廃村ってなに?日本で有名な廃村はどこ? おもしろ

廃村ってなに?日本で有名な廃村はどこ?

横須賀で有名な田浦の廃村、SIRENのモデルになり話題になった埼玉の廃村、寒川集落など日本には廃村がいくつか存在します。これらのゴーストタウンは「怖い」「不気味」と心霊スポットになる事もあります。ここでは日本で有明な廃村についてまとめました。

目次

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廃村ってなに?日本で有名な廃村はどこ?

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「廃村」とはどういった村の事を指すのでしょうか?ここからは、廃村とはなにか?廃村になる理由や、日本で有名な廃村について見ていきます。

廃村とは

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廃村とは、何らかの理由で人が居住しなくなり、居住していた建物のみが残され誰もいなくなった村や、市町村合併などによって存在しなくなった村のことを言います。

廃村になってしまう理由は様々

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廃村になる理由は主に産業や鉱業の衰退、治安悪化、自然災害、環境汚染、などの理由があります。

産業、鉱業が衰退すれば、その村の存在意味を失う事となるため、産業や鉱業の衰退によって廃村化するのは典型的なパターンです。

また、自然災害や環境汚染は火山の噴火や集中豪雨などによって受けた被害の規模が大きい場合、復旧が困難になる事から、そのまま放棄され廃村と化す事が多いです。

なぜこんなところに!神奈川県横須賀市にある田浦廃村とは

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廃村と言えば、山奥や無人島などの寂しいところにあるようなイメージですが、田浦の廃村は市街地から最も近い場所にあり廃村になった理由など謎の多い場所です。

市街地からも程近く変電所もある?『田浦廃村』はどこに!

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田浦の廃村は、神奈川県横須賀市浦町の田浦変電所裏にあります。ネットで「横須賀の廃墟」で調べるとすぐにこの場所が出てくるほど有名で、休日には廃墟マニアが写真を撮りに現れるそうです。

田浦の廃村は1997年から「湘南田浦ニュータウン」として543戸の住宅開発が行われる予定でしたが、その計画は中止されそのままの状態で放棄されました。

そして20軒以上の家屋を残し、ゴーストタウンと化しました。以下の動画は、実際に田浦廃村へ行った人が撮影したものです。

近くにはホタルの里も?

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田浦廃村は「変電所エリア」と「ほたるの里エリア」があります。ほたるの里エリアは、手付かずの自然が残されておりホタルを観察できる事から、観光開発されつつあるようです。

廃村になった経緯は?

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1997年から田浦町3丁目、4丁目に「湘南田浦ニュータウン」として534戸の住宅開発が行われる予定でした。その為、1999年頃にここに住んでいた住人は退去しています。

この土地を開発する予定だったのが、「湘南田浦ニュータウン(株)」という会社でしたが、開発途中でこの会社が倒産し開発計画が中止になりました。

開発は中止されましたが住人は立ち退いたままだった為、そのままの状態で放置される事になり廃村になったようです。

引越しではない?廃屋には物がたくさん残っている!

田浦廃村の廃墟の中には、ベッドやソファ、洗濯機などのほか、ランドセル、本、ゴミ箱にはゴミが残されたまま、壁にはポスターなどが貼り付けられたままの状態で残されてています。

中にはアルバムや写真などもそのまま残されており、引越しをしたというよりも住人が消えたのではないか?と感じさせるほど生活感を感じさせます。

廃村のはずなのに畑が!まだ誰か住んでいる?

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廃村に入り、山の方へと進んでいくと突然畑が現れます。きちんと手入れをされた畑が突然山の中にぽつんと現れ明らかに誰かが野菜を育てているようです。まだ誰かが住んでいるのかもしれません。

【目撃談】グラビアの撮影もされていた?

田浦廃村の田浦廃村へ探索した人の目撃情報によると、廃墟の2階ベランダでカメラマンと女性1人がグラビアの撮影をしていたそうです。

田浦廃村はオウム真理教との関係があった?

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田浦廃村で廃墟探索をした方が、田浦廃村の廃墟中で毛布、空き缶や筋トレに使う道具など明らかに誰かが生活をしていた形跡が発見しています。

そして部屋のクローゼットには、オウム真理教信者の書いたものと思われる文章も残されており「オウム真理教の残党が一時期潜伏していた」という情報もあります。

ネットでは、「引越しの荷物をまとめる時間もないほど、住人が退去していった理由と何か関係があるのでは?」と言われています。

少女の霊がでる!?『伽倻子の家』と呼ばれる家がある?

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廃墟の中のひとつに「伽耶子の家」と呼ばれている家があります。この家では「少女の霊が出る」という噂があり、有名な心霊スポットとなっています。

2018年には立ち入り禁止地域へ

田浦村は217年に周辺地域への立ち入りが禁止され、警察が巡回し徹底的に管理されおり2019年2月に解体工事が行われました。

警察によるパトロールも厳しくなっている

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田浦廃村周辺の管理はかなり厳しいようで、警察が頻繁に巡回しています。

「オウム真理教の残党が一時期潜伏していた」という噂と関係があるのかは不明でしたが、警察の巡回は頻繁で厳しく、この周囲に近づくだけで職務質問を受けた人も多いようです。

【動画あり】日本各地の廃村を紹介!村であった実話や怖い話も?

