小川真由美は現在も活動している?毒親だった?若い頃が美人! エンタメ

小川真由美は現在も活動している?毒親だった?若い頃が美人!

小川真由美さんの今の年齢は79歳で、若い頃は「魔性の女」と呼ばれていたほど、妖艶なイメージの女優でした。また、細川俊之さんと離婚した以降は結婚されていません。現在はテレビの露出は少なくなっていますが、そんな小川真由美さんのことをまとめてみました。

目次

[表示]

小川真由美とは?

小川真由美さんはどんな女優なのか、年齢や経歴などを紹介します。

今の年齢は?小川真由美のプロフィール

小川真由美さんは、1939年12月11日生まれで、東京都足立区出身の女優です。今の年齢は79歳です。

和洋女子短大国文科を卒業しています。父親の丹真は戦前に田村秋子らが創立した劇団新東京に所属していた俳優です。

小川真由美さんは、5歳からバレエ・日本舞踊を習い、高校時代は三代目市川壽海の大ファンで、足しげく歌舞伎を見に通っていたそうです。

1963年に映画「母」で映画デビュー、その後は妖艶な魅力で人気に

1963年に映画「母」で映画初主演を果たし、武智鉄二さんとの裸のラブシーンを演じ、話題になり、その後は妖艶な魅力で知られるようになりました。

小川真由美は結婚して娘がいる?「毒親」だった?

小川真由美さんは、1967年に俳優の細川俊之さんと結婚されて、一女をもうけたものの1973年に細川俊介さんとは離婚しています。

また、ひとり娘の小川雅代さんは両親が離婚した後は、母親である小川真由美さんのもとで生活していましたが、母親の子育て放棄によって辛い日々を送っていたといいます。

1967年に細川俊之と結婚、1973年に離婚している

小川真由美さんは、1967年に同じ文学座所属の細川俊之さんと結婚して、子供も授かっています。しかし、1973年に細川俊之さんと離婚しています。

細川俊之との間に娘がおり、現在はMAH名義で音楽活動をしている

小川真由美さんは、細川俊之さんとの間に娘がひとりいて、本名を小川雅代といいます。現在はMAH名義で音楽活動しています。

離婚後は近藤正臣らとの噂も?1981年には橋爪功と婚約発表するも解消

小川真由美さんは、1973年に細川俊之さんと離婚したあと、近藤正臣さんら数名の男性と噂になりました。

また、1981年に文学座で同期だった橋爪功さんと舞台「ドリスとジョージ」で共演し、このことがきっかけで急速に親しくなり、9月に婚約発表していますが、1985年に婚約を解消しています。

小川真由美さんは、婚約当初は「具体的には何も決まっていない。年のせいか臆病になって・・・婚約という状態が一番いい。場合によっては婚約破棄するかもしれない」とコメントしていました。

小川真由美は忙しさからMAHの子育てを放棄していた

flockine / Pixabay

小川真由美さんは、俳優の細川俊之さんとの間に長女・小川雅代さんをもうけています。現在は「MAH」名義で活動しています。

小川雅代さんは両親が離婚したあとは、4歳から母親である小川真由美さんに引き取られていますが、小川さんは子育てを放棄していたといいます。

小川雅代さんは、虐待を受けた上に餓死寸前になって、心身ともに追い詰められていたそうです。

MAHは継父の橋爪功にも懐かず20歳で家を出ている

小川真由美さんのひとり娘のMAHさんは、婚約者の橋爪功さんにも懐かずに、20歳で家を出ています。

MAHさんは、仕事をしながらパンクロックバンドを結成しますが、当時は母親からの過干渉などもあって、38歳でうつ病とパニック障害を患っています。

その結果、医者からは「母親と会ってはいけない」とまで言われたそうです。MAHさんは1ヵ月で13キロもやせましたが、それをきっかけに自立することになりました。

MAHのプロフィール

小川雅代さんは1969年生まれで、2歳の頃に両親が別居し、数年間親戚を実の親と信じて暮らした後、母に引き取られています。母に言われるままにモデルや女優の仕事を続けてきたそうです。

現在、パンクロックバンド「JETT SEETT」のボーカル・ギタリスト・ソングライター、モデル・女優として活動しています。

母との関係に悩み、うつ病やパニック障害を患い、自殺未遂も経験しています。母との関係を取り戻す最後のチャンスと「ポイズン・ママ 母・小川真由美との40年戦争」を出版しています。

2012年に「ポイズン・ママ」を出版!母について綴っている

MAHさんは、2012年に「ポイズン・ママ 母・小川真由美との40年戦争」を出版されています。この本を出版する前年に父である細川俊之さんが他界しています。

MAHさんは「母同様に向き合ってくれなかった父が亡くなって後悔しました。せめて母とはやり直せたらと思い、最後の手段としての出版でした」と語っています。

しかし、小川真由美さんはMAHさんに「またあんたは、周囲やマスコミに洗脳されたんだね」と言ったそうです。この本を小川さんは読んでいないようですが、MAHさんはかえって吹っ切れた気持ちだといいます。

小川真由美の今は?現在の活動・出演情報は?

小川真由美さんは現在は、肥後修験総本山六水院の吉祥寺教場長を務めているそうです。しかし、小川さんはお寺に住み込んでいるわけでなく、週に数度通っているといわれています。

娘のMAHさんによると、小川さんは現在、東京都内のマンションで一人暮らしをしていて介護サービスを受けているそうです。

現在は真言宗の尼僧として出家している?

