岸田今日子(女優)はムーミンでも有名?死因は何?若い頃の画像は?

岸田今日子はムーミンの声優で有名な大女優です。さらに、とんねるずのみなさんのおかげですの番組出演によってその名を知られるようになりました。そして、その岸田今日子の演技は「怪演」とよばれるまでになりました。実際はどんな人物なのでしょうか。その人となりをみていきましょう。

個性派怪演女優・岸田今日子とは?死因は何だった?

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個性派怪演女優といわれた岸田今日子ですが、死因は何だったのでしょうか。観ていきましょう。

岸田今日子のプロフィール

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  • 本名:岸田今日子(きしだきょうこ)
  • 生年月日:1939年4月29日
  • 出身地:東京都
  • 血液型:A型
  • 活動内容:女優、声優、童話作家

岸田今日子は2006年12月17日に脳腫瘍による呼吸不全で死去

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岸田今日子は2006年12月17日に脳腫瘍による呼吸不全で死去しました。見つかったときにはすでに手術ができない状態だったようで、
その時は投薬治療が行われ、小康状態が続きました。

同年12月17日、容体が急変し、娘のまゆさんら家族に看取られて、息を引き取られました。

2006年1月下旬に頭痛のため検査したところ脳腫瘍が見つかる

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岸田今日子は2006年1月下旬に頭痛を訴えます。病院で精密検査を受けたところ、「脳腫瘍」であることが判明したのでた。

元夫の仲谷昇も岸田今日子の約1か月前に亡くなった

元夫の仲谷昇も2016年11月16日、慢性閉塞性肺疾患のため東京都港区の病院で死去しています。77歳のときでした。これは岸田今日子の亡くなる約1ヶ月前のことでした。

もしかしたら、天国の元夫もすぐに会えてびっくりしているのかもしれません。

2005年12月にドラマ「あいのうた」に出演するなど直前まで女優として活躍した

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岸田今日子は2005年11月には主演の舞台「オリュウノオバ物語」に出演されたり、2005年12月には、テレビドラマ「あいのうた」に出演されてりし直前まで女優として活躍しました。

岸田今日子の女優魂を見せつけた最後のドラマ、舞台であったといえます。

2006年「ミス・マープルシリーズ」の吹き替えが遺作となった

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岸田今日子は2006年1月に脳腫瘍が発覚しますが、それでも、BSで放送「ミス・マープルシリーズ」で主人公のミス・マープルの吹き替えを担当したことが、遺作となりました。

脳腫瘍とわかりながらも仕事を投げ出さずに演じ続ける姿はさすがの女優魂といえるのではないでしょうか。

岸田今日子はムーミントロールの声で愛された?

岸田今日子はムーミントロールの声を演じました。それについて観ていきます。

1969年版と1972年版アニメ「ムーミン」のトロールの声優を務めた

岸田今日子は、その独特な声質や話し方から、声優としても活躍しました。その中でも有名なのはアニメ「ムーミン」のでの声優です。

このアニメの主人公のムーミンことムーミントロールは、ムーミン谷に暮らすムーミン一家の好奇心旺盛な優しい心を持った男の子です。

しゃべり方はちょっとほんわかとししており、元気な少年の独特ともいえるしゃべり方が印象的でした。世間の子供たちに岸田今日子の声が愛されることになったのです。

「ムーミン」の声優をするきっかけは娘だった

岸田今日子が「ムーミン」の声を担当した理由が微笑ましいモノでした。実は娘に自分の仕事を理解してほしかったからだそうです。

当時幼稚園だった娘が毎回仕事に行くときに「どこに行くの?」と聞いたそうなのですが、岸田今日子はそれをなんと答えたらいいかわからなかったそうです。特に女優という仕事は説明が難しいのも納得がいくのではないでしょうか。

そこで、収録時は、娘を毎回スタジオに連れて行き、その現場を見せていたそうなのです。ムーミンという子供になじみのある仕事なら理解しやすかったのではないでしょうか。娘への愛情がわかるエピソードといえます。

1990年、ムーミンは原作に忠実に製作し直されている

元々「ムーミン」はかわいらしい丸みを帯びたデザインにすることにしていました。。

キャラクターデザインは、アニメ界大御所の大塚康生で、現スタジオジブリの宮崎駿が東映動画時代に直属の上司として指導をした人物でもあります。ほかにさまざまな有名な日本のアニメ作家に影響を与えました。

昭和アニメの「ムーミン」は原作とは全く違うイメージですが、原作者にもきっと気に入ってもらえるはずという期待があったそうです。

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しかし、作者のヤンソンからは「別もの」と受け取られその後立て続けに原作に近づけるようにという要望が彼女側から届いたそうです。

クレームもありながら良い作品を作ろうとしていた東京ムービーでしたが、当初から赤字続きだったことと同時期に「ルパン三世」の制作なども重なり、当初の契約通りに26話で東京ムービーの制作は終わりました。

次に担当したのは、手塚治虫さんのプロダクション、虫プロです。虫プロが引き受けた後はムーミンの絵柄がメルヘンチックになりました。絵柄にかわいらしさが加わり、子供になじみのある絵柄となったのです。

岸田今日子が演じた昭和版の「ムーミン」はテレビから消えてしまった

原作者にとって違和感があったかというと、「自分のムーミンではない」というのが大きかったようです。

東京ムービー版は丸みを帯びたほうがかわいらしいと思っており、その以降が受け入れられず、作者のヤンソンは「シャープさが失われた」と思ったのでしょう。

それに従って絵柄を変更した虫プロでしたが、今度は日本から「どうして絵柄を変更したのか」というクレームが来ます。

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「昭和版ムーミン」にはヤンソン自身にノー・カー(車を走らせない)、ノー・バイオレンス(暴力はダメ)、ノー・マニー(お金も持たない)という信念があったそうですが、それが守られていなかったという点でした。

それは平和主義と反戦主義によるものだったそうですが、実際に暴力的なシーンは原作に書かれているので矛盾が生じる点ではあります。

現在、昭和版「ムーミン」のDVDは存在しない

日本のアニメ制作会社はヤンソンの主張を受け止め、修正を加えていきましたがヤンソンは反抗の態度を崩さず、結果として「昭和ムーミン」の再放送や映像ソフトの販売などはできなくなりました。

そのため、現在昭和版「ムーミン」のDVDは存在しないのです。

動画サイトやネットオークションには当時のビデオが?

しかし、販売ができなくなるまでに発売されたビデオソフトなどは、たまにオークションなどで取引されているようです。当時のDVDが欲しい場合は探してみるのもいいのではないでしょうか。

新旧の声優比較動画も存在

YouTubeには新旧の声優比較動画もアップされています。平成版は名探偵コナンなどの少年役をよく演じられる高山みなみさんですがどちらも良い味をだしています。

この比較動画を見てみて自分の好みを探ってみるのもいいのではないでしょうか。

岸田今日子はエッセイストや童話作家としても活動していた

岸田今日子はエッセイストや童話作家としても活動していたようなのです。見ていきましょう。

1975年「子供にしてあげたお話 してあげなかったお話」を出版

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岸田今日子は童話作家としても活躍されています。1975年「子供にしてあげたお話してあげなかったお話」を出版しました。
2000年「大人にしてあげた小さなお話」を出版されています。

NEXT 1998年「妄想の森」で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