三ツ矢歌子の今現在は死去?死因は?夫や息子、出演作品もまとめ エンタメ

三ツ矢歌子の今現在は死去?死因は?夫や息子、出演作品もまとめ

三ツ矢歌子さんは、昼ドラマの女王と言われた清楚で美人な女優です。三ツ矢さんには2人の息子がいて、長男は芸能界で働いていますが、次男については一般人のためか全く情報がありません。また、三ツ矢さんは映画でヌードや濡れ場シーンを披露して話題となりました。

三ツ矢歌子は「昼メロの女王」の美人女優?今現在は死去?死因は?

三ツ矢歌子さんは、若い頃に多くのCMや昼ドラに出演し「昼メロの女王」と呼ばれていました。三ツ矢さんは亡くなってしまいましたが、その死因はなんだったのかを調べてみました。

三ツ矢歌子のプロフィール、出身や本名は?

女優の三ツ矢歌子さんは、本名を小野田宇汰子といい、1936年8月1日に生まれています。大阪府堺市出身で、所属は新東宝でした。

1955年、新東宝に第4期スターレットとして入社し、以降は清純派女優として活躍していました。

三ツ矢歌子が新東宝スターレットに応募したきっかけは?新東宝とは?

三ツ矢歌子さんは、1955年に友人が内緒で新東宝の新人募集に応募書類を送ったら、合格してしまったという経緯があります。翌年の1956年に「君ひとすじに」で映画デビューしています。

以降、清純派女優として、1956年に「女真珠王の復讐」、1957年に「海部の戦慄」「暁の非常戦」「肉体女優殺し5人の犯罪者」「スーパージャイアンツ人口衛生と人類の破滅」といった作品に出演しています。

しかし、新東宝は1961年に倒産してしまいます。

多くの昼ドラに出演、「昼メロの女王」と呼ばれていた?美人な国民的人気女優?

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新東宝が倒産した後は、テレビに活躍の場を移し、お昼のメロドラマヒロイン役を多数演じ、高視聴率だったため「昼メロの女王」と呼ばれるようになりました。

昼のメロドラマで有名な「花王愛の劇場」シリーズでヒロインを務めるなど、数多くの昼ドラマに出演し、必ず2桁以上の視聴率を稼ぎだしていました。

三ツ矢歌子は2001年、肺がんになっていた?死因は何?

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三ツ矢歌子さんは、2004年3月24日に肺がんのために亡くなっています。三ツ矢さんは、2001年9月に腰が痛かったことから治療を受けていました。

しかし腰の痛みはなかなか治らず、手術を受けることになりました。そして腰の手術のために精密検査を行ったところ、肺がんが見つかったそうです。

腰の手術は無事に終わったのですが、そこから肺がん治療による闘病生活が始まりました。約2年間の闘病生活を送っていましたが、2003年に余命1年と告知されたそうです。

三ツ矢歌子の今現在は?2004年に死去?死因は?

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三ツ矢歌子さんの死因は、肺炎から併発した間質性肺炎だったそうです。三ツ矢さんは、4年間の長い闘病生活を送っていましたが、病状が急変したことで緊急入院し、抗がん剤や酸素吸入など治療をほどこされました。

しかし、懸命な治療もむなしく亡くなってしまいました。三ツ矢さんの死因である間質性肺炎という病気は、肺胞の壁や周辺に炎症が起こる病気であり、血液に酸素を取り込む事ができず、酸素欠乏を起こす怖い病気です。

三ツ矢歌子が結婚した夫は小野田嘉幹?息子は?夫の兄弟も芸能人?

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三ツ矢歌子さんの結婚相手は小野田嘉幹さんですが、2人の息子は現在何をしているのか、また小野田嘉幹さんの兄弟も芸能人だといわれています。それらについて調べてみました。

三ツ矢歌子が結婚した夫は小野田嘉幹?

三ツ矢歌子さんは、1960年に11歳年上の映画監督、小野田嘉幹(おのだよしき)さんと結婚しています。小野田さんは、新東宝で助監督を経て、1958年に「人喰海女」で監督デビューしています。

その「人喰海女」に三ツ矢さんも出演していたことから、この頃に知り合ったと言われています。小野田さんの著書である「桜は二度咲いた」によると、最初は文通を重ね、大恋愛の末結婚したそうです。

三ツ矢歌子さんのよると、この結婚は「新東宝が潰れそうになったから踏み切った」と語っています。

小野田嘉幹は「桜は二度咲いた―肺がんと闘い、逝った女優・三ツ矢歌子」を出版?

