超古代文明とは本当に存在していたのか?核戦争との関係は?証拠は? 芸能人

超古代文明とは本当に存在していたのか?核戦争との関係は?証拠は?

超古代文明は未だ議論が続けられており度々私たちの心をワクワクさせてくれます。果たして超古代文明は宇宙人によって作られたのか?存在自体が謎といわれるオーパーツとは?文明を終わらせたのは核戦争だった?など数々の証拠と共にまとめました。

目次

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超古代文明とは?

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超古代文明とは人類が文字による記録を残したとされる紀元前4000年頃よりも前に栄えた文明のことを指しています。宇宙人によって作られたとも言われています。

この時代の文明は現代よりも高度な技術を有しており、その証拠としてオーパーツが度々紹介されています。

このような超古代文明が消滅したのは人間による核戦争やエイリアンが消滅させたという逸話も語られておりTV番組でもしばしば特集されています。

超古代文明をわかりやすく解説した動画は?

超古代文明の解説をわかりやすく説明してくれているyoutube動画があります。あの有名なNASAの気象学者と米ロチェスター大学の天文学者が論文を公開しています。

私たち人間がいた時代以前に急激な気温上昇や放射性炭素量の増加は他の何者かの文明が発達していた証拠の1つだと主張しています。

果たしてこの証言はどこまで信頼できるのか、今後に注目されます。

世界の謎!超古代文明は本当に存在したのか?

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超古代文明は存在する!という主張は度々議論されますがその確証は何なのでしょうか?実は世界中にその痕跡が残されているといいます。

ムー大陸やアトランティス等の伝承

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ムー大陸はかつて1万2千年前に太平洋に存在した大陸とされていて現代よりも高度な文明でありましたが、天変地異により沈没してしまったという伝説の大陸です。

アトランティス大陸は非常に広い島であり、資源の宝庫だったそうです。青銅器文明だったらしく国家としてはかなりの軍事力を有していました。

ここまで発展できたのはポセイドンの末裔であったからとされています。ですがその末裔と人間が混じるにつれ神性がなくなり、9000年前に沈没したとされています。

ムー大陸の痕跡は?

ムー大陸の痕跡を主張したのはアメリカの作家、ジェームズ・チャーチワードで、彼は自身の本「失われたムー大陸」などの一連の著作でその痕跡を証言しています。

ですが当時はムー大陸の痕跡を調べる技術がなかったため、大陸があったとしても証明する手段がありませんでした。

20世紀後半になり海底の地質探査技術も向上するとムー大陸周辺の探査も実施されましたが結果として痕跡は見つかっていません。

アトランティスの痕跡は?

アトランティスを主張したのは古代ギリシャの哲学者プラトンで、著書「ティマイオス」で紹介されました。

2013年4月、日本とブラジルが共同で行った海底調査で様々な痕跡を見つけます。900メートルもの海底を調査した結果陸上にしか存在しないはずの花崗岩が見つかりました。

さらにこの周辺で海の中では決して生成されることがない石英と呼ばれる岩石からできたとされる砂も見つかっていて、かつてここは陸上だったのではないかとされています。

レムリア大陸の痕跡は?

レムリア大陸とはインド洋にあったとされている大陸です。科学的な痕跡としては氷河の融解による海水の上昇が原因で水没したと考えられています。

かつての氷期が終了する際に大量の氷河が溶け出し、地球の海面が約100メートルも上昇したと言われておりこれによりレムリア大陸も水没したと言われています。

ですが先のジェームズ・チャーチワード同様レムリア大陸も白人が支配していたという説があり、白人優越主義による植民地支配を正当化するための嘘ではないかとされています。

南極にも遺跡が?

https://www.youtube.com/watch?time_continue=134&v=KKtVBQl_YEY

南極でもかつては文明があったのかもしれません。NASAのプロジェクト、アイス・ブリッジプロジェクトでレーダー撮影を行った結果、自然のものとは思えないものが見つかりました。

それは厚い氷の下2.3キロの場所にあり、そこには明らかな人工の建造物のような痕跡が残されていました。インドの考古学者、アショカ・トゥリパーティー氏は古代人類の集落跡だと言っています。

超古代文明・オーパーツまとめ!

