早乙女愛の死因は?結婚は略奪婚だった?旦那は?子供の現在は? 女優

早乙女愛の死因は?結婚は略奪婚だった?旦那は?子供の現在は?

昭和の名女優として活躍した早乙女愛さん。しかし、その死因については未だに謎に包まれており、結婚の経緯についてもいくつかのミステリーを残したままです。早乙女愛さんの死因と生前の仕事ぶり、旦那さんや息子さんとの関係についても詳しくお伝えしていきます。

目次

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早乙女愛の死因は多臓器不全?どんな病気なの?

昭和から平成の時代を女優として駆け抜け、2010年の7月に死去している早乙女愛さん。死因については多臓器不全とされていますが、実際のところはどのようになっているのでしょうか。

謎多き女優・早乙女愛さんの死因とプロフィールについてまずは詳しく見ていきましょう。

早乙女愛のプロフィール

早乙女愛さんは1958年12月29日生まれ、鹿児島県肝付町出身。1974年、素人時代に映画「愛と誠」のオーディションを受け、主演の西城秀樹の相手役として女優デビュー。

83年、当時成人映画とされていた「女猫」で山城新伍と共演。大胆なヌードシーンを披露し、それ以降もいわゆる濡れ場女優として思いきった濡れ場を披露。85年、青年実業家の江原春義と結婚。

96年、妊娠と出産によりレギュラー出演していたドラマ「はるちゃん」を降板。2000年に女優業を事実上引退し、2010年7月20日、シアトルの病院で多臓器不全のため永眠。享年、51歳。

早乙女愛は現在死去!死因は多臓器不全?

2010年7月、51歳という若さで惜しまれつつもこの世を去った早乙女愛さん。公の死因は多臓器不全となっているようですが、果たして、多臓器不全とはどのような病気なのでしょうか。

多臓器不全とは、どんな病気?

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多臓器不全というのは実は、医学的には正式な死因ではありません。要するに、心不全、肝不全、腎不全などが同時に引き起こされ、直接の死因が特定できないようなときに「多臓器不全」という表現が使われるようです。

少々不謹慎な表現になるかもしれませんが、人の体をひとつの大きな機械にたとえると、多臓器不全というのはもうあらゆるパーツが壊れてしまっている状態にあたり、呼吸もままならない状態になっています。

早乙女愛の死因はエイズとの噂も?

2000年に女優業を引退している早乙女愛さん。さらに、2008年には長年連れ添った江原春義さんとも離婚し、2010年ごろから徐々に体調不良を訴えるようになります。

そして、2010年7月には決定的に体調が悪くなりシアトルの専門病院を受診したところ、即時入院の必要性があると判断され、精密検査を受けることに。

だるい、風邪が治りにくいという諸症状が酷似していることから、早乙女愛さんの死因はエイズではないかとも噂されているようですが、真偽のほどは定かではありません。

早乙女愛は肝臓に持病があった?肝炎?

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早乙女愛さんの死因は、公的には多臓器不全ということになっているようです。多臓器不全とはつまり全身の臓器の機能が著しく低下している状態ですから当然、肝臓のほうにも何らかの異常があったと考えられます。

エイズ以外に、肝炎でも症状が進行すれば極端に疲れやすく病弱になることも充分にありますから、晩年の早乙女さんが重度の肝炎に冒されていた可能性はきわめて高いようです。

息子や親戚に看取られての最後だった

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2010年7月、シアトルの病院で亡くなった早乙女愛さん。葬儀には息子さんひとりと離婚した夫である江原春義さんらが参列し、家族に見送られるなかでの最期となりました。

離婚したとはいえ、元の旦那さんにも温かく見送られた早乙女愛さんは、早逝ではありましたが幸せな人生と言えるのかもしれません。

早乙女愛の結婚は略奪婚だった?旦那は?子供の現在は?

1985年、青年実業家の江原春義さんと結婚している早乙女愛さん。しかし、一説によるとその結婚が不倫の末の略奪愛であるという噂があります。

早乙女愛さんと旦那さんとの馴れ初め、そして、子供の情報についてまとめてみました。

早乙女愛が結婚した旦那・江原春義との馴れ初めは?

