沢田雅美の現在は?夫や子供はいるの?渡る世間を干された原因は?エンタメ

沢田雅美の現在は?夫や子供はいるの?渡る世間を干された原因は?

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それに対し沢田雅美が会見を開く

一連の報道について、沢田雅美は記者会見を開いて一連の出来事を説明しました。

沢田雅美によると、「石井ふく子が自分(沢田雅美)と赤松秀樹を別れさせようとしているという噂を聞いた。別れなければ自分の仕事も干す予定だと聞いて、こちらから断ろうと電話をした」との事。

しかし、石井ふく子によくよく話を聞くと、この噂は事実無根のデタラメだった事が判明し、沢田雅美の勘違いだったという事も説明しました。

勘違いが発覚するも橋田壽賀子がコメント!復帰叶わず

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この問題は解決し、沢田雅美は『渡る世間は鬼ばかり』に復帰するかと思われましたが、脚本家である橋田壽賀子は「今後、あの子(沢田雅美)を配役に使おうとは思わない」とコメントしました。

その言葉通り、沢田雅美が『渡る世間は鬼ばかり』に復帰する事はありませんでした。

12年ぶり!2005年『渡る世間は鬼ばかり』で復活!

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沢田雅美は『渡る世間は鬼ばかり』の仕事を干されてから表舞台から姿を消しました。

しかし、仕事を干されてから12年もの月日が経った2005年、『渡る世間は鬼ばかり 第7シリーズ』の最終話で沢田雅美が復活を果たしたのです。

橋田壽賀子が「もう配役に書こうと思わない」とまで言っていた事を考慮すると、これは奇跡の復帰と言えるでしょう。

2006年第8シリーズでレギュラー復帰

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喜ばしい事に2006年に放映された『渡る世間は鬼ばかり 第8シリーズ』でレギュラーへの復帰を果たしています。

無事石井ファミリーに復帰できたようで何よりです。

沢田雅美は”がん”だった?現在は完治?

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沢田雅美についてインターネットで検索をすると「がん」というキーワードが目に入ります。

これは単なる噂ではなく、沢田雅美は2013年に自身が胃がんに犯されていた事を告白しています。

がんは非常に恐ろしい病ですが、沢田雅美を蝕んでいたがんは現在完治しているのか、沢田雅美の闘病状況についてご紹介します。

沢田雅美は胃がん?

2013年、テレビ番組『徹子の部屋』に出演した沢田雅美は、自身が胃がんだった事を告白しました。

この告白は衝撃的なもので、各メディアは沢田雅美が胃がんに犯されていた事や胃がんが発覚した経緯について報道しました。

夫に胃カメラを勧められて胃がんが発覚

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事の発端は、沢田雅美の夫である赤松秀樹が胃の検診のために胃カメラを飲んだ事でした。

赤松秀樹は、胃カメラでの検診が想像以上に楽だったため、「お前もやっておけ」と沢田雅美にも胃カメラの検診を勧めたのです。

沢田雅美も「ついでに」と軽い気持ちで胃カメラの検診を受けたところ、なんと医者から「胃がん」である事を宣告されたのです。

2013年4月に胃がんの手術を受けている

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軽い気持ちで受けた検診で胃がんだと宣告された沢田雅美は、2013年4月に胃の3分の2を摘出する手術を受けました。

手術は成功し、沢田雅美は現在も食事療法をしながら女優業を続けておられます。

夫の赤松秀樹が胃カメラを進めていなかったら、今の沢田雅美の姿はなかったかもしれないと考えると、がんの治療には早期発見が重要である事を改めて実感します。

夫に「どうせヌードになるとこもないのだから」と言われ切開手術へ

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胃がんを宣告された後、沢田雅美は切開手術と腹腔橋手術どちらを受けるべきか迷っていたと言います。

沢田雅美は、夫の赤松秀樹に「どうせヌードになる事もない」と言われた事が決めてとなり、切開手術を選択しました。

胃がん手術の翌日にはリハビリ練習へ?