オーパーツとは、発見された場所や時代が全くそぐわないと言われている物品です。日本語では「場違いな工芸品」と言われています。

現代の技術で超古代文明やオーパーツの科学的証明はできるのでしょうか。本当に実在したのか、それとも嘘なのか。これまでわかっている情報をまとめました。

超古代文明①:ムー大陸

アメリカの作家、ジェームズ・チャーチワードが主張したムー大陸は1万2千年前まで大陸であったと言われていますがその後の技術の発展により少しずつ真相が明らかになりました。

ムー大陸があるとされた太平洋の海域はその後の調査で「1億年前か数千万年前からずっと海だった」とするデータがでたのです。その理由は深海堆積物から見つかったレアアース泥でした。

採取したレアアース泥を分析した結果、レアアースの層は23.6mあることがわかりました。レアアース泥は100万年で50cm未満の堆積しか無い為、少なくとも数千万年前から海だったことが証明されました。

超古代文明②:レムリア

レムリア大陸はイギリスの動物学者フィリップ・スクレーターが1874年に提唱されました。レムリア大陸は現在のユーラシア大陸とほぼ同様の面積がありました。

7万5千年の長い月日の中で少しずつ地殻変動により大半が消滅し最後はオーストラリア程度の島が2つ残りましたがやがて完全に消滅しました。

この最後に残った2つの大陸をムー大陸とレムリア大陸だと主張する神秘学者もいましたが1968年にプレートテクトニクス理論が完成したことによりレムリア大陸説は否定されています。

超古代文明③:アトランティス

古代ギリシャの哲学者プラトンが著書の中で記述したアトランティスはその後オカルティストなどによって様々な憶測や夢物語りが付け加えられました。

さらに1870年にフランスの作家ジュール・ヴェルヌがSF小説「海底2万里」で水没したアトランティスを描き、人々にアトランティスを根付かせアトランティスブームの火付け役になりました。

アトランティスは高度な文明とされていますがプラトンが記述したアトランティスとはかけ離れています。その後プレートテクトニクス理論の完成により大西洋に陸が存在した可能性はなくなりました。

オーパーツ①:イースター島のモアイ像

モアイ像はイースター島にある人面の形をした石像です。島内のアフと呼ばれる高台にほとんどが海に背を向けて建てられています。最大級のモアイ像は高さ20m、重量90tにも及びます。

運搬方法についてはモアイの完成後、すぐに立てられ立った状態で縄を用いて運搬されたとされており、現地の伝説「モアイは自分で歩いた」という根拠にもなることから有力視されています。

モアイという言葉の語源は諸説あり現在でもわかっていませんが建造目的については近年の調査で、モアイ像の台座から人の骨が見つかっており、モアイは墓碑だったのではないかと推測されています。

1992年に日本企業が復元・修復していた

香川県に本社を置く株式会社タダノは、イースター島にあるモアイ像15体を1992年から自社のクレーンを持ち込み復元、修復しています。

きっかけになったのは1988年にTBSで放送された「世界ふしぎ発見!」でイースター島の特集をした際、イースター島の知事が「クレーンがあれば、倒れているモアイを元通りにできるのに」という発言に対し、

当時の黒柳徹子さんが「日本の会社が助けてあげればいいのに」という発言をタダノの社員が見て、それが社長に伝わり実現しました。因みに使用後のクレーンは全てイースター島に寄付したそうです。

オーパーツ②:クリスタルスカル

1927年にイギリス人のミッチェル・ヘッジスが遺跡で発見したという水晶でできたドクロです。1970年の分析結果によると加工の痕跡がない、制作年が不明といったことからオーパーツではないかとされました。