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早乙女愛さんの旦那さんとなる江原春義さんは、いわゆる青年実業家でした。早乙女愛さんが出演する映画のスポンサーとして当時ファンだった江原さんが名乗り出たことがお付き合いのきっかけだったとか。

女優が出演する映画のスポンサーをわざわざ引き受けてそのまま口説いてしまうなんて、まさしく青年実業家にしかできないアプローチ方法ですよね!

早乙女愛の結婚は略奪婚だった?

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実は、江原春義さんは早乙女愛さんにアプローチした時点では、まだ既婚者でした。このことから「早乙女愛は略奪愛の末に旦那と結婚したのでは?」というあらぬ噂まで立っているようです。

ただし、正確に言うと、江原春義さんは早乙女愛さんと婚約をする年の3月にはすでに離婚しているため、ぎりぎり略奪愛にはあたらないと考えられます。

ただまあ、交際時期と婚姻時期が重なっていることは論理的に考えても明らかですから、不倫の末に結ばれた、という表現はあたらずとも遠からず、という感じのようです。

早乙女愛は極秘入籍して旅行へ?挙式は延期して行った?

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早乙女愛さんと江原春義さんの結婚は、決して順調な門出というわけではありませんでした。何と、江原春義さんのほうは前妻に早乙女愛さんとの交際を話していなかったのです。

まあ、当然といえば当然ですが、前妻がふたりの関係を知ったのが婚約会見というのですから驚きです。ふたりの関係に激怒した前妻は江原春義さんに多額の慰謝料を請求。

多少のゴタゴタ(?)はあったものの、入籍から半年遅れで披露宴を開くこともでき、長い結婚生活のなかで子宝にも恵まれ、大きい意味では幸福な結婚生活と言えるでしょう。

シアトルへ移住するも2008年に離婚、その後もシアトル在住だった?

デビュー以来ずっと女優として日本国内で活躍していた早乙女愛さんですが、2002年に江原春義さんの仕事の都合でシアトルへ移住。しかし、2008年には離婚しています。

2010年にシアトルの病院で亡くなっていることから、少なくとも2002年以降は亡くなるまでずっとシアトルで暮らしていたと考えられ、亡くなる直前まで早乙女さん自身は特に動けないほどではなかったそうです。

早乙女愛の子供は息子?現在はどうしてる?

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早乙女愛さんには江原春義さんとの間に息子さんがひとりいます。ただ、情報はそこまでしかわかっておらず、息子さんの名前や職業などの手がかりは一切ありません。

ただ、早乙女愛さんが亡くなった時、シアトルまで駆けつけて葬儀に参列したというのですから、親子仲が格別に悪かったというわけではないようです。

早乙女愛は恋多き女?元恋人は?

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デビュー当時から抜群の美貌とスタイルで、恋多き女優とまで言われた早乙女愛さん。芸能界にも恋人は多かったのでしょうか。

早乙女愛は恋多き女だった?

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清純派で清楚系の見た目とは裏腹に、早乙女愛さんは芸能界でもかなり有名な「恋多き女優」だったそうです。もちろん、これだけの美貌ですから共演を熱望する俳優も少なくはなく、浮いた噂も絶えなかったようです。

それにしても、江原春義さん。映画のスポンサーになることを口実に恋多き女優を見事に口説いてしまうのですから、昭和という古き良き時代を感じさせますね。

早乙女愛は山城新伍の愛人だった?

今となっては完全にアウトですが、昭和の芸能界では大物俳優と人気女優が愛人関係にあったり、いわゆる隠し子が公然の秘密のようになっていたりと、それなりにオープンな時代でした。

83年、映画「女猫」で山城新伍さんと共演した早乙女愛さん。それがきっかけでふたりは愛人関係になったと言われており、その関係は業界内でも暗黙の了解になっていたようです。

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早乙女愛の経歴は?