小川真由美さんは詳しい日付などは分かりませんが、真言宗の尼僧として得度していたことが分かっています。しかし剃髪はしておらず、女優業も引退していないといいます。

また、九州熊本に宗教団体や、その他の関わりは一切ないとのことです。

近年まで肥後修験総本山六水院の吉祥寺教場長をしていた

ある雑誌によると、小川真由美さんは数年まえから霊能者として知られる下よし子さんに心酔し、下よし子さんが管長を務める肥後修験総本山六水院の吉祥寺教場長を務めていました。

この教場は小川さんの自宅も兼ねていましたが、豪華な一軒家で「小川」の表札が出ているものの生活している様子はなかったといいます。付近の住民の話しでは、その家も少し前に売りに出していたということです。

現在は体調を崩して自宅療養中といわれている

下ヨシ子氏の事務所の話しでは、小川真由美さんは現在、体調を崩していて、自宅療養中だということです。

2014年の「踊る!さんま御殿!!」以来テレビ出演はなし

小川真由美さんは、2014年3月25日に「踊る!さんま御殿!!」に出演していますが、当時74歳でまだまだ元気で綺麗でした。

しかし、それ以降は、テレビへの露出はほとんどありません。

引退はしていない?今後は復帰の可能性もある?

小川真由美さんは現在、テレビへの出演などはほとんどありませんが、本人はまだ女優業をやめていなと言っていることからも、今後はテレビへの復帰もあるかもしれません。

小川真由美の若い頃が美しい!写真・動画集

小川真由美さんは若い頃、「魔性の女」と言われていましたが、それに裏付けされるような美しい顔立ちの画像があります。そんな小川真由美さんの画像などを紹介します。

小川真由美の若い頃の画像

小川真由美さんの若い頃の「魔性の女」と言われていた頃の画像を紹介しました。

「八つ墓村」で未亡人役の小川真由美

「八つ墓村」で未亡人役を演じた小川真由美さんの映像を紹介しました。

映画「八つ墓村」は、これまで3作制作されていますが、小川真由美さんが出演した1977年版は監督が野村芳太郎さん、主演は萩原健一さん、金田一役を渥美清さんが演じています。

「浮世絵 女ねずみ小僧」の主題歌「大江戸夢小唄」

小川真由美さんは、1971年・1972年・1974年に放送されたフジテレビ系ドラマ「浮世絵 女ねずみ小僧」で主役のお京を演じています。

小川真由美さんは、その後「おんな浮世絵・紅之介参る!」にも主役を演じていますが、このドラマの主題歌「大江戸夢小唄」も小川さんが歌っています。

「現代恐怖サスペンス / ししゃもと未亡人」

小川真由美さんは、1987年7月6日に放送された「現代恐怖サスペンス / ししゃもと未亡人」の主役を演じています。

月曜サスペンスシリーズは、1985年から1996年にかけてフジテレビ系で放送されたテレビドラマです。

桂三枝との対談時の小川真由美

「三枝の爆笑美女対談」で桂三枝さんとの対談時の小川真由美さんの映像を紹介しました。この時小川真由美さんは44歳でしたが、当時も綺麗で色気のある女優でした。

「三枝の爆笑美女対談」は、番組ラストのドンケツゲームやぐらぐらゲームで、三枝が勝てばゲストはキスをしなければならないルールになっていました。

小川真由美の学歴・経歴

ninocare / Pixabay

小川真由美さんの学歴や女優としての経歴などをまとめてみました。

和洋女子短期大学国文科卒業

mozlase__ / Pixabay

小川真由美さんは、和洋女子短期大学国文科を卒業されています。

1961年、文学座付属研究所に合格し入所

383961 / Pixabay

和洋女子短期大学国文科を卒業したあと、田村秋子さんらが創立して劇団新東京に属しています。1961年、文学座付属研究所に合格し、第一期生として入所しています。

同期には草野大悟さん、岸田森さん、寺田農さん、樹木希林さんらがいます。1962年には、文学座研究生として「光明皇后」で初舞台を踏んでいます。

1963年「母」で映画初出演する

小川真由美さんは、1963年の「母」で映画初出演を果たしていますが、武智鉄二さんとの裸のラブシーンで話題になりました。

1964年「二匹の牝犬」で映画初主演!「悪女スター」に?

1964年に放映された「二匹の牝犬」では初主演を果たしていますが、作品自体はヒットしなかったものの、小川真由美さんは共演した緑魔子さんと共に「悪女スター」と呼ばれるようになりました。

映画「二匹の牝犬」は、監督は渡邊祐介さんで、主演は他に大川橋蔵さん、出演者に杉浦直樹さん、沢村貞子さん、若水ヤエ子さんらがいます。

1971年に文学座を退団!理由は「女優に向いていなかったから」?

1971年に文学座を退団していますが、退団の理由は「女優に向いていないと思い退団した」と語っていました。

その後、女優に復帰!1970年代「浮世絵 ねずみ小僧」などの出演で人気に

小川真由美さんは、1970年代には「浮世絵女ねずみ小僧」や「ご存知 女ねずみ小僧」などのシリーズものに出演して人気になりました。

時代は元禄時代で、昼は常磐津の師匠で夜は女ねずみ小僧として活躍するお京(小川真由美さん)が男ねずみ(田中邦衛)とコンビを組んで、手下の小ねずみと共に悪に立ち向かいます。

出演者には、小川真由美さんの他に田中邦衛さん、近藤洋介さん、橋爪功さん、高津住男さん、浜田寅彦さんらがいます。

NEXT:1971年「愛と死の砂漠」でドラマ初主演し、受賞している
1/2