真行寺君枝は現在宗教にずっぽり?女優は引退した?子供はいるの? 女優

真行寺君枝は現在宗教にずっぽり?女優は引退した?子供はいるの?

かつて資生堂CFのモデルとしてデビューし、歌手や女優として活躍されてきた真行寺君枝さんは、配偶者の事業失敗に伴い、離婚、自己破産と波乱万丈の人生を送られて、現在は宗教にはまっているのではないかと噂されています。そんな真行寺さんの現況について調べてみました。

目次

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真行寺君枝の現在は?宗教にハマっている?

1976年に資生堂秋のキャンペーン「ゆれる、まなざし」で本格デビューし、当時16歳の高校生とは思えない神秘的な美しさを漂わせていた真行寺君枝(しんぎょうじ・きみえ)さんは、一躍人気スターになりました。

その後、テレビや映画に出演され活躍されましたが、結婚、出産、別居・離婚、自己破産とまさに波乱万丈の人生を送りました。その過程で、宗教にハマってしまったのではないかという噂が立ちました。

真行寺さんは、現在も元気に活動されています。ブログの内容などを見るとかなり難解でスピリチュアルな印象も受けますが、はたして宗教との関係はどうなのか、噂の真相などについて見ていきましょう。

真行寺君枝のプロフィール!現在の年齢は?

真行寺君枝(本名)さんは、1959年9月24日東京都大田区に次女として生まれました。現在59歳で。身長156 cm・ 体重43 kg(公称)、血液型AB型。最終学歴は東京都立大崎高校卒業です。

小学生の時からバレエを始め、芸術の世界に興味を持つきっかけとなったそうです。また、通学していた西六郷小学校では合唱団に所属し、NHKの「歌はともだち」という子供向け音楽番組に毎月出演していました。

そして1976年、高校2年生の時に資生堂 秋のキャンペーン「ゆれる、まなざし」のモデルとして本格デビューを飾ります。高校卒業後、女優としてテレビや映画、舞台など多方面で活躍されています。

真行寺君枝は現在も女優活動を続けている?

真行寺さんは、結婚後数年間、女優活動をお休みしたことがありますが、経済的な事情もあって再開し、現在も女優活動を続けています。テレビ、映画が中心ですが、様々なジャンルの作品に出演しています。

当初、三船プロダクションを皮切りにアクターズプロモーション、アートプロモーションといった事務所に所属していましたが、現在はフリーランスで活動しています。

ただ、年齢を重ねてもなお美しくも神秘的なイメージと、宗教にハマっているのでは?という噂のせいかどうかはわかりませんが、近年はどちらかというとどこか謎めいて神秘的な役柄が多いようです。

2014年公開の映画「マザー」では美貌に注目が

真行寺さんは、2014年に公開された日本のホラー映画「マザー」に出演されています。怪奇漫画家で有名な楳図かずおさんの原案・脚本・監督による自伝的映画で、主人公(楳図さん)の母親役を演じています。

人気漫画家となった息子を愛しながらも、自らの悲しい過去を拭いきれないままこの世を去る母親という設定で、年を取っても美しいけれどいつも不幸そうで、謎めいた一面を持った女性を見事に演じ切りました。

真行寺さんは、真っ白な白髪の美しい母親に扮し、神秘的で美しくも怪しいビジュアルが、現実と妄想、恐怖と悲しみ、そしてユーモアが交錯する楳図ワールドにピッタリだと、大変評判になりました。

映画「福福荘の福ちゃん」では霊能力持ちの役柄を演じた

真行寺さんは、2014年11月に公開された日本映画「福福荘の福ちゃん」に出演しています。女性お笑いトリオの森三中の大島美幸さん主演の人情コメディで、大島さんが男性役を演じて話題になりました。

真行寺さんは、主人公の初恋の女性(水川あさみさん)が訪れる喫茶店のママさんの役どころでした。霊能力があり、占いのようなアドバイスができるちょっと怪しげで不思議な魅力がある女性を演じていました。

