畠山鈴香の現在の様子は?事件の原因は壮絶な生い立ちにあった? 雑学・ライフスタイル

畠山鈴香の現在の様子は?事件の原因は壮絶な生い立ちにあった?

2006年4月、秋田県北部の県境の静かな町で起こった児童連続殺害事件、その犯人は我が子と近所の児童を手にかけた鬼畜の母親、畠山鈴香でした。狂気の沙汰に及んだ原因は壮絶な生い立ちにあったことが、裁判を通じて明らかになりました。事件の経緯を詳しく見てみましょう。

目次

[表示]

畠山鈴香の現在は?福島刑務所で服役中?

2009年3月、仙台高等裁判所秋田支部で畠山鈴香の控訴審判決があり、竹花俊徳裁判長は先年秋田地裁が下した無期懲役判決を支持し、弁護・検察の双方の控訴審を棄却しました。

この判決を不服として、弁護側のみ上告していましたが、同年5月弁護側が上告を取り下げたため、秋田地裁が下した畠山鈴香の無期懲役判決が確定しました。

秋田連続殺人事件の犯人畠山鈴香とは?

畠山鈴香は、1973年2月2日、秋田県二ツ井町(現在は能代市二ツ井町)で生まれました。父親は地元で小さな運送会社を営んでいました。なお、鈴香には、弟と歳の離れた妹がいます。

最終学歴は秋田県立二ツ井高等学校卒業で、卒業後栃木県の鬼怒川温泉のホテルで中居として働き、その後地元に戻って来て結婚しました。1996年11月彩香ちゃんを出産、しかし出産5ヶ月後には離婚しました。

離婚後は子供を実家に預けて働きましたが、まともな職につけず職を転々とした後、自己破産しました。母娘は生活保護を受けながら、隣町の山本郡藤里町の町営朝日ヶ丘団地で暮らしていました。

服役してる刑務所はどこ?

無期懲役刑が確定した畠山鈴香が収監されている刑務所は、現在明らかになっていませんが、福島県の福島刑務所の下部機関で、女子受刑者のみが収容されている「福島刑務支所」で服役中との情報があります。

畠山鈴香の刑務所内工場での作業について

福島刑務支所は、収容定員500人、東北管内唯一の女子刑務所として平成17年に設立されました。改善指導や教科教育と共に、刑務所内の工場では、生産作業や職業訓練を行っています。

受刑者のうちほぼ半数が再犯です。一旦は更生を誓って出所したものの、社会になじめなかったり、薬物に再び手を染めてしまったりして、半数近くが戻って来るそうです。

建物2階にある6工場では、懲役10年以上から無期懲役まで、刑期が長い受刑者が生産作業に従事しています。無期懲役の畠山鈴香も、この6工場に配役され、現在帯を縫う作業をしているといいます。

現在はやつれて顔色も悪く体調が悪い?!仮病との噂も

6工場に配役された当日の畠山鈴香は、報道されていた頃とは別人で、とにかくやつれ果て、青白い顔色をしていたといいます。鈴香の体調は、その後もすぐれないようです。

6工場は建物の2階にあるので階段を使いますが、鈴香はその途中や登りきったところで、しょっちゅう座り込んでいました。初めの内は皆心配して声をかけていましたが、あまりにも頻繁なので仮病と噂されました。

他の受刑者からも一目置かれる存在

秋田の児童連続殺害事件はとても有名だったので、畠山鈴香は工場に配役されて来た、その日から大変注目されていました。当初は驚いていた他の受刑者たちも、その存在感から程なく一目置くようになりました。

驚くべきエピソードとして、鈴香が自分が犯した事件の重大さを分かっていないか、もしくはわが子に手にかけたことを、無意識に拒否しているかの様な出来事があります。

実際に、彩香ちゃんの写真を部屋の服役囚に見せて、可愛い͡娘と同意を求めた後、でも死んでしまったと、まるで自分が犯した罪を認識していないかのような発言をしているのです。

雑居房ではすでにリーダー的存在に

畠山鈴香は工場での作業時間以外は、雑居房で生活しています。6人部屋の雑居房では、すでに古株のリーダー的存在になっているようです。

実際、食事の時に少しでも汁物がこぼれていたり、食器の置き方が雑だったりすると、不機嫌になるそうです。鈴鹿は無期懲役囚なので、今後ますます影響力を発揮することでしょう。