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三ツ矢歌子さんの夫である小野田嘉幹さんが、自身の著書「桜は二度咲いた」を刊行しています。その中に、肺がんのために亡くなった妻の三ツ矢歌子さんのことが書かれています。

小野田嘉幹さんは、妻の三ツ矢歌子さんの三回忌を前に、妻の闘病生活を自身の苦悩と共に赤裸々に綴っています。

三ツ矢歌子の夫・小野田嘉幹の現在は生活保護?

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三ツ矢歌子さんの夫である小野田嘉幹さんは、「鬼平犯科帳」や「伊能忠敬子午線の夢」といった人気作品の監督を務めていましたが、現在では生活保護を受けている状態だといいます。

小野田嘉幹さんは、週刊新潮の情報によると、三ツ矢歌子さんが亡くなって以来、4畳半一間のアパートに一人暮らしをしていて、収入はほとんど無く生活保護を受けているということです。

三ツ矢歌子の息子、長男の三ツ矢真之さんについて

三ツ矢歌子さんには2人の息子がいますが、長男の三ツ矢真之さんは、現在小野田企画と三ツ矢プロダクションの代表取締役をしています。三ツ矢真之さんは、俳優活動をしていた時期もあります。

 三ツ矢真之さんは、1977年に「東京メグレ警視」で映画デビューし、「鬼平犯科帳」では山田市太郎役でレギュラー出演していました。また、必殺スペシャル「安政5年のベースボール」などにも出演していました。

三ツ矢歌子に次男はいるの?

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三ツ矢歌子さんには、2人の息子がいますが、次男の情報は全く分かっていません。

長男の三ツ矢真之さんについては、以前俳優活動をしていたり、小野田企画と三ツ矢プロダクションの代表取締役をしているといった情報があります。次男は一般人の方ようで、そうした情報は全くありません。

三ツ矢歌子の夫・小野田嘉幹の兄弟も芸能人?

三ツ矢歌子さんの夫である小野田嘉幹さんの弟も俳優をしています。その弟というのが、平田昭彦さんです。平田昭彦さんの本名は小野田昭彦で1927年12月16日生まれ、東宝の俳優でした。

平田昭彦さんは兄の小野田嘉幹さんが映画界に就職したこともあり、映画界に興味を持つようになり、新東宝の助監督のアルバイトをしていました。1953年に第5期東宝ニューフェースとして東宝に入社しています。

平田昭彦さんは、1984年7月25日に56歳という若さで亡くなっています。死因は癌性リンパ管症だったそうです。妻は女優の久我美子さんで、三ツ矢歌子さんにとって久我美子さんは義妹ということです。

三ツ矢歌子は里見浩太朗と似ている?

三ツ矢歌子さんのことを検索すると、なぜか「里見浩太朗」のワードが出てきます。調べていくと、どうやら三ツ矢歌子さんと里見浩太朗さんの顔が似ているということでした。

写真を比べてみると、確かにどことなく似ていることが分かりました。同性で似ていることはよくありますが、男女の俳優で似ているというケースは少ないのではないでしょうか。

確かに三ツ矢歌子さんと里見浩太朗さんの顔は似ていますが、互いの血縁関係はないようですから、たまたま似ているだけということになります。

三ツ矢歌子の出演作品は?ヌードや濡れ場も話題?

