山岡久乃の死因は?葬儀では養女が喪主?結婚から離婚などのまとめ! 女優

山岡久乃の死因は?葬儀では養女が喪主?結婚から離婚などのまとめ!

山岡久乃さんは国民的な女優でしたが、「渡る世間は鬼ばかり」の降板などで騒がれました。すでに亡くなっており、葬儀には養女が現れました。結婚していましたが離婚し、子供もいないとされていたため、話題になりました。死因を含め、情報をまとめました。

目次

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山岡久乃の死因は?胆管癌だった?葬儀の喪主は養女?

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山岡久乃さんはお母さん役としての人気を確立していた女優です。準主演や主演作品も多数あり、国民的な知名度も高く、多くの人に愛されながら活躍していました。

現在は死去しており、山岡久乃さんの葬儀には共演者やスタッフなど、関わった大勢の人の他に、山岡久乃さんのファンも集まり、盛大なものとなりました。

山岡久乃さんは亡くなる少し前に、老後の生活を送る予定の場所を決めて引っ越しの準備もしており、そのことについてコメントも発表していました。

山岡久乃のプロフィールは?

  • 本名 山岡比佐乃(やまおかひさの)
  • 生年月日:1926年8月27日
  • 没年月日:1999年2月15日(72歳没)
  • 出生地:東京都大田区
  • 死没地:神奈川県川崎市
  • 身長:162cm

山岡久乃さんは「日本のお母さん」としての印象が強く、理想の母親像として多くの人から人気を得ていました。死去する前には、突然の代表作品の降板や、病気の発表で驚きの声が上がっていました。

私生活はスキーや乗馬といったアウトドアな趣味がある一方で、編み物が好きというイメージ通りの繊細な趣味も持っていました。

山岡久乃は、1999年2月15日胆管癌による心不全のため死去

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女優としての地位を確立していた山岡久乃さんでしたが、自身の代表作品とも言えるドラマを突然自らの意思で降板した事で、世間を騒がせました。

当時は山岡久乃さん本人からは何も公表されず、様々な噂が流れました。その後山岡久乃さんは、癌を患っていると公表しました。

公表からわずか数ヶ月後に、胆管癌からくる心不全が死因となり、山岡久乃さんは亡くなっています。

芸能界の娘?長山藍子も最期に駆け付けた

山岡久乃さんは亡くなる前に、自身の死期が近い事をさとり、終活をしていたそうです。最後までしっかりした人だった山岡久乃さんには、芸能界での娘と呼ばれる程仲の良い女性がいました。

それが女優の長山藍子さんで、私生活でも仲が良く、仙台で仕事を終え、神奈川県の病院にいた山岡久乃さんの元に駆け付けました。

親族や他の女優が声を掛けても、意識不明で反応の無い危篤状態だったのですが、駆け付けた長山藍子さんの「お母さん」という呼びかけに答えるように、最後に目を開けたそうです。

葬儀では、養女が喪主を務めることに

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山岡久乃さんの葬儀では、養女の山岡泰子さんが喪主を務めました。山岡久乃さんに養女がいる事は知られていなかったため、驚きの声も上がりましたが、葬儀は滞りなく行われました。

葬儀にはたくさんの俳優や女優が参列

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山岡久乃さんの葬儀は築地本願寺で行われ、共演者やスタッフ、先輩や後輩など、女優や俳優や監督など、様々な関係者が参列しました。

ニュースや新聞でも連日報道され、葬儀の様子を報道された際も、「これだけ大物俳優・女優が揃う通夜・葬儀は珍しい」と称される程の参列者の多さでした。

一般の人の参列も大勢で、生前の山岡久乃さんの活躍を称え、哀悼の意を表わしていました。

弔辞は森光子や長山藍子が

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山岡久乃さんの葬儀と通夜は、養女の山岡泰子さんが喪主を務め、演出を石井ふく子さんが担当しています。

弔辞を読んだのはプライベートでも仲の良かった女優の森光子さんと長山藍子さん、蜷川幸雄さんです。

沿道にはファンが1万人も集まった

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山岡久乃さんの柩は、芸術座や帝国劇場、明治座を通る道を1時間程かけて回り、葬儀場入りしました。

