おじろく・おばさとは?実在した嘘のような風習とは?論文もある?

「おじろく・おばさ」とは、長野県の神原村(現伊那郡天龍村神原)に20世紀まで存在した奴隷風習のことです。この風習はどんなものであったのか調べてみました。この風習についての論文もあります。「おじろく・おばさ」を題材にした漫画が存在し、そのネタバレもまとめました。

おじろく・おばさWiki!長男以外は奴隷?やばい風習?

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それほど遠くない昔まであった「おじろく・おばさ」とはいったいどんな風習なのでしょうか。

おじろく・おばさとは?長野県神原村に存在したやばい風習?

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「おじろく・おばさ」とは、長野県神原村(現天龍村神原)に16~17世紀頃から存在した風習です。家長となる長男より下の子は、男は「おじろく」女は「おばさ」と呼ばれ、長男のために働かせられました。

人権を無視した風習

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「おじろく・おばさ」の人たちは幼少期から世間との繋がりを絶たせられ、言いつけられたこと以外は何もできず、無口で無表情のロボットのような人間性に変わり果ててしまいました。人権を無視した恐ろしい風習です。

神原村はどんなところ?現在の天龍村大字神原?

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長野県の南端に位置する神原村。現在の天龍村神原です。1956年に村は廃止されました。廃止時点で人口は1,946人、面積は58.71㎢でした。日本三大酷道のひとつ「国道418号線」が通過する所です。

神原村は耕地面積が少ない

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神原村は、高山の谷間で平地というような土地はほとんどなく、耕地面積が充分にとれません。

おじろく・おばさ制度は人口制限法?長男以外は奴隷のように働かされた?

神原村は耕地面積がとれず、長男より下の子は養う余裕がありません。そこで考え出されたのが「おじろく・おばさ」制度です。長男だけが結婚して社会生活を営み、下の子たちは一生長男のために働く人口制限法でした。

世間との交際を禁じられた

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長男より下の子は、他家の養子になったり嫁いだりしない限り、結婚も世間との交際も禁じられ、一生戸主のために無報酬で働かせられました。家庭内の地位は戸主の妻子以下で、自分の甥や姪に下男として扱われました。

戸籍には「厄介」とだけ記されていた

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宗門別帳や戸籍には「厄介」と記されていました。家庭内でも村内でも疎外者で交際もなく、村祭に出ることもありませんでした。「おじろく・おばさ」同士で交際はなく、多くの者が童貞、処女で一生を終えたそうです。

おじろく・おばさは現在は存在しない?いつ頃まであったの?

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「おじろく・おばさ」は16~17世紀頃から何百年も存在した風習です。現在は存在しません。明治5年では人口2000人の村に190人、昭和40年代でも3人の「おじろく・おばさ」が生きていたといいます。

おじろく・おばさとなった人はどのような生活をしていたの?

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「おじろく・おばさ」は、近所の人との交流もなく、話しかけても返事をしませんが、家族のためによく働いて不平を言わなかったといいます。無口で、怒ることも笑うこともなく、趣味もなかったそうです。

おじろく・おばさは無口で無愛想だった

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「おじろく・おばさ」は子供の頃は普通ですが、20歳過ぎてから無愛想になり、挨拶もせず、声をかけると会釈をするぐらいで無口で無表情になりました。身なりはきちんとしていました。

希望もなく不満もない

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「おじろく・おばさ」の人たちは人と会うことも話しかけられることも嫌いました。楽しいことも辛いこともなく、世の中への嫌気や、結婚願望もありませんでした。また、希望も不満もありませんでした。

村を出てもすぐに戻ってきた

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おじろくが村を出ることは非常に悪いことで掟に背くことという考えがあったので、村を出る者はほとんどいませんでした。まれに出る者がいても、人付き合いが上手くできず、すぐに戻ってきたそうです。

おじろく・おばさが存在した頃の時代背景は?長男だけが相続人だった?