荒んでいた水川さん扮する女性に「過去に何かひどい事をした呪いだ」とアドバイスをして、過去の過ちを清算しようと大島さん扮する主人公に再会するきっかけを授けるという、出番は少ないものの印象的な役柄でした。

2016年からは、「今夜はナゾトレ」でナレーションも務める

真行寺さんは、フジテレビ系列で2016年10月から毎週火曜日夜7~8時に放送されている「今夜はナゾトレ」というクイズバラエティ番組で、ナレーションを俳優の津田寛治さんと分担して務めています。

2017年には、映画「母 小林多喜二の母の物語」に出演

真行寺さんは、2017年2月に公開された映画「母 小林多喜二の母の物語」に出演しています。「蟹工船」で知られるプロレタリア作家小林多喜二の母・セキの半生を綴った三浦綾子さんの小説「母」の映画化です。

明治から昭和初期にかけての太平洋戦争前の重苦しい時代を舞台にした社会派ヒューマンドキュメントの映画でしたが、真行寺さんは脇役で出演し、出番が少ないのが惜しまれました。

現在、NPO法人「場の研究所」の研究員も務めている

真行寺さんは、清水博さんという生命科学を専門とする科学者が1993年に設立したNPO法人「場の研究所」という、自分の居場所を創造するための生命と哲学の研究機関で現在、研究員を務めています。

「場の研究所」は、清水さんが薬学部教授だった東京大学を退官し、金沢工業大学情報工学科教授時代に設立したもので、簡単にいうと「今を生きていく」ための思想を理論と技術で構想する場であるということです。

真行寺さんがいつ頃から研究員になったのか、はっきりとはわかりませんが、結婚・出産を契機に長野県の伊那地方で自然の中での生活を経験しながら、人生の意味を考え直し始めた頃ではないかといわれています。

法人のHPがスピリチュアル?宗教にハマっているとの噂も

「場の研究所」のHPを見ると、一般の人々にとっては極めて難解な内容で、スピリチュアルに近いと受け止める人もいるでしょう。そのため、真行寺さんは宗教にハマっているのではとの噂が立ったことがありました。

確かに、研究所の目的や、活動の方針・具体的内容などを見ても、何やら抽象的な表現でわかりにくい印象があります。ただ、研究所は宗教法人ではなく、単に精神世界や宗教がかっているともいえません。

むしろ、広く社会心理学や生命科学などのサイエンスの領域に近いものがあり、内容もスピリチュアルというよりも哲学的です。真行寺さんは、宗教ではなく哲学にハマっているといった方がよいでしょう。

真行寺君枝の現在の画像は?ブログやSNSはある?

真行寺さんの現在の画像を見ると、還暦近くなっても尚美しさを保ちながら、若い頃のスリムな体型を維持されています。仲間由紀恵さん、田中麗奈さんやオリビア・ハッセイに似た雰囲気を漂わせています。

ご本人の公式サイトは、以下のようにブログも含めていくつかあります。

  • 公式WEBサイト「真行寺君枝 KIMIÉ SHINGYOJI」
  • 公式WEBサイト「うつくしく」
  • 公式ブログ(LINEBLOG)「The Daily News letter」

他にSNSとしてFacebookはありますが、TwitterやInstagramなどの公式アカウントは、残念ながら確認できていません。

真行寺君枝の私生活は?結婚している?配偶者は誰?

