左卜全とは?死因は?「老人と子供のポルカ」の歌詞の意味は? エンタメ

左卜全とは?死因は?「老人と子供のポルカ」の歌詞の意味は?

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1949年「女の顔」で55歳にして映画デビューを果たす

3年ほど活動ののち「空気座」は解散することになります。その後、小崎さんの紹介で「太泉映画大泉スタジオ」(のちの東映)に入ります。そして同年1949年に今井正監督の「女の顔」で銀幕デビューを果たします。

そしてこの映画「女の顔」出演は彼の役者人生にとって大きな転機となります。なんとあの黒澤明監督の「醜聞」に出演する機会を得たのです。尺はワンシーン程度ですが高い演技力が話題となります。

以降フリーとなり、とぼけた老人の役で活躍

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「醜聞」の出演以降、左卜全さんは特にどこの劇団や事務所に所属することはなくフリーになります。数々の映画に出演することになるのですが、演じる役の殆どはとぼけた老人の役でした。

その演技はどれも素晴らしく、いつしか左卜全さんは名俳優の笠智衆さんと並ぶ「老け役」の名手となっていきます。またこの頃からある人物から注目されるようになります。

黒澤明監督に重用され名脇役といわれるように

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その才能に魅了されたのは観客だけではありません。黒澤明監督は「醜聞」以降も「生きる」「七人の侍」など数々の自分の作品に左卜全さんを出演させます。最終的に彼は7本ものの黒澤監督の作品に出演をしました。

そして最終的には業界内外問わず、彼を「名脇役」として賞賛する声が多く上がるようになりました。

1970年「老人と子供のポルカ」で歌手デビュー

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1970年には日本グラモフォン(現在はユニバーサル ミュージック合同会社)より「老人と子供のポルカ」でCDデビューをします。40万枚の大ヒットを起こし「史上最高齢新人歌手」として大きな話題になります。

ちなみに左卜全さんは「老人と子供のポルカ」の歌手契約の際に、買い取り契約をしてしまっていたため報酬は最初の20万円のみだったそうです。

実は2枚目もリリースしていた?

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実は左卜全さんは2枚目もリリースしていたのです。曲名は「拝啓天照さーん」だったそうですが、収録直後に亡くなられてしまったため、しばらくはお蔵入りする形となりました。

のちにCD化され、流通数は非常に少ないですが彼のセカンドシングル「拝啓天照さーん」は無事に世に出ることができました。

1971年5月26日、77歳で死去!死因は癌だった

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一躍時の人となった左卜全さんですが、1971年5月26日に77歳にてこの世を去ります。死因は癌で、妻の糸さんの呼び掛けに「は~い」と小さく応えたのが彼の最期の言葉でした。

こうして77年の彼の役者人生は幕を閉じることとなりました。

左卜全の出演作品は?【画像あり】

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左卜全さんは多くの映画に出演しましたが、一体どんな映画に出演したのでしょうか?有名なものをいくつかまとめました。

1949年「女の顔」

1949年に公開された映画で、監督は今井正さんが務めました。本作品は石坂洋二郎さんの小説が原作で左卜全さんは「山田」という役を出演しました。

ちなみにこの作品は後にテレビドラマ化もします。

1950年公開「醜聞」

1950年に公開した映画です。監督は黒澤明さんで、左卜全さんは「酔っ払いの老人」の役で出演しました。ワンシーンの出演ではありますが、多くの人が彼の演技に魅了されました。

この映画は第24回キネマ旬報ベスト・テンの6位にランクインしました。

1951年「白痴」

1951年に公開した作品で、こちらも黒澤明監督の作品です。ロシアのドストエフスキーの小説「白痴」が原作で、本作品は日本風にアレンジしたものです。左卜全さんは「軽部(原作ではレージェベフ)」を演じます。

彼の演技を気に入った黒澤明監督は、以降も自身の作品に出演させるようになます。

1952年公開「生きる」

1952年に公開した作品です。東宝創立20周年記念に制作された映画で、同映画も黒澤明監督が手がけています。左卜全さんは「市民課課員・小原」という役を演じます。

この映画は第26回キネマ旬報ベスト・テンの見事1位を獲得しました。

1954年公開「七人の侍」では演技指導を聞かなかった

1954年に公開された映画で黒澤明監督の作品です。700万人を動員するほどの人気作品でした。同映画で左卜全さんは「与平」の役を演じるのですが、あるトラブルが発生します。

なんと監督の指示を全く聞かないのです。左卜全さんは村を焼かれて泣き崩れるシーンで「ぶははー」と笑う演技をしていたそうです。何度指導されても絶対に演技を変なかったため、このシーンはお蔵入りになります。

泣かなかったのは意味がある?

