西村晃(俳優)はすでに死去?水戸黄門で大人気?戦争経験者?

水戸黄門の「御老公」と言えば西村晃、という人も多いでしょう。俳優、声優としてドラマに映画に大活躍だった西村さんが死去されて大分経ちます。シリーズも2011年に終わってしまった今、西村さんをご存じない世代の方にも分かるように、その功績をまとめました。

西村晃とは?水戸黄門で大人気?すでに死去?

西村晃さんとはTBS系列のナショナル劇場の枠で放送されていた時代劇「水戸黄門」で、主人公の水戸光圀(劇中では「御老公」と呼ばれている)を演じられた俳優さんです。

「水戸黄門」は1969年~2011年まで、通算第43部にも渡るロングランになりました。西村さんはその内第14部~21部まで水戸光圀役を演じられました。東野英治郎さんから引き継ぐ2代目黄門様です。

残念ながらすでに故人となられています。死去されたのは1997年です。

西村晃のプロフィール!身長は?画像は?

  • 1923年(大正12年)1月25日生まれ
  • 身長175センチメートル、血液型はB型
  • 北海道札幌市出身
  • 日本大学専門部芸術科入、学徒動員で出兵
  • 終戦後、本格的な俳優活動を始める

1946年に東京芸術劇場の第1期生となった後、新協劇団の準劇団員を経て、仲間たちと劇団青俳を立ち上げています。当時のメンバーには岡田英次さん、木村功さん等もいらっしゃいました。

西村さんは劇団の活動をしながら映画やドラマにも出演なさり、活躍の場を広げられます。

西村晃は俳優・声優として活動していた

映画デビューは1951年の佐分利信監督の「風雪二十年」です。

当時は悪役が多かったようです。映画「赤い殺意」で主演を務めた折は、数々の賞を受賞なさいました。アニメや洋画吹替声優の仕事もなさってました。

ドラマ「水戸黄門」に出演し大人気に

西村さんは第13部まででも、端役で何度か「水戸黄門」に出演なさっていました。そして初代光圀役の東野英治郎さんがご高齢を理由に降板なさると、2代目水戸光圀に抜擢されます。

ここから、ドラマの人気と共に、西村晃さんは「お茶の間の顔」をして、存在を定着させていくのです。

声優としての活動も?

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西村さんは声優としてもご活躍されていました。こと洋画の吹き替えでは、ジャック・パランス 、ジェイソン・ロバーズ、ローレンス・オリヴィエ等往年の名優の声を担当なさいました。

また、声優としての西村さんの代表作と言えば、劇場アニメ「ルパン三世 ルパンVS複製人間」です。これについては詳しく後述します。

1997年、心不全により他界

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西村さんは1997年の4月にご自宅で亡くなられました。心不全が原因でした。最後の出演作はその年の3月に撮影されたスペシャルドラマ「黄落」です。

お葬式は密葬で行われました。享年74歳でした。

西村晃の死因は?

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役者として十分な功績を残された西村さんでしたが、74歳というお歳は、突然亡くなられるには早すぎます。お元気に仕事をされていましたが、後年は大分ご無理もされていたようです。

1995年、食道ガンが発覚

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西村さんは1955年に食道ガンと診断され、手術を受けられています。食道と胃の付け根が侵され、それぞれを半分ずつ摘出するという大手術でした。その為に「風の刑事・東京発!」というドラマを降板されています。

退院後は収録に望むなど元気だった?

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術後は地道なリハビリに励まれたそうです。翌年にはラジオドラマの仕事に復帰、そして更に翌年の1997年にはドラマ「黄落」に出演なさいました。

1997年4月、自宅で心不全を起こし、翌日に死去

しかし残念ながら、この「黄落」が西村さんの遺作となってしまいました。この年の4月14日夜、西村さんは自宅で心不全を起こし、翌日4月15日の早朝に亡くなられました。

市原悦子さん、愛川欽也さん等と共演なさった「黄落」は、奇しくも老々介護をテーマにした作品でした。

葬儀委員長を千玄室が務めた

西村さんの葬儀は密葬で行われました。葬儀委員長は、生前からの約束で、茶道裏千家15代家元の千玄室さんが勤められました。

千玄室さんと西村さんは、学徒動員以来の親友だったそうです。

西村晃は特攻隊員だった?

