カスパー・ハウザーとは?ドイツの孤児?謎が多い?真相を検証! 社会

カスパー・ハウザーとは?ドイツの孤児?謎が多い?真相を検証!

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カスパー・ハウザー以外にもいた!実在した野生児たち

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カスパー・ハウザーのように、人為的に外界との接触を絶たれて成長した青年の例というのは非常に珍しいとされますが、歴史上には彼のような野生児というのは複数存在します。

ここでは、カスパー・ハウザー同様に、異常な環境で育った後に保護された野生児たちを紹介していきます。

野生児ピーター

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1725年に北ドイツの森で、まるで野生の猿のような生活をしていた1人の少年が保護されました。12歳前後に見えるその少年は服さえ着ておらず、人間らしさを失っていたそうです。

少年はイギリス王室のジョージ1世に引き取られてピーターと名付けられましたが、言語を覚えることもできず、持て余したイギリス王室は、金銭的な援助をしながら彼を田舎で生活させたと言います。

マミー=アンジェリーク・メミー・ル・ブラン

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1731年、フランスのソンギーに獣の皮を身に着け、石斧を持った謎の少女が現れました。この少女は非常に力が強く、獣のような唸り声をあげ、石斧一つでで獰猛な番犬を撲殺するなどの行動が見られたそうです。

保護された後はフランス語を話せるようになり、マミー=アンジェリーク・メミー・ル・ブランという名前を授けられて、修道女として暮らしたと言います。

ディナ・サニチャル

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1867年、インド北部の山岳部で狩りをしていた狩人が、洞窟の入り口で眠っている不思議な獣を発見しました。しかし、罠を仕掛けて捕まえてみると、そこには6歳前後に見える少年が掛かっていたのです。

狼とともに生活していたと思われるこの少年は、言語を覚えることもなく、孤児院でつけられたディナ・サニチャルという自分の名前に親しみを覚えることもなかったと言います。

彼は1895年に死亡していますが、最後まで人間の生活に馴染むことはなかったそうです。

カスパー・ハウザーで町おこし?

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ニュンベルクで保護されたカスパー・ハウザーですが、1831年から晩年にあたる1833年までは、ドイツのバイエルン州のアンスバッハで生活をしていました。

暮らしたのは短い期間でしたが、アンスバッハには彼が襲われたホーフガルテンや、息を引き取った家、墓碑などがあり、現在ではカスパー・ハウザーの遺品を展示した博物館もあります。

アンスバッハの町はカスパー・ハウザーで町おこしをしており、上で紹介したバーデン大公との血縁関係を検証するDNA鑑定の際も協力をしています。

カスパー・ハウザーとは誰だったのか?

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カスパー・ハウザーの謎は、現在でも19世紀のドイツ最大のミステリーとされています。

謎を解く鍵を握るバーデン家が文書館の公開を拒否していることなどから、やはり何かあるのでは?と憶測も呼んでいますが、詳しいことは分かりません。

ただ分かっていることは、彼が孤独の中に生き、そして死んでいったことだけ。「地下の部屋に帰りたい」と呟くことさえあったというカスパー・ハウザーの魂が、安らかに眠っていることを祈るばかりです。

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