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ここであらためて、昭和の名女優・早乙女愛さんの経歴について振り返っておきましょう。

早乙女愛は鹿児島県出身

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早乙女愛さんは、鹿児島県肝属郡高山町(現;肝付町)の出身です。見た目は清楚系でおとなしそうですが、九州女ということで、内面はけっこう激しかったのかもしれません。

西城秀樹の相手役に選出された映画「愛と誠」でブレイク!

https://youtu.be/f93GuTButq0

74年、西城秀樹さんの相手役としてオーディションを受け、映画「愛と誠」でブレイクした早乙女愛さん。「愛と誠」はもともと梶原一騎さんの原作で、73年に「週刊少年マガジン」に連載された劇画です。

劇中では早乙女愛さんの可愛らしい制服姿がこれでもかと織り込まれ、原作の人気もあって「早乙女愛」という知名度が一気に上昇しました。

「早乙女愛」としてデビュー、女優として活動を始める

https://youtu.be/8I6C_vCdO7c

もともとは女優業を本格的につづけるつもりはなかったという早乙女愛さんですが、「愛と誠」でのブレイクをきっかけに女優としてのデビューを決意。名義も正式に「早乙女愛」に変更します。

1983年に、成人映画「女猫」に出演

https://youtu.be/qnqS7DX06Uo

「愛と誠」以降の早乙女愛さんは、どちらかといえば清楚系のイメージで、お嬢様的な役どころを中心にこなしていました。

そんな早乙女愛さんにとってひとつのターニングポイントになったのは、83年の映画「女猫」です。いわゆる成人映画として公開されたこの映画で、早乙女愛さんは乳首も露わな大胆すぎる濡れ場を披露。

イメージが湧かないかもしれませんが、今でいうとちょうど、永野芽郁さんや浜辺美波さんが映画でいきなりオールヌードのベッドシーンにチャレンジする、みたいな感じでしょうか?

以降、ロマンポルノ等で活躍!

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「女猫」で清純派路線を一転させ、大胆すぎるフルヌードの濡れ場を惜しげもなく披露した早乙女愛さん。それ以降はロマンポルノにも積極的に出演し、濡れ場もいとわない女優になっていきます。

1985年に江原春義と結婚、化粧品会社「江原道」を設立

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濡れ場女優として人気絶頂だった85年、青年実業家の江原春義さんと結婚した早乙女愛さん。結婚後は本名の名義で化粧品会社「江原道」を設立。御主人とともに共同経営を開始します。

1996年にドラマを途中降板して息子を出産、2000年に引退

85年に江原春義さんと結婚した早乙女愛さん。96年には長男を妊娠し、レギュラー出演していた連続ドラマを途中で降板します。

そして、2000年の「新・仁義なき戦い」を最後に女優業を引退。以降は御主人に付き添うかたちでシアトルへ移住。2010年に現地の病院で亡くなっています。

【動画あり】早乙女愛の主な出演作品まとめ!

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昭和の大女優として現在もなお燦然と名前を輝かせる早乙女愛さん。永久保存版の出演作についてまとめてみました。

早乙女愛の出演作品①:映画「愛と誠」

https://youtu.be/7GAy24MNFsY

74年公開の映画で、主演は西城秀樹さんでした。早乙女愛さんの制服姿はやっぱり初々しいですねぇ。

早乙女愛の出演作品②:映画「女猫」

83年公開の成人映画。成人映画ということで、早乙女愛さんもかなり大胆なヌードシーンや濡れ場に挑戦しています。

早乙女愛の出演作品③:映画「新・仁義なき戦い。」

00年公開のシリーズ映画。早乙女愛さんはこの作品をもって女優業を引退し、2002年には御主人とともにシアトルに渡っています。

昭和を彩る名女優たち

昭和の時代は現在よりも邦画に活気があり、早乙女愛さんをはじめ数多くの名女優が活躍していました。昭和を彩る名女優たちについて振り返っていきましょう。

原節子

まさに、「昭和の女優」の代表格!小津安二郎さんとの名コンビぶりは絶品でしたね。永遠の処女と言われるように透明感は抜群で、結婚したい女優ナンバーワンでもありました。

芦川いづみ

吉永小百合さん、江利チエミさんとともに三人娘と言われた芦川いづみさん。長身でスタイルも良く、失礼ながら現代でも充分に通用しそうな顔だちをしています。

淡路恵子

若い頃はオシャレなお姉さん、というイメージが強かった淡路恵子さん。晩年は無類のドラクエ好きとして、バラエティ番組でもお茶目な一面を見せていました。

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