岡田茉莉子の現在は?女優として現役?夫や子供は?若い頃の画像は? 女優

岡田茉莉子の現在は?女優として現役?夫や子供は?若い頃の画像は?

昭和を代表する女優である岡田茉莉子さんは、これまで映画やテレビドラマを中心に活躍してきました。1963年に結婚した夫は監督の吉田喜重さんであり、現在でも二人でジムに通うなど健康に気を使った生活をしているようです。そんな岡田茉莉子さんについてまとめてみました。

目次

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岡田茉莉子の現在は?女優を継続?現在の姿に違和感?

戦後の日本映画を支えてきた女優である岡田茉莉子さんは、現在はどうしているのか、また女優は続けているのかを調べました。

また、最近の岡田茉莉子さんの姿に、違和感を持っている人もいるようですが、その辺りもまとめてみました。

現在の年齢や身長は?岡田茉莉子のプロフィール

岡田茉莉子さんは、京都出身の女優で1933年1月11日生まれの86歳、身長は158cmです。父親は、戦前の二枚目俳優の岡田時彦さん、母親は宝塚歌劇団の田鶴園子さんで、夫は映画監督の吉田喜重さんです。

岡田茉莉子さんは、生後間もなく京都に移住し、岡田さんが生まれた翌年に父親が結核で亡くなっています。その後、宝塚のスターだった母の妹である御幸市子の元で暮らすようになりました。

1951年に東宝ニューフェイスの第3期として、東宝演技研究所に入所し、20日後に映画「舞姫」の準主役として抜擢され、銀幕デビューしました。

2017年7月に夫婦で「徹子の部屋」に出演

2017年の7月19日に放送された、テレビ番組「徹子の部屋」に岡田茉莉子さんは、夫の吉田喜重さんと共に出演しています。

二人がドイツで海外挙式し、新婚旅行にヨーロッパ8か国を35日間かけて巡った話をしていました。その時に旅先で買った思い出の品である、ヴェネツィアングラスの瓶と鳥の置物をスタジオで披露しています。

夫の吉田喜重さんは、身体を壊してから胃を切る手術をしているそうで、それからは健康に気を付けるようになり、夫婦で30年間近くのスポーツジムに通っているそうです。

2019年3月に「温泉若おかみの殺人推理30」に出演

岡田茉莉子さんは、2019年3月3日放送の「温泉若おかみの殺人推理30」に出演しています。このドラマは、東ちづるさん主演のテレビドラマで、岡田茉莉子さんは、大おかみの政子役で出演しています。

ドラマの舞台は、大分・別府の観光地で”地獄めぐり”のひとつである”海地獄で”男の死体が発見され、現場に美奈(東ちづる)が愛用していた銀の根付が落ちていたことから、事件捜査が始まります。

2019年2月映画監督・佐藤純彌の訃報に当時の撮影を振り返るコメント

映画「人間の証明」は、岡田茉莉子さんにとって代表作のひとつですが、その「人間の証明」の監督をした佐藤純彌さんが、2019年2月に亡くなられました。

岡田茉莉子さんが、麦わら帽子を谷に投げ捨てるシーンでは、早朝の光の中の映像を撮るのに、深夜から起きてからの撮影でした。佐藤監督は天気にこだわり、1週間もかけてあの名シーンを撮影したといいます。

岡田茉莉子さんは、翌月に開催される予定だった「第42回日本アカデミー賞」受賞式で一緒に会えるのを楽しみにしていたと、佐藤監督を悼みました。

岡田茉莉子の最近の画像はある?歯に違和感?目の下のたるみも?

岡田茉莉子さんがテレビに出るたびに噂されている事柄が、目の下のたるみや歯の違和感です。確かに若い頃からしたら、目の下がたるんできたりするでしょうし、歯も入れ歯なのかもしれません。

岡田茉莉子さんは、若い頃は随分とお綺麗な方でしたが、今年で86歳ですからさすがに年齢が顔に出てくるのは仕方ないことかもしれません。

むしろシワやたるみが全くない方が、年齢的にも不思議なのではないでしょうか。

岡田茉莉子は現在、結婚している?夫は映画監督?子供はいる?

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岡田茉莉子さんは、1963年に吉田喜重さんと結婚しています。また、子供に関してもまとめてみました。

1963年に映画監督の吉田喜重との婚約を発表!出会いは映画「秋津温泉」

岡田茉莉子さんは、1962年に「岡田茉莉子・映画出演100本記念作品」として自らがプロデュースした主演映画「秋津温泉」がヒットしました。

この映画は、当時助監督に降ろされていた吉田喜重さんが監督として起用された作品でもありました。この映画「秋津温泉」での吉田喜重さんとの出会いが、二人の結婚のきっかけになったようです。

新婚旅行は約40日間にわたりヨーロッパ旅行

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岡田茉莉子さんは、1963年に婚約発表し、翌年にドイツで挙式していますが、その後ヨーロッパを約40日間かけて旅行しています。

岡田茉莉子に子供はいる?

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岡田茉莉子さんと吉田喜重さんとの間には、子供はいないようです。

子供がいない理由とは?プロ意識の高さが理由?

岡田茉莉子さんが子供をもうけなかった理由に、以下のような発言がありました。

「子供を産むと美しさを保つために整形をする女優が多いから、そのようなことを言われないように子供を作らなかった」と語っていたそうです。

また、「子供を作ることでそういった行為をしたという事実を、想像されるのが嫌だったから作りたくない」と語っていたそうです。どこまでが真実なのかは不明ですが、言葉の端々にプロ意識が感じられます。

岡田茉莉子に関するエピソードや健康の秘訣について

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岡田茉莉子さんに関するエピソードや、健康の秘訣などについてまとめてみました。

岡田茉莉子の性格は?

