アマラとカマラとは?狼少女?写真やあらすじは?嘘という説も? 芸能人

アマラとカマラとは?狼少女?写真やあらすじは?嘘という説も?

アマラとカマラとは狼少女と呼ばれ、シング牧師によって教育されたと言われています。すでに死亡していますが、実はこの話は嘘だったとも言われています。多くの言語に翻訳され世界に広まったアマラとカマラの話のあらすじや写真、死因を含めまとめました。

目次

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リアルもののけ姫?狼少女・アマラとカマラについて

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アマラとカマラの話のあらすじは、狼に育てられた少女という事です。

すでに死亡していますが、その死因とは何だったのでしょうか。

アマラとカマラを保護して教育したというシング牧師についてもまとめています。

アマラとカマラとは?狼に育てられた少女?写真は?

アマラとカマラとは、1920年10月17日にインドにベンガル州にある、ミドナプール付近で発見された2人の少女です。少女たちは発見されるまで、狼と共にジャングルで生きてきたとされています。

2人を発見したのは、同じくミドナプールで妻とともに孤児院を運営していたジョセフ・アムリート・ラル・シング(以下、シング牧師と称する)というキリスト教の宣教師でした。

シング牧師は、発見した2人の少女を保護し、孤児院へ連れ帰った後に、年少の子を「アマラ」、年長の子を「カマラ」と名づけます。後々、アマラとカマラは狼少女と世間で呼ばれるようになります。

まるで狼?アマラとカマラの特徴は?

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アマラとカマラを発見したシング牧師によると、真っ黒のボールのような頭をしていて、目がぎらぎらと輝いており、犬歯が異常に発達している、という見た目をしていたとされています。

さらに四足歩行で、走り回ったり飛び跳ねたりしていたとされており、まるで狼のようだったとシング牧師は記しています。

頭の黒いボールは肩まで覆っていた、とされていましたが、それは長い期間切られる事の無かった長い髪の毛がもつれてボールのように見えていたようです。

アマラとカマラの現在は?既に死亡?

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アマラとカマラは、シング牧師に保護されてからは孤児院で育てられていました。

しかし、それまで生きてきた環境のためか、健康体とは言い難く、孤児院での生活は短い期間で終わりました。

アマラとカマラは2人とも短命で、病気によって亡くなっています。

アマラは1921年に死去!死因は腎臓炎

年少であるアマラは、キング牧師が保護してから1年も経たずに病気によって亡くなっています。1921年の9月にアマラとカマラは段々と体調が悪くなってきて、昏睡状態にまでなりました。

2人の少女の体内には、大量の寄生虫が確認され、全て医者によって排除されました。アマラには18匹、カマラには116匹も寄生虫がいたとされています。

寄生虫を摘出した後、カマラは持ちこたえ回復したのですが、アマラは1921年9月21日に亡くなりました。死因は腎臓炎でした。発見時の推定年齢が1歳半だったので、2歳半程度で亡くなっています。

カマラは8年後の1929年に尿毒症で亡くなった

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アマラの死を理解したカマラは、酷いショック状態で、アマラの遺体から離れなかったり、しばらく1人で部屋の隅にうずくまったりしていました。

シング牧師と妻の世話の甲斐もあり、段々と元気になっていき、人間らしくなるための訓練を受け始め、二足歩行や言葉も少しづつ習得していきました。

その後も簡単な文章などを話せるようになっていったカマラでしたが、1928年から体調が悪くなっていき、1926年9月26日に亡くなりました。死因は、尿毒症と診断されています。

アマラとカマラを保護したシング牧師!保護前後のあらすじは?

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シング牧師がアマラとカマラを保護した時は、どのような状況からだったのでしょうか。

また、アマラとカマラを保護したシング牧師と妻は2人をどのように育てたのでしょうか。シング牧師は自身の日記に、教育の記録をつけています。

シング牧師のアマラとカマラの教育日記は、教育的価値があるとも言われています。

シング牧師がアマラとカマラを保護した経緯は?

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シング牧師は当時、キリスト教の宣教師としてインドに配属され、旅をしていました。シング牧師は、ミドナプール付近から十数キロ離れたゴダムリという村で一泊させてもらいました。

ゴダムリはミドナプールとモーバニの境にあり、近くにはジャングルのある村でした。そこの村人がシング牧師に「村の近くのジャングルで化け物が出るから何とかしてほしい」と頼んだのがきっかけでした。

その話を聞いたシング牧師は、村の男を引き連れて化け物が出るというミドナプールの近くの森にある白アリ塚付近の洞窟に探索に行きました。そこで出てきたのがアマラとカマラでした。

シング牧師はアマラとカマラを教育?言語も教えた?