ミステリアスな魅力いっぱいの真行寺さんですが、その私生活はどうなっているのでしょうか?実は24歳の時に結婚しているのです。配偶者は元バンドマンの大口広司さんで、3年後にはご長男が生まれます。

真行寺さんは、結婚・育児を機に芸能活動をお休みします。私生活でも親子3人幸福に暮らして、一時はセレブとまで羨ましがられたほどでしたが、この頃から、真行寺さんの人生は急転してしまうのです。

1983年、元ミュージシャンの大口広司さんと結婚

真行寺さんは、人気絶頂だった1983年10月に、元ザ・テンプターズのドラマー大口広司さんと結婚しました。知人の紹介で知り合い、わずか8ヵ月の交際で結婚、真行寺さん24歳、大口さん32歳の時でした。

ザ・テンプターズといえば、1960年代後半GSブームの中で、ジュリーこと沢田研二さんの所属するザ・タイガースと人気を二分したグループで、ショーケンこと萩原健一さんがボーカルを担当していました。

大口さんは、ザ・テンプターズ解散後もバンド活動を続けた後に俳優業に転身し、「時間ですよ」や「前略おふくろ様」といった人気ドラマに出演していました。真行寺さんは、結婚をきっかけに芸能活動を休止します。

翌年、夫が大麻所持の容疑で逮捕される

ところが、結婚翌年の1984年、夫の大口さんが大麻所持容疑で逮捕されてしまいました。そして、懲役6ヵ月・執行猶予3年の有罪判決を受け、勤めていたアパレル会社から解雇されてしまいました。

当然、マスコミからは非難を浴びましたが、真行寺さんは大口さんに資金援助を行い、2人で「プラクティス・オブ・サイレンスという」服飾会社を立ち上げて再起を図ったのです。

ちなみに、ザ・テンプターズで同じメンバーだった萩原健一さんも前年の1983年にやはり大麻不法所持にて逮捕され、懲役1年・執行猶予3年の有罪判決となり、1年間全ての活動停止を余儀なくされていました。

1986年には長男を出産

真行寺さんは、1986年に長男の弦人(げんと)さんを出産しました。バンドマンだった広司さんにならって、弦人という名前を付けたそうです。ただ、子供の頃の様子や詳しい情報については、よくわかっていません。

弦人さんは今年33歳になりますが、父親の大口さんの若い頃の面影がよく伺えます。美男美女カップルのお子さんだけあって、かなりのイケメンです。

1991年、立ち上げた会社が倒産

真行寺さんと大口さん夫婦が1984年に立ち上げた服飾会社は、大口さんのファッション・デザイナーとしての才能が開花し、作った洋服が大ヒットして、会社は急成長を遂げました。

バブル景気の波にも乗って、最盛期には年商10億円を稼ぐほどになりました。ところが、バブル崩壊と共に、服の売り上げは激減、会社は経営難に陥りました。真行寺さんも生計を立てるため女優復帰を決意します。

しかし、いくらお金を稼いでも会社の負債に消えていきました。何とか生計を立て直そうとしましたが、それまでの浪費がたたって、1991年にとうとう会社が倒産。結局、莫大な借金が残る結果になってしまいました。

夫婦喧嘩が絶えなくなり2005年、夫と離婚する

さらに、不幸が重なり、夫の大口さんがC型肝炎になってしまいました。そのため高額な治療費が必要になり、ますます苦境に陥ります。おまけに、治療薬の副作用で大口さんはうつ病気味になってしまいました。

精神的に落ち込んだ大口さんはお酒に溺れるようになり、ますます体調が悪化します。そんな夫に代わって、真行寺さんは一生懸命働きますが、働くほど夫婦の時間も作れなくなり、夫婦喧嘩が絶えなくなりました。

そして、2001年には自宅を手放して別居、2005年6月に離婚しました。真行寺さんは、当時メディアからの取材に、「離婚してお互いに、新しい道と未来を切り開いていこうと結論を出した」と語っていました。

2006年、会社倒産による負債の為、自己破産した事が話題に

さらに翌2006年、会社倒産で負った借金のため、真行寺さん自身も破産宣告を受け、自己破産せざるを得なくなってしまいました。当時、マスコミはこぞって取り上げ、不名誉なことで話題になってしまいました。

真行寺さんは、借金返済と夫の大口さんのC型肝炎治療にかかる高額な治療費にとても苦労されたようです。芸能活動を再開し、ドラマや映画、舞台で活躍し、ヌード写真集を発売するなど頑張ってきました。

