小林桂樹の経歴・死因は?小林稔侍との関係は?出演作品まとめ

小林桂樹さんは、1942年に「微笑の国」の工員役で映画デビューし、それ以降映画での出演作は生涯で250本以上という経歴があります。若い頃から演技力を高く評価されています。2010年9月に心不全で亡くなられています。そんな小林桂樹さんの事をまとめてみました。

俳優・小林桂樹とは?現在は死去?死因は?

小林桂樹さんは、1947年の映画デビューから生涯で250本以上の映画作品に出演しています。そんな小林桂樹さんは2010年9月に心不全で亡くなられています。

小林桂樹のプロィール!身長や血液型、画像は?

小林桂樹さんは、1923年11月23日生まれ、群馬県高崎市出身の俳優です。身長は170cm、血液型はB型です。

旧制群馬県立前橋中学校を卒業、日本大学専門部芸術科を中退し、日活、東宝、松竹の入社試験を受けました。唯一学歴を問わなかった日活に入っています。同時に日活演技研究所の研究生となりました。

太平洋戦争開戦後の1942年に「微笑の国」の工員役でデビューし、「将軍と参謀と兵」など3作品に出演しています。戦後、1951年に千秋実さんの代役で「その人の名は言えない」の主演を務め認められました。

小林桂樹は、生涯で250本以上の映画に出演!

小林桂樹さんは、1942年の映画「微笑の国」以来、数多くの映画に出演しています。そして、小林桂樹さんは生涯で250本以上の映画に出演しています。

喜劇から社会派ドラマまで幅広く出演し、バラエティ豊かな役を演じた

小林桂樹さんは、喜劇から社会派ドラマまで幅広い分野で出演しています。1950年代から1970年代に約40作品の喜劇「社長」シリーズでは、まじめでどこか抜けているユーモラスな役で秘書などを演じています。

1958年の「裸の大将」では実在した画家の山下清役を演じ、1961年には「名もなく貧しく美しく」では聾唖者の男性役、1965年の「けものみち」で悪徳刑事役を、「日本沈没」では科学者役を演じています。

こうして小林桂樹さんは、どんな役柄でもこなす俳優として、多くの人にその名を知られるようになりました。

2010年7月「軽症肺炎」で入院

小林桂樹さんは、2010年7月に「軽症肺炎」で東京都内の病院に入院し、以降は療養生活を送りました。

同年9月16日86歳で死去!死因は「心不全」だった

小林桂樹さんは、2010年9月16日に86歳で亡くなられています。死因は「心不全」でした。

2019年には、「小林桂樹の特集上映」が開催された

2019年1月27日から3月23日まで、東京・ラピュタ阿佐ヶ谷で小林桂樹の特集上映「演技者・小林桂樹 役を全うする」が開催されました。

「首」「けものみち」「白と黒」など出演作32作品が上映された

この「演技者・小林桂樹 役を全うする」では、「裸の大将」「首」「けものみち」「白と黒」「名もなく貧しく美しく」など32本が上映されました。

小林桂樹の主な出演作品は?

小林桂樹さんは、1942年「微笑の国」で映画デビューして以来、多くの映画作品に出演してきましたが、1960年代からはテレビドラマにも多く出演しています。

小林桂樹さんのそんな出演作品をまとめてみました。

1942年「微笑の国」で映画デビュー

日活に入社した小林桂樹さんは、1942年「微笑の国」の工員役で映画デビューしています。また、同年に「将軍と参謀と兵」「第五列の恐怖」に続けて出演しています。

1943年には、日活と大都映画が合併した新会社の大日本映画製作株式会社(大映)に移籍してすぐに「菊池千本槍シドニー特別攻撃隊」で主演しています。

しかし、同年の8月に徴兵検査で甲種合格となり、12月に帝国陸軍に入営し、満州へ出征しています。

1951年映画「その人の名は言えない」に代役で出演!演技を評価される

終戦により小林桂樹さんは復員し、1946年の「君かと思ひて」で映画界に復帰し、折原啓子さんの恋人役を演じ、二枚目として売り出すようになりました。

また1951年の映画「その人の名は言えない」で、急きょ出演できなくなった千秋実さんの代役で主演したことで、二枚目でも三枚目でもない独特の演技が周囲から評価され、徐々に有名になってきました。