畠山鈴香の犯行と秋田児童連続殺害事件での異常な行動

ここからは、2006年に起きた児童連続殺害事件の経過を追いながら、畠山鈴香がとった異常な行動と、逮捕までの経緯を見ていきます。

娘の彩香ちゃんが水死体で発見される

2006年の新学期が始まって間もない4月10日、自宅から10キロ離れた能代市の藤琴川で、秋田県藤里町粕毛、藤里小学校4年の畠山彩香ちゃんが水死体で見つかりました。

前日の9日午後7時45分ごろ、畠山鈴香は娘の彩香ちゃんが行方不明になったと110番通報していました。また警察とは別に、小学校の担任や校長にも行方が分からないと、電話連絡をしていました。、

当初秋田県警は捜査本部を設置して、80人体制で事件・事故の両面で調べるとしていましたが、母親である鈴香の話しを鵜呑みにしたのか、早々に事故と断定して捜査を打ち切りました。

2軒隣に住む豪憲くんを殺害していた

5月18日能代市の米代川沿いの市道脇で、下校途中で行方不明になっていた、彩香ちゃんの家の2軒隣に住む、藤里小学校1年米山豪憲君の遺体が、付近をジョギング中の男性によって発見されました。

秋田の山間の小さな町で相次いで起こった児童の死は、大変なショックを人々に与えると共に、大きなニュースとなって、連日テレビなどで報道されるようになりました。

秋田県警は6月、彩香ちゃんの母親の畠山鈴香を、豪憲君の死体遺棄容疑で逮捕しました。さらにその後、殺人容疑で再逮捕しました。そして7月には、とうとう彩香ちゃん殺人容疑で鈴香を再逮捕しました。

自ら犯人探しのビラを配りテレビにも出演

彩香ちゃんの死を、警察が事件性は無いので事故で処理しようとした時に、畠山鈴香は「娘の死は事故ではなく事件だ」「事故だと断定した警察に不信感がある」などと主張しました。

そして鈴香は、彩香ちゃん殺害の情報を求めるビラを付近に配布したのです。あえて事件だと蒸し返してまで、自分を悲劇のヒロインにしたかったのか、それとも他に目的があったのかは不明です。

実際に、自らテレビにも出演して、彩香ちゃんの事は事故ではなく事件で、自分は被害者であり容疑者ではない、とアピールしていました。

畠山鈴香逮捕までの流れ

5月に発見された米山豪憲君の遺体には、索条痕らしき物が残されていました。豪憲君は絞殺されたとして、警察はこの事件を殺人事件であると断定し、彩香ちゃんの事件も殺人事件に切り替えて再捜査を開始しました。

その後の捜査で、畠山鈴香の自宅から米山豪憲君の血痕や体液が検出され、鈴香自らが豪憲君を殺害した事をほのめかす供述を始め、裏付けも取れたため、6月25日米山豪憲君殺害容疑で逮捕しました。

それと並行して、彩香ちゃん殺害についても取り調べが行われました。こちらに関しても自らが殺害した事を認める供述を行ったため、警察は7月18日に彩香ちゃん殺害容疑で畠山鈴香を逮捕しました。

畠山鈴香の犯行は生い立ちが原因?精神異常者?過激すぎる卒アル

冒頭でも述べましたが、裁判の過程で明らかになったのは、畠山鈴香の異常な犯行の裏には、彼女の悲惨な生い立ちが、少なからず原因となっているということでした。だからといって同情の余地はありませんが。

父親からの暴力

rebbeccadevitt0 / Pixabay

畠山鈴香の両親は不仲で、粗暴な父親は母親にしばしば暴力を振るっていましたが、その矛先は鈴香にも向いていました。鈴香が中学生の頃に、糖尿病で男性機能が衰えると、ますます暴力がエスカレートしていきます。

それはとてもひどい暴力で、髪の毛をつかんで引きずり回したり、拳骨で殴ったりしたため、家族は皆おびえて暮らしていました。そんなことも原因したのか、鈴香は体調が優れず、貧血を訴え、手足の痺れもありました。

父親による虐待ともいうべき暴力行為が、鈴香の性格形成に強い影響を与えたことは想像に難くありません。このような過酷な生い立ちが、その後の悲惨な事件を起こす引き金となったのかもしれません。

