小林竜司の現在は?東大阪集団暴行殺人事件の主犯?死刑執行はいつ? エンタメ

小林竜司の現在は?東大阪集団暴行殺人事件の主犯?死刑執行はいつ?

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50万円払うことを約束させられて、解放

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暴行や車の中で監禁され、ファミリーレストランに連れていかれた2人は、藤本翔士から人の彼女に手を出した慰謝料として50万支払えと恐喝されました。

この時の恐喝で、岩上哲也はバックにヤクザがいると脅しました。徳満優多と佐藤勇樹は脅され50万を支払う事を約束された後に開放されました。

16日の夜から暴行を受けた後に監禁や恐喝をされて、解放されたのは17日の午前5時頃だったようです。

東大阪集団暴行殺人事件が起こった経緯は?

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先に起きた集団リンチ事件がきっかけとなり、東大阪集団暴行殺人事件は起きました。それまで関わっていなかった小林竜司と広畑智規が入ってきます。

主犯2人が入ってきた事で今まで被害者だった人物は、加害者へと変わります。ここまでだと、ただ付いて行ったがために暴行と恐喝を受けた佐藤勇樹も、加害者になっていきます。

先の集団リンチ事件で、岩上哲也がバックにヤクザにいると脅した事は、殺害された要因となったのは確かです。お互いやり過ぎた結果、殺人まで発展した事件です。

徳満優多と佐藤勇樹から相談を受けた小林竜司と広畑智規

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集団リンチと恐喝を受けて解放された徳満優多と佐藤勇樹は、相手のバックにヤクザがいるという内容を恐れ、50万円払うために助けを求めました。

その際に助けを求めたのが小林竜司で、佐藤勇樹の小、中学時代の同級生でした。「10万円貸してくれ。渡さないとヤクザに埋められる」と佐藤勇樹が電話した所、小林竜司は広畑智規に電話するよう言いました。

広畑智規は小林竜司と仲が良く、昔不良グループのリーダー格をやっていた事もあったため、相談相手に選ばれたようです。

小林竜司たちは協力を約束し、力を貸すことに

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広畑智規は最初被害届を出せ、と指示しました。指示通り徳満優多と佐藤勇樹は、被害届を出しました。

しかし一度は被害届を出すことで、落ち着いたのですが、広畑智規はその後リンチに遭った2人をやられたままでいいのか、などと煽り報復する方向に話を持って行っています。

報復には小林竜司も賛同し、被害届は取り下げられ、報復する計画を考え始めました。

小林竜司は、土地勘のある岡山での復讐計画を練る

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広畑智規と小林竜司は、報復するのは土地勘のある岡山の方がいいとし、岡山での集団リンチを計画しました。この計画は、慰謝料を払うという嘘をついて藤本翔士と岩上哲也と会社員を呼び出すといったものでした。

岡山の親戚にお金を借りて支払うという嘘で3人を呼び出し、そこを小林竜司たちが待ち伏せしてリンチをするという計画で、さらに逆に恐喝して金を払わせようという話になっていました。

小林竜司はこの計画のために人を集め、岡山インターチェンジ付近に藤本翔士たちを待ち伏せしました。

計画的に行われた集団リンチ

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藤本翔士たちを岡山までおびき寄せた小林竜司たちは、3人を拉致しリンチするのですが、小林竜司はこの計画に暴力団関係者も含めた仲間を集めました。

小林竜司や広畑智規、徳満優多と佐藤勇樹を含めると合計9人になっていました。藤本翔士側も増えているかもしれないと予想し、多めに人数を集めたとされています。

小林竜司らは藤本翔士と岩上哲也を一方的に暴行

岡山インターチェンジ付近におびき出された藤本翔士と岩上哲也、その友人の社会人は、待ち伏せていた小林竜司ら7人に拉致され、玉野市の深山公園で集団リンチを受けました。

