ギョベクリテペはトルコの世界遺産?世界最古の神殿?謎が多い? 社会

ギョベクリテペはトルコの世界遺産?世界最古の神殿?謎が多い?

ギョベクリテペはトルコで発掘された遺跡です。2018年にはユネスコ世界遺産に登録されることが発表されました。しかし謎も多く残りさまざまな仮説が立てられているのも事実です。今回はそんな歴史を覆すかもしれないギョベクリテペを詳しく解説します。

目次

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トルコの世界遺産、ギョベクリテペとはどんな遺産?

謎が多く神秘的なギョベクリテペですが、まずはその場所や歴史についての概要を見ていきましょう。

ギョベクリテペとは?場所は?

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ギョベクリテペはシリアとイラク国境に近いトルコ南東部のシャンルウルファの丘の上の赤い大地に埋もれていた神殿遺跡です。トルコのイスタンブールから約800㎞離れています。

付近一帯の建造物を総称してギョベクリテペと呼び、世界最古の歴史を覆したことでも知られています。近くにはメソポタミア文明を生んだティグリス川とユーフラテス川が流れています。

「ギョベクリ」とは太鼓腹、「テペ」は丘という意味です。標高約760mにあるギョベクリテペは膨らんだお腹のように見えるということでしょう。

発見から発掘に至るまで

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1963年にイスタンブール大学と、アメリカ・シカゴ大学の合同調査で発見されました。しかし耕作に邪魔な石などはすでに運び出されていて、遺跡としての姿はありませんでした。

1995年にドイツの考古学者の協力で発掘作業をしている最中、農作業をしていた地元民によって大きな石が発見され、それが石柱であることがわかり本格的な発掘調査に入りました。

そして巨大なT字型の石柱が見つかり、大規模な遺跡群の存在も判明しました。しかし十数年かけて掘り起こしたのは全体の5%にすぎません。

ギョベクリテペはいつの時代の遺跡?

遺跡が建てられたのは推定11,500年前です。ギザの大ピラミッドの完成や、地球上で最古の高度な文明といわれるメソポタミア文明よりも7000年も古い文明の遺跡ということです。

一番古いのは今から1万2000年前のもので、それから埋められたり、新しい建物が建築されたりして、紀元前8000年頃に埋められてからは放棄されていることがわかりました。

ギョベクリテペは神殿遺跡?世界最古の神殿?

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ギョベクリテペは神殿遺跡という説が強力ですが、はっきりとしない部分もあり謎が残ります。

というのも、これだけの神殿を作るには長い歳月と多くの人手が必要になり、周りに建設に携わった人たちが暮らす住居があるはずですが、住居跡が見つかっていないのです。

神殿と考えられるに至った経緯

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2006年にドイツの有名な雑誌「シュピーゲル」と「GEO」でギョベクリテペに関する記述が掲載されました。それによって広く知られ、2007年から本格的に発掘が始まりました。

そして直径20~30mの円形や楕円形に石を積み上げた建造物の発見によって、人々が祈りを捧げた神殿だと推測されました。

もし神殿であれば、紀元前1万年頃に建設されたものであるため、世界最古の神殿とされていたマルタ島の巨石神殿よりも古い神殿の発見となります。

建造物のデザイン・技術

この建築は円形を中心に考えられたデザインになっており、重さ平均50トンという巨石をいくつも切り出して加工し、使用されています。

中心部分に二本の柱が立ち、周囲を円形の壁に覆われています。内部の巨石の多くはT字型に切り出されている事からも、巨石を切り出す技術や人員がいた事がわかります。

最初の文明以前に宗教があった?

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宗教は、農耕が始まり人々が定住し出して生まれたと考えられていました。しかしギョベクリテペには人が暮らしていた形跡がありません。

そして神殿が建設されたのは人々がまだ狩りをして暮していた時代です。農耕という最初の文明よりも前に宗教があったということになるのです。

ギョベクリテペに彫刻されているのは?

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新石器時代にギョベクリテペではすでに、5mものT字形の石灰岩の石柱が、石組みとともに約30mの円形で並んでいました。

当時の様子がうかがえる動物のモチーフ

石柱や石壁には動物が多く彫刻されています。ヘビやクモ、サソリ、イノシシ、牛、ライオン、キツネ、ダチョウ、ハゲタカなど当時あたりにいた野生動物がモチーフです。

また人面鳥のような半人半獣、牙をもった怪物なども彫刻されています。装飾の概念もあるので、神殿または祭祀場として建てられた可能性が高いのです。

動物のモチーフは狩りの成功を祈ったものだと考えられています。また当時は動物も多く生息する緑豊かな土地だったことも推測されます。

ギョベクリテペで世界最初の象形文字が発見?

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ギョベクリテペのオベリスクに描かれている絵は、世界最初の象形文字の可能性があります。この種の壁画は思いつくままに描かれたものとは違います。

ハゲワシの翼の中に人間の頭部が描かれたものや、頭部のない人間の体なども描かれています。

ギョベクリテペの画像は?

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ギョベクリテペでは現在も発掘作業が行われています。インスタグラムではその様子が日々更新されています。

こちらも作業中掘り起こされたイノシシの彫刻と丸いオブジェです。

ギョベクリテペにある彫刻の入った柱です。人間をかたどったようなものもデザインされています。

ギョベクリテペは世界遺産に登録された!