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保護されたばかりのアマラとカマラは、野生的で、獣のような状態でした。四足歩行で歩き回り、狼のように遠吠えを上げたり暑さや寒さも気にせず行動していました。

シング牧師は、アマラとカマラに人間的な生活をさせようと、二足歩行の練習や、言語の勉強を教え始めました。

アマラは保護してからすぐに病気で亡くなってしまいましたが、カマラは数年間シング牧師の教育を受け続けました。

アマラとカマラの教育記録は?

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アマラは保護から1年未満で亡くなってしまいましたが、それでも保護されてしばらくしてからは、喉が渇くと決まった鳴き声のような声を出すようになっていたとされています。

カマラは、保護から数年後には、二足歩行で歩く事に成功し、徐々に単語も発音できるようになっていきました。

その後のカマラは簡単な文章もしゃべれるようになっていったとされています。

アマラとカマラの記録は教科書にも

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キング牧師の日記は、科学者や心理学者など、様々な分野において価値のあるものと扱われ、教育的な価値も持っているともされ、教科書にも載せられるようになりました。

日本でも「狼に育てられた子」という邦題に翻訳され、教科書に載りました。まともな環境で育たなければ、狼少女のような人間になる可能性もある、という事でした。

また、心理学においても人間的な環境にない人間は、どのような人間になるのか、といった議論され続けている問題があり、その解答にアマラとカマラが持ち出されるようになりました。

狼少女・アマラとカマラは嘘?シング牧師の作り話だった?

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様々な分野で価値ありとされ、教科書にまで乗ったアマラとカマラですが、調査や研究が進むにつれて、嘘だったのではないか、と信憑性が疑われていきました。

現在では、シング牧師の日記はフィクション要素がかなり盛り込まれたものであるという見解を持つ人の方が多く、アマラとカマラについても、ただのフィクションだったと考える人も大勢います。

アマラとカマラの狼に育てられた野生児は全てウソだった?

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シング牧師の日記の信憑性を確かめようと、実際に現地まで調査に行った人もいました。調査に行き、論文として発表したのは、社会学者のウィリアム・F・オグバーンと、文化人類学者のニルマール・K・ボースでした。

2人の調査によると、孤児院にアマラとカマラという子供がいた事と、その子供はしゃべることが出来なかった、という事は本当だったと分かりました。

少なくともアマラとカマラという人物が存在したのは本当だったようですが、狼のように四足歩行で歩いていたといった狼少女と言われるような状態の、アマラとカマラを目撃した人は見つかりませんでした。

アマラとカマラの存在は嘘?生物学的にありえない?

現地に直接調査にいった学者以外にも、大半の学者や研究者はシング牧師の日記の信憑性は低い、としています。大学講師の梁井貴史も、シングの牧師のおかしい点を挙げています。

まず、狼のような犬歯が発達していて、目がギラギラと夜になると光るというのは生物学的にありえない、として狼に人間の赤ちゃんは育てられないという事も言っています。

狼の母乳は人間のそれとは成分が違うので、人間には分解できないとしています。さらに狼と人間では可能な移動距離が全く違うので、人間はついていけないとして、狼に育てられたのは嘘だと言っています。

アマラとカマラが発見されたというゴダムリの村は存在しない村?

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現地を調査した社会学者のウィリアム・F・オグバーンと、文化人類学者のニルマール・K・ボースは、シング牧師がアマラとカマラの発見するきっかけとなったゴダムリの村も当然探しましたが、見つかりませんでした。

シング牧師の日記によると、ゴダムリの村に一泊し、化け物を何とかしてくれと頼まれたのがきっかけでアマラとカマラを発見したとされているのですが、村自体がありませんでした。

当然一緒に行ったという村の男衆も見つからず、現地の新聞ではアマラとカマラを発見、保護したのはサンタル族という部族で、そこからシング牧師に渡された、となっていました。

アマラとカマラの写真は、二人の死後に撮影されたものだった?

フランスの外科医、セルジュ・アロールの研究によると、アマラとカマラの日記も写真も全くのデマだったとされています。

有名となったアマラとカマラの写真ですが、これはシング牧師がインドの少女に頼んで、狼少女に見えるような恰好をとってもらったものを撮影したもので、実際のカマラとは、全くの別人だったと言っています。

さらにシング牧師の日記についても、カマラの死亡後にインドで書かれたものと言っており、1935年に書かれたものだと言っています。

アマラとカマラは自閉症だったという説も?障害児だった?

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アマラとカマラは実在しましたが、狼に育てられた少女というのは嘘で、2人の少女は自閉症だったのでは、と言われています。

自閉症とは発達障害の1つで、先天性、つまりは生まれつきの脳障害であるとされています。インドでは貧困に喘ぐ家庭が多く、障害を持って生まれた子供は、捨てられてしまうという事が度々ありました。

アマラはレット症候群だったとも言われています。レット症候群は神経疾患の1つで、知能や言語、運動能力に遅れが見え、普通ではない動作を繰り返すことや、手足が小さかったりするという特徴を持ちます。

アマラとカマラは全てが嘘ではないという意見も

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多くの科学者や研究者はシング牧師の日記は作り話で狼少女も創作だ、としていますが、完全に全てが嘘だとは言えないという意見もあります。

それは人間の可能性の話で、人間の持つ環境に対する適応能力などは想像を超える場合があるとし、完全に狼になることは無理でも、狼らしくなる、という事はありえるのではないかという意見です。

シング牧師の日記については誇張や過大な部分はあるが、人間が狼らしく存在するのが不可能というのは早計だという意見も上がっています。

アマラとカマラは実在したの?

