後妻業・筧千佐子の生い立ちと現在!事件の概要や驚愕のテクニックも 芸能人

後妻業・筧千佐子の生い立ちと現在!事件の概要や驚愕のテクニックも

結婚相談所で知り合った何人もの男性を青酸化合物で殺害した罪で死刑判決を受けた筧千佐子。驚愕のテクニックで多くの男性を虜にし、10億もの財産を手に入れてもなお借金を抱えた後妻業の女、筧千佐子の事件と現在をまとめてみました。

目次

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後妻業・筧千佐子の生い立ちや経歴は?

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事件発覚当時、筧千佐子は67歳でした。人生の終盤ともいえる年齢となって何故多くの男性を殺害するに至ったのか、後妻業で多くの遺産を手にしながら借金を抱えていた理由は何なのか謎は深まります。

一見どこにでもいる普通のおばさんが多くの男性を魅了し、結婚まで至ったことにも世間の誰もが驚きました。そのテクニックとは一体どんなものなのか検証し明らかにしたいと思います。

【画像あり】筧千佐子Wikiプロフィール!生年月日は?

  • 1946年11月28日、佐賀県で生まれる
  • 1961年 県立東筑高等学校入学
  • 1964年 住友銀行勤務
  • 1969年 結婚
  • 1992年 最初の夫と死別
  • 2006年 2度目の結婚
  • 2008年 3度目の結婚
  • 2011年 4度目の結婚

1992年から2011年の間に数多くの男性と、交際や結婚を繰り返した筧千佐子ですが、それは「自分の借金を返済すること」だけが目的のものでした。

筧千佐子の生い立ちは?北九州市で育った?

筧千佐子は1964年に九州で生まれましたが、実の母親は未婚であり望んで千佐子を産んだわけではありませんでした。乳児の頃に北九州の親戚の家に養女として引き取られます。

「筧」は旧姓!本名は?

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産みの母親の性は山本ですが、養女として引き取られた先の名字は「山下」となっています。筧千佐子自身は高校の卒業文集では「開拓ちさこ」と名乗っています。

「筧」の名字は、4番目の夫「筧勇夫」さんと結婚したことによって筧千佐子になりました。皮肉な事に4番目の夫を殺害したことで事件が発覚し、逮捕されてしまうキッカケとなった名字とも言えます。

1946年佐賀県に生まれる!現在の年齢は?

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1946年11月28日佐賀県で生まれた筧千佐子、事件を機に世間に広まった後妻業を始めたのが50代半ば過ぎですから、それまでは普通の人生を歩いていました。

死刑執行を待つ千佐子の現在の年齢は72歳です。

筧千佐子は偏差値70?高校は福岡の進学校に行っていた

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筧千佐子の通っていた県立東筑高校は、有名な名門の進学校でした。この高校は高倉健の母校でもあり、他にもTOTOの社長、出光興産の会長等多くの著名人を輩出しています。

手芸部に所属し見た目も可愛かった筧千佐子は、男女共学のクラスで男子生徒からもてていたそうですが、当時は大人しく真面目な少女でした。

成績優秀で偏差値70だった当時の筧千佐子に、教師は進学を進め本人もその気になりましたが、「女に大学教育は必要ない」という父親に猛反対され進学を断念します。

高校卒業後は都市銀行に勤める

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進学を反対された千佐子は結局、都市銀行に就職します。結婚するまでの6年間、普通の銀行員として働いた千佐子ですが、借金の原因となった株に手を出した要因の一つは金融の知識が多少あったことかもしれません。

1969年大阪貝塚市の男性と結婚

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銀行に勤務してから数年後、旅行先である鹿児島県の桜島でトラック運転手だった男性と出会います。大阪在住のその男性と遠距離恋愛をスタートさせ、その後親の反対を押し切り二人は結婚しました。

筧千佐子は駆落ち同然の結婚をした後、大阪府貝塚市に移り住み1970年に長男、1971年に長女に恵まれて普通の生活を送っていました。ちなみに最初の結婚相手となったこの男性は「矢倉」という名字でした。

1994年旦那が急死

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そんな中、旦那がトラック運転手を辞め印刷業を始めます。Tシャツのプリント工場を営みますが、経営は軌道に乗らぬ状態で自転車操業を繰り返す中、1994年9月に旦那が病死してしまいます。

夫の印刷工場を継ぐも廃業

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夫が亡くなった原因は心臓病で入院し、一時帰宅したその日の夜に突然亡くなりました。千佐子が印刷工場を引き継ぎますが、資金繰りに苦しみ2001年に倒産してしまいます。

後の犯行に使われた青酸化合物は、この印刷業で知り得たものでした。当時の印刷はアナログの伝統的な写真製版を使っておりその際、青酸化合物を使用していたからです。

約3000万円の借金を抱える

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なんとか経営を立て直そうと知人に借金したりと奔走したようですが、焼石に水だったようです。結局会社は倒産してしまいます。

その後、筧千佐子がおよそ3000万もの借金をかかえてしまいました。50歳を過ぎた筧千佐子にとって普通に働いて返せる金額ではありませんでした。

借金地獄が犯行のきっかけとなった?

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担保である自宅も会社も工場も競売にかけられ、多額の借金を背負うことになったこの頃から千佐子は複数の結婚相談所に登録したりFXを始めたりと、のしかかる多額の借金をなんとかしようともがいていたようです。

そして千佐子は複数の男性を殺害しその財産を手に入れ、その罪を暴かれるその日まで「後妻業」という泥沼に身を沈めていくこととなります。

筧千佐子が起こした「関西生産連続死事件」の概要・被害者は?

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この凄惨な事件は、世間に後妻業という言葉を知らしめました。筧千佐子がなぜ被害者達を手にかけ殺害し、どのように遺産を手に入れたのでしょうか?