この時の沿道には山岡久乃さんのファンが総勢1万人程集まり、山岡久乃さんを見送りました。

晩年は老人ホームに入居して隠居生活を送る予定だった

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山岡久乃さんは、仲の良い女優仲間と有料の老人ホームに入居し、皆で穏やかな老後を送ろうと約束していたそうで、そのための準備もしていました。

亡くなる数か月前には、知人が建設する予定の老人ホームに入居を決めており、引っ越しの準備もしていたようです。

山岡久乃の葬儀で、養女の山岡泰子が話題に?

山岡久乃さんの養女として葬儀の喪主を務めた山岡泰子さんは、一般人とは違う葬儀を滞りなく済ませた、しっかりした女性でしたが、全く知られていなかったため、話題になりました。

それも山岡久乃さんという有名女優の実の子ではなく、養女として突然人前に姿を見せたからで、謎の女性という事で様々な噂が流れました。

山岡久乃は俳優の森塚敏と結婚するも、1971年に離婚

山岡久乃さんは自身で劇団を設立しており、その時のメンバーであり、俳優でもある森塚敏さんと1956年に結婚しています。

しかし1971年には離婚しており、劇団も退団し、その後は再婚せずに、独身で過ごしました。

山岡久乃に子供はいなかった?

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山岡久乃さんは結婚をしていましたが、離婚しており、子供も生まれていないという事が知られていたため、養女として姿を見せた山岡泰子さんに注目が集まりました。

葬儀に現れた養女の存在が話題に!遺産目当て?

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周囲からすると突然姿を現した山岡泰子さんについて、遺産目的で近づいたのでは、というような噂が流れました。

また、森塚敏さんと結婚する前に、俳優の小沢栄太郎さんと不倫関係にあったと言われていた事もあり、誰かとの隠し子なのでは、という噂も流れました。

山岡久乃は遺産相続のため姪を養女にしていた!

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様々な憶測をされ、噂を流された山岡泰子さんですが、山岡久乃さんとは叔母と姪の関係だと判明しました。

山岡久乃さんは自身が亡くなった後に、財産などで揉めたりという事態を避けたかったため、予め姪の山岡泰子さんに養女になって欲しいと頼んでいたようです。

その結果少しの間心ない噂が流れましたが、葬儀は山岡泰子さんを喪主としてしっかりと行われ、山岡久乃さんの死後も揉め事は起きませんでした。

養女・山岡泰子は何者?

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山岡久乃さんは4人の兄弟姉妹の長女として生まれており、山岡久乃さんの妹にあたる4女が、山岡泰子さんの母親になります。

山岡泰子さんはシンガポールの高級マンションで暮らしているようです。そのマンションも夫の社宅であり、家賃もかからず、お金に関しては余裕があるようで、遺産に興味はない事も分かっています。

山岡久乃さんの養女となった経緯も、山岡久乃さんに直接死後のトラブルを避けるために養女になって欲しいと頼まれたそうで、まだ山岡久乃さんが元気だったこともあり、特に深くは考えずに了承したようです。

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山岡久乃の経歴は?日本を代表するお母さん?

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山岡久乃さんは割烹着の似合う女優で、様々な作品に出演していますが、特に母親役として人気を博しました。

主演も多く務め、国民的女優として活躍しました。

1942年に宝塚音楽舞踊学校に入学するも中退

元々は男優としてデビューしようと宝塚音楽舞踊学校に入学したのですが、第二次世界大戦の影響があり、1944年に宝塚でのデビューを諦め、自ら退学しました。

1946年に俳優座に入団し初舞台デビュー

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第二次世界大戦は1945年に終戦したため、山岡久乃さんは再び俳優座養成所で演技の勉強を始めました。1946年には俳優座入団し、女優としての道を歩みだしました。

同年には、「文化議員」で舞台デビューを果たしました。

1953年にテレビドラマ「竜舌蘭の誓い」でデビュー

舞台女優としてデビューを果たした山岡久乃さんは、1953年には「竜舌蘭の誓い」でテレビドラマにもデビューしました。

さらに「やっさもっさ」という映画で、初主演を務め女優としての経験や人気を高めていきました。1954年になると、劇団青年座という劇団を俳優、女優仲間と一緒に設立し、多数の映画やドラマに出演し続けました。

1970年「ありがとう」で視聴率50%を記録し人気に!