途中で罠にかかったと気づいた藤本翔士らでしたが、すでに遅かったようで、そのまま拉致され暴行を受けています。

その後、通行人に目撃されたことから、場所を移動

深山公園で小林竜司らが藤本翔士らに集団リンチをしていた所、通行人の女性に目撃されたため、場所を移動しています。

移動した先は、小林竜司が以前働いていた玉野市の建設会社の資材置き場がある場所でした。それは岡山市灘崎町奥迫川の山中で、そこに移動した後、再び集団リンチが始まりました。

暴力団と繋がっている疑いのある藤本翔士を生き埋めに

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集団リンチが一区切りついた頃、小林竜司は仲間に建設機械で穴を掘るように指示します。バックに暴力団がついているなら生かして帰すのはまずいと考えたようです。

この時点で、他の仲間は生き埋めにするのだと気づきましたが、小林竜司の考えを聞き、広畑智規が納得し、他の仲間も納得しました。

穴が掘られると藤本翔士を突き落とすように藤本翔士の友人の会社員に指示し、さらに落とした藤本翔士に大きめの石を頭に落とすように脅します。その後藤本翔士を生き埋めにして殺害しました。

実はヤクザとの繋がりがあった小林竜司

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バックにヤクザがいると脅しをかけられ、徳満優多と佐藤勇樹でしたが、実際にヤクザと関りがあったのは小林竜司で、そこから藤本翔士のバックにヤクザがいるというのは嘘だという事が判明しました。

藤本翔士側の会社員は脅されて生き埋めに手を貸した後、警察にバラしたら家族を皆殺しにする、という事と50万円用意するように言われ、解放されました。

岩上哲也は一旦自宅に連れ帰るも、生き埋めに

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岩上哲也は小林竜司が連れ帰りました。小林竜司と関りがあったヤクザが、借金漬けにしようと考えていたためだったようです。

小林竜司はヤクザに電話した所、岩上哲也がまともに動ける状態ではない事を知り、連れてこなくていいと言う話になりました。

小林竜司はそのまま返して通報されるのはまずいと考え、岩上哲也も生き埋めにすることにしました。その後再び岡山市灘崎町奥迫川の山中に戻り、岩上哲也も生き埋めにして殺害しました。

事件発覚から逮捕までの経緯は?

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東大阪集団暴行殺人事件は2006年19日に起き、発覚したのは22日でした。

発覚後、関わった人間は全員逮捕されました。

生き残った会社員の通報で事件が発覚

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生きたまま解放された会社員でしたが、藤本翔士が生き埋めにされた現場にいた事もあり、このままでは自分も口封じのために殺されると考えていました。

結果、警察に行き全ての事情を話し、事件が発覚しました。これが2016年6月22日です。

小林竜司は指名手配され、逃亡

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会社員が事件の内容を話した事で、小林竜司は指名手配され、ニュースや新聞でも報道されました。

小林竜司は指名手配後、逃亡し姿をくらませました。

母親に自首を促されて自首を決意

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逃亡した小林竜司でしたが、6月23日に母親に電話し自身が殺人を犯した事を告白しました。

その事を聞いた母親は、それが本当なら自首をするように促しました。その説得で小林竜司は自首を決意したようです。

その後、関係者は全員逮捕された

母親に23日に電話した次の日の24日に小林竜司は集団リンチの時の仲間を集め、4人でやったと口裏を合わせてから自首するように言いました。

3人はその日に岡山南警察署に出頭して、逮捕されました。小林竜司は25日に再び母親に連絡をとり、出頭するので一緒に来てほしいと頼み、母親と次男夫婦の車に乗って警察に出頭し逮捕されました。

27日には供述どおり遺体が見つかり、28日には共犯者9人が全員逮捕されました。

事件関係者への裁判の判決は?

