山田康雄の死因は?ルパンとの出会いは?役者としての活動も? エンタメ

山田康雄の死因は?ルパンとの出会いは?役者としての活動も?

ルパン三世の声優といえば栗田貫一さんのイメージが強いかもしれませんが、実は、もともとは山田康雄さんが声優を担当していました。ルパン三世だけでなく、有名海外俳優の吹き替えも務めていた山田康雄さんの経歴と実績、死因について詳しく解説していきます。

目次

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ルパン三世の声優で有名な山田康雄

「ふ~じこちゃ~ん」。ある一定以上の方にとってのルパン三世は、山田康雄さんの声のほうがなじみが深いのではないでしょうか。軽妙な声が味わい深かった山田さん。

名声優としても長らく活躍し、吹替も担当していた山田康雄さんのプロフィールとルパン三世との出会いについてお伝えしていきます。

山田康雄のプロフィールは?

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山田康雄さんは1932年9月10日生まれ、東京都出身。劇団民藝退団後、58年頃より声優業に転向。59年にはクリント・イーストウッドの洋画吹き替えを担当。

71年には後々のライフワークともなる「ルパン三世」の主人公・ルパンの声優に抜擢。以降、死期の間際まで声優を務め、自身の代表作とも言われるようになる。

1995年3月19日、カリウム欠乏症にともなう合併症により永眠。享年62歳。

山田康雄とルパン三世との出会い

山田康雄さんがルパン三世の声優を務めるようになったのは、1971年以降のことです。意外にも、声優のキャリアとしてはクリント・イーストウッドの吹き替えが先なのですね。

もともとは俳優出身の山田康雄さん。声優業について当初は軽く考えていたそうですが、「君の声質は声優に合わない」と言われたことで一念発起したそうです。

山田康雄のルパン三世への想いとは?

今や生涯一の代表作となったルパン三世ですが、実際のアフレコ現場ではいつも気だるげに仕事をしていたそうで、当時の口ぐせは「やってらんないよ」だったとか。

ただ、それでも毎回ひと文字のミスもなく台詞を入れてしまうのはさすがプロ。後年は「ルパンは自分に似ている」と語っており、特に信念をもたない点が好きだとこたえています。

自身の名刺にもちゃっかりルパンのイラストを入れていたという山田康雄さん。仕事場での気だるげな態度はただの照れ隠しだったのかもしれませんね。

山田康雄のアドリブでルパンの代名詞となる台詞が誕生

ルパン三世といえば、「ふ~じこちゃ~ん」、「とっつぁ~ん」などの台詞があまりにも有名ですが、実は、それらは山田康雄さんのアドリブで、台本にはなかったそうです。

仕事場でふっと出たアドリブが栗田貫一さんの時代になっても受け継がれているのですから、やっぱり、山田康雄さんの功績は大きかったのですね。

宮崎駿監督との衝突も?「ルパン三世 風魔一族の陰謀」での確執

1971年以来、長いルパン三世の声優を務めてきた山田康雄さん。しかし、その役づくりは順風満帆ではなかったようで、時には周囲と衝突することも多かったようです。

「ルパン三世 風魔一族の陰謀」では、監督を務めた宮崎駿氏と意見のぶつかり合いがあったとか、なかったとか。

シリアス路線でいきたかった宮崎駿監督は山田さんの軽妙なアドリブを気に入らず、修正するように何度も申し入れたそうです。意外すぎる裏話ですよね!

最後の出演は1994年の「ルパン三世 燃えよ斬鉄剣」

1971年からルパン三世とともに声優人生を歩んできた山田康雄さん。ルパン三世としての最後の仕事は94年の「ルパン三世 燃えよ新鉄剣」でした。

山田康雄さんは永眠されましたが、軽妙なルパンの持ち味は栗田貫一さんによってしっかりと受け継がれています。

現在、「ルパン三世よ永遠にー山田康雄メモリアルー」が発売されている

山田康雄さんの永眠から20年余り。今なおも、山田康雄さんのルパン三世を懐かしむ声が絶えません。

そんなファンの期待に応え、現在、「ルパン三世よ永遠にー山田康雄メモリアルー」がCDとしてリリースされていますので要チェックです!

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山田康雄の死因は?脳出血?葬儀の弔辞は誰が?

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70年代から声優として第一線を歩みつづけていた山田康雄さん。ここでは、意外と知られていない死因について詳しくお伝えしていきます。

1993年頃からカリウム欠乏症で歩けなくなり入院

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声優として40年以上も活躍していた山田康雄さんですが、93年頃より体調を崩し、ついにはカリウム欠乏症で歩けなくなり入院してしまいます。

カリウム欠乏症はカリウム血症などともよばれ、腎臓などからカリウムが過剰に排出されることで発症すると考えられています。

もともと痩せ型だった山田康雄さん。知らず知らずのうちに無理を重ねていたのかもしれませんね。

1995年2月17日に脳出血で倒れる

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93年にカリウム欠乏症で入院し、その後、一時は仕事に復帰した山田康雄さん。しかしながら、95年には脳溢血でふたたび倒れてしまいます。

カリウム欠乏症につづき、ふたたびの病魔。体のほうは悲鳴を上げていたのかもしれませんね。

3月19日に満62歳にて死去

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1995年2月に脳溢血で倒れた山田康雄さん。容態はその後も残念ながら快復せず、その年の3月19日、惜しまれつつもこの世を去ることになります。

翌日に地下鉄サリン事件が起こっていた

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歴史的な大事件としては、山田康雄さんが亡くなった1995年3月19日の翌日には、オウム真理教による地下鉄サリン事件が起こっています。

こちらのほうも記憶にとどめておきたいですね。

山田康雄は遺書を残していた?

