犬塚弘の現在はクレイジーキャッツ唯一の存命者?現在の活動は? エンタメ

犬塚弘の現在はクレイジーキャッツ唯一の存命者?現在の活動は?

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兄のバンドに参加して、ベース担当に

犬塚弘さんは、IBMを退社後、1951年に兄が作ったハワイアンバンドに参加し、背が高いことから、ベースを担当することになりました。

バンド解散後、ハナ肇の誘いでクレージーキャッツの前身となるバンドを結成

1952年には、「萩原哲晶とデューク・オクテット」に参加し、モダンジャズを演奏するようになりますがジャズになじめないところもあったそうです。

そんな時に楽屋にたびたび遊びに来ていたハナ肇さんの誘いでクレージーキャッツの前身である「ハナ肇とキューバン・キャッツ」の結成に参加するようになり、ウッドベースを担当していました。

クレージーキャッツで活躍する一方、俳優としても活動を始める

犬塚弘さんは、クレージーキャッツのメンバーとして、テレビや映画に出演し、植木等さん、ハナ肇さん、谷啓さんに次ぐ、第4の男として大映などで主演作品も撮られるようになりました。

犬塚弘さんは、クレージーキャッツで活躍すると共に、俳優としての活動もはじめました。

その後は俳優としての活動が中心に

もともとは、犬塚弘さんはドタバタ劇が好きではなく、1970年以降は喜劇以外の出演も多くなり、宇野重吉さんらから演劇を教わっていくうちに、演劇に没頭するようになりました。

また、当時の事務所だった渡辺プロダクションから移籍をするため何度も交渉した結果、10回目の交渉で今の事務所への移籍が認められています。

 犬塚弘は書籍も出版している?「最後のクレイジー犬塚弘」?

犬塚弘さんは、2013年6月26日に「最後のクレージー犬塚弘 ホンダラー代、ここにあり!」を講談社より刊行しています。

この本は佐藤利明さんとの共著で、東京新聞夕刊の連載「この道 犬塚弘 最後のクレージー」に加筆したものです。犬塚弘さんによる、クレージーキャッツ誕生から全盛期までの過去を振り返るエッセイです。

犬塚弘さんの著書には他に1994年の「飄々として訥々-クレージーが青春、いまも青春」があります。

犬塚弘が所属していたクレージーキャッツとは?最近、現代に蘇った?

犬塚弘さんが所属していたクレージーキャッツについて、最近ではNHKの「植木等とのぼせん」として蘇っていますが、そのことも紹介します。

クレージーキャッツのメンバーは?

クレージーキャッツのメンバーは、リーダーのハナ肇、植木等、谷啓、犬塚弘、安田伸、石橋エータロー、桜井センリの7名です。

それぞれの担当は、ドラムス(ハナ)、ボーカル&ギター(植木)、ボーカル&トロンボーン(谷)、ベース(犬塚)、4代目テナーサックス(安田)、4代目ピアノ(石橋)、4代目ピアノ(桜井)です。

クレージーキャッツの活動は?

「ハナ肇とクレージーキャッツ」は、1955年から2006年に活躍したコミックバンドです。

クレージーキャッツは多くのヒット曲を出していますが、1965年頃から個人での活動が多くなりグループとしての活動は少なくなります。

また、1971年に石橋エータローが脱退してから、ハナ肇、植木等、犬塚弘らは俳優として活動するようになり、その後は事実上の解散状態となっています。

クレージーキャッツの代表曲は?

1961年にリリースされたクレージーキャッツのデビュー曲でもある「スーダラ節」は大ヒットし、当時としては異例の80万枚を超えました。

さらに1962年には、3枚目にシングル「無責任一代男」は、映画「ニッポン無責任時代」の主題歌にもなっています。映画と共に主題歌も大ヒットしました。

クレージーキャッツが現代に蘇った?ドラマ「植木等とのぼせん」が話題に

2017年9月に放送されたNHKの「植木等とのぼせん」はコメディアンの小松政夫が若い時に植木等さんの付き人をしていた頃の物語のドラマ化で、小松政夫さんが書いたエッセイを基に作られました。

植木等役を山本耕史さん、ハナ肇役を山内圭哉さん、谷啓役を浜野謙太さん、犬塚弘役を深水元基さん、安田伸役を西村ヒロチョさんらが演じ、クレージーキャッツが現代に蘇ったことで話題となりました。

コミックバンドと呼ばれていた芸能人とは?

コミックバンドは、演奏中に滑稽な仕草などで観客を楽しませるミュージシャンからなる演奏集団のことですが、現在はそうしたバンドはほとんど見ることがありません。

タレントのモト冬樹さんによれば、「音楽コントをする正当なコミックバンドは絶滅した」とコメントしています。そんな日本のコミックバンドと呼ばれていたグループを紹介します。

玉川カルテット

玉川カルテットは、浪曲を取り入れた浪曲漫才グループで、カルテットのメンバーの二葉の「金もいらなきゃ女もいらぬ、あたしゃも少し背が欲しい♪」のギャグでお馴染みのグループでした。

また、玉川一門のお家芸である任侠物を得意としていました。初代リーダーの玉川ゆたかさんは、コメディアンの玉川良一さんの叔父弟子にあたります。1996年5月にすい臓がんで亡くなっています。

ザ・ドリフターズ

ザ・ドリフターズは、1969年頃まではバンドを主に活動していましたが、それ以降は主にコントグループとして活動しています。1970年代から1980年代中頃までが全盛期でした。

TBS系の「8時だヨ!全員集合」やフジテレビ系の「ドリフ大爆笑」などのテレビ番組で活躍していました。結成当初はクレージーキャッツの後輩として4年ほど音楽バンドとして活動していました。

初期メンバーに坂本九さんや、小野ヤスシさんらがいたことはあまり知られていません。志村けんさんが見習いとして加入した後は、正式メンバーは5名で、いかりやさん没後には4名の構成となっています。

ビジーフォー

ビジーフォーは、1978年に結成されたコミックバンドで、コミックソングやものまねを得意としています。リーダーは島田与作さんで、メンバーにはグッチ裕三さん、モト冬樹さん、ウガンダさんがいました。

名前の由来は当時のメンバーが4名いたことからですが、現在は主にグッチ裕三さんとモト冬樹さんの2名のみです。1984年頃には解散し、島田さんは引退し、ウガンダさんはピン芸人となっています。

晩年の谷啓さんのことを気にかけていた犬塚弘

犬塚弘さんは、クレージーキャッツのメンバーで、2019年現在、メンバー唯一の存命者です。1970年代以降はコメディーから離れ、個性派俳優としてドラマや映画で活躍し、現在は熱海で生活しているようです。

また、星野源さんは、クレージーキャッツの歌によって励まされたといい、2014年6月11日にリリースした「Crazy Crazy」という曲には、クレージーキャッツに関係した歌詞が登場します。

谷啓さんとは酒が飲めないという共通点から、特に親しかったといいます。記憶力が低下していた谷啓さんのために、文字盤を持ってカメラの後ろに立ったりしていました。そんな犬塚弘さんの今後の活躍に期待します。

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