小学生からイジメの対象だった

mintchipdesigns / Pixabay

畠山鈴香は小学生のころからイジメの対象になっていました。その発端は小学校の給食でした。当時の担任は給食を残すと、罰として残した食べ物を手のひらに乗せて、反省をさせていました。

食べる速度が遅い鈴香はそれが嫌で、残した食べ物を机の中に隠して、放置していました。それが腐敗して異臭が漂い、周りから「臭い」と言われ、その結果イジメられるようになりました。

同級生からは「ばい菌」などとあだ名をつけられ、からかわれるイジメを受けています。トイレに閉じ込められて、上から水をかけられたりもしました。

高校の卒アルで壮絶なイジメが明らかに!

畠山鈴香が通っていた高校の卒業アルバムが、メディアで取り上げられました。その中で、同級生から壮絶なイジメを受けていたことが示唆される、過激な寄せ書きが公開されました。

卒アルの寄せ書きの内容には、「いままでいじめられた分強くなったべ。俺達にかんしゃなさい」「一生会わないでしょう」「秋田から永久追放」「やっと離れられる。3年間はちょっと…」などと書かれていました。

小学生のころからはじまったイジメは、中学、高校と途切れることなく続いていました。鈴香の心の中はうかがい知れませんが、家庭にも学校にも休まる場所どころか、居場所が無かったのかもしれません。

同級生が犯罪を予想?有名になりそうな人にも名前有り

卒アルの有名になりそうな人のコーナーに、畠山鈴香の将来は「自殺・詐欺・強盗・全国指名手配・変人大賞・女優・殺人・野生化」などと同級生が書いています。彼女の未来を予測したかのような言葉が並んでいます。

鈴香は、わが子も含め2人の児童を殺した後、マスコミの前で女優のように演技をして、時には変人のようにふるまい、操作をかく乱し、挙句の果てに逮捕され、全国区になりました。

また裁判の中で、鈴香が「学校内での盗みにより高校で停学処分」を、受けていたことが明らかになっています。どうやら、所属していたバドミントン部のお金に手をつけてしまったようです。

高校卒業後の畠山鈴香は?

高校卒業後の畠山鈴香は、父親から離れて暮らしたいとの思いもあり、栃木県鬼怒川温泉のホテルに就職しました。自由な生活を手に入れた鈴香は、仕事仲間との飲み会やバーベキューは楽しい思い出だと語っています。

しかしこの生活はわずか1年で終り、鈴香は実家に戻ります。父親の健康状態が悪化したので戻って来るように言われたからとのことでした。その後も不定期ですが、温泉旅館の仲居やコンパニオンとして働きました。

そんな時期に知り合ったのが1歳年下の男性で、ほどなく同棲をはじめました。父親から男性を自分の運送会社の社員にすると言われた二人は結婚し、実家の近くの町営団地に住み、そして長女の彩香ちゃんが生れました。

畠山鈴香が売春行為を認める

畠山鈴香は、彩香ちゃんが生まれて5ヶ月後に離婚しました。鈴香が家事を一切せず、パチンコばかりしたり、夜遊びもやめず、たえず借金をしていたことが大きな原因でした。

鈴香は離婚後、スーパーの店員やパチンコ店で勤めたり、スナックのホステスや宴会のコンパニオン、生命保険の営業外交員など、職を転々としながらも、彩香ちゃんを育ててきました。

しかし仕事は長く続かない上に、相変わらずパチンコ三昧で、借金が嵩んでとうとう自己破産してしまいます。鈴香は、事件前まで能代市内のデリヘルで働き、馴染みのお客は自宅に呼んで売春していたと認めています。

逮捕後のネットでは美人・かわいいとの声も

逮捕される前からマスコミが追いかけ、全国区だった畠山鈴香ですが、逮捕後のネット上では、案外美人とか凶悪犯罪者にしてはかわいいなどと、なんともコメントしようが無い情報が行き来しています。

また、高校生時代はすらりとした長身、バドミントン部では、結構モテたという話もあります。鈴香は高校卒業後は接客業にも就いていましたから、自分が好かれるしぐさなども身につけていたかもしれません。

畠山鈴香の自宅で被害者の心霊写真?!