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山田康雄さんの死因は自殺ではなく病死ですが、自筆で書いたとされる遺書が残っています。

遺書では奥さんと子ども、愛犬にむけて素直な感謝の気持ちを丁寧に綴っている山田康雄さん。特に奥さんの名前を2回も綴っているあたり、根っからの愛妻家だったんですね。

山田康雄の葬儀で銭型役の納谷悟朗が弔辞を読み話題に!

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山田康雄さんの葬儀で弔辞を読んだのは、同じく声優の納谷悟朗さんでした。

納谷さんといえば、「ルパン三世」ではルパンの宿敵である銭形警部を演じた名声優。

山田康雄さんの死を惜しむ弔辞はまさしく銭形警部の無念そのもので、不謹慎ながら泣かせてくれました。

ルパン三世の後任は誰に?比較動画も!

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1995年3月19日、惜しまれつつもこの世を去った山田康雄さん。山田さんの死にともない、ルパン三世の声優も受け継がれました。

声優引き継ぎの裏側と経緯について詳しくまとめました。

「ルパン三世 くたばれ!ノストラダムス」の代役に栗田貫一が抜擢

実は、「ルパン三世 くたばれ!ノストラダムス」までは山田康雄さんがルパン三世の声優を務めることになっていました。

しかし、完成までに山田康雄さんが亡くなってしまったため、急遽、代役というかたちで栗田貫一さんが抜擢され、以降、正式な声優として定着しています。

栗田貫一さんといえば、当時からすでにモノマネ新四天王として活躍し、バラエティ番組などに引っ張りだこの超売れっ子でした。

後任の栗田貫一の想いとは?

今や、「ルパンといえばクリカンしかいない」と言われている栗田貫一さんですが、当時は代役のオファーを受けるべきかどうか相当迷っていたそうです。

抜擢の前からルパン三世の声マネをつづけていた栗田さんですが、一部分のモノマネと全体の声優を務めることはまったく違うようで、引き受けてからも不安が消えなかったそうです。

「ダウンタウンDX」で栗田貫一が語ったことは?

栗田貫一さんは過去に出演した「ダウンタウンDX」のなかで、ルパン三世のオファーを引き受けた当時の裏話を赤裸々に語っています。

実際の撮影現場でも勝手がわからず、戸惑っていたという栗田貫一さん。ある日、栗田さんの夢枕にタキシード姿の山田康雄さんが登場。

「お前なりのルパン三世をやればいい」。山田さんのアドバイスで気が楽になったという栗田さん。新・ルパン三世誕生の瞬間ですね!

ルパン三世の声を山田康雄と栗田貫一で比較

「ルパン三世そのもの」とまで言われた栗田貫一さんの声ですが、山田康雄さんの初代ルパンと比べてみると、やはり若干の違いが見られます。

ふたりの声の違いをなつかしの動画で比較してみましょう。

山田康雄の子供は?息子もルパンの後任に?

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山田康雄さんには、浩康さんという息子さんがいます。浩康さんの現在と栗田貫一さんとの意外な関係についてまとめました。

山田康雄の息子・山田浩康は演芸作家として活動

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山田浩康さんは現在、演芸作家として活動しています。演芸作家ということは、フィクションの世界に身を置いているということ。

方向性は違えど、フィクションへの憧れは親子で受け継がれていたのかもしれません。

息子・山田浩康は栗田貫一にルパンの代役を頼まれていた?

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顔だけでなく、声質もお父さんにそっくりだったという山田浩康さん。何と、栗田貫一さんがその素質を見込んで、ルパンの代役を頼んだこともあるそうです。

結果的には実現しませんでしたが、親子2代のルパン三世もファンとしては見てみたかった気もします。

山田康雄の人物像は?性格は?アニメが嫌い?本業は役者だった!?

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ルパン三世で有名な山田康雄さんは実際、どのような人柄だったのでしょうか。

役者として活躍していた山田康雄

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今となっては声優のイメージが強すぎる山田康雄さんですが、もともとは役者を志望して劇団に入り、実際にプロとして舞台に立っていました。

井上ひさしさん脚本の舞台では、「ひょっこりひょうたん島」でおなじみの熊倉一雄さんとも共演しており、ここでも意外な縁とつながりが感じられます。

「信念を持たないこと」がモットーであった

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軽妙さを持ち味としていた山田康雄さん。生き方としてもその洒脱さを心がけており、「信念をもたない」ことを大切にしてきたそうです。

ルパン三世もまた、その人生において「信念をもたない」ことを信念にしてきた男であり、その意味でも不思議な運命で結ばれていたのかもしれません。

山田康雄の性格は?自己主張が強い?

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ルパン三世に容姿も性格も似ていたとされる山田康雄さんですが、実際には自己主張の強い性格で、若い頃はかなりとがっていたそうです。

学生の時は電話魔として迷惑がられていた?

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学生時代から積極的な性格だったという山田康雄さん。なんでも筋金入りの電話魔だったそうで、少しでも親しくなった相手には頻繁に電話をかけ、困らせていたようです。

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