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多くの逮捕者が出た東大阪集団暴行殺人事件の判決は、多くの人が注目しました。特に主犯の小林竜司と広畑智規の判決は注目を浴びました。

小林竜司の判決は死刑

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小林竜司は一審で死刑の判決を下されました。控訴したのですが、二審で棄却され、その後上告もしたのですが、最高裁でも棄却されたため、死刑が確定しました。

この判決には色々な意見が出ていますが、殺害前に計画的に集団リンチをした事や、殺害方法も残酷だったたため極刑となったとされています。

小林竜司は礼儀正しく、事件の詳細を語った

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小林竜司の裁判での態度は、2人を生き埋めにした犯人としてしか知らなかった裁判官が驚くほど礼儀正しく、真面目に答えていました。

他の共犯者は自分の罪が重くなることを恐れ、あまり話さなかったのに比べ、小林竜司はずっと聞かれた事は真面目に回答していました。

広畑智規への判決は無期懲役

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集団リンチ時はほとんど参加せず、殺害も直接は関わっていないとされている広畑智規ですが、計画を企てた主犯だったため無期懲役の判決を下されました。

徳満優多への判決は懲役11年

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そもそもの発端となった徳満優多は、懲役11年という判決を下されました。集団リンチや殺害にも手を貸していましたが、計画に乗っただけという事で、主犯2人より軽い罪となったようです。

佐藤勇樹への判決は懲役9年

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佐藤勇樹は懲役9年の判決を下されました。佐藤勇樹も集団リンチや殺害に手を貸していますが、計画を企てた主犯ではなく、共犯者とされたため9年という年数になりました。

その他の事件に関わった人物への判決は?

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小林竜司が呼んだ暴力団関係者は、懲役17年の判決を下されています。自分の意思で集団リンチに関わったためとされています。

他にユンボを操作し、生き埋めのための穴を掘った人物は未成年でしたが15年、見張りをしていた人物は7年、公園で合流した少年2人は家庭裁判所送致となりました。

被害者側の警察に駆け込んだ藤本翔士の友人である運転手は、特に何の罪にも問われていません。この点を疑問に思う人もいるようです。

事件に対する世間の声は?

東大阪集団暴行殺人事件自体は凶悪な事件として知られていますが、小林竜司に対する判決には様々な意見が出ています。

小林竜司は友人を助けて死刑になった?

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小林竜司が事件に関わったのは、友人である佐藤勇樹に助けを求められたためで、さらにその友人の身を守るために殺害までしたと言われています。

さらに裁判所での姿勢も、自分に不利になるような回答でもしっかり答えていたため、友人のために死刑になったと言う意見も出ているようです。

死刑判決は、重すぎるとの声も

事件に関わった経過から、小林竜司に対して極刑は重過ぎるのではないかという声も上がっています。

罪を償う時間だけで十分ではないかという声や、同情する点もあるという声です。そもそも事件の被害者側にも非があったこと、悪質な行為が見られたことから、酌量を求める意見もあります。

判決に対しては、現在でも議論がされている

小林竜司の死刑に関しては、同情される点や改心する可能性もあるとされ、現在も議論されています。また、残された小林竜司の母親はどうなるのかと心配する声もあります。

2chでは、死刑に抗議する声も?

ネット上でも小林竜司の死刑には、様々な意見が出ています。

計画的なリンチの後に生き埋めという惨い殺し方をしているので、当然だという声や、友達をリンチして恐喝した人間を助けるために結果的に殺したので、同情の余地はあるという声です。

特に被害者側の人物が先に集団リンチや、恐喝を行った事を指摘する人が多く、「小林竜司だってある意味、被害者じゃないの?」「無期懲役が相当」との声まであがっています。

小林竜司の家族や関係者の現在は?

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小林竜司の家族は現在どうしているのでしょうか。小林竜司は母親思いの人物でしたが、息子が死刑の判決を下された母親は、どのような生活をしているのでしょうか。

また、手紙を送りあったり、関連する本を出版した人物もいるようです。

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