しかし、それでも状況は好転せず、ついには洋服を買うお金もなくなるほど窮乏生活を強いられたとか。大口さんと別居してからは、家からほとんど出ず、実家で引きこもり同然の生活を送っていたそうです。

元旦那の大口広司は再婚するも、2009年に死去

元旦那の大口広司さんは、2005年に真行寺さんと離婚後、同年に長年の友人である以知子(いちこ)さんと再婚します。しかし、大口さんの病状は進み、C型肝炎から肝硬変になり、最後はがんになってしまいました。

そして、2009年1月25日、肝臓がんにより58歳の若さで死去されました。通夜・告別式にはには元妻である真行寺さん始め沢田研二さん、岸部一徳さん、かまやつひろしさんなどのバンド仲間が大勢参列しました。

亡くなる前年のクリスマスには、再婚した奥さんの計らいで、大口さん危篤との知らせを受けた真行寺さんが病院に駆けつけ、長男の弦人さんも含めて3人で親子水入らずの時間を過ごされたそうです。

長男弦人は現在、ミュージシャンとして活動中

真行寺さんの長男弦人さんは、現在、ミュージシャンとして活動中です。今年33歳になりますが、お父さんと同じ音楽の道に進まれ、ギタリストとして活躍されています。

2004年には、「AINOTAMENISHIS(愛のために死す)」というユニークな名称のロック・バンドを結成、弦人さんはギターとボーカルを担当して、今までに3枚のアルバムをリリースしています。

また、2008年10月に行われた清水博さん主催の「場のアーツコミュニケーション」というイベントに真行寺さんがゲスト出演されて舞踊を披露した際に、ギター演奏でコラボし、母子共演を果たしています。

真行寺君枝が本を出版!ハリウッドスターにもファンが?

真行寺さんは、今まで本を2冊出版されています。1992年に出した「シビラの四季」という美しい自然の風景写真と散文から成る幻想的な写真集と、2008年に出した「めざめ いのち紡ぐ日々」という自叙伝です。

また、ジョニー・デップやウッディ・アレンといったハリウッドスターにも真行寺さんのファンがいるといわれています。本当だとしたら、どんなところに魅かれたのでしょうか?

とかく、欧米人は、日本的な神秘さを持った独特の美しさや感性に魅かれるといわれます。おそらく、真行寺さんの「ゆれるまなざし」に見られる「静」的な美しさや仏教哲学的な著作に興味を抱いたのでしょう。

著述家の松岡正剛に師事している真行寺君枝

真行寺さんは、編集者・著述家の松岡正剛(せいごう)さんに師事しています。松岡さんといつどのようなきっかけで交流することになったのかわかりませんが、今でも哲学の話題について、いろいろ議論されています。

松岡さんは、1944年生まれで早稲田大学文学部フランス文学科中退後、編集者兼著述家として日本文化、宗教、自然科学、芸術など幅広い分野で活動し、さらに編集工学を提唱、編集工学研究所所長でもあります。

また、大変な読書家で、交友関係も幅広く、「場の研究所」所長の清水博さんとも親交があり、よくコラボでトークイベントなどを開催して、そこに真行寺さんもよく参加されています。

2007年に発表した「第一哲学 不死なるもの」とは?

真行寺さんは、2007年1月「第一哲学 不死なるもの」というメッセージをWEBサイトで発表しています。「宇宙開闢からソクラテスの連結」というサブタイトルが付き、いかにも難解なイメージがあります。

かなりの分量で、しかも専門的で難解な言い回しが続き、いかにも哲学的な内容です。例えば、「主観と客観を同化させた精神にこそ、束縛を超越した自由がある」などと、一般の人にはとても理解しがたいレベルです。

本当に真行寺さんが自分で書き上げたのか?と疑問に思うぐらいに高尚で宗教的というか不思議に感じられる内容になっています。ただし、残念なことに、このサイトは現在は停止中で、見ることはできません。

2008年に刊行した書籍は?読んだ人の感想は?

