小林竜司の現在は?東大阪集団暴行殺人事件の主犯?死刑執行はいつ? 芸能人

小林竜司の現在は?東大阪集団暴行殺人事件の主犯?死刑執行はいつ?

小林竜司は東大阪集団暴行殺人事件の主犯で、死刑の判決を下されています。小林竜司は現在どうなているのか、死刑執行はいつになるのでしょうか。拘置所で描いた絵は話題となりました。生い立ちや母親との関係、主犯格の広畑智規の事も含め、情報をまとめました。

目次

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小林竜司の現在は?死刑執行はいつ?

小林竜司は死刑が確定している人物で、いわゆる死刑囚です。小林竜司の起こした事件から、すでに10年以上経っていますが、現在の小林竜司はどのように過ごしているのでしょうか。

小林竜司はどのような顔をしているのか、現在どこに収監されているのか、いつ死刑執行の日が来るのかをまとめています。

死刑を待つ小林竜司が、収監中に描いた絵は公表されており、話題を呼びました。絵からは小林竜司の心情を読み取る事が出来ると、言われています。

小林竜司とは?東大阪集団暴行殺人事件の主犯?顔画像は?

小林竜司とはどのような事件を起こした人物なのかという事ですが、事件の名前は東大阪集団暴行殺人事件と呼ばれています。2006年に起きた事件の1つです。

東大阪集団暴行殺人事件の犯人は複数いますが、その中の実行犯であり、主犯とされているのが小林竜司です。凶悪な事件だったため、死刑が求刑され、そのまま確定しました。

逮捕時に顔が報道され、世間の注目を浴びる事になりました。

小林竜司が起こした東大阪集団暴行殺人事件とは?

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小林竜司が主犯となり2006年に起こした東大阪集団暴行殺人事件とは、複数人で被害者に暴行を加え、最終的に殺害した集団リンチ殺人事件です。

この事件で殺害され、被害者となったのは2人の男性ですが、その経過は複雑なもので、被害者にも明らかに悪い点が複数あった事などからも世間を騒がせた要因となりました。

主犯であり、殺害の実行犯である小林竜司と、同じく主犯格である広畑智規という人物もいて、その他にも事件に関わった人物が複数存在しています。

小林竜司の現在は大阪拘置所に死刑囚として収監中?

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小林竜司は、死刑が確定しています。2019年現在は大阪拘置所に死刑囚として収監され、死刑執行の日を待つ身となっています。

小林竜司の死刑執行の日や、大阪拘置所での過ごし方を気にする人が多くいるようです。一般の死刑囚は更生プログラムの元、日々自分の犯した罪の深さを考えたりしています。

死刑囚は法律上受刑者とは別で、拘置されているものの、ある程度の自由時間はあります。そのため本を読んだり絵を描いたりする人もいます。死刑囚の心情といったものは世の中に公表されません。

小林竜司の描いた絵が話題に?

死刑囚の描いた絵は、公表されることのない死刑囚の心情を知ることの出来るものとして、度々話題になっています。小林竜司も描いた絵は世間に出されており、その心情が読み取れると注目されています。

小林竜司の描いた絵で有名なのが、「変わらぬ風景」というタイトルの作品です。自身が収監されている大阪拘置所の窓から見た風景を描いた作品です。

小林竜司はこの窓から見た風景の作品を複数描いているのですが、だんだんと見えている景色が狭まっている様子が描かれており、死刑執行を待つ中で、精神的に不安的になっていっているのでは、と推測されています。

小林竜司の死刑執行はいつ?2019年か2020年?

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日本では死刑が確定されてから6か月以内に執行しなければならない、という法律があるのですが、死刑囚の心身の状態が異常で病気になっていたり、再審請求をしていたりする期間は含まれません。

他にも恩赦の出願などがあったりする場合も期間に含まれなかったり、複雑なものとなっています。小林竜司も死刑が確定してから十数年経っていますが、死刑は執行されていません。

死刑執行の日はいつかという事を疑問に思う方も少なくはありません。死刑制度は賛否両論なので、詳しい情報が公表されることはありませんが、世間では小林竜司の死刑は2019年か2020年ではと言われています。

小林竜司の生い立ちや性格は?虐待やいじめを受けていた?