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前述した通り、西村晃さんは大学時代、学徒動員で徴兵されています。海軍飛行予備学生だった西村さんは、第二次世界大戦末期、何と特攻隊員だったのです。

1943年、学徒動員で徴兵される

学徒動員とは、第二次世界大戦末期の1943年頃から、主に軍事関係の深刻な人員不足を補うために、中等学校以上の生徒や学生を軍需関係等の生産に従事させたことです。

大学生は主に戦技、特技、防空訓練などをさせられ、中等学校以上の生徒は男女を問わず軍需工場に送られました。日本大学専門部芸術科の学生だった西村さんも例外なく、戦争に駆り出されたのです。

戦争末期に特攻隊員に選ばれるも、エンジンの不調で助かる

飛行予備学生だった西村さんは、上官から特攻志願者を募ると通達を受けます。当然西村さんは「行きたくない」と仰ったそうですが、徳島航空隊の特攻隊員に配置されてしまいました。

しかし出撃直後、出撃機のエンジンが不調で、基地に引き返すことになります。幸運にもその直後終戦を迎え、西村さんは命拾いをしました。

千玄室とは戦友?

西村さんの葬儀で葬儀委員長を務められた千玄室さんは、特攻隊員時代からのご友人だったそうです。西村さんが特攻隊志願者の通達に「自分は行きたくない」と漏らしたのは千さんです。

千さんは幸運にも出撃することなく終戦を迎えられました。千さんは、西村さんは特攻で亡くなられたと思っていましたが、1946年、偶然お2人は再会します。

徳島航空隊の特攻隊員の中で生還できたのは、このお2人だけでした。

戦後、復員し役者活動を再開

終戦後、西村さんは戦争で奪われた時間を取り戻すように、精力的に役者活動をなさいます。

1946年、西村さんは東京芸術劇場の第1期生になります。「東京~」は当時存在した劇団です。帝国劇場で公演をしたこともあります。次に準劇団員となった「新協劇団」は1934年から存在する歴史ある劇団です。

その後、1954年には日活と契約しています。悪役や敵役が多かったそうです。日活で主演した「赤い殺意」では1964年の毎日映画コンクール男優主演賞を受賞しています。

西村晃は結婚している?家族は?

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辛くも特攻隊から生還し、役者としても順調なキャリアを積まれてきた西村晃さんですが、ご家族はいらっしゃるのでしょうか?

西村晃は結婚している?妻は?

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西村さんは、学徒動員された時には既にご結婚なさっていたようです。奥様は則子さんと仰られます。また、その頃には1歳になるお子さんもいらしたようです。

千玄室さんの著書『茶のこころ 世界へ』には特攻隊時代のエピソードなども綴られています。そこに、西村さんが徳島に奥様とお子さんを呼んでいた、という記述があるのが、その根拠です。

息子は西村雅彦なのではないかという噂が!

ドラマ「古畑任三郎」の今泉慎太郎役でよく知られる西村雅彦さんが、西村晃さんのご子息ではないか、という噂があります。しかしこれはあくまでただの「噂」です。

西村晃さんに学徒動員の頃既にお子さんがいたのであれば、そのお子さんは1943年以前の生まれでなければなりません。しかし西村雅彦さんは1960年の生まれです。

これはかなり無理がある噂だと言わざるを得ません。

1992年、妻が他界?かなりのショックを受ける

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奥様の則子さんは、1992年にお亡くなりになりました。西村さんは大変ショックを受けたそうです。学徒動員からとなれば、50年以上連れ添われたことになります。

父親は日本初のロボットを開発した西村真琴?

