七人ミサキとは?荒神?妖怪?見るだけで死ぬ?【遭遇注意】 おもしろ

七人ミサキとは?荒神?妖怪?見るだけで死ぬ?【遭遇注意】

「七人ミサキ」は、見るだけで死ぬといわれる昔から伝わる都市伝説です。この七人ミサキは「七人御先」と書き、怨霊の他にも妖怪や荒神と言われます。七人ミサキはどういう怨霊なのか、見るとどんな祟りがあるのか、そして、現在でもいるのかなどご紹介していきます。

目次

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神様?怨霊?七人ミサキとは

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昔から存在する伝説の存在「七人ミサキ」とはいったいどんな存在なのでしょうか。妖怪や怨霊、荒神などと言われていますが、どれが本当なのでしょうか。

この七人ミサキについて詳しく説明していきます。

七人ミサキは、高知県をはじめとする四国・中国地方に伝わる7人組の怨霊

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七人(しちにん)ミサキとは、高知県をはじめとする、四国や中国地方に伝わる7人組の怨霊を言われています。水に関係する災害や事故で亡くなった人が集団亡霊となって現れます。

一般的に亡霊とされていますが物語や地域によっては、荒神(こうじん)や行合い神(いきあいかみ)、妖怪として扱われることがあります。

行合い神とは、会うだけで災いをもたらすとされる神のことです。出会うだけで死んでしまうと言われる七人ミサキはまさにその言葉が表す存在として正しいものでしょう。

漢字で書くと「七人岬」ではなく「七人御先」?意味は?

七人ミサキは水辺で亡くなった人が亡霊になったものと言われているので、漢字で書くと「七人岬」と思われがちです。しかし、実際は「七人御先」と表記します。

「御先」の意味はもともとは神々の使いと言われています。現在はその意味がだんだんと大義的になり、怨霊や悪霊のこともまとめて「御先」と呼ぶようになったようです。

出会うだけで高熱を出し死亡、7人ミサキに加わると言われる

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七人ミサキと出会うだけで、高熱を出して死亡すると言われています。七人ミサキは自分たちが成仏をするために、生きている人間の命を奪います。

そして、生きている人が七人ミサキに合ったら、七人ミサキの亡霊の呪いにかかり、命を落とし、新たに七人ミサキの1人として加わります。

めでたく生きた人間を捕まえられた七人ミサキの1人の怨霊は、無事に成仏することができるという仕組みです。なので、常に七人ミサキは7人で、その怨霊が入れ替わっている形になります。

海や川などの水辺に現れることが多い?

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七人ミサキは海や川などの水辺に現れることが多いと言われています。その理由は、7人ミサキは水難事故などに遭って亡くなった怨霊が、そのあたりをうろついているからといいます。

七人ミサキの発祥や正体は?

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七人ミサキの発祥はどのようなものだったのでしょうか。また、その正体は吉良親実の家臣たちという話もありますが、それは本当なのでしょうか。

七人ミサキの発祥やその正体について詳しく説明していきます。

七人ミサキの正体は、吉良親実の家臣たち?

七人ミサキの正体は、吉良親実(きら ちかざね)の家臣たちという話もあります。吉良親実は、戦国時代から安土桃山時代の武士です。気性が荒く、親実の最期は身内の勢力争いの末の切腹でした。

無念の死をとげた親実は、忠実な家臣を7人連れていました。その家臣たちも吉良親実の切腹と共に首を切られてしまいました。このことから、七人ミサキは吉良親実の家臣たちなのではないかとも言われています。

また、四国ではいまだに交通事故などがあると、吉良親実の呪いとも言われることがあるようです。無念の死を遂げた武将がいまだにこの世に成仏できずにいるということでしょうか。

 7人ではなく8人ミサキという説も

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七人ミサキは実は7人ではなく8人という説もあります。

これは、吉良親実の家臣が本当は7人ではなく、8人であったことに由来しますが、真実は定かではありません。

天正十六年(1588年)豊臣秀吉が刀狩をした年、長宗我部元親は世継問題で異を唱えた家臣達の腹を切らせた。吉良親実を筆頭として死んだ八人が怨霊となり祟りを為す。人々は「八人御崎」と呼んだ。元親は八人御崎を恐れ、社(吉良神社)として祭ったので、「八人御崎」の災いは少なくなった。