2018年、ギョベクリテペ遺跡はユネスコ(UNESCO:国連教育科学文化機関)において世界遺産に登録されることが決まりました。 トルコのユネスコ世界遺産登録としては18件目です。

2011年からユネスコ世界遺産暫定リストに登録されていたので、地元のシャンルウルファ県民、市民団体、トルコ国民から外国人観光客までも喜びに湧きました。

ギョベクリテペの謎とは?嘘?動画もあり!

ギョベクリテペはいまだに謎も多く残っています。それだけに、もしこれが解明されると人類の歴史を覆す偉大な発見となることは確かです。

住居跡が残っていない?

狩猟採集時代、人々は獲物がいる地域に移動しながら生活を送っていました。その時代に神殿群を建てるという事は付近に定住していたと考えられます。

しかし、ここでは居住跡が見つかっていません。建て終えてすぐに別の地に旅立ったとも考えにくいので、とても不思議で謎は残ります。

出土する人間のモチーフの石像?

ギョベクリテペでは人間をモチーフにした石像がたくさん出土しています。しかし、なかには意図的に頭部や口が無いものがあり、これもギョベクリテペに囁かれる謎の一つとされています。

これは一説には、のちの南米の様に生贄信仰が存在していたためではないかといわれています。もともと行われていた生け贄の代わりとして石像を作って配したのではないかというものです。

ギョベクリテペは埋められた?

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一説には紀元前8000年前にはこの神殿群は実は放棄されていた、という研究結果もあり、もしそうならば建設から2000年ほどで野ざらしになったということです。

そして意図的に埋められていたのではないかとされています。これほど長い歳月を経ているのにもかかわらず奇跡的なほどに損壊を免れているのです。

ギョベクリテペは宇宙人がいたことを肯定している?

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出土している人間をモチーフにした石像に口がない事にはある仮説が立っています。それは、地球外から何者かがギョベクリテペの地に降り立ち、遺跡をつくったという説です。

宇宙人はテレパシーで会話するため口が無いので、石像にも描かれなかったと考えられます。そして彼らの高度な知識や技術で人間の文明を発達させたのではというのです。

出土したもののなかには口がある彫刻もあり、口のない石像は口のない何者かが存在していたという説をより確かなものにしていると考えることもできます。

ギョベクリテペは本当に人間によって建てられたのか?

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重機もない時代にあれだけのものを人の手でつくるとすると、相当な時間がかかることは間違いありません。近くに生活の拠点を置いて、現場に通ったと考えるのが普通でしょう。

しかし付近には居住したあとが見当たっていません。あの巨大な石を運ぶのには少なくとも500人は必要なので謎は深まります。本当に人間に建てられたのかとさえ疑問です。

ギョベクリテペはすべての定説を覆す?

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こういった神殿が出来るまでには過程があるものです。畑を耕して食料を備蓄し、貧富の差により階級ができます。そして都市が生まれて信仰が始まり、神殿が建てられるのです。

しかしこの遺跡は信仰から始まって、神殿を建ててから人が集まったことになり、農耕から始まるという定説を覆してしまうのです。

ギョベクリテペの謎の動画とは?

https://www.youtube.com/watch?v=5YzYiiiOMis

ギョベクリテペの謎に関する動画もあり、実際の現地の写真とともに解説されています。

ギョベクリテペには他の文明との共通点が多い?

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ギョベクリテペは、他の文明と繋がっていると考えられる事実がたくさんあります。もしかするとギョベクリテペがすべてのルーツになるかもしれません。

ギョベクリテペに似ている遺跡「ネヴァル・コリ」

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ギョベクリテペを放棄した約500年後のものと思われるギョベクリテぺに似た地下神殿が付近で発掘されています。

これはネヴァル・コリ遺跡と呼ばれ、地下神殿のつくりがギョベクリテペにそっくりなのです。付近で出土した物の中にもギョベクリテペの信仰を引き継いでいると思われるものがあります。

メソポタミア文明との共通点も?

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メソポタミア北部にションルウルファという街があります。イスラムの伝承によると預言者アブラハムがカナンへ向けて出発した「カルデアのウル」はこのウルファのことです。

この「カルデアのウル」が「シュメールの古代都市ウル」であるというのが主流の説となっていますがギョベクリテペとメソポタミア文明との繋がりを感じます。

なんにせよ広義な意味ではメソポタミアという地域内の繋がりはあるので、ギョベクリ・テペからネヴァル・コリへ、そこからメソポタミア文明という流れがあったかもしれません。

モアイ像に似た石像

ギョベクリテペの石像の彫刻は、モアイを代表とする他の地域の石像と共通点が多いというのも興味深い事実です。

建造に携わった民族がその後海を渡り世界中に散っていったのではという仮説もあり、新しい歴史の発見に繋がるかもしれません。

新石器時代始まりの場所?

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遺跡を新石器時代の初期段階と関連付ける解釈もあります。 現代私たちが食べている麦は、この地域で初めて栽培された可能性があるのです。

よって農耕の始まりはこの地域だと考えられるため、新石器時代は大規模な社会組織として急速に発展したことになります。

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