見世物小屋の歴史と現在の日本で見れる場所!花園神社に蛇女?狂ったOLとは? エンタメ

見世物小屋の歴史と現在の日本で見れる場所!花園神社に蛇女?狂ったOLとは?

一昔前、お祭に見世物小屋は付き物でしが、昨今めっきり見掛けません。しかし、完全に消えた訳ではなく一部地域では見る事も可能です。また花園神社の蛇女や狂ったOLは話題になる事も多いです。そこで、今回は見世物小屋の歴史や話題の蛇女などについて調べてみました。

目次

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見世物小屋とは?

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見世物小屋は日本国内のみならず、かつては国外にも存在していました。様々な芸が披露されますが通常のサーカスとは違い、奇異な外見に主眼を置かれています。

芸の他にも当時はまだ珍しかった動物を披露したり、猿と魚のミイラを継ぎ合わせて、「人魚」として披露する事もありました。大きな板に血糊を付けて「大イタチ」と称したダジャレ的な物も存在します。

また見世物小屋には、身体障碍者が収入を獲得する生活手段としての一面も持っていました。有名な例としては中村久子さんがあげられます。

現在も日本で興行している新宿・花園神社の見世物小屋

現在営業している見世物小屋は、大寅興行社のみとなっており、新宿の花園神社では見世物小屋の興行が行われています。とは言え、年を通してやっている訳ではありません。

世物小屋の存在や演じられる演目はツイッターなどの各種SNSで話題になっており、見世物小屋に興味を示す人が多数居る事が分かります・

毎年酉の市に行くと見世物小屋に立ち寄る人、初めて立ち寄って非現実的とも言える其処だけの空気に魅了された人、興味はあるけど怖くて入れなかった人などが反応は様々です。

酉の市で開かれる見世物小屋

酉の市とは、関東地方を中心に11月の酉の日に行われる祭りであり、花園神社も開催地の1つになっています。話題の見世物小屋は酉の市の開催期間中に開かれます。

入場料は後払いで大人800円。一度の公演約20分ですが、いつでも入る事が可能です。場内は撮影や録音は禁止であり、各演目の最初に「ここまで見た方は」との口上がある為、自然と退出が可能のようです。

外観の撮影は問題無く可能の為多くの人が写真に納めSNSなどで公開されています。また見世物小屋において魅力的なのは演目だけではありません。呼び込み口上も名物の1つであり、多くの人を魅了しています。

見世物小屋の蛇娘、小雪太夫

生きた蛇を食べる、鎖を鼻から口へ通す、火を噴く芸などを披露した小雪太夫さんは白塗り、赤襦袢、艶のある黒髪、端正な顔立ちで見世物小屋のアイドル的なポジションでもありました。

元々はゴキブリコンビナートという劇団に所属しており、劇団ではセロトニン瘍子という名前で活動していました。見世物小屋芸人となったのは2003年の事、2005年には福岡の新聞で取り上げられています。

セロトニン瘍子としてのプロフィールによると1979年生まれであり、お峰太夫というその筋では有名な方の芸を見て感化され、「私も蛇を食べたい」と見世物小屋の世界へと足を踏みいれました。

彼女の登場で見世物小屋は息を吹き返したと称する人もおり、端麗な容姿、パフォーマンスの後に見せる茶目っ気のある動作。血が付着した姿はグロテスクでありながら妖艶な雰囲気を放っており観客を魅了しました。

尚使用する蛇は1匹5000円もする為、さすがに毎回新たな蛇を使用する訳にもいかず、使い回しで使用しており、頭のついた蛇を使用するのは1時間に1回だったそうです。

前述の通り、大層な人気を博した小雪太夫ですが、2012~13年頃を堺に見世物小屋の舞台から姿を消しました。

小雪太夫は引退している?