(引用:知人から聞いた話)

凶暴な山伏、山爺の被害者など正体については諸説ある

その他にも、七人ミサキの正体は、山伏(山で修業を行う行者のこと)の一団が凶暴過ぎて殺されてしまい、その怨霊が七人ミサキにしたという説があります。

また、このほかにも山爺(山姥のおじいさんバージョン。比較的おとなしいが、子供や家畜を食べることもある)に食べられた子供たちが七人ミサキになったという話もあります。

山爺に関する七人ミサキの由来は、山爺退治に出かけて逆に殺された村人が無念の死を遂げたために七人ミサキになったという話も伝承されています。

七人ミサキの発祥は?不明?

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七人ミサキの発祥は結局のところ不明です。ただ、四国を中心にこの話が語り継がれているということは確かなものです。

上で紹介したように、七人ミサキの正体は他にも、イノシシ用の罠に落ちて死んでしまった兵士の落ち武者という説や、海に捨てられた女遍路という説、村人に殺された僧侶たちという説もあります。

このように、発祥は不明だけれど、人間に祟りを及ぼす存在として、昔から恐れられています。

七人ミサキが関係すると考えられている事件や都市伝説は?体験談も

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七人ミサキや7人の亡霊の伝説が関係すると考えられている事件や都市伝説も存在します。

それは、どのようなものでしょうか。ひとつひとつご紹介していきます。

八丈島火葬場人骨事件

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八丈島火葬場人骨事件は、1994年8月11日に八丈島の火葬場で起こった未解決事件です。火葬場の炉にぎっしりと人骨が入っていたという奇怪な事件です。この人骨は7人分のもので、子供の人骨も見つかりました。

基本的に火葬場を使用する際は市役所に届け出を出す決まりになっているのですが、その届け出がなかったために、何者かが無断で火葬場を使用したということになります。

この遺体は島外から持ち込まれたものだとか、お墓を移動する際に焼いたものだとか様々な意見がありましたが、結局わからず終いでした。そして、この地区には「七人ミサキ」のような伝説もありました。

それは『七人坊主』。はるか昔、八丈島の海岸に流れ着いた僧侶七人が島民に迫害され、惨苦の中で死んでいったという物語――。

僧侶たちは『妙な術』を使うとして村人に恐れられ、迫害された。村へと続く道には柵や罠を設置され、食べ物の乏しい東山へと追いやられ、そこで僧侶たちは村人たちを呪って一人、また一人と死んでいった。

それから村では、不吉な出来事が相次いだ。
夜がくると白装束を着た僧侶の霊が村内を歩き回り、収穫期には農作物が不作になり、家畜は次々に死んだ。

そこで村人たちは祟りを鎮めるため、東山の頂上に七人坊主の塚を建てた。

しかし、坊主の祟りはその程度では収まりきらず、現代になっても東山付近で僧侶の話をしたり悪口を言ったりすると、かならず怪我や病気という災厄に見舞われるという――。

これが民話として島に伝わる『七人坊主』だ。

この話は八丈島の郷土史家、浅沼良次氏による民話集『八丈島の民話』に『七人のぼうさん』として採録されている。

そして、この民話集が出版された昭和40年(1965年)には、この民話と土砂崩れ事故を結びつける者はいたようで、民話集の中で「『七人』と『いわく付きの場所』だけあって気味の悪い、不思議な事だ」と触れられている。

(引用:オカルト・クロニクル)

熊取町7人連続怪死事件

1992年に大阪の熊取町で起こった「熊取町7人連続怪死事件」も事件の1つのオカルト的な要因として、七人ミサキや七人塚の祟りが関係しているのではないかと言われています。

この事件は、7人が連続して自殺をしたといわれている未解決事件です。この事件の真相を調べる人は、閉鎖した社会のせいで自殺者が連続ででたとか、暴力団が介入したために殺されたとかも考えられています。

しかし、結局のところ深層はわかっていません。そのため、熊取町の近くに存在する「七人塚(無念の死を遂げた武士を祀る塚)」の怨念や祟りなのではないかとささやかれています。

四国で起こる交通事故も七人ミサキの祟り?