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生い立ちはその人物が犯罪を行うかどうかに、大きく関わってくると言われています。特に暴行などの事件を起こすものは、それまでにも問題を起こしてきたというケースが多くあります。

そのため、東大阪集団暴行殺人事件で集団リンチを行い、2人を殺害までした小林竜司の生い立ちも非常に注目されました。恐らく昔から暴力的な人間だったのだろうと言われていました。

小林竜司の生い立ちや学生時代の様子、周囲から言われていた性格をまとめました。その生い立ちは暴力的な事件を起こした犯人に対する一般的な世間の予想とは、少し違うものでした。

小林竜司の出身は?父親から虐待されていた?

小林竜司は虐待を受けて育ったようです。父親がギャンブル好きの子供に愛情を感じない人間だったようで、小林竜司はひっぱたかれたり、殴られたり、縛られて放り出されるといった事までされていたようです。

そんな人間が世話をまともにする訳もなく、幼い小林竜司は、さらに幼い弟の世話も見ていたようです。母親は何をしていたかというと、母親も夫に暴力を受けていたそうです。

母親は暴力に耐えかねて、家出してしまったりもしていたそうです。事件は大阪で起きましたが、小林竜司の出身は岡山県ですが、事件当時は大阪に住んでいました。

学校ではいじめを受けていた?

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小林竜司は虐待を受けて育ち、さらに小、中学校ではいじめに遭っていた事が分かっています。その原因は裁判での生い立ちを話す際に本人が語っていました。

いじめられた原因は、大便を漏らした事だったそうです。失敗を許容せず、いじめの原因とするというのは子供の狭い世界ではよくあることです。

それまで特に問題の無かった学生生活も、1つの失敗で過酷なものとなった話もよくあります。小林竜司も漏らした事で、そのような辛い学生生活を送るはめになったのでしょう。

小林竜司は高校を中退?事件当時は、無職だった?

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小林竜司は高校を中退し、大学もいっておらずその後は定職に就かず、事件当時は無職でした。

事件当時は無職だったようですが、働いた事はあるようです。

小林竜司の性格は?母親思いの子供だった?

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虐待を受けて育った小林竜司ですが、大人になっても母親には思いやりのあった人物として知られています。父親からは虐待を、学校ではいじめを受けていましたが、その中でも母親には救われていたのかも知れません。

東大阪集団暴行殺人事件では、小林竜司は事件後自ら出頭しています。事件後、母親に罪を犯した事を電話で告白し、自首を促され一度姿をくらますも、出頭するので一緒に来てほしいと再度連絡しています。

出頭前小林竜司は母親に対して「母さんの子で幸せでした」というメールを送っており、警察に向かう途中には、死刑以外ならまた会えるから長生きしてほしいとも言っていたそうです。

東大阪集団暴行殺人事件の概要は?

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東大阪集団暴行殺人事件は複雑な事件で、主犯で実行犯の小林竜司と主犯格の広畑智規以外にも、関わっている人物が複数います。

すでに死刑が確定している小林竜司ですが、死刑という判決は重すぎるのではないかという声も多数上がっています。それは、この関わった人物たちの関係や起こした行動に関係しています。

元々小林竜司に関係のない話でしたが、関わった後にとった方法が過激で残酷すぎたため、死刑を求刑され、判決が下されました。

事件が起きた経緯は複雑?概要は?

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東大阪集団暴行殺人事件は加害者側の人間と殺害された被害者側の人間が、起こしたトラブルが元となっています。最初は、女性関係のもつれで被害者側が仲間を集め、加害者側に集団で暴行や恐喝を行いました。

その後、加害者側が小林竜司含む数人の仲間を集め、被害者側に集団で暴行を加え、最終的に生きたまま埋めて殺害したという事件です。

東大阪集団暴行殺人事件は先に起きた、集団リンチ事件の被害者によって起こされた殺人事件でした。

小林竜司は最初、事件に関わっていなかった?