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2013年4月に胃がんの手術を受けた沢田雅美の術後の回復は早かったようです。手術の翌日には、集中治療室から病室へ移り、リハビリの練習が行えるほど回復していました。

沢田雅美の回復は順調そのもので、術後10日間で退院できたといいます。

2013年6月徹子の部屋で復帰

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胃がん手術を受け、無事退院する事ができた沢田雅美は、2013年6月に『徹子の部屋』で復帰を果たしました。

この時の収録で、沢田雅美は初めて「胃がん手術を受けた事」や「バセドウ病」になった事を告白しました。

徹子の部屋出演はツイッターでも話題に?

沢田雅美がテレビ番組『徹子の部屋』で復帰する事が明らかになった時は、Twitterでも話題となりました。

中には『徹子の部屋』の録画予約が必要だというツイートも見られました。

新橋演舞場での12月公演「三婆」にも出演?

無事胃がん手術が終わり、退院した沢田雅美は、退院わずか数ヶ月で舞台に復帰しました。2013年12月に新橋演舞場で公演された『三婆』に水谷八重子、波乃久里子と共に主演を務めたのです。

『三婆』で見事主演を演じきった沢田雅美は、「手術した事を忘れるほど心配なく演じる事ができた」と語っています。

復帰後も後遺症を防ぐため1日6食としていた

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『三婆』で無事復帰を果たした沢田雅美ですが、手術後の後遺症(ダンピング症候群)を防ぐため、復帰後も食事療法を続けていました。

この食事療法は現在も続けており、毎日の食事は6回に分けて少量ずつ摂取しています。

しかし手術2年後にダンピング症候群になっていた

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胃がんの手術も無事終わり、沢田雅美の体調は順調に回復していると思われました。しかし、手術から2年が経過した時、今度はダンピング症候群になってしまったのです。

ダンピング症候群とは、胃を切除する手術を受けた患者の15%~30%が発症すると言われる機能障害です。

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ダンピング症候群を発症した患者は、食べたものを胃に留める事が出来ず、未消化の状態で腸まで落ちてしまいます。その結果、血糖値の変動、各種ホルモンの分泌により不快な症状が起こります。

ダンピング症候群は、一度発症すると治る事はないと言われています。しかし、沢田雅美は食事療法をしながら現在も女優業を続けています。

沢田雅美の体に差し障りがない範囲で活動していく事を祈っています。

過去にはバセドウ病にもなっていた?

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沢田雅美は、60歳を越えたあたりから声の調子が悪くなり、指の震えが止まらなくなったと語っています。

体調の変化はそれだけにとどまらず、片目がバセドウ病になってしまった事も明かしました。

バセドウ病で体重が38kgだったことも?

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バセドウ病は新陳代謝が異常に活発になる事により、ジッとしている時でさえ走っている時と同等のエネルギーを消費してしまいます。

そのためバセドウ病患者は非常に疲れやすく、常に横になっている事が多いです。

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食欲や体力が衰えている高齢者がバセドウ病に犯された場合、激しいエネルギー消費に体重が維持できず、ドンドン痩せていってしまいます。

沢田雅美がバセドウ病に犯された時も自身の体重を維持出来ず、闘病中は38kgまで体重が落ち込んでしまった事もあるようです。

画像あり!沢田雅美の若い頃は?小平奈緒選手に似ているって本当?

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『渡る世間は鬼ばかり』のイメージが強い沢田雅美ですが、実は中学生の頃(14歳)から女優として活躍しています。

インターネットでは、長野県出身のスピードスケート選手の小平奈緒選手が沢田雅美の若い頃とそっくりだと話題になっています。

沢田雅美の若い頃が小平奈緒選手に似ている?