彼女が姿を消した理由については諸説あります。よく言われるのが、生きた蛇を食べるパフォーマンスに関係上動物愛護団体から抗議を受け、その影響という説です。

この他にも、逃亡説、休業説、失踪説、寿退職など様々は憶測が飛び交っており、どれが真実なのかは定かではありませんが現状では見世物小屋の世界からは身を引いています。

しかし、2017年の情報によるとライブハウスで行われる演劇に出演しており、また見世物小屋に戻るかどうかは未定と答えていたとの情報が存在します。

ゲジゲジを食べる新蛇女

2013年、小雪太夫さんが舞台から去った事により、急遽デビューする事となった新蛇女。触れ込みとしては、昭和の時代に山中で保護されて人語を話さないとの事です。

登場当初は檻に入れられており、司会者から「狂暴だから注意してくれ」との旨の言葉が発せられた後に檻から解き放たれ、暫しステージ上で暴れまわります。

続いて、司会者が掲げたペットボトルの中にいるのは虫。その後に、観客に大して中身を見せるのですが、頭上に降って来そうな程観客席とステージは近いです。

「これー!さっき靖国神社の便所で拾ってきた虫達です。
蛇は何を食べますか? 虫ですね。 蛇が食べる虫は、この蛇女の大好物なんです。
ちょっとおかしい人ですよ。ちなみにゲジゲジです。」

(引用 ドクガクテツガク)

そして、生き生きとしたゲジゲジを摘まみ上げると口内へと放り込み咀嚼。一旦口を開いて、バラバラになった虫を見せた後に完全に飲み込みます。

再度口を開き、舌を突き出して、口の中にゲジゲジが残っていない事を観客へと見せつけます。それと同時に、司会者が観客へと拍手を促します。

この時は、蛇女が食べたのはゲジゲジだったようですが、これ以外にも生きた蛆虫を食べていたなどの情報も存在しました。彼女については、ワイルドな見た目と評される事が多いようです。

美人と話題のヤモリ女

ヤモリ女は大変な美人だったとツイッターやインスタグラムなど各種SNSで大変な話題になりました。残念ながら、場内撮影禁止故にその姿を確認する事は出来ません。

顔の左側に鱗があるヤモリ女は名を「みゆき」と言うそうで、彼女についての感想は美人だった、綺麗だったと容姿を称賛する声が相次いおり相当な美人である事が窺い知れます。

2014年頃から演目に追加されたヤモリ女の触れ込みですが「屋根裏で発見された美女」となっており、ゲジゲジやハエ、ムカデなどを好んで食べると謳っています。

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ヤモリ女の演目はおおむね前述の新蛇女と同じであり観客に見せ付けつつ、ゲジゲジなどの虫を咀嚼します。ショッキングな光景故に観客席からは悲鳴があがったそうです。

きちんと食べた事を証明する為、口を開き口内に何も残っていない事を観客にアピールするのも忘れていません。それでも、虫を咀嚼する姿さえも美人である事には変わりなくエロ可愛かったと賞賛する声も存在しました。

ゴキブリコンビナートのHPでは、断片的ではあるもののヤマリ女の容姿及び芸の一端を確認する事が出来ます。

強烈な印象を残す、新加入した「狂ったOL」

2018年に新加入し芸を披露するや否や大変な話題を呼んだ「狂ったOL」、あまりの強烈さとインパクト故に観客席からは悲鳴があがったと言われています。

その芸の内容ですが、最初はリクルートスーツでステージに登場。そして、腕や頬、額などにホッチキスの針を打ち付けます。勿論ながら流血もしていたそうです。

何度か記事中でも申し上げました通り、見世物小屋の内部は撮影禁止となっているので芸の画像はないのですが、見てみたい、気になるとの感想が多数存在します。

勿論中には上記の様な感想も存在しており、万人受けする芸風ではない事は間違いありませんが、インパクトの面では他の追随を許さない程の衝撃度だったようです。

狂ったOLもゴキブリコンビナートに所属されているようで、同団体の舞台でも披露しており、そちらではホッチキスを観客に渡して観客に針を打たせる一幕も存在します。

ヤモリ女と同様に狂ったOLについても、同団体のHPにて姿や芸を行っている姿を見る事が可能です。

国内で見世物小屋が行われるイベント

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日常とは隔絶された怪しい空間である見世物小屋。非日常的な空気に満たされた空間を感じられるのは、花園神社だけなのでしょうか。本項で解説いたします。