少なくとも4名が犠牲者になった「青酸連続死事件」

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2007年から2013年にかけ、夫や交際相手となる4人の男性に青酸化合物を飲ませ殺害し、1人を青酸中毒にして世間を震撼させました。

他にも4人の高齢男性に対して青酸化合物を使い殺害した、と認めたものの有力な証拠がなく不起訴処分となります。しかし千佐子の周りで起こった不審死は、そればかりではありませんでした。

「青酸連続死事件」被害者は?

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筧千佐子によって命と財産を奪われた男性たちですが、筧千佐子はなぜ男性達を殺害するに至ったのか、殺害した多くの男性から奪った財産はどこに消えてしまったのでしょうか?

被害者A:筧勇夫さん

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大手電機メーカーの社員だった筧勇夫さんは、過去に妻と娘をなくしており結婚相談所に登録していました。相談所で見せてもらった筧千佐子の写真に惹かれ、千佐子の篭絡され付き合うこととなりました。

勇夫さんは、2013年11月に筧千佐子と結婚しました。しかし、すぐに体調をくずし入院してしまいます。入院中、一時帰宅を許され帰宅した勇夫さんでしたが、その夜突然亡くなりました。

被害者B:本田正徳さん

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長年、船の機関長として働いていた実直な「海の男」だった本田正徳(死亡時71歳)さんは毎日スポーツジムに通う程、健康を気遣っていたそうです。

2010年に筧千佐子と交際をスタートさせますが、親族にも「結婚相手」と紹介するほど筧千佐子を信用していたようです。本田正徳さんは、2014年3月に死亡しています。

被害者C:広末利明さん

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神戸市在住の広末利明さんは、2005年にやはり結婚相談所を通じて筧千佐子と知り合います。筧千佐子の株式投資のため、4000万円ものお金を融資していました。

健康に気を配り「150歳まで生きる」と豪語していましたが、借金を返済するという筧千佐子に呼び出され後、容体が急変します。広末利明さんは、2009年5月に亡くなりました。

被害者D:日置稔さん

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筧千佐子と日置稔さんが知り合ったのは2012年10月。筧千佐子とは一緒に旅行に行くなど順調に交際していたようです。2013年9月に筧千佐子の目の前で倒れ、千佐子が119番通報をしました。

病院の医師に「末期ガン」と伝え、危篤状態の日置さんの延命措置を断ったのも筧千佐子でした。死因は「肺ガン」と判断されましたが後に死亡2ヶ月前の検査でガンがほぼ完治していたことが判明されました。

日置さんの遺族は当時、死亡の経緯が不審だとして兵庫県警に相談しましたが、捜査に至らなかったようです。

事件発覚は2013年12月

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事件が明るみになり世間に衝撃を与えたのは2013年の12月でした。最後の夫となった筧勇夫さんの事件です。

このことが発端となり筧千佐子は警察に逮捕されましたが、それによって筧千佐子が起こした数々の犯罪が白日の下にさらされることになったのです。

京都府向日市の男性・被害者Aの司法解剖で生産化合物が検出された

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京都府日向市の自宅で筧千佐子の最後の夫となった被害者A筧勇夫さんは突然倒れて死亡しました。亡くなった勇夫さんの遺体を司法解剖した結果、青酸化合物が摘出されたのです。

さらに自宅のプランターの土の中から筧千佐子が捨てた青酸化合物の付着したポリ袋が見つかりました。勇夫さんはその身をもって筧千佐子の犯行を明るみにしたのです。

実際の被害者は4人ではなく12名はいる?

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検察に立件されたのは4人の男性を青酸カリで殺害した事件でした。しかし、筧千佐子の周辺で起きた不審死は実に12件にも上ります。

4人以外の死因については、筧千佐子の関与を疑うことは出来ても証拠が乏しく立件できなかったようです。結局不起訴となっています。

被害者との出会いは結婚相談所?

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殺害された男性と出会ったのは、いずれも結婚相談所を通じてでした。筧千佐子は10社以上の結婚相談所に登録しており獲物となる男性をここて漁っていたようです。

相手に求める条件は?

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「生活に安定を求め、誠実で物事の考えが前向きの方」が、筧千佐子が登録した結婚相談所に出した相手への希望条件でした。病気を持っている人でも構わないとも伝えていたそうです。

他にも「年収1000万円以上、持家であること、子供がいないこと」を条件にしていましたが、驚くことにその条件で100人もの男性と見合いできたそうです。

事件を時系列にまとめると?

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お金への異常な執着その欲望の赴くまま、多くの男性をその手にかけた筧千佐子ですが、その経緯を時系列にまとめてみました。

2005年兵庫県あわじ市(交際相手)遺産4000万円

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筧千佐子が死刑判決を受けるにいたった4件の殺人の中に、この男性の事件も立件されました。当時この男性は病死と診断され司法解剖はなされませんでした。

2006年兵庫県西宮市(2人目の結婚)遺産3000万円

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兵庫県西宮市在住の男性は医薬品卸会社の社長でした。筧千佐子が最初の夫と死別してから2度目の結婚となります。卸会社の社長でもあったこの男性は自宅で死亡します。

「脳梗塞」と診断されますが結婚してすぐに亡くなったことに、不信感はぬぐえません。不動産などの財産を売却したようですが、亡くなった夫の親族から民事調停を起こされ一部返却したそうです。

2007年大阪市(交際相手)遺産不明

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某会社の元代表であったこの男性とは交際相手として付き合っていました。2007年には末広利明さんとも交際していたのですから筧千佐子の男性を落とすテクニックは相当な物であったと推察されます。

この男性は2008年2月に「心疾患」で亡くなっていますが、公正証書によって筧千佐子は多くの遺産を手に入れています。

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