大谷翔平の父・家族が支えた二刀流!!高校⇒日ハム⇒エンゼルスの秘密をチェック

大谷翔平選手の連日の活躍!!日本ハムファイターズからエンゼルスへ!!投手としてもバッターとしても大リーガーに引けを取らない躍動のルーツは父をはじめとした家族にあります。この記事ではその強さのもとをぐぐっと掘り下げていきますよ!!お楽しみに~

大谷翔平の父・家族との歩み・高校~日ハム入団①

大谷 翔平選手

まず大谷翔平選手からいきましょう!1994年7月5日 岩手県奥州市出身。あの菊池雄星選手に憧れて花巻東高校へ入学。1年生の夏まではなんと「野手」として練習していたそうです。これは監督の方針で「まだ骨が成長過程にあるため」だったそうです。

目覚めた剛速球

2年春には最速151km/hを記録!!「みちのくのダルビッシュ」と呼ばれ注目を集めるようになりました。第93回全国高等学校野球大会では田中将大選手(駒澤大学附属苫小牧高等学校)に並ぶ甲子園での高校2年生最速当時タイ記録となる150km/hを記録。

大谷翔平の父・家族との歩み・高校~日ハム入団②

日本か?アメリカか?

プロ野球ドラフト会議前にはメジャーリーグ球団からも注目されていた。本人は「(アメリカか日本かは)五分五分」と語っていた。メジャーリーグの面談を経て、メジャーリーグへの挑戦を表明。会見では「マイナーからのスタートになると思うけれども、メジャーリーグに挑戦したい気持ちでいる。入学当初からの夢だった。」と当初は話していた。

意外な展開

しかし、10月23日に北海道日本ハムファイターズGMの山田正雄が大谷をドラフト会議で1位指名する事を公表。日本ハム監督の栗山英樹も「大谷君には本当に申し訳無いけれど、指名をさせて頂きます」発表して騒然となったのは言うまでもありません。

大谷翔平の父・家族との歩み・高校~日ハム入団③

有言実行の栗山監督

2012年ドラフト会議で日本ハムファイターズが大谷を1巡目で単独指名し交渉権を獲得。指名後の会見で翔平選手は「びっくりしたし動揺した。でも、自分の気持ちは変わらない。評価して頂いたのは有り難いがアメリカでやりたい気持ちは変わりません」

懸命な説得と二刀流へ

指名挨拶のため日本ハムから訪問を受けた際にも面会しなかった。その後2度目の訪問で指名挨拶を受け入団交渉も4度にわたって行われた。更にダルビッシュ有が使用していた背番号11、投手と打者の「二刀流」育成プラン等を提示され、12月9日に日本ハム入団を表明。

大谷翔平の父・そして家族構成は?①

父 大谷 徹さん

父親は大谷徹さん。出身高校は、岩手県立黒沢尻工業高校。もちろん野球をやってらして外野手として大活躍だったそうです。さっすが!大谷翔平選手のルーツは父親にあったですね~。とっても長身の182センチ!!外見も大谷翔平選手にそっくりだそうです。

大谷翔平の父・そして家族構成は?②

母 大谷 加代子さん

母親は大谷加代子さん。横浜出身で元は国体出場のバトミントン選手です。身長が170㎝という報道もありましたよね。長身の大谷翔平選手はご両親からいいところ取りでスクスクと大きく育ったんですね!お母さんとは容姿までそっくりだそうです。

大谷翔平の父・そして家族構成は?③

兄 大谷 龍太さん

身長は187cm。やはり野球をやってらして、トヨタ自動車東日本に所属していました。そして社会人野球の高知ファインてぃんぐドッグスに所属していたようです。現在は社会人野球でコーチ兼外野手というポジションだそうです。お兄さんを目標にしてたんでしょうか?

姉 大谷 結香さん(ゆうかさん)

バレーボールの経験者でやはり長身との情報があります。お姉さんも165cm以上なことから家族全員すらっとされていますねー。お姉さんは2歳大谷翔平選手とはなれていて、地元の看護学校を卒業されて今は横浜で看護師をしているとのことです。

 

大谷翔平・父や家族が応援する実家とは?

