戦争中にアンボン島で起きた日本軍による連合軍捕虜虐殺事件に関する軍事裁判を描いた作品となっており、渡辺哲さんは映画の中で事件の首謀者とされた池内大佐役を演じています。

英語力を買われ、NHKワールドのドラマに出演

特技の英語力が買われた渡辺哲さんは2018年12月から放送のNHKワールドJAPANの「ホーム・スイート東京」のキャストに抜擢されました。ここでも流暢な英語を披露しています。

このドラマは日本人女性と結婚したイギリス人のブライアンが妻と妻の父親との同居生活の中で遭遇するカルチャーショックをテーマとしたコメディドラマです。

その際のインタビューで英語上達のコツも話している

NHK公式サイトのインタビューページでは渡辺哲さんへのインタビュー動画も掲載されています。そのインタビューの中で英語上達のコツも「わからなくていいから喋ること」と話されています。

「相棒Season2」第3話でも流暢な英語で視聴者を驚かせた

英語が披露されたといえばテレビドラマシリーズの「相棒 season2」です。見たことがある方もいるのではないでしょうか。渡辺哲さんは第3話に出演していました。

第3話の「殺人晩餐会」では華道の家本候補殺されてしまう大曲幸吉役で出演した渡辺哲さんは、この回で流暢に英語を喋るシーンがあり視聴者を驚かせました。

渡辺哲の学歴・経歴は?

ここまで家族についてや出演作について触れてきましたが、英語も流暢な渡辺哲さんはどんな学歴や経歴の持ち主なのでしょうか。それらのことについてまとめてみました。

1950年に愛知県で誕生、父は愛知陶管工業の社長

プロフィールでも少し触れましたが、渡辺哲さんは1950年に愛知県の常滑市で生まれました。常滑市は愛知県の西部に位置しており、中部国際空港を有しています。

渡辺哲さんの父親は愛知陶管工業(現在のジャニス工業)の社長をされていました。ジャニス工業は名古屋証券取引所2部上場企業となっています。

名門・愛知県半田高等学校を卒業

渡辺哲さんの出身高校はというと愛知県立の半田高等学校です。半田高校はSSH(スーパーサイエンスハイスクール指定校)で知られており、半高という略称で呼ばれています。

SSHとは科学技術や理科・数学教育を重点的に行うとして文部科学省が指定した高校のことです。この制度は2002年に開始され、半田高校は2013年にSSHに指定されました。

東京工業大学工学部化学工学科中退

高校を卒業した渡辺哲は東京工業大学の工学部工学科に進学し、東工大の柔道部に所属するも中途退学してしまったようです。見た目に反して意外と高学歴の持ち主だったんですね。

東工大在学中に誘われてシェイクスピア劇の劇団に参加

大学の在学中に下宿先の仲間に誘われてシェイクスピア劇の劇団に参加したことが役者になるきっかけとなったようです。当時は裏方のお仕事に携わることになり抜けるに抜けられない状況だったそうです。

1975年に「シェイクスピア・シアター」を旗揚げ

そして1975年の25歳の時シェイクスピア・シアターという劇団を旗揚げします。渡辺哲さんはこの時は役者ではなく、制作の方を志望していたことがわかっています。

ところが主催者に俳優として参加することを勧められ、38作品のうちのなんと37作品に出演しています。3作品で主演を務めたことで演技の楽しさに気づき俳優の道へ進む決意をしました。

1985年、黒澤明監督「乱」で映画デビュー

1985年劇団を旗揚げしてから10年が経った時、黒澤明監督の映画「乱」でデビューを果たします。乱は黒澤明が監督した最後の時代劇で、監督はこの作品を「ライフワーク」と位置付けました。

乱は架空の戦国武将である一文字秀虎を主人公にその晩年と息子たちとの確執や兄弟同士の擾乱を描いた作品です。物語には毛利元就の「三本の矢」の逸話なども取り入れられています。

俳優の仕事だけでは食べていけずアルバイトをしていた

俳優としてなかなか芽が出ず、アルバイトをしながらの俳優活動をしていた渡辺哲さんでしたが、1991年頃から仕事が舞い込むようになりますが、この時渡辺哲さんはすでに40歳でした。

1991年、オーストラリア映画「アンボンで何が裁かれたか」の出演が転機に

仕事が舞い込むきっかけとなった作品が先ほど紹介した「アンボンで何が裁かれたか」でした。この映画の出演をきっかけに渡辺哲さんの俳優業は軌道に乗るようになっていきました。

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