同年、映画「ホープさん」で注目を浴びる

その後も、同年の映画「ホープさん」でも主役を演じ、その明朗さでさらに注目されるようになりました。

1950年代には、映画「三等重役」「ラッキーさん」「社長シリーズ」に出演

1950年代には小林桂樹さんは、映画「三等重役」「ラッキーさん」「社長シリーズ」に出演しました。

特に森繁久彌さんが主役の「社長シリーズ」では全てに出演し、真面目で頑固な秘書役など一般的な庶民を演じて人気となりました。

また、1955年の今井正監督の「ここに泉あり」で毎日映画コンクール助演男優賞を受賞しています。

1958年の映画「裸の大将」では、毎日映画コンクール主演男優賞受賞

出演百本記念の映画「裸の大将」は1958年10月28日に公開され、実在の画家である山下清を演じ、毎日映画コンクール主演男優賞を受賞しています。

小林桂樹さんは、山下清さんを演じるにあたって、山下さん本人に直接取材しています。この映画から小林桂樹さんは、実在の人物を演じることに自信を持つようになったそうです。

この映画では、知恵遅れの人を馬鹿にしていると一部から非難されましたが、小林桂樹さんのどもりながらのセリフ「兵隊の位にすると・・・」は流行語にもなりました。

1960年には、映画「黒い画集・あるサラリーマンの証言」で数々の賞を受賞

1960年の映画「黒い画集・あるサラリーマンの証言」では、キネマ旬報男優賞、ブルーリボン賞、毎日映画コンクール主演男優賞と、各映画賞を総なめにしました。

「黒い画集」は松本清張の短編小説集を原作とした映画シリーズで、3作品が製作されています。映画「黒い画集・あるサラリーマンの証言」は、1960年3月13日に東宝系で公開され、現在はDVD化されています。

小林桂樹さんは、主人公の石野貞一郎役を演じましたが、他の出演者には中北千枝子さん、平山瑛子さん、原知佐子さんらがいます。

1961年映画「名もなく貧しく美しく」でろう者を演じ話題になる

映画「名もなく貧しく美しく」では、高峰秀子さんとろう者の夫婦を演じ、喜劇だけでなくシリアスなドラマにも挑戦し話題になりました。

映画「名もなく貧しく美しく」は第二次世界大戦後の、困窮した生活の実話をもとに描かれた映画で1961年1月15日に公開されています。

出演者には小林桂樹さんの他に、高峰秀子さん、島津雅彦さん、原泉さん、草笛光子さん、沼田曜一さんらがいます。

1968年には、社会派サスペンス「首」に出演

小林桂樹さんは、1968年の社会派サスペンス映画「首」に出演しています。「首」は、1968年6月8日に公開された映画で、監督は森谷司郎さんで小林桂樹さんは、正木ひろし役を演じました。

映画「首」は、正木ひろしさんの著書「弁護士」を原作とし、1944年に発生した首なし事件を基に製作されました。出演者は小林桂樹さんの他に、古山桂治さん、鈴木良俊さんらがいます。

1970年映画「激動の昭和史・軍閥」「沖縄決戦」で映画界に復活

1960年代になると、日本の映画界が衰退していき、小林桂樹さんもテレビへと活動の場を移していきました。

しかし、1970年の映画「激動の昭和史・軍閥」「沖縄決戦」で映画界に復活しています。

1970年代は、テレビドラマでも活躍!2時間ドラマの主役も

小林桂樹さんは、1970年代はテレビドラマでも活躍していて、東芝日曜劇場、土曜ドラマ、江戸シリーズなどに出演し、また土曜ワイド劇場など2時間ドラマの主役を演じています。