岩手県奥州市

父である大谷徹さんが神奈川県から地元の岩手県に移り住んだのは、自分たちの将来設計を見つめ直したためです。25歳で野球の現役を退き、20代後半を迎えたときだったそうです。我が家を持ち、家族を養ない子どもを育てなければいけない!その一心で岩手へもどったそうです。

最適な場所

一戸建てを購入しようと思えばそれなりにお金がかかる。田舎なら都会よりは持ちやすい。また「野球を子供にやらせるなら、絶対に田舎の環境のほうがいいと」田舎で生まれ育った父、大谷徹さんは、自身の経験も踏まえてそう思ったそうです。

大谷翔平・支えた父と家族の思い①

監督としての父

大谷翔平選手の小学校時代、父は野球チームの監督をしていました。水沢南中時代に所属した一関市にあるシニアリーグの野球チームではコーチを務めた徹さん。大谷翔平選手にとって父親であり、自分を導いてくれる指導者でもあったんですね。

大谷翔平選手の思い①

その当時を振り返って大谷翔平選手はこう言っています。「僕が監督だったとしてもそうですが、同じぐらいの子が自分の息子と同じ実力なら、息子ではない子を試合で使わないといけないと思います。それは当たり前のことですよね。だから、息子である自分が試合に出るためには圧倒的な実力がなければいけない。

大谷翔平選手の思い②

チームのみんなが翔平なら大丈夫!と、納得してもらえる実力がなければ。まだ小さかったですけど、それは僕にもわかりました。だから、ちゃんとやらなきゃいけないという思いはずっと持ち続けていました」野球中はあまり父としての感覚ではなかったとも言っています。

大谷翔平を支えた父・家族の思い②

野球ノート

「野球ノート」とは、大谷翔平選手と父・徹さんが綴っていた野球における交換日記のようなものだった。徹さんがその時の評価やアドバイスを書き、翔平選手が試合での反省や今後の課題を記録していたそうです。今でも実家に保管されているそうですよ。

大谷翔平を支えた父・家族の思い③

父からの3つの教え

◎1つ目:「大きな声を出して、元気よくプレイする」。◎2つ目:「キャッチボールを一生懸命に練習する」。◎3つ目:「一生懸命に走る」。元気よくプレーをして基本忠実にがんばっていくことこそ素晴らしい選手への近道であるという父からの教えです。

大谷翔平の父・家族との歩み 日ハム~メジャーへ二刀流①

大谷翔平選手の日ハム・華々しいデビュー①

入団した2013年春季キャンプでは投手と野手の練習メニューを並行してこなし、2月途中から一軍に合流しました。オープン戦や春季教育リーグでも投手、右翼手、指名打者として出場。オープン戦では3月17日の対中日ドラゴンズ戦で山内壮馬から初本塁打を記録。

大谷翔平選手の日ハム・華々しいデビュー②

2013年3月21日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦では投手として登板した後、打席に立ち、更に右翼手の守備に。投手登録のまま打者として開幕一軍入り。3月29日のシーズン開幕戦(西武ライオンズ戦、西武ドーム)では八番・右翼手で先発出場しました。

大谷翔平の父・家族との歩み 日ハム~メジャーへ二刀流②

大谷翔平選手の日ハム・華々しいデビュー③

高卒の外野手の開幕戦先発出場は2011年の駿太(オリックス・バファローズ)以来で、球団では1959年の張本勲以来54年振りだとか!開幕戦では2安打1打点を記録しました。高卒新人が開幕戦で複数安打を記録したのは1960年の矢ノ浦国満(近鉄バファローズ)以来53年ぶり2人目の快挙です!!

大谷翔平の父・家族との歩み 日ハム~メジャーへ二刀流③

大谷翔平選手の日ハム・華々しいデビュー④

2013年7月10日の楽天戦(クリネックススタジアム宮城)で、永井怜からプロ初本塁打を打ちました!!高卒新人でプロ初勝利とプロ初本塁打を記録したのは1967年の江夏豊(阪神)以来、46年ぶり。びっくりですよねー46年ぶりってすごすぎます。

大谷翔平選手の日ハム・華々しいデビュー⑤

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