なんと秋田の児童連続殺害事件は、畠山鈴香の自宅を写した写真に、被害者の姿が見えるという、極めてオカルトっぽい現象が副産物として生れています。

畠山鈴香の自宅にバッチリと人影が!

畠山鈴香が逮捕される前、鈴香の自宅の窓に米山豪憲君が写っているとして、その心霊写真が話題になりました。別の指摘もあり、この写真に写っているのは豪憲君ではなく、彩香さんの霊だとも言われています。

この心霊写真は、よくある光の加減や撮影ミスとは違い、リアルタイムに報道された画像のため、加工の可能性は低いので、本物の心霊写真だという意見もあります。

父親は豪憲くんだと言っている?

米山豪憲君の父親は、週刊誌の取材を受けた際、この写真を見た瞬間に息子だと確信したといっています。ただ、鮮明な心霊写真というものはないので、いくら父親が確信したからと言っても、100%ではありません。

ただし、親がわが子を簡単に見間違えることはないと考えられます。そんなことも手伝ってか、ますますこの心霊写真は注目度がアップしました。

心霊写真の真相は?

問題の心霊写真ですが、心霊写真に本物があるか否かを論点にしない、と仮定した場合においても、真偽の程は不明です。

亡くなった霊が映った本物の心霊写真だとか、報道関係者が偶然に映りこんだものだといわれています。いずれにせよマスコミにとっては、本事件をよりセンセーショナルにする、格好の話題だったのではないでしょうか。

畠山鈴香の犯行の動機と裁判での判決内容

succo / Pixabay

秋田児童連続殺害事件の犯人畠山鈴香の動機は、裁判の過程で次第に明らかになっていきますが、主張が二転三転する上、精神状態が不安定だったりして、不明点も多く、真相が解明されたとは言い難い状況です。

弁護側は解離性障害や過失・衝動的な殺害を主張

畠山鈴香は、彩花ちゃんを殺害した状況を思い出せなかったり、分からないと供述しており、この症状を弁護側は解離性障害と主張しています。幼少期に父親から受けた虐待が原因で、解離性障害を患ったとしています。

弁護側は、鈴香の当時の記憶が一部無い状況で、彩香ちゃんの事件については、橋の欄干にて「お母さん、怖い!」と急に抱き付いた彩香ちゃんを払いのけたため転落したとして、過失を主張しました。

また、豪憲君殺害については、計画性は無く、娘を亡くした喪失感による衝動的な殺害だと主張しました。そして鈴香は、事件当時は心神耗弱状態だったとしました。

検察側は死刑を求刑

畠山鈴香はわずか1ヶ月あまりの短い期間に、相次いで我が子とその友達である男児を殺害しました。

大変悲惨なこの件に対して、検察側は厳しい対応をするとみられ、実際に「真摯な反省は期待できず、矯正は不可能」として死刑を求刑しました。

裁判の争点は殺意の有無と被告の殺害時の責任能力

2008年3月、秋田地方裁判所の藤井俊郎裁判長は、畠山鈴香被告に「凶悪かつ卑劣な犯行で、刑事責任は重大」として、検察側の死刑求刑に対して無期懲役を言い渡しました。

裁判の争点となったのは、殺意があったのかどうかと、殺害時に鈴香被告の責任能力はどうだったのか、ということでした。

藤井裁判長は判決で、鈴香被告の長女彩香ちゃんへの殺意は認めましたが、米山豪憲君の事件とともに計画性は否定し、死刑ではなく無期懲役としました。

公判中に書いた日記には多くの問題発言

畠山鈴香被告は裁判所が依頼した精神鑑定医に勧められ、一定期間日記をつけていました。そもそも公開されることを前提に書かれた日記ではないので、鈴香被告の素直な心情が出ていると思われます。

特に問題となるのは、被害者とその両親に対する記述です。豪憲君に対して後悔とか反省はしているものの、悪い事をしたとか罪悪感についてはほとんど自覚していないというものです。

続けて「御両親にしても何でそんなに怒っているのか判らない。まだ2人も子供がいるじゃない。今まで何も無く幸せで生きて来てうらやましい。私とは正反対だ」と。やはり日記は公開すべきものではありませんね。

NEXT:畠山鈴香が泣きながら土下座で謝罪
1/2