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小林竜司は、最初の女性トラブルや集団リンチ事件には関わっておらず、最初に起きた集団リンチの被害者が、恐喝されている事を相談したため関わる事になりました。

東大阪集団暴行殺人事件の主犯となっている小林竜司と広畑智規はどちらも、相談を受けて途中から関わっています。

恐喝したのは後に殺害され被害者となる藤本翔士と岩上哲也で、恐喝を受けたのは、後に加害者となる徳満優多と佐藤勇樹です。小林竜司と広畑智規に相談したのはこの徳満優多と佐藤勇樹でした。

東大阪集団暴行殺人事件に関係した人物は?

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東大阪集団暴行殺人事件に関わったのは複数人おり、最初に集団で暴行を加え、恐喝した藤本翔士、岩上哲也とその運転手を務めていた男性が最終的な被害者となっています。

加害者側は主犯である小林竜司、同じく主犯格である広畑智規、そもそもの事件の発端となった徳満優多、集団リンチに加わった佐藤勇樹、その他にも集団リンチに加わった加害者が存在します。

事件の被害者、藤本翔士

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最終的に生き埋めにされ殺害された藤本翔士は、事件の発端となった人物の1人です。元々は藤本翔士と徳満優多の間で、女性関係のもつれから集団リンチに発展しました。

最初は藤本翔士と徳満優多の間の殴り合いの喧嘩だったのですが、藤本翔士がその後仲間を集め集団リンチを行い、金銭を要求する恐喝を行ったため、東大阪集団暴行殺人事件まで発展しました。

最終的に殺害された人物にも関わらず、あまり同情の声が上がっていないのも、先に集団リンチした事や、恐喝をしていたためです。

事件の被害者、岩上哲也

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岩上哲也も最終的には生き埋めにされ、殺害された被害者の1人です。藤本翔士が最初に企てた集団リンチの際に呼ばれたのが、岩上哲也です。

岩上哲也は徳満優多と佐藤勇樹を集団リンチした人物の1人で、恐喝を行った際にヤクザと関係があると言って脅した人物でもあります。後にヤクザと関りがあるというのは嘘だったと判明しています。

藤本翔士同様、被害者であり最終的に生き埋めにされた岩上哲也ですが、やはりあまり同情されていないのは、先に集団リンチに加わった事や恐喝したためです。

主犯格である小林竜司

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藤本翔士と岩上哲也に集団で暴行を加え、殺害の実行犯でもある小林竜司は東大阪集団暴行殺人事件の主犯となっています。

ヤクザと関りがある人物を暴行して、生かして帰すのはまずいと言い、殺害することを決めたのは小林竜司です。殺害方法は生き埋めという残酷な方法でした。

最初に集団リンチと恐喝を受けた徳満優多と佐藤勇樹に相談され、広畑智規と共に仲間を集め、藤本翔士と岩上哲也を集団リンチし、生き埋めにしました。

事件を主謀した広畑智規

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実行犯の小林竜司と共に相談を受けて、一緒に集団リンチや生き埋めに関わったのが広畑智規です。実行犯は小林竜司とされていますが、主導は広畑智規にあったとされています。

広畑智規は集団リンチにはほとんど手を出さず、殺害時にも直接手は下していませんが、相談を受けた際に、小林竜司と共に計画を立てた人物となっています。

事件の発端となった徳満優多

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徳満優多は、事件の発端となった人物の1人です。最初に藤本翔士と女性関係のもつれで問題を起こし、殴り合いの喧嘩をしています。その後藤本翔士に呼び出された際に、佐藤勇樹に助けを求めています。

そして佐藤勇樹と共に集団リンチされ、恐喝をされたため、小林竜司と広畑智規に助けを求めました。藤本翔士と岩上哲也の集団リンチに加わり、殺害にも手を貸しています。

リンチに加わった佐藤勇樹

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藤本翔士に呼び出された徳満優多に助けを求められたのが、佐藤勇樹です。徳満優多とは大学で同じサークルに所属しており、一緒に来てくれと言われたため、ついて行ったら集団リンチに遭いました。

この事件の中では一番の被害者なのでは、と言う声も上がっている人物です。徳満優多と共に集団リンチを受けた後に恐喝され、小林竜司と広畑智規に相談しました。

小林竜司とは幼馴染で、小、中学生時代にいじめに遭っていた数少ない友人の1人とされています。小林竜司はこの佐藤勇樹を助けたい一心だったのでは、という声も上がっています。

巻き込まれた運転手

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藤本翔士と岩上哲也の知り合いの社会人で、運転手を務めていました。藤本翔士と岩上哲也が小林竜司たちに金を払うから来てくれ、と呼ばれた際の運転手をしていました。

小林竜司たちに脅され、集団リンチを受け意識の薄れている藤本翔士を、生き埋めにするための穴に突き落としたり、頭の上に石を落としたりしています。

佐藤勇樹がこの男性はリンチに加担していなかった事を告げたため、暴行は受けず、共犯者にするために生き埋めの手伝いをさせられました。

東大阪集団暴行殺人事件の発端は?