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1673年、分地制限令が出ました。分地制限令とは、江戸時代に幕府が出した田畑分割相続の制限令です。この分地制限令に伴って、農民の間でも嫡子単独相続が定着していきました。

長男以外は家督を継げない

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富農の場合を除き、長男のみが家督を相続します。長男が死亡したり病気になったりした場合のために次男などがいたそうです。結婚を制限し、人口を減らすために生まれたのが「おじろく・おばさ」です。

おじろく・おばさには、論文がある?不満がなかった理由は?

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『精神医学』1964年6月号には、現存していた男2人、女1人の「おじろく・おばさ」と面接して、彼らの精神状態を診断したレポートが掲載されました。「おじろく・おばさ」には不満がなかったのでしょうか。

おじろく・おばさの論文がある?本人たちには不満がない?面接で語った内容とは?

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「おじろく・おばさ」は人嫌いで無口で無表情であったため、催眠鎮静剤であるアミタールを投与して面接を行ったそうです。固かった表情が柔らかくなり、質問に答えるようになりました。

おばさが語ったこと

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他家へ行くのは嫌いで、面白いことや楽しい思い出はなかったそうです。自分の家が一番よい、よそへ行っても何もできないと語っていました。自分はばかだから字も読めないし、話もできないと劣等感を持っていました。

姉が亡くなっても悲しくなかった

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「おばさ」の姉が亡くなった時も、別に悲しくなかったそうです。挨拶もせず、涙も流さなかったそうです。アミタールの効果が切れてくるとそっけなくなり、隙を見て奥の部屋に逃げ込もうとするそうです。

おじろくが語ったこと

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徴兵検査前に大工仕事を習い、楽しいことも辛いこともなく、不満もなく友人もないそうです。女遊びもせず、世の中を嫌と思ったこともなく、こんな生活をばからしいとも思わない、希望も不満もないと語ったそうです。

1人のおじろくは無口でなかった

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2人の「おじろく」のうちの1人は、弱かった長兄のかわりに大黒柱のように働いてきたので、人と会うことも嫌がらず、挨拶もしたそうです。おじろくに生まれて損と思わないと語ったそうです。

古老が語ったおじろく・おばさの実態は?

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村の古老数人の話では、結婚もせず、一生家族のために働いて不平を言わなかったそうです。「おじろく・おばさ」同士交際することもなく、「おじろく」が「おばさ」の所に夜這いに行ったという話もあったそうです。

怠け者はいなかった

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夜這いの話はまれで、ほとんどが童貞、処女のまま一生を送り、怠け者はいなかったそうです。よく働くので、「おじろく・おばさ」のいる家は裕福なると言われたそうです。

子供の頃は普通だった

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子供の頃は普通でしたが、20歳過ぎてから無愛想になり、その家へ行くと奥へ隠れてしまうのもあり、挨拶をしても見向きもせず仕事をしていたり、話しかけても返事もしなかったそうです。

おじろく・おばさは不満を感じない、親もかわいそうと思わなかった理由は?

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「おじろく・おばさ」は物心つくまでは長男と同じように育てられますが、次第に弟や妹は兄に従うことと、将来は兄のために働くということを教え込まれます。兄に背いたり、家の仕事を嫌がると親が叱りつけました。

おじろく・おばさとして育てるのが当然だった

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成長するに従って兄と違う扱いを受けるようになりますが、酷い仕打ちだと恨まれることはなかったそうです。親たちも長男以外は「おじろく・おばさ」として育てるのが当然だったので、可哀想と思わなかったそうです。

おじろく・おばさは言いつけられたこと以外できなくなってしまう?

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この奴隷的な状況が「おじろく・おばさ」の精神にも影響していたようです。彼らはいつも無表情で挨拶すらできないロボットのような人格になり、言いつけられたこと以外はできなくなってしまいました。

おじろく・おばさは長野県神原村以外にも存在したの?

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長野県神原村(現天龍村神原)以外にその風習は確認できません。山林によって隔絶された村では独自の文化が生まれる場合が多く、山深い寒村などでは、似たような風習が存在したかもしれません。

おじろく・おばさは嘘?都市伝説?

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嘘のような風習「おじろく・おばさ」は、都市伝説なのでしょうか。

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