ところが2008年にスミソニアン研究所で再度電子顕微鏡による精密な調査が行われ、クリスタルスカルの表面にダイヤモンド研磨剤の加工痕が見つかり、制作年度も19世紀末以降であることが分かっています。

この調査の結果、遺跡で発見されたことも覆され、調査を続けた結果、ドイツで古物商により作られた可能性が高いと結論づけられました。

オーパーツ③:モーゼの墓

石川県宝達志水町にモーセの墓があります。モーセはやく3430年前に船で日本の能登に渡来しました。天皇に十戒石を献上し天皇の第一皇女と結婚後、12年間新道の修行に励んだとされています。

やがて日本を離れる際、天空浮舟と呼ばれる飛行船に乗って飛び去ったとされており、その後世界中に十戒を広めるという大役を果たしました。

この天空浮舟がUFOではないかとされており、その後モーセは再来日し日本で余生を過ごしています。最後は583歳という長寿を全うして現在の宝達山の三ツ子塚に葬られています。

オーパーツ④:カブレラ・ストーン

ペルーの内科医ハピエル・カブレラ氏は1万5千点以上の彫刻石を持っており、コレクションの中には恐竜と人間が共存しているような絵が描かれておりオーパーツではないかといわれました。

ですがイギリスBBCの取材に対し石を作った人が名乗り出てきたことからオーパーツではないことがわかりました。石にドリルで彫刻し靴墨を塗って火であぶっていかにもオーパーツらしくしていました。

オーパーツ⑤:バールベックの巨石

レバノンにある宗教都市バールベックのジュピター神殿に土台として使われている巨大な石です。

通称「トリリトン」と呼ばれるこの巨石は重さが650t~970tもあるそうで、人の力で動かそうとすると1万5千人の力が必要です。当時の技術では動かすのは不可能と言われていました。

未だ明確な当時の移動方法は判明しておらず現在でも調査が行われています。

与那国島にも海底遺跡が

海底遺跡は1986年にダイバーによって発見されました。その形は特徴的で、いかにも人工的に切り出したかのような跡や人が歩く通路のようなもの、階段状の壁などが世間を注目させました。

人工物説と自然説の2説が未だ議論を続けていますがどちらにせよ非常に特徴的な地形ということで今後の展開次第では歴史上で大きな影響を与えるかもしれません。

火星には超古代文明が存在した?

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1976年7月にバイキング探査機によって撮影された人面岩を皮切りにギザにあるピラミッドとほぼ同じ配列のピラミッドがあるなどかつての文明を示唆するようなものが毎年のように発見されます。

2008年にNASAの火星探査機マーズが撮影した画像の中に長方形の塔のようなものが映り込み人工物ではないかと話題になりました。

昨今では水の存在から、太古の火星には地球に近い環境があり文明があったのかもしれないとの研究結果がでています。

超古代文明の痕跡や証拠はどうやって発見するの?

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天文物理学者であるフランク・アダムス氏によると建造物や遺構が残る様な文明はせいぜい数千年のタイムスケールでしかなくそのほとんどはチリやごみに変わってしまうのだそうです。

そこでアダムス氏は自分たち文明の産業革命以降に急激な二酸化炭素の増加に着目し現在議論されている温暖化問題が二酸化炭素増大にで起因するのか間氷期のサイクルなのかを研究しています。

実際に訳5500万年前に温暖化極大という現象が起きており、もしこれが工業文明による二酸化炭素が原因の温暖化とすれば私たちより以前に文明があったことを示唆する重要な証拠になります。

考古学的に超古代文明を考察!嘘?本当?

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考古学の専門家は超古代文明をどう見ているのでしょうか。天文物理学者のフランク・アダムス氏の提唱を考古学の視点から見ていきます。

超古代文明の時代は?