三ツ矢歌子さんは、昼のメロドラマで有名な女優ですが、ヌードや濡れ場シーンも話題となっていました。それらの作品を紹介します。

三ツ矢歌子の出演作品:ドラマ「横溝正史傑作サスペンス 犬神家の一族」

三ツ矢歌子さんは、ドラマ「横溝正史傑作サスペンス 犬神家の一族」に出演しています。犬神家の一族は横溝正史の長編推理小説で、「金田一耕助シリーズ」のひとつです。

このドラマはテレビ朝日系で1990年3月27日に放送されました。三ツ矢歌子さんは、この中で犬神竹子役を演じています。

三ツ矢歌子の出演作品:映画「天城心中~天国に結ぶ恋」

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1958年の映画「天城心中~天国に結ぶ恋」で三ツ矢歌子さんは、初の主演を演じました。この映画は、実際にあった天城山心中事件を映画化した作品です。

監督の石井輝男さんは、この作品を三ツ矢歌子さんの主演で撮りたいと思っていたそうです。気品があって、清楚な雰囲気の三ツ矢さんが、高貴な役柄にぴったりだったからです。

高貴な家柄の娘と一般男子大学生の恋愛は、その家柄の違いで交際を反対され、2人で無理心中するという物語です。

「京都妖怪地図・鳥辺山に住む八百歳の女子大生」のヌード・濡れ場が話題に?

三ツ矢歌子さんは、1985年の「京都妖怪地図~鳥辺山に棲む800歳の女子大生」で斉藤林子とのレズプレイで話題となりました。当時三ツ矢歌子さんは、50歳手前で円熟した裸を惜しげもなく披露しています。

歴史学教授である三ツ矢さんが、教え子との禁断の関係になっていくというストーリーです。2人でシャワーを浴びあったり、ベッドでの濡れ場もあります。

浴衣姿の三ツ矢さんが、ひとりで妄想しながら浴衣の裾をめくって太ももを露わにしたり、胸元に手を入れたりする、刺激的な自慰行為のシーンが印象的です。

三ツ矢歌子の出演作品:CM「三ツ矢サイダー」

三ツ矢歌子さんは爽やかな清純派の女優といった印象と、同じ三ツ矢ということもあって「三ツ矢サイダー」のコマーシャルにも出演していました。

肺がんによって亡くなった有名人

肺がんでなくなった有名人は、三ツ矢歌子さんの他にも多くいます。そんな有名人達を紹介していきます。

輪島大士さん

肺がんによって亡くなった有名人には、元大相撲力士で第54代横綱の輪島大士さんがいます。

輪島大士さんは1948年生まれで石川県の出身です。横綱時代は、北の湖と共に「輪湖時代」(りんこじだい)を築きました。

また、輪島大士さんは、相撲界を引退後は全日本プロレスに所属していました。そんな輪島大士さんですが、2018年10月に咽頭がん及び肺がんによって東京都内の自宅で70歳で亡くなっています。

星由里子

星由里子さんは、1943年12月6日生まれの女優で、1958年に東宝が宝塚歌劇団東京公演に募集したミス・シンデレラ娘で優勝したことで芸能界に入りました。「八重歯のシンデレラ」がキャッチフレーズでした。

1959年に映画「すずかけの散歩道」でデビューし、同時に歌手デビューも果たしています。そんな星由里子さんですが、2018年5月16日に肺がんのために京都市の病院で亡くなっています。74歳でした。

野際陽子

女優の野際陽子さんは1936年1月24日に石川県河北郡で生まれ、3歳から東京都杉並区天沼で育ちました。大学時代は初代ミス立教に選ばれ、ESSの英語劇セクションと劇団テアトルジュンヌに所属していました。

1958年にNHKのアナウンサーとして入社し、天気や婦人番組を担当していました。1962年にNHKを退職、広告代理店に転職しますが1963年にTBS系のテレビドラマ「悲の器」でデビューしています。

1968年のテレビドラマ「キイハンター」に5年間も出演し人気となりました。1973年には共演した千葉真一さんと結婚しています。そんな野際陽子さんですが、2014年6月に肺線がんのため亡くなっています。

惜しまれつ亡くなった三ツ矢歌子さん

女優の三ツ矢歌子は、清楚な美人で多くの昼ドラに出演し「昼メロの女王」と呼ばれるようになりました。

映画「京都妖怪地図~鳥辺山に棲む800歳の女子大生」では50歳のヌードや濡れ場シーンを披露しています。それまで清楚な美人といったイメージがありますから、当時話題となりました。

三ツ矢歌子さんには2人の息子がいますが、長男は芸能界を継いでいるようです。次男は一般人なのか情報がありません。三ツ矢歌子さんは肺がんという死因によって惜しまれつつ67歳の若さで亡くなっています。