東大阪集団暴行殺人事件は起きる前に、別の集団リンチ事件が発生しています。この事件の加害者がやり過ぎたため、東大阪集団暴行殺人事件が起きたと言っても過言ではありません。

そもそもの事の発端は、女性関係のもつれから来た、2人の男と1人の女性だけの問題でした。それが段々と人を巻き込み、大きな事件へと発展してしまったのです。

東大阪集団暴行殺人事件が起きる前に起きた集団リンチ事件や、その事件が起きた原因をまとめています。

東大阪集団暴行殺人事件の原因は2006年に起きた集団リンチだった?

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東大阪集団暴行殺人事件の前に起きた集団リンチ事件は、2006年6月16日に起きました。この集団リンチ事件に関わった人物は、藤本翔士と岩上哲也、徳満優多と佐藤勇樹です。

この時の加害者は藤本翔士と岩上哲也で、被害者は徳満優多と佐藤勇樹です。藤本翔士は徳満優多と佐藤勇樹をリンチするために、岩上哲也を呼び出しました。

先に起きた集団リンチ事件の主犯は藤本翔士と岩上哲也となります。後に殺害され被害者となる2人です。

2006年の事件の発端は藤本翔士と徳満優多のいざこざ?

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一番初めのいざこざは、藤本翔士と徳満優多の間で起きました。2人が殴り合いの喧嘩をして、藤本翔士が勝ったのですが、それでも怒りの収まらなかったため後日呼び出し、集団リンチしたのです。

藤本翔士は集団リンチするために仲間を呼び、徳満優多はその時に仲間を呼び、結果一緒に暴行をうけ恐喝され、さらに別の仲間に相談し、どんどんと関わる人数が増えていきました。

さらに相談した仲間が別の仲間を呼び、最終的に大勢が逮捕される結果となった東大阪集団暴行殺人事件となってしまったのです。

いざこざの原因は、女性関係だった?

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藤本翔士と徳満優多がいざこざを起こした原因は、女性関係のもつれからでした。当時藤本翔士と付き合っていた東大阪大学1年生の女性に、徳満優多がメールを3回程送ったため、殴り合いの喧嘩に発展しました。

藤本翔士の彼女と知りながら、徳満優多は女性の事を気に入ってしまい、付き合ってくれ、といったメールを送っています。さらにその女性もまんざらではない様子を見せていました。

藤本翔士はその事で女性との仲が上手くいっていないと直接不満を徳満優多にぶつけ、そこから殴り合いの喧嘩にまでなりました。

いざこざは仲間を巻き込む喧嘩に発展

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殴り合いの喧嘩には勝利した藤本翔士は、それだけでは気が収まらず徳満優多に東大阪市内の公園に来るように言い、一旦帰りました。

その後岩上哲也や会社員の友人、他3人の仲間を集め、徳満優多を待ち受けました。徳満優多は呼び出された事を相談し、着いてきてもらいました。

佐藤勇樹に助けを求めた徳満優多

徳満優多が呼び出された事を相談し、助けを求めたのは大学で同じサークルだった佐藤勇樹です。2人で行けば何とかなると考えたのでしょう。

徳満優多に助けを求められた佐藤勇樹は承諾し、一緒に藤本翔士が指定した大阪市内の公園に向かいました。

藤本翔士に会いにゆくも、複数の男から暴行を受ける

徳満優多と佐藤勇樹は2人で指定された公園に行くと、藤本翔士はそれ以上の仲間を集めて待ち受けていました。そこで2人は複数人から集団リンチされています。

この時の暴行は、かなり執拗だったようです。2人は長い時間暴行を受けた後、車の中に一時間程監禁されました。

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