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四国で起こる交通事故は七人ミサキの祟りであるというようにも言われています。

その理由は、吉良親実の祟りが非常に強いものであるということで、現在何かが起こってもいまだにその怨念が渦巻いているという考えからこのように言われるようです。

吉良神社が建てられて祀られる前は、生前で知り合いだったものが「久しぶり」と吉良親実の亡霊から声をかけられるということもあったようです。

七人ミサキが大都市にも出現?都市伝説「渋谷七人ミサキ」

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七人ミサキは大都会、渋谷にも出現するようです。これは、四国で語り継がれている七人ミサキとはまた異なる話になっています。これを「渋谷七人ミサキ」と言います。

その話は、渋谷で援助交際をする女子高生が望まない妊娠をしてしまい、堕胎をしてしまったといいます。その数は7人。そして、その無責任な決断に怨念を抱いた水子の魂が7人ミサキを作り上げました。

水子の七人ミサキはそのあと自分の母であった女子高生を1人1人呪い殺しました。渋谷にはいまだにその女子高生の七人ミサキがふらふらと漂っているといいます。

七人ミサキは、最近でも目撃情報がある?

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七人ミサキは最近では目撃情報はありません。しかし、七人ミサキの祟りであるのではないかといわれることはたくさんあります。その例として挙げられるのが、八丈島付近での遭難事件です。

八丈島付近で漁船が遭難しました。その地域である言い伝えは「七人坊主」です。

七人坊主は七人ミサキと同じように、村人に殺された7人の僧侶がいまだにこの世を動き回っているということです。その呪いによってこの遭難事件が起きたのではないかと言われています。

2001年2月1日に八丈島近海で漁船の遭難事件が発生した。大分県津久見市保戸島漁協所属のマグロはえなわ漁船「第二鵬正(ほうせい)丸」=19.96トン(宮本昭彦船長(56)ら7人乗り組み)八丈島の東沖で遭難し、行方不明となっているのだ。

偶然かもしれないが、元々「7人坊主」は船で八丈島にやってきたものである。奴らが海で暴れたとしても不思議ではない。いやひょっとしたら、火葬場で完全復活した「7人坊主」は漁船を襲い、八丈島を脱出し、大阪に帰還したのかもしれない。

(引用:ATLAS)

【洒落怖】七人ミサキの体験談

七人ミサキの体験談も存在します。詳しくは上のYoutubeから見ることができるので、是非ともご覧ください。

1980年代のころ、ある少年が夜にトイレに起きたときに、ふと窓の外を見ると6人の人が立っていました。その少年は「自分がいかないと」と思ったらしく、それらについていきました。

そして、少年はその人たちが生きている人間ではないことに気付いていたが、そのままついていったようです。しかし、虫が少年の持ってる懐中電灯にぶつかり、ふと目が覚めました。

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その時に、6人の姿は消え、少年は一人でぽつんと丘の上に立っていたといいます。一目散で家に帰ってことを話せば、「それは7人ミサキだろう」と家族が言います。

そして、少年が気付かずに12時を過ぎてもその6人の後を追っていたら、少年はこの世のものではなくなっていたとのことです。

間一髪で彼は虫に助けられたといいます。恐ろしい話ですね。

2chにも七人ミサキの体験談が!

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2chの掲示板にも七人ミサキの体験談が寄せられています。この投稿者は、部屋の2階から7人くらいの人が歩いている姿を目撃しています。

この七人ミサキの話は、四国のものとは異なり、実際に見てもあの世に連れていかれることはなさそうです。しかし、彼らと目があってしまったら…その先はどうなってしまうのでしょうか。

これは、僕が小学校四年の頃に遭った体験です。
八月のお盆の頃、僕は家族で母方の祖父母の家に帰省していました。
祖父母の家は、岩手県の北上市というところに在って、北上川のすぐそばでした。
二階の窓から外を覗くと、堤防が良く見えました。
その出来事が起こったのは、家に着いたその日の夜のことでした。

僕は二階の部屋で寝ていました。
夜中の二時ごろです。
遠くから聞こえる鈴の音で僕は目を覚ましました。
どうやら外から聞こえるようです。僕はそっと窓から外を見ました。
堤防に誰かいる!?それも六,七人・・・。
全員白い服を着て、一列に並び、先頭の者が鈴のような物を持っていました。
ゆっくりと堤防を歩いているのです。
みんなうつむいている様でしたが、辺りを見まわしている様にも見えました。
暗くて顔は良く見えませんでした。
僕は怖くなり、急いで布団にもぐりこみました。

次の朝、祖母にそのことを話すと、祖母は顔色を変えました。

「彼らに見つからなかったか?」
「どうして?何なの?あれは」
「あれに見つかってはいけない。あれは浮かばれない霊たちがこの頃になると、自分たちの身代わりを探してさまよっているのだ。見つかればあの中に引きこまれてしまう。」

(引用:おうまがタイムズ)

サンシャイン水族館の「七人ミサキ」が怖い!?