1970年にTBS系列で放送された「ありがとう」は、視聴率なんと50%を記録し、山岡久乃さんの知名度と人気は不動のものとなりました。

「ありがとう」での山岡久乃さんは、保育園に住み込みで働く四方勝(よもかつ)という人物の役で、鬼のお勝とも呼ばれていました。

このドラマで山岡久乃さんは、厳しくも優しい理想の母親としてのイメージを印象付けました。

「日本を代表するお母さん女優」としての地位を確立

「ありがとう」で母親として印象が付いた山岡久乃さんは、その後も多くのホームドラマなどで母親役を演じました。

そのうち「日本を代表するお母さん女優」と称されるようになり、理想的な母親を演じる女優と呼ばれるようになりました。

ドラマの中だけではなく、自身の設立した劇団事務所の団員や、清掃員など手料理を振舞うなど、普段からイメージ通りのお母さんのような人で、慕われていました。

1970年代は主演を多数務める

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山岡久乃さんは、お母さんとして準主役という役も多く演じてきましたが、1970年代は主演を務めていた作品も多く、国民的女優となっていました。

山岡久乃の若い頃の画像は?

若い頃の山岡久乃さんは、趣味のスキーや乗馬をやったりとアグレッシブな女性だったようです。

【動画あり】山岡久乃の代表的な出演作品は?

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山岡久乃さんの出演した作品はかなりの数で、有名な作品も多数あります。その中でも、山岡久乃さんの代表作品とも呼ばれている作品をまとめています。

山岡久乃の出演作品①ドラマ「三姉妹物語」

https://www.youtube.com/watch?v=Gxtm-qD8h6A

「おんなの家」(おんなのいえ)はTBS系列で放送されたテレビドラマで、居酒屋を経営する三姉妹の物語のため、三姉妹物語とも呼ばれているようです。

梅(杉村春子)、葵(山岡久乃)、桐子(奈良岡朋子)という三姉妹で、よく一緒に居酒屋で働いています。そこで起きる姉妹喧嘩や、客との交流をきっかけに様々な物語に発展していくというような内容です。

山岡久乃さんの演じる葵は、三女ですが次女は亡くなっているという設定で、長女と四女の妹でもあり姉でもあるという役になっています。

山岡久乃の出演作品②ドラマ「渡る世間は鬼ばかり」

「渡る世間は鬼ばかり」もTBS系列のテレビドラマで、脚本は橋田壽賀子さんが務めていました。このドラマは、5人の娘を持つ夫婦の生活を描いたホームドラマとして、高い視聴率を誇っていました。

山岡久乃さんはこのドラマで5人の娘を持つ夫婦の母親役で主人公でもある、岡倉節子という役を演じていました。岡倉節子は物語の中心となる存在で、活発でしっかり者という人物でした。

山岡久乃の出演作品③ドラマ「三男三女婿一匹」

https://www.youtube.com/watch?v=55CXG5KwoXA

「三男三女婿一匹」(さんなんさんじょむこいっぴき)もTBS系列で放送されたドラマで、病院を舞台にしたホームドラマです。

山岡久乃さんはこのドラマでも、母親の役を演じており、病院の院長である夫の妻で、元婦長という役でもあります。

山岡久乃の出演作品④ドラマ「ありがとう」

「ありがとう」は視聴率50%を超えたというドラマで、化け物番組と呼ばれていました。

「ありがとう」は山岡久乃さんのお母さんというイメージを強く印象付けた作品で、ものすごい人気のあるドラマでした。

山岡久乃の出演作品⑤映画「青幻記 遠い日の母は美しく」

成島東一郎さんが監督を務めた「青幻記 遠い日の母は美しく」は、鹿児島県にある奄美諸島のひとつの沖永良部島を舞台とした映画です。

若くして死んでしまった母と、その子供の話を描いた作品です。

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