増田明美の夫や子供は?マラソン解説やナレーションで話題?CMも? エンタメ

増田明美の夫や子供は?マラソン解説やナレーションで話題?CMも?

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増田明美は講演会も行っている?

増田は、メディア出演以外にも都内に関わらず全国で講演会を行っています。ゲストとして講演を行う場合がありますが、様々なイベントで講師として活躍しています。

最近では、市民活動の講演会に出演するなどして、マラソンや長距離の魅力や楽しみ方、さらにはトレーニング方法など陸上競技に関する内容で講演を開き、多くの人が参加しています。

増田明美は本も出している?

増田は、マラソンや長距離に関する本を多数出版しています。最近では、NHKの大河ドラマの「いだてん」のモデルにもなっている金栗四三の本を解説した著書を出版しています。

他にもウォーキングの仕方や長距離の走るコツなど実践的な本も出版しています。

増田明美の最新情報がわかる公式ブログはある?

増田は自身の公式ブログで、メディア出演や講演出演の様子などを紹介しています。ブログのタイトルは「増田明美\’s HOMEPAGE」です。

こちらのブログでは、「おしゃべり散歩道」という題で増田本人のエッセイも紹介されています。

増田明美の経歴は?

ここからは増田明美の経歴を詳しくみていきます。現役時代はどういう選手だったのでしょうか。

増田明美の中学校・高校時代は?出身の学校はどこ?

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増田は、千葉県のいすみ市に出身だった為、市内の中学校に通っていました。当時は、漫画の「エースをねらえ!」に憧れ、軟式テニス部に所属していました。

そして市内対抗の駅伝大会に、メンバーが足りなかったので、増田は駅伝のメンバーに出場し、優勝しました。その後も陸上競技の大会で全国大会に出場するなど、陸上での活躍が多くなったといいます。

高校では、成田高校の陸上部の監督にスカウトされ、成田高校に入学。陸上部に入部しました。その後、貧血と戦いながらも記録会などに出場し、日本記録を出すなど次第に活躍していきました。

1981年のアジア選手権で金メダルを獲得!

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1981年、増田が17歳の頃にアジア選手権に3000mの選手で出場し、見事金メダルを獲得しました。日本でも日本記録を更新し、アジアでも優勝したということで日本中で注目される選手になりました。

その後もボストンマラソンや日本の様々な大会に出場し、日本記録を更新するなど活躍していきました。

大学には行かず、実業団へ?

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増田は、既に資生堂やダイエーといった複数の大手企業からオファーがきていました。大学に入学するのではなく、実業団に入ってくれないかという声が多かったそうです。

一方で、大学に入学した方がいいという声もありました。しかし当時の大学の陸上部では、増田のようなトップアスリートを育成できる環境が整っていないという指摘もありました。

結果としては、増田は大学には進学せず、地元千葉にあるJFE千葉(当時は川崎製鉄千葉)に入社しました。

貧血や怪我、ストレスに悩まされた選手時代

増田は、貧血に悩まされることが多く、その為、自分が思うように大会に出てないことがありました。そしてそれが原因でストレスがたまり、大会に出ても思うような結果が出ないこともありました。

中学時代からその症状はあり、高校でも何度か学校を休んだこともありました。しかし時には貧血をコーチや監督に言わずに大会に出場するといったこともありました。

ロス五輪女子マラソンは途中棄権することに

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1984年に開催されたロスオリンピックに増田は出場しました。しかしこの時は相当の猛暑日の中のレースであり、過酷なレースとなりました。

優勝候補だった増田は、序盤は先頭集団につきながら走っていましたが、次第に失速。同じ日本代表の選手に抜かされるなど先頭から離れていきました。

そして呼吸も荒くなっていき、終いには完走せず途中棄権という形でレースを終えてしまったのです。

一度引退するも、再び復帰!

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増田は、ロスオリンピックを終えた後、一度引退を表明しました。所属チームでもある川崎製鉄も同時に退社し、陸上界から離れたのです。

そして希望していた指導者になる為、大学に進学をします。しかし陸上選手の指導をしているうちに、もう一度走りたいと思い、NECに入社をします。

その後、数々のマラソン大会に出場し、復活を遂げることになりました。

増田明美は陸上連盟と対立していた?

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増田は引退後は、陸上界でも指導者やリポーターとして活躍をしていました。しかし、ここ最近、増田と陸上連盟の間で、意見の食い違いがあったと話題になりました。

それは増田が押していた選手が、世界選手権のマラソン選手に選考されなかったことが理由のようです。その選手は将来的にも東京オリンピックで活躍できるレベルの選手で期待もありました。

ところが選考選手から外れてしまい、増田と連盟の間で何かあったのかとみている人も多いようです。

増田明美と松野明美は似ている?どちらも身長が低い?

増田の子供はダウン症なのかというコーナーで紹介した際に、松野明美を紹介しましたが、二人は元々同じマラソン選手で、オリンピックにも出場したことのあるトップアスリートでした。

名前が同じ明美ということで「ダブル明美」と当時話題になるほど、ライバルでもありました。お互い身長は150cmほとどそれほど高くはなく、同じ名前なので、同一人物だと思ってしまう人も多いようです。

増田明美はラジオでも面白い

増田は、テレビやCM以外のナレーション・解説以外にもラジオに出演しています。現在までに出演されていたラジオ番組は5本です。

そして自身でもパーソナリティーを務める番組がPKBラジオで毎週日曜日に放送されている「増田明美・櫻井浩二のプロペラ全開」です。こちらは今年3月まで放送されていました。

増田とスポーツアナウンサーである櫻井浩二が、スポーツの話題や趣味の話など、リスナーの質問に答えながらベラベラと15分間話すトーク番組で、ネットでは面白いと話題にもなりました。

ラジオでも「増田節」は消えない

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「増田明美・櫻井浩二のプロペラ全開」でも増田節は消えません。たった15分間のラジオ番組ですが、駅伝やマラソンの話題になると、陸上に対する愛がリスナーの人にも伝わってきました。

特に週末は、駅伝やマラソンの開催日になる日が多く、ラジオ放送当日が大会という事もあり、東京マラソンや別府マラソン、大学駅伝などで注目されている選手や見所を増田が解説しています。

元マラソン選手ということもあってマラソンのコースなどを熱く語っている様子など増田節を毎週楽しみにしていたリスナーの方も多かったようです。

増田明美アスリートから解説者へ

若い頃、偶々メンバーが足りなかった駅伝に出場したことがきっか毛で陸上競技に出会い、そこからトップアスリートとしてオリンピック・世界選手権で活躍するようになった増田明美。

貧血やストレスなどに悩まされながらも大会に出場し、様々な記録を打ち破りました。そして引退後はメディアに多数出演し、増田節とファンから親しまれ、話題にもなりました。

癒される声で視聴者を魅了する増田が、これからどんな番組やナレーション、さらに増田節を繰り広げるのか今後に期待です。

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