七人ミサキはサンシャイン水族館にも登場しました。イベントで行われた七人ミサキについてご紹介していきます。

サンシャイン水族館で行われたイベント「七人ミサキ」

2016年から毎年夏の期間に、サンシャイン水族館はお化け屋敷と水族館のコラボイベントを行っています。このイベントは18時から20時までの間行われました。

そして、2018年のイベントの顔となったのは「七人ミサキ」でした。恐怖と水族館を同時に体験できる「ホラー水族館」ということで話題になりました。

このイベントでは7人ミサキが水槽の中におり、7人目を探しているという恐怖の設定です。

イベント「七人ミサキ」の内容は?

イベント「七人ミサキ」の内容は、サンシャイン水族館が恐怖の空間へと変わるものです。水槽の中に白い服を着た女がぽつんと立っていたり、水槽に張り付いていたりするようです。

ペアで行った場合は、途中でバラバラになって歩かなくてはいけないということで、さらに恐怖心をあおられます。

また、カナロアカフェがホラーに乗っ取られたホラーカフェになったり、ショップでは「七人ミサキ」の関連グッズが買えたようです。

【動画あり】「七人ミサキ」のネタバレは?

Youtuberの中西里菜が「七人ミサキ」のサンシャイン水族館を実際に参加してみた動画をアップしています。

最初にお札をもらい、入場したら真っ暗な中を歩いていきます。実際の中の様子を少しだけみることができます。動画の1分過ぎあたりからは、体験談がきけるので、是非ともご覧ください。

イベント「七人ミサキ」の評判・感想は?

「七人ミサキ」のの感想は「あまり怖くない」というものや、「怖すぎて泣きそうになった」という声もあります。

また、「毎年行っているけれど、今年もこの限定のお菓子を買えてうれしい」という、グッズを楽しみにしている人の声も聴くことができました。

毎年夏休み後頃から行われいているようなので、今年は是非とも参加してみてくださいね。

七人ミサキを取り扱った作品

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七人ミサキは非常に有名で、オカルト好きなら誰もが知っている怪談です。

その七人ミサキを取り扱った映画や小説などの作品もありますので、ご紹介していきます。

京極夏彦著の小説「続巷説百物語」

京極夏彦が書いた小説に「続巷説百物語」という作品があります。この本は2001年に角川書店から出版された本で、761ページに及ぶ妖怪時代小説です。

この小説は短編小説がたくさん入っている形になっており、七人ミサキの話が出てくるのは「飛縁魔」という話です。

「飛縁魔」の登場人物の平八という人物が、人探しをしている中で七人ミサキの祟りの話や、狐の嫁入りの話などをします。

ドラマ・映画「怪 七人みさき」

「怪 七人みさき」は京極夏彦原作のドラマシリーズ、またはそれをまとめた映画です。映画は2000年に松竹から公開されています。

「怪 七人みさき」の内容は、時代物です。2年おきに若い女性が7人殺される事件がおきます。これは妖怪七人ミサキの仕業に見せかけた殺人だと主人公は勘づき、犯人を追い始めます。

奇怪的な事件と見せかけたものの、若い女性に手をかける快楽的殺人事件だったことを発見し、無事にこの事件を解決し、犯人を成敗することができたという話です。

歯が立たないくらい強い!ぬ~べ~の7人ミサキ

1993年から1999年に週刊少年ジャンプで連載されていた人気漫画「地獄先生ぬ~べ~」では、さまざまな都市伝説で登場する妖怪や伝説の亡霊などが登場します。

その中で、「七人ミサキ」は主人公のぬ~べ~であっても倒せない強力な敵として登場しました。ぬ~べ~は鬼の手を使って妖怪を倒すのですが、それを物理的に封じられ、負けてしまった相手です。

雷がなければ完全にやられていたというほど、強敵の七人ミサキでした。

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