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沢田雅美についてインターネットで調べると、沢田雅美の若い頃がスピードスケート選手の小平奈緒選手と似ているというコメントを目にします。

小平奈緒選手は長野県出身のスピードスケート選手です。平昌オリンピックの女子500mでは、新記録となる36秒94を叩き出し金メダルを獲得しました。

Twitterでも話題に?

平昌オリンピックでの小平奈緒選手の活躍に日本中が沸く中、Twitterでは小平奈緒選手が沢田雅美の若い頃にそっくりだと話題になっていました。

顔の輪郭と目の感覚、鼻まで似てる?

こちらは若い頃の沢田雅美です。そして小平奈緒選手の画像がこちらです。

小平奈緒選手がゴーグルを付けた状態だと、沢田雅美に更に似ているようでネット上では大きな話題となりました。

沢田雅美の経歴は?

沢田雅美は、14歳に女優としてデビューし、女優として非常に長いキャリアを持っています。沢田雅美のデビューから現在にいたる経歴について、まとめました。

沢田雅美のデビューは14歳だった

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1964年、沢田雅美は兄の進めでオーディションを受けたところ見事合格し、石井ふく子プロデュース作品『ただいま11人』の道子役でデビューを飾ります。

京塚昌子や山岡久乃からはデビュー当時から可愛がられており、沢田雅美自身も「京塚のお母さん」「山岡のお母さん」と呼んで慕っていたようです。

1967年『渥美清の泣いてたまるか』での渥美とのカラミは絶妙!?

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1967年には『渥美清の泣いてたまるか』に出演した際は、渥美とのカラミが絶妙だと高い評価を得ました。

沢田雅美は石井ファミリーとしてたくさんのドラマに出演していた

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その後も沢田雅美は複数の石井ふく子プロデュース作品に出演し、周囲からも石井ファミリーの一員として認識されるようになったのです。

石井ふく子は沢田雅美の事を大変可愛がっていて、沢田雅美が高校に入学する際に「芸能人だから」という理由で入学を断られた時は学校へ直談判しに行ったというエピソードがあるほどです。

1990年『渡る世間は鬼ばかり』で泉ピン子の小姑!いびり役を演じる

1990年『渡る世間は鬼ばかり』で小島五月(泉ピン子)をいびる小姑、山下久子役で出演しました。山下久子は厄介な問題ばかり引き寄せるトラブルメーカーで、主人公をいびり倒す意地悪な小姑でした。

視聴者から嫌われやすい役どころにも関わらず、沢田雅美が演じる山下久子は大変な人気を博し、沢田雅美はお茶の間お馴染みの顔として知られる事となります。

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しかし、1994年に石井ふく子や橋田壽賀子との確執により突然の降板を余儀なくされました。

沢田雅美は10年以上『渡る世間は鬼ばかり』に出演する事はありませんでしたが、2006年4月にスタートした『渡る世間は鬼ばかり 第8シリーズ』でレギュラーとして復帰しています。

日本舞踊と花道の師範代でもある?

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沢田雅美の特技として知られているのは日本舞踊と花道です。沢田雅美の日本舞踊、花道はどちらも非常に高レベルで師範代でもあります。

この他にも書道と小唄を得意としており、名取襲名するほどの腕前を誇っています。演技以外の分野もこなす、非常に多彩な女優である事が伺えます。

2010年には『いい旅夢気分』などバラエティにも出演

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新橋演舞場で2009年に上演された『おんなの家』で共演した水谷八重子 (2代目)、波乃久里子とはプライベートでもとても仲が良い事で知られています。

2010年に『いい旅夢気分』でバラエティへの復帰を果たした際は、仲の良い水谷八重子、波乃久里子と仲睦まじく共演していました。

水谷八重子 (2代目) や波乃久里子の仲良し三人組で行動

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水谷八重子 (2代目)、波乃久里子とは非常に親交が深く、本当の姉妹のようにいつも三人組で行動しています。

NEXT:がんから復帰後は精力的にドラマに出演している
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