西村さんのお父様は、日本初のロボットを製作した、北海道帝国大学の教授でもあった西村真琴さんです。真琴さんのロボットは「学天則」と名付けられました。東洋で初めて作られたロボットです。

学天則は内蔵したゴムチューブの空気圧を変化させることで、腕を動かしたり、表情を変えたりすることができたそうです。現在では大阪市立科学館でレプリカを見ることが出来ます。

また、学天則は荒俣宏原作の映画「帝都物語」にも登場します。この時製作者の西村真琴さんを演じられたのは、息子である西村晃さんです。

西村晃の主な出演作品は?水戸黄門でのエピソードとは?

西村晃さんと言えばやはり「水戸黄門」というイメージが強烈ですが、勿論他にも多くの作品で活躍されています。西村さんの残して下さった足跡を、「水戸黄門」中心に追ってみます。

西村晃は水戸黄門役で有名!シティボーイ黄門という呼び名も?

西村さんの名前で概ねの人は水戸黄門を連想します。初代の東野英治郎さんもお茶の間で人気を博した黄門様でしたが、その呼び名は「じゃがいも黄門」。対して西村さんは「シティーボーイ黄門」と呼ばれていました。

これは代替わりして若々しくなったイメージや、天下の副将軍らしい上品な振る舞いを意識した演技から、そう呼ばれるようになったものです。

1983年、ドラマ「水戸黄門」の主役に抜擢

1983年、2代目黄門様となった西村さんは、以降9年間、天下の副将軍として各地を周遊し、多くの悪人どもを懲らしめてきました。

「助さん、格さん、こらしめてやりなさい!」と言い放ちながら自らも立ち回る御老公の姿に、お茶の間は釘付けになったものです。

「水戸黄門」出演をきっかけに大人気俳優に

こうして「水戸黄門の代名詞」となり、大人気俳優になった西村さんです。水戸黄門に出演しながらも多くの作品にご出演なさっています。

映画では1982年の「マタギ」、1988年の「帝都物語」等の他、ドラマでは1989年の「ウルトラマンをつくった男たち 星の林に月の舟」で主役の1人、円谷英二を演じています。

また、「クイズ100人に聞きました」などのバラエティーでもお姿を見ることが出来ました。

1992年、妻の他界が原因で自ら降板

「水戸黄門」降板は、1992年のことでした。その年奥様の則子さんを亡くされた西村さんは、そのショックもあり続投を考えられなくなったのだと言われています。

後任は佐野浅夫さんです。庶民的で優しい黄門様を演じられ「泣き虫黄門」と親しまれたそうです。

「水戸黄門」のDVDも発売している?

西村晃さんの水戸光圀が観られる第14部~第21部はエイベックス・ピクチャーズよりDVD化されています。1部につき大体7~8枚セット、価格は3万円前後です。

Amazonで購入すると、少し割安で購入することが出来ます。

声優も!「ルパン三世 ルパンVS複製人間」では、マモー役で出演

西村さんのお仕事で「水戸黄門」と同じぐらい忘れられないのが、声優として参加した1978年の「ルパン三世 ルパンVS複製人間」です。これは人気アニメ「ルパン三世」の劇場版第1作目の作品です。

悪役のボスキャラ「マモー」が西村さんの役どころでした。温和な黄門様の西村さんしか知らなかった当時の子供たちは、マモーの得体の知れない姿と共に、恐ろしげな声の正体に驚愕しました。

「ルパン三世」の歴史の中でも、マモーはそのインパクトから、ファンの間で長く語り継がれる悪役になりました。また余談ですが、この作品は漫画家の赤塚不二夫さんも端役で出演なさっています。

声優で複数の役をこなすことも?

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西村さんは、1979年にサンリオで製作されたアニメ映画「くるみ割り人形」でも声優をなさっています。チャイコフスキーのバレエ「くるみ割り人形」を元にした作品です。

演じたのは、ドロッセルマイヤー、不思議婆さん、森の人形使い、時計商人の4役です。本職声優さんでも、4役の演じ分けはなかなかなさらないです。

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