東京都千代田区・靖国神社の「みたままつり」

何かと話題になる事も多い靖国神社では、毎年7月に「みたままつり」と言うお祭りが開催されており、靖国神社に祭られている英霊の方々を供養する為の祭です。

そんなみたままつりにも、見世物小屋は出店していました。しかし、来場者が多数詰めかけた事によりトラブルが発生した為に2015年から屋台の出店は禁止となりました。

しかし、出店数こそ少なくなったものの2018年に屋台は復活していますので、見世物小屋も近々復活する可能性もあります。

東京都府中市・大國魂神社の「くらやみ祭り」

毎年5月に開催される「くらやみ祭り」には、期間中約70万人の人が訪れ大きな賑わいを見せます。

そんなくらやみ祭りでも、見世物小屋は出展されますが毎年出店している訳ではなく、どちらかと言えばお化け屋敷の出店の方がメインのようです。

実際にくらやみ祭に行ったことのある人によれば、10回行って1回やっていればいい方であり、2018年も見世物小屋ではなく、お化け屋敷の出店でした。

東京都新宿区・花園神社の「酉の市」

ここまで、見世物小屋やその演目を紹介するに当たって度々名前の出て来た花園神社の酉の市でも見世物小屋は出展されます。

2018年も出展されており、前述の狂ったOLなどの演目により大きな話題を呼びました。

埼玉県川越市・川越氷川神社の「川越まつり」

毎年10月の第3日曜日及びその前日に開催される「川越まつり」は国の重要無形民族文化財に指定されるなど、実に360年もの長い歴史を誇っています。

こちらもまたお化け屋敷とともに見世物小屋が出展されています。

北海道札幌市・中島公園の「札幌祭り」

札幌祭りは毎年6月に行われる北海道神宮最大の祭です。開催地の中島公園には400~500もの屋台が出展しており、多くの人が詰めかけます。

お化け屋敷と見世物小屋が出展されており、ゴキブリコビナートのHPによれば昨年の出店は2年ぶりとの事。尚2019年の出店については、現状まだ未定となっています。

福岡県福岡市・筥崎宮の「放生会」

毎年9月に福岡で行われる放送会。福岡3大祭の1つであり、1000年の歴史を誇ります。屋台の出店数は500にものぼります。2018年も見世物小屋は出展されており、多くの人が訪れています。

埼玉県さいたま市・調神社の「十二日まち」

曜日に関係なく毎年12月12日に行われる「十二日まち」、露店は1000に迫り、15人程の人が訪れるなど大変な賑わいを見せる祭りです。

かつては見世物小屋が出店していたものの、近年では出店されていません。これについて、寂しがる声も多数聞こえます。

見世物小屋が出て来る記事はこちら

日本と海外で違う?見世物小屋の歴史

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見世物小屋が国外にも存在するのは前述の通りですが、日本と外国の見世物小屋には何か違いがあるのでしょうか。本項で解説して参ります。

日本の見世物小屋

日本の見世物小屋では、かつて見世物に出来るものはそれこそ何でも見世物にしました。性行為、奇形の子供、前述の珍しかった獣の展示などそれこそ何でもありでした。

江戸時代か明治にかけて大流行しましたが、1872年に東京都が演目などを規制する条例を制定。1891年にも興行場所を浅草公園六区に纏められました。尚地方巡業は継続して行われています。

更に法整備は進み1947年には満15歳未満の子供の使用が禁止、1960年には検査を拒否、または認可のない場合に摘発や罰則が可能となる他1970年の障碍者基本法により取締りも行われるようになりました。

海外の見世物小屋

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海外においては、フリークス・ショウと呼ばれます。またサーカスの隣で行われる事が多いことから、サイドショーと呼ばれる事もあり、日本と同様人気を博しました。

特に1840年から1940年は黄金時代と呼ばれており、中流階級の人達が、週末に休暇を得る事が出来る様になった社会背景も相俟って、娯楽産業としての地位を確立しました。