岡田茉莉子さんは、思った事ははっきりと口にする性格で知られています。

あるインタビューで、「最近の若い女優さんについては、どう思われますか?」という質問に対し「あの方たちは女優ではありません。タレントです。」とあっさりと切り捨てるような発言をしています。

岡田茉莉子の芸名の名付け親は父と同じ?

岡田茉莉子さんと岡田さんの父親の名付け親は、あの文豪の谷崎潤一郎さんだそうです。谷崎潤一郎は「お父さんの芸名を付けたのだから、あなたの名前も私が付けましょう」と言って名付けてくれたそうです。

岡田茉莉子の健康の秘訣は?夫婦で30年ジムに通っている?

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岡田茉莉子さんは、夫婦で健康に気を付けているそうです。健康の秘訣は、毎朝芽昆布を食べていることだそうです。

また、夫婦で30年間ジムに通っているそうです。岡田さんは仕事があるため、その合間の週に3日、エアロビクスとジャズダンスをやられているといいます。

主に腹筋と背筋を整え開脚を行い、身体を柔らかくすることで健康を維持しているそうです。

健康の秘訣は食べ物に有り?!新鮮な物しか口にしない?

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岡田茉莉子さんの夫である吉田喜重さんは、以前身体を壊したこともあり、新鮮なものしか口にしないそうです。ですから1日3食の食事を、岡田茉莉子さんがしっかり作っています。

若い頃が美人?岡田茉莉子の生い立ちや経歴は

岡田茉莉子さんが若い頃、かなり美人だったことや、岡田さんの生立ちや経歴をまとめてみました。

1934年に父・岡田時彦が結核で死去し母は上海へ出稼ぎに

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1933年に生まれた岡田茉莉子さんは、1歳の頃に父親の岡田時彦が結核で亡くなっています。その後、1938年には、母親がダンス教師の資格を取得し、上海へ出稼ぎに行くこととなりました。

母の妹で元宝塚スターの御幸市子に預けられる

ダンスの教師として上海に出稼ぎに行った母は、妹で元宝塚スターの御幸市子さんに岡田茉莉子さんを預けることにしました。

1942年に母のいる上海へ渡るも馴染めず帰国し再び御幸市子宅へ

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1942年に、実家で一緒に住んでいた祖父がなくなったことから、岡田さんは母親の住む上海へ渡り、母親と暮らしていました。

しかし、戦争が激化したことや外国生活に馴染めなかったことで、1944年に単身帰国し、再び御幸市子さんの元で暮らすようになりました。

そして、1945年に御幸市子さんの夫の山本さんが新潟市に転勤となったため、岡田さんはそれに伴い新潟市へ移り住みました。

高校時代演劇部に所属し映画「瀧の白糸」を観て父が岡田時彦だと知る

岡田茉莉子さんは、1948年に新潟市の沼垂高校に進学し、当時出来たばかりの演劇部に入部しています。

そんなある日、演劇部の友人と1933年のサイレント映画「滝の白糸」を映画館に見に行きました。帰宅してその話を母親にしたところ、母親は泣きだしてしまったそうです。

岡田茉莉子さんは、その時初めてサイレント映画「滝の白糸」の主人公である岡田時彦が、岡田茉莉子さんの父親だということを知らされました。

1951年に東宝演技研究所に入所

岡田茉莉子さんは、高校を卒業後に母親と共に上京し、妹夫婦と共に同居することとなります。

1951年に、御幸市子さんの夫である山本さんの勧めで、「東宝ニューフェイス」の第3期生として「東宝演技研究所」に入所しました。

映画「舞姫」の準主役に抜擢されデビュー

「東宝演技研究所」に入所して20日後に、岡田茉莉子さんは「舞姫」のヒロイン役に抜擢され、準主役として映画デビューを果たしています。

岡田茉莉子の若い頃が可愛い!画像は?

若い頃の岡田茉莉子さんの、こうした画像がありましたので紹介しました。当時からかなり美形だったことが分かります。

1954年「芸者小夏」で初の単独主演を務める

岡田茉莉子さんは、1954年の「芸者小夏」で初の単独主演に抜擢されました。この映画では、池辺良さんを相手役に、初恋の小学校教師に裏切られた女性の悲しみを妖艶に演じています。

この清楚な中にもエロチシズムを感じさせる岡田茉莉子さんの演技に、女優としての大きな飛躍を遂げることができました。

1957年に松竹と専属契約をし女優として活躍

岡田茉莉子さんは、1957年にはフリーとなって松竹と専属契約を結び、有馬稲子さんと共に、松竹の二枚看板女優としての活躍が始まりました。

1962年に主演映画「秋津温泉」が大ヒット

1962年に「岡田茉莉子・映画出演100本記念作品」として自らがプロデュースした主演映画「秋津温泉」が大ヒットすることとなりました。

映画「秋津温泉」の監督を務めたのが、当時助監督に降ろされていた現在の夫である吉田喜重さんでした。

1963年に映画監督の吉田喜重と婚約、1966年に現代映画赦を創立

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1963年に岡田茉莉子さんは、映画監督の吉田喜重さんと婚約し、1966年には吉田さんと「現代映画社」を創立しています。

2009年自伝「女優 岡田茉莉子」を出版

岡田茉莉子さんは、2009年に自伝「女優 岡田茉莉子」を出版しています。

この自伝は、岡田茉莉子さんがこれまで映画に捧げた半生を、赤裸々に書き下ろした作品です。小津安二郎さんや木下恵介さんらの巨匠に愛され、今もなお輝き続ける女優が描かれています。

戦後の日本映画を力強く支えながら、女優として生き抜いたひとりの女性の終わりなき物語です。

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