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ここからは日本各地の有名な廃村と、その村が廃村になってしまった理由や村であった怖い話しなどもご紹介していきます。

日本の廃村①宮崎県西都・寒川集落

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寒川集落は宮崎県西都市にある廃村です。1878年には42世帯215人の人が住んでいましたが、1989年2月には6世帯13人まで激減し平均年齢は70才を超えていた事から「限界集落」とよばれていました。

寒川の基幹産業は林業で、しいたけ栽培が中心でしたが年金や親族からの仕送りに頼らなければ生活は苦しかったようです。そして寒川集落は1990年に廃村となりました。

また、現在寒川集落には木造校舎などがそのまま残されており、映画の舞台に使われた事もあります。

実際にあった怖い話は?

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この集落では特に「何か出た、大きな災害があった」という情報はありませんが、廃墟がそのまま残っている事もありかなり不気味な雰囲気ですので心霊スポットになっているようです。

こちらの動画は廃村になった宮崎県寒川集落の動画です。

日本の廃村②千葉県君津市・湯ヶ滝集落

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千葉県君津市・湯ヶ滝集落は、君津市黄和田畑にある集落です。廃村になる前の住居の戸数は3軒程度で、そのうち2軒が倒壊、現在は1軒のみが廃墟として残っているようです。

小櫃川に架かる木製の橋で集落と県道を行き来していましたが、この橋が崩落したことにより交通手段が絶たれ、住民が移住すはじめ1966年頃に廃村となりました。

実際にあった怖い話は?

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ここでは、気候も安定しておりこれまで特に大きな災害などもなかったようです。

現在は、家屋の他に井戸や朽ちた自転車、生活用品や墓地などが残されていますが、そのほとんどが自然に取り込まれており何とも言えない不気味さを感じさせます。

日本の廃村③長野県小谷市・六合村

六合(くに)村は、長野県小谷村にある集落です。急速な過疎化が進み廃村となりました。

昭和63年には6世帯の家屋がありましたが1999年には3つの家屋を残して家屋は撤去されています。

実際にあった怖い話は?

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六合村に関する情報が少なく、今までここで災害などが起きたという記録は確認できませんでしたが、廃屋や道路には所々に「私有地につきわらびを取らぬこと」という注意書きがあります。

道路から村へ通じる道の途中にある墓地は、どの墓もきちんと手入れがされているようなので、人は住んでいませんが定期的に人の姿はあるようです。

日本の廃村④埼玉県秩父・小倉沢集落

埼玉県秩父市の山奥にある「小倉沢集落、は通称「日窒鉱山」「ニッチツ鉱山」とも呼ばれており、最盛期では2000人ほどの人が小倉沢集落で生活をしていました。

現在も鉱山の一部はは稼働しており、ニッチツの方が管理をしていますが当時の学校や居住区などは当時のままの状態で残されています。

実際にあった怖い話は?

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小倉沢集落に残されている「小倉沢小中学校跡」は心霊スポットとして有名で女性の霊が出るという目撃情報も多い場所です。

また、建物は一部崩壊しているものもありますが当時の新聞や雑誌なども残っておりかなり当時の生活感を感じる事ができます。

日本の廃村⑤埼玉県秩父・冠岩集落

冠岩集落は、埼玉県秩父市にある廃村で白岩集落と冠岩集落は峠を境界にして東西にある集落です。

このふたつの集落は峠道で繋がっており、1980年代に離村し現在では3軒ほどの廃屋が残されています。

廃村になった理由は限界集落だったのでは?と言われています。

実際にあった怖い話は?

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冠岩集落は平将門一族が残党からの追手から逃れる為に隠れ住んだ場所と言われており、「首無武者伝説」などもあります。

また、冠岩集落の外れには板碑が建てられています。これらは昔m落ち武者はこの土地に御堂を建てようとし、御堂完成間近のところで何者かによって惨殺されました。

板碑はその供養の為に建てられたものといわれており、板碑には1403年(応永10年)1472年(文明4年)と刻まれています。

日本の廃村⑥埼玉県飯能・白岩集落

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白岩集落は、鳥首峠の登山コースの途中にある集落で2003年に発売されたホラーゲーム「SIREN」(サイレン)の舞台になった「羽生蛇村」(はにゅうだむうら)のモデルになった村です。

現在は「鳥首峠」と呼ばれるようになっていますが、昔は「取首峠」と言われており、その由来はこの場所で落ち武者を待ち伏せし、首を取っていたからと言われています。

集落は「上白岩」「下白岩」に分かれており、最盛期の時は上白岩に6戸、下白岩に23戸の居住者がいましたが1994年に最後の居住者が亡くなった為完全に廃村となりました。

実際にあった怖い話は?

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この集落では「落ち武者を待ち伏せし、首をとっていた場所」という言われており、「恨みを抱いた落ち武者の霊が彷徨う場所」と言われています。

その為、この集落で「落ち武者の霊を見た」という目撃情報が多いようです。

また、白岩集落の石炭工場の側へ複数人で行った人の体験談で「この集落を訪れたあと、ここへ行った全員が両目のないおじさんに出会う」という悪夢を見たそうです。

日本の廃村⑦埼玉県さいたま市・塚本集落

塚本集落は、大正時代から頻繁に水害の被害があり1999年(平成11年)の水害により住民が移転、平成14年に全世帯が移転し廃村となりました。

現在、残されていた家は解体され更地になっています。

実際にあった怖い話は?

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塚本集落の近くにある「秋ヶ瀬公園」は有名な心霊スポットであり、自殺の名所でもあります。

その為、秋ヶ瀬公園では霊の目撃情報が多く、秋ヶ瀬公園から近い市指定の天然記念物「薬師堂のマキ」付近は一番霊の目撃情報が多いようです。

天然記念物に登録されている『薬師堂のマキ』とは

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薬師堂のマキは、荒川の河川敷にある薬師堂の正面にあるマキ科の木です。塚本集落の宇田家が管理していたもので「目の病気にご利益がある」と言われています。

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