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しかし左卜全さんは意味もなく笑っていたわけではありません。彼なりに理由があって「人は悲しみを超越すると笑いがこみあげてくるもの」という考えから、ただ号泣するのではなく笑いを比を強めたそうです。

60年という人生の中で培った彼なりの「リアルな演技」だったのです。

1955年公開「生き物の記録」

1955年に公開された作品でこちらの映画も黒澤監督が手がけています。原水爆を取り扱った映画で、左卜全さんは「地主」の役を務めます。

本作品は第29回キネマ旬報ベスト・テンにて4位を獲得しました。

1957年公開「どん底」

1957年公開の作品で、おなじみ黒澤監督の作品です。ロシアの戯曲「どん底」が原作で江戸時代に置き換えた作品です。左卜全さんは「嘉平(原作では巡礼者ルカに相当)」を演じました。

この作品には明確に主役は決まっていないのが特徴ですが、彼が演じた「嘉平」は原作の主要人物である巡礼者が元となっており、実質主人公のような役割を果たしました。

1965年公開「大怪獣ガメラ」

1965年に公開された特撮怪獣映画です。あのガメラシリーズの記念すべき第1作目です。左卜全さんは「百姓のお爺さん」役で出演します。当時の映像もYoutubeにありました。

左卜全の妻は?新興宗教の開祖?

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左卜全さんには15歳年下の奥さんがいましたが、その奥さんが実は新興宗教の開祖だったという話もあります。そんな噂についてまとめました。

左卜全は52歳の時に37歳親戚の「小暮糸」と結婚

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1946年、左卜全さんは52歳の時に遠い親戚関係だった37歳の小暮糸さんと結婚します。小暮糸さんとの年の差はなんと15歳です。

そして結婚後、小暮糸さんはある事を始めます。

糸は新興宗教の開祖に!信者は左卜全だけ?

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なんと糸さんは新興宗教を起ち上げて自身が開祖となります。しかし信者は自分の夫である左卜全さんのみでした。彼は撮影のギャラも全て糸さんにお布施として渡していたそうです。

糸と左卜全は撮影の合間に祈ることもあった

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糸さんはよく左卜全さんの撮影現場に一緒に訪れていたようです。また撮影のい合間をみては二人で手を合わせて祈る姿を目撃されています。

しかし関係者の話によると左卜全さんは祈りの最中にあくびをする姿も度々目撃されていたようです。彼らしいエピソードです。

左卜全住居跡碑がある?

生前、左卜全さんが住んでいたところに記念碑があるのはご存知でしたか?実は東京のある場所に今もちゃんとあるのです。

東京世田谷三軒茶屋に住居跡がある

左卜全さんが住んでいた住居はもう取り壊されて、現在はアパートになっていますが彼の死を偲ぶ方たちでアパートの前に住居碑を建てたそうです。

記念碑には当時の左卜全さんの家の写真なども掲示されており、記念碑には「常道の芸では 先が知れてる されば 逆遠き苦難の みちを求めん」と刻まれています。

夫婦の墓所は埼玉県所沢市の三ケ島墓苑にある

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またお二人の墓所は、左卜全さんの出身地に近い埼玉県所沢市堀之内の比良の丘にある、金仙寺近郊の三ケ島墓苑にあるようです。

またそちらの墓所には二人が住んでいた自宅の門も妻の糸さんが亡くなった時に移設されたそうです。

左卜全と左とん平は似ている?

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実は左卜全さんと、同じく俳優の左とん平さんが似ている?実は師弟関係だった?といった噂がまことしやかにささやかれているのをご存知ですか?

実際に似ているのでしょうか。噂について調べてみました。

左卜全を左とん平の師匠だと勘違いする人が?

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「左卜全さんは左とん平さんの師匠だった」という噂がありますが、実際はそんな事実はありませんでした。そもそも左とん平さんは当時マネージャーだった作家の野坂昭如さんを師匠と慕っています。

名前が同じ「左」を使っていることや容姿が似ていることからこのような噂になってしまったようです。

左とん平とは、プライベートに違いがある?

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また容姿が似ているお二人ですが、プライベートは全く正反対だったようです。左卜全さんは積極的に人と関わることはありませんでしたが、朗らかな性格でした。

一方で左とん平さんは、かなり厳格な性格だったようで周りにまったく人を寄せ付けない方だったそうです。容姿はそっくりなお二人ですが、プライベートはこんなにも違っていました。

「老人と子供のポルカ」のカバー曲は?本もある?

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「老人と子供のポルカ」は多くの人たちがカバーしているのはご存じでしたか?実は意外な人もカバーしていたりするのです。

初音ミクが「老人と子供のポルカ」をカバー

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音楽合成ソフトとして有名な「初音ミク」も「老人と子供のポルカ」をカバーしています。Youtubeなどの動画投稿サイトから聴くことが可能です。

左卜全さんとはまた違った可愛らしい雰囲気に仕上がっています。若い世代の方だと「初音ミク」から知ったという人もいるのではないでしょうか。

2008年にはグレート小鹿・春日萌花がカバーしている

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また2008年にはプロレスラーのグレート小鹿さんと同じく女子プロレスラーの春日萌花さんの二人で「老人と子供のポルカ」をカバーしています。こちらもYoutubeなどで聴く事が可能です。

お二方とも原曲を意識した歌い方をしています。ファンからはこの忠実に仕上げた再現度の高さから名カバーともいわれています。CDジャケットも可愛らしい仕上がりです。

ダイナマイトポップスライブでも歌われた?

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また他にもお笑い系歌謡曲ロックバンドとして活動している「ダイナマイトポップス」もこの「老人と子供のポルカ」をカバーしており、2015年に行われたダイナマイトポップスライブで披露しています。

こちらも原曲に忠実に歌いつつも、曲調はよりキャッチーになっており現代風な仕上がりになっています。

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