真行寺さんは、2008年10月に「めざめ~いのち紡ぐ日々」という自叙伝を刊行しています。生い立ちや「ゆれる、まなざし」でデビューし一世を風靡してから結婚、離婚、破産等波瀾万丈な半生が綴られています。

丁寧な文体で書かれているのですが、難しい語彙や表現が多用され、しかも宇宙の開闢(かいびゃく)とかソクラテス、メタモルフォーゼといった哲学的な事象が語られて、一般の読者にとっては、読みづらい内容でした。

真行寺さん本人も「読者の皆様は私が話を飛躍させすぎるとお感じになられたかもしれません」と述べているように、ミステリアスで宗教がかっているという感想を持たれた読者が少なくありませんでした。、

ジョニー・デップは英語に訳した真行寺君枝の本を読んでいる

米国の人気俳優でミュージシャンでもあるジョニー・デップが真行寺さんのファンだとよくいわれています。そして、真行寺さんの著作の英訳本を読んでいるともいわれたことがありました。

けれども、真行寺さんの著作本で英訳されて海外で出版された本はありません。なので、日本語で出版された本を、自分か他人が英語に訳して読んだとしか考えられませんが、そうした話は聞いたことがありません。

英国の女優ジェーン・バーキンやアイスランドの音楽家ビョークが、真行寺さんが1992年に刊行した「シビラの四季」という写真集を英訳して読んでいるといわれているので、おそらくその間違いでしょう。

来日時、真行寺君枝に興味を持ちコンタクトを望んだ

また、ジョニー・デップは、1995年に初来日した際に日本に興味を持って、日本映画を何本か鑑賞し、米国のテレビインタビュー番組で真行寺さんとコンタクトを取りたいと語っていたそうです。

デップが真行寺さんに興味を持った直接の動機はよくわかっていませんが、真行寺さんが出演した映画を観て、その神秘的な魅力に魅かれたのだといわれています。

また、デップは、真行寺さんの夫である大口広司さんが1972年に結成した「ウォッカ・コリンズ (Vodka Collins)」というロックバンドにも興味を示し、レコードを持っているそうです。

映画監督のウディ・アレンも真行寺君枝のファン?

また、米国の有名な映画監督で俳優のウッディ・アレンも真行寺さんのファンだといわれています。ただ、ファンになったきっかけはよくわかっていません。

真行寺さんの方も、精神疾患や神経医療に関心を持ち、精神分析本を30冊位読んでいるそうで、アレンの映画はいつも精神の長患いの男が主人公だということから、アレンに興味を持っているようです。

「ゆれる、まなざし」で有名!真行寺君枝の経歴は?

資生堂秋のキャンペーン「ゆれる、まなざし」で、一躍有名になった真行寺君枝さんの経歴について調べてみました。

真行寺さんは、実は資生堂の前に中学生時代、ポーラ化粧品のCFに出演したり、高校1年の夏には、西武百貨店のモデル出演をしたこともあったようです。

高校卒業後は、モデルの他に女優として本格的に芸能活動を始めます。広告では、アサヒミニ樽シリーズのCMに2年間出演して話題になり、「ゆれる、まなざし」とは別の新しい魅力を見せてくれました。

中学時代、化粧品のCF(コマーシャルフィルム)に出演

真行寺さんは、1972年中学生だった時にポーラ化粧品のCF(コマーシャルフィルム)に出演しました。森の妖精に扮して踊る役に抜擢されたのです。ただ、残念なことにこの時の記録映像を観ることはできません。

真行寺さんは、小学生の時に「鎌田・藤井舞踏研究所」というバレエ教室に通っていました。そのバレエ教室の先生だった藤井友子さんは、世界的に有名な衣裳デザイナーであるワダエミさんと知り合いでした。

そのワダさんが当時ポーラ化粧品のCFを担当していた関係で、踊りの上手だった真行寺さんに目を留めて、大抜擢となったそうです。

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