しかし、フリークス・ショウですが、その他のエンターテインメントの充実、医学の発展や人権意識が進んだことによる障碍者に対しる意識の変化に伴い衰退していきました。

実際にあった見世物小屋の内容

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現在日本で開催されている見世物小屋。そこで演じられる内容について触れました。それでは、かつてはどのような演目が行われていたのでしょうか。解説させていただきます。

タコ女、牛女など…日本の見世物小屋

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タコ女は上半身が人間、下半身がタコの女性。勿論下半身は作り物です。牛女は膝が逆についている女性だったと、実際に見世物小屋を訪れた人が証言しています。

この他にも缶児と言う両手の無い男女が江戸時代には頻繁に登場しました。彼らは両足を巧みに使い、弓を射たり、太鼓を叩いたり、文字を書いてみせるなどの芸を披露しています。

また飲み込んだ金魚を釣り針を使って釣り上げる、飲み込んだ碁石を色を分けて吐き出す人間ポンプもありました。これは芸の再度にバケツ2杯もの水を飲み、吐き出して火を消していた事から名づけられています。

だるま、熊男など…中国の見世物小屋

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中国の見世物小屋は日本と同じく性行為を見せる事もあれば、熊男動物の毛皮を植え付けた熊男や赤子の頃に箱に入れられ育てられ、作り物の蝙蝠の翼をつけた見世物がありました。

また海外旅行中、忽然と姿を消した女性が後年知人ないし日本人によって、四肢を切り落とされた状態で発見される都市伝説「だるま女」も多くの場合中国の見世物小屋が舞台となっています。

見世物小屋で人気を博した芸人

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前述したように、かつて見世物小屋は娯楽としても地位を獲得していました。その中には、本記事で紹介した小雪太夫のように人気を博した芸人さんも存在します。

結合性双生児:ラザロ&ジョアンネ兄弟

ラザロ&ジョアンネ兄弟は1617年生まれの結合双生児でした。ラザロの体からジョアンネが突き出した形となっており、ジョアンネは話す事が出来ませんでした。

また目は閉じたままで口も開いたままであり、手は在りましたが指は3本しかありませんでした。それでも、触られると手や唇を動かしたと言われます。

兄弟はヨーロッパ中を巡業で回りました。兄ラザロは礼儀正しく紳士的で整った顔立ちをしていたと言われています。

小頭症の男:シュリッツ

後述する映画「フリークス」にも出演した小頭症のシュリッツは「アステカ文明、最後の生き残り」と言う触れ込みで売り出され、絶大な人気を獲得しました。

知能は3歳程度だったとされますが、話し掛けられた内容については大部分を理解していたと言います。またシュリッツは愛情豊な人物であり、歌や踊りが大好きでした。

1968年にはロサンゼルスに定住。路上でパフォーマンスをするなどここでも注目を集めました。それから3年後の1971年、シュリッツは70歳で長い眠りにつきました。

小人の魔術師:マティアス・ブヒンガー

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1674年にドイツで生まれたマティアス・ブヒンガーは先天性の四肢障害で、身長は74cmしかありませんでしたが彼は芸術家としても、芸人としても大成しています。

小さな手からは想像出来ない程に緻密な彫刻と作り上げました。同時にマジシャンでもあった彼は、ボールや鳥を消すマジックを披露し観衆を魅了しました。

またマティアスは生涯に渡り4度結婚をしており、子供は少なくとも14人はいるとされます。しかし、70人もの愛人が居たと言われ、愛人との間にも子供が居たと噂されています。

25インチの男:トム将軍

本名チャールズ・シャーウッド・ストラットンは親指トム将軍の名前で観客に愛されました。彼の初ツアーは5歳の時であり、6歳でヨーロッパツアーを行っています。

トム将軍は多彩な人物でもありました。演技、ダンス、歌、コメディと非常に多芸であった彼の存在は、フリークス・ショウに関する民衆の意識を変えたとまで言われています。

1863年には同じく小人症の女性ラビニワ・ワーレンと結婚しました。そんなトム将軍は45歳の時、脳卒中が原因で亡くなりました。彼の葬儀には2万人もの参列者が訪れています。

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