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アダムス氏が提唱しているのが第四紀で約260万年前、PETM期だと約5500万年前となります。考古学的にみても現在と同レベルか、それを超えるレベルでもこのPETM期は妥当だとしています。

人工物は残らない?

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古代の金属や石に刻まれた金石文が近代の紙媒体に変化し、現在では電子媒体になっているように考古学的にみると人工物は新しいほど来世に残りづらいとされています。

つまりもしも超古代文明があったとしても、それは超古代文明の古代の遺物でありそこまで古い遺物は残っていないに等しいだろうと言われています。

化石は残らないので発見できない

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実際にどこに何の化石がどの深さに眠っているのかはそこを掘削してみないとわかりません。では動物の化石化はどのくらいの確率で起こるのでしょうか?

恐竜の化石で仮定すると恐竜の生息した時期は白亜紀後半焼く6850~6550万年なので約300万年生息しています。恐竜は数億頭生息していたと推測されています。

ですが現在化石として出土までできた恐竜の数は46体分だそうです。いかに化石化するのが難しいかがわかります。古代文明があったとしても発見できるのはかなり難しいでしょう。

フィードバック型文明の場合は痕跡が残らない?

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フランク氏は次の人類の発展は地球からエネルギーを搾取することから今度はフィードバックすることで循環型社会になるだろうと考えています。

そしてその文明がより高度になるとフィードバックも高度になり、後世に残す遺物や痕跡もなくなるだろうという結論を出しています。

超古代文明の核戦争とは?

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超古代核戦争とは四大文明以前に地球上で発展した文明があり、現代の技術をもしのぐ超古代文明時に文明同士の争いによって核戦争に発展し跡形もなく消滅してしまったとされる説です。

実際にインダス文明の古代都市モヘンジョダロの遺跡での発掘作業で見つかった46体の死体は突然死がやってきたような亡くなり方でそのうち9体は高温にあたったような痕跡がありました。

またモヘンジョダロ遺跡の周辺には黒いガラス質の石が多数あり高熱によって溶けた砂が固まったものと判明しています。その物質はテクタイトというガラス物質でした。

超古代文明を作ったのは?

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超古代文明が存在していたならその文明は誰が作ったのでしょうか?人間?宇宙人?それとも巨人?現在までのさまざまな説をまとめました。

宇宙人が人間を造り超古代文明を作り上げた?

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宇宙人説は宇宙人が地球に飛来し人類を創造して文明を与えたという説です。別名を「太古宇宙飛行士来訪説」、「宇宙人考古学」とも言います。

これはスイスの実業家エーリッヒ・フォン・デニケンが1970年代に「未来の記憶」という著書で宇宙超古代史が一気に世間に浸透したことが始まりです。

もちろんこれは一説に過ぎず、話が独り歩きしていることも考えられます。宇宙人による人類創造やそれらしい痕跡は今現在見つかっていません。

巨人族が超古代文明を作った?

南アフリカで発見された巨大な足跡は、長さ1.2m、足から推測して身長7mにも及ぶ巨人がいたとされています。年代を推測すると31億年前だということです。

31億年も前のものが地上で発見されるのはおかしいと考古学者からは言われているようですが、なにやら巨人には秘密が隠されているかもしれません。

米陸軍が巨人と戦闘?

2002年のアフガニスタン作戦に参加していた米陸軍の兵士が山岳地帯を偵察していたところ、洞窟から4メートルを超える巨人がでてきて戦闘になり巨人を殺害したといいます。

兵士の証言では巨人の肌は青白く髪の毛の色は赤かったとされていて手足の指は共に6本あったとされています。すぐにヘリコプターで巨人は回収され兵士たちはかん口令が敷かれました。

その後、当時のヘリコプターに乗っていた兵士がラジオ番組に出演しいんたびゅーに答えています。兵士らは巨人に関する一切の情報を隠蔽しようとする強い圧力があると証言しています。

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