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狼少女アマラとカマラというのは存在しませんでしたが、アマラとカマラという2人の少女が実在したことは確かなようです。

研究者たちによって最終的に発達障害、精神障害の保護された少女たち、となっています。

シング牧師はなぜ嘘をついた?話が広まった理由は?

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シング牧師はなぜ、狼少女などという嘘をついたのでしょうか。また、なぜここまで世界に広まっていったのでしょうか。

シング牧師が嘘をついた理由は孤児院を営んでいた事に関係しています。

さらにここまで全世界に広まったのも、それを信じて広めていった人物がいたためです。

シング牧師が嘘をついた理由①:嘘だとバレる可能性が低かった?

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シング牧師がアマラとカマラの日記を創作した当時は、インドのジャングルは秘境という扱いで、現地まで調査に行こうという考えになる人はいませんでした。

詳しい調査ができないため、アマラとカマラの話はシング牧師の日記と写真だけが証拠となり、牧師という職業のおかげもあり、信じる人が続出したのでした。

シング牧師が嘘をついた理由②:お金が目的だった?

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シング牧師が狼少女アマラとカマラの話を創作したのは、地位や権力のためではなく、お金のためだと言われています。

当時インドで生活していたシング牧師は裕福とは言えず、お金のために狼少女という話を創作したとされています。

シング牧師が嘘をついた理由③:インドの孤児院のためだった?

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シング牧師は妻とインドで孤児院を営んでおり、孤児の保護をしていましたが、当然それにはお金がかかります。

お金はあればあるほど自分たちも、子供たちも豊かな生活が出来るでしょう。シング牧師はそこで、障害を持ってまともにコミュニケーションのとれない少女たちを、創作の材料としたとされています。

孤児院の関係者たちは、この創作物語のおかげでお金が入ってくるので、皆で口裏を合わせて寄付金を集めていた、とされています。

創作された狼少女の話が広まった理由は?

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狼少女アマラとカマラが爆発的に広まったのは、ロバート・ジングがシング牧師の日記を複数の教授や学者から真実だとされている、として出版したのが始まりでした。

ロバート・ジングはシング牧師とこの日記には金になる、といったやり取りを手紙でしていた事も分かっており、2人は共同で詐欺をした人物という扱いを受けています。

シング牧師に500USドルの印税を送っていた事も分かっており、多くの学者に批判されたロバート・ジングは、最終的に大学のアカデミックなポストから解任され、二度と戻る事を許されませんでした。

「狼に育てられた人間」の話は魅力的?

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狼少女アマラとカマラがここまで広まったのも、この話が一部では美談のような扱いを受けていた事が1つの要因でもあります。

多種族間で、本来は分かり合えないような間柄の者が分かりあう、愛し合うような話に魅力を感じる人は多くいます。また、知性の低いもの、動物のような純粋な生き物の愛の話を好む人も多くいます。

アマラとカマラでも、狼に育てられたという、動物が別の種族の子供を育てる、しかもそれが自分と同じ人間を育てたという話です。この愛に溢れた物語は魅力的で、深く考えないで信じる人も大勢いました。

心理学者ゲゼルの本でブームに?

ロバート・ジングにより流行し、一旦沈静化していた狼少女アマラとカマラの話題を、心理学者アーノルド・ゲゼルが再度自身の本で紹介した事で、再びブームになり、世界的に広まっていきました。

アーノルド・ゲゼルは子供の発達研究におけるパイオニアともされていた心理学者だったため、その影響力は多大なものでした。日本に広まったのも、アーノルド・ゲゼルの影響です。

アーノルド・ゲゼルは実際にアマラとカマラを見に行った訳ではなく、シング牧師の日記の存在によって、その話を信じてしまい、自分の本で紹介してしまったのです。

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シング牧師が出した本はどんな本?読んだ感想は?

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現在では詐欺師という扱いを受けているシング牧師ですが、その本は世界中で大ヒットしています。

シング牧師の本はどのような本だったのでしょうか。

シング牧師が出した本「野生児の記録 1 狼に育てられた子 」

シング牧師の本は、日本では「野生児の記録 1 狼に育てられた子」というタイトルになっており、中野善達と清水知子によって翻訳され、福村出版から1977年1月1日に出版されています。

シング牧師によって救出された狼によって育てられた少女2人が、人間社会に復帰を果たすための道のりの記録、というような説明となっています。

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