土曜ワイド劇場はテレビ朝日系にて、1977年7月2日から2017年4月8日まで放送された2時間ドラマでした。

小林桂樹さんは1977年放送の「時間よとまれ」や1983年から2007年までの「牟田刑事官事件ファイル」シリーズに出演しています。また、小林桂樹さんは「火曜サスペンス劇場」にも出演していす。

1972年放送のNHKドラマ「赤ひげ」にも出演

1972年放送のNHKドラマ「赤ひげ」では、小林桂樹さんは主人公の新出去定役を演じています。「赤ひげ」は、1972年10月13日から1973年9月28日まで放送された時代劇ドラマです。

このドラマ「赤ひげ」のストーリーは、長崎留学から戻った保本登が、小石川養生所に着任するところから始まりますが、所長の新出去定は、江戸奉公所の規則を守らず、貧しい患者からお金を取ろうとはしませんでした。

他の出演者には、あおい輝彦さん、浜木綿子さん、黒沢年男さんらがいます。

1975年「男はつらいよ 葛飾立志篇」

1975年の映画「男はつらいよ 葛飾立志篇」にも小林桂樹さんは出演しています。

映画やテレビドラマの「日本沈没」で地震学者を演じていた小林桂樹さんですが、この映画でも役名も同じ田所先生として出演しています。

1982~83年放送のドラマ「仕掛人・藤枝梅安」では主演に

1982~83年放送のドラマ「仕掛人・藤枝梅安」では主役を演じています。このドラマは、池波正太郎の娯楽時代小説シリーズのドラマ化作品です。

ドラマ「仕掛人・藤枝梅安」では、鍼医者・藤枝梅安の暗殺家業「仕掛人」としての活躍を描いています。藤枝梅安は殺しの依頼を受けると、鍼を武器に何の痕跡もなく相手を暗殺していきます。

2005年「老親」

「老親」は、2005年7月16日に公開された映画で、NHK連続ドラマ小説「天うらら」の原案としても知られる小説を映画化した作品です。

「老親」は、年老いた舅の世話に奔走する女性の姿を通して、介護問題を見つめるドラマで、小林桂樹さんは隅田兼重役を演じています。出演者には萬田久子さん、榎木孝明さんらがいます。

2009年公開の映画「星の国から孫ふたり」に友情出演

小林桂樹さんは、亡くなられる1年前である2009年公開の映画「星の国から孫ふたり」に園長先生として友情出演しています。この映画は小林桂樹さんにとって遺作となりました。

この「星の国から孫ふたり」は門野晴子さんのノンフィクションの著作を映画化した作品で、カリフォルニア州バークレーで育つ自閉症児の成長を描いています。

出演者には、馬渕晴子さん、加藤忍さん、比留間由哲さんらがいます。

2014年公開の映画「そばにいるよ! 自閉症(オーディズム)と車椅子の監督」

2014年10月4日に公開された映画「そばにいるよ! 自閉症(オーディズム)と車椅子の監督」は、槙坪夛鶴子さんが監督した最後の映画「星の国から孫ふたり」を追った記録映画です。

 小林桂樹の家族について!嫁や子供は?

mario0107 / Pixabay

小林桂樹さんは、プライベートに関してはほとんど公開されていませんが、1977年に洋子夫人と結婚され、子供は娘と息子がいることが分かっています。

小林稔侍は小林桂樹の息子という噂が!兄弟という説も?本当?

小林桂樹さんの家族については、ほとんど明らかになっていませんが、家族に芸能人はいません。ですから、小林稔侍さんが小林桂樹さんの息子だとか兄弟というのは、単なる噂であり血縁関係はありません。

小林桂樹の妻は、一般女性?1975年に結婚

Free-Photos / Pixabay

小林桂樹さんは、1975年に一般女性の洋子夫人と結婚されています。

小林桂樹に子供はいる?息子と娘?現在は?

wondermar / Pixabay

小林桂樹さんの子供については、息子と娘がいるという情報がありますが、それ以外の詳しいことは分かっていません。

妻は2007年に死去している

Free-Photos / Pixabay

小林桂樹さんの奥さんである洋子夫人は、2007年に亡くなられています。

NEXT 小林桂樹の学歴・経歴は?