井上順の現在や30歳年下の彼女や元嫁との離婚理由は?病気の噂とは エンタメ

井上順の現在や30歳年下の彼女や元嫁との離婚理由は?病気の噂とは

「ザ・スパイダース」で、堺正章さんとのツインボーカルがすごい人気だった井上順さん。その後も様々な活躍を続けて来ましたが、最近あまり見かけず病気ではと心配する声もあります。井上順さんの年齢的に結婚している?彼女や子供はいる?これまでと、現在をお伝えします。

目次

[表示]

井上順の年齢は?現在何をしている?

井上順さんは、「見た目が変わらない芸能人」として雑誌の特集に出たほど、いつまでも若くてお茶の間の人気者でしたが、今はどうしているのでしょうか。

井上順のプロフィール

井上順さんは、1947年2月21日東京都生まれの72歳、麻布龍土町(現在の六本木)で育ちました。本名も同じ井上順で、身長は170センチ、血液型はAB型です。

実家は代々木公園前で馬場(乗馬のための土地)を営んでおり、末っ子、三男でした。祖父は日本で初めて競馬馬を輸入した人物であり、父親は馬場専属の獣医師として働きました。

1963年、グループサウンズ「ザ・スパイダース」に参加して大活躍しました。1970年の解散後は、歌手、司会、俳優とマルチタレントぶりを発揮、現在まで活躍しています。

井上順は芸能界を干された?原因は病気?

井上順さんが仕事量をセーブしたのは、決して芸能界を干された訳ではなく、病気が原因でした。

50歳代半ば頃から、「なぜだろう、おかしい」と感じることが相次いだそうです。他人の声が小さい、映画や芝居を見ても静かすぎる、ドラマの仕事で台本の読み合わせをしても、みんなの声に元気がないなどです。

耳鼻科で聴力検査などをした結果、耳の奥にある内耳や聴神経の障害による「感音性難聴」が進んでいました。医師によると、難聴の原因は年齢もありますが、歌手として耳を酷使してきたことが大きかったのです。

感音性難聴とは?

感音性難聴は耳の奥にある内耳や、そこから脳に情報を伝達する聴神経、または脳そのものに何らかの障害が起こることが原因で発症します。

内耳には、平衡感覚を司る三半規管や、音を電気信号に変えて脳に伝える蝸牛という器官があります。電気信号に変換された音が、聴神経を通って脳に伝わり、音が聞こえるという仕組みです。

感音性難聴になると、音が脳にうまく伝わらず聞こえにくくなります。さまざまな原因がありますが、高齢化によるものや病気、騒音などが主因です。

2017年は「徹子の部屋」で堺正章と出演

2017年2月1日、テレビ朝日系列トーク番組「徹子の部屋」に井上順さんが、往年のザ・スパイダースでツインボーカルを担当した、堺正章さんと共に出演しました。

1982年に離婚してから、独身を通している井上さんは、観葉植物と共に暮らす私生活を写真と共に紹介しました。

その上で井上さんは「一緒に暮らしてませんけど、30歳くらい年が離れている女性の存在がいい刺激になって、いい時間を過ごしています」と明かしました。

2018年は映画「星くず兄弟の新たな伝説」に出演

2018年1月公開の映画、手塚眞監督「星くず兄弟の新たな伝説」に井上順さんが出演しました。

この映画は1980年に公開された「星くず兄弟の伝説」の続編で、月を舞台にしたSFロックミュージカル・コメディです。

井上さんが演じるのは、どうしようもなくダメな芸能プロダクション「アストロ・プロモーション」の社長、アストロ南北です。地球では売れっ子スターだったということになっていますが、月ではさっぱりです。

現在は舞台をメインに活動

井上順さんは2018年11月から、東京明治座で朗読劇「九十歳。何がめでたい」に出演した後、年内は地方公演で各地を回るなど、現在舞台をメインに活動しています。

原作は佐藤愛子のベストセラーで、それを名プロデューサーの石井ふく子が演出し、主演は三田佳子さんです。超ベテラン女性陣に囲まれた舞台で、井上さんが良い味のを出しています。

井上さんは原作本をとても気に入っていたので、演出の石井ふく子さんからこの作品の出演オファーがあったとき、大喜びで引き受けましたと語っています。

現在も補聴器をつけて現役で活動している

2018年は映画や舞台で活躍された井上順さんですが、2019年早々のTBSテレビドラマに出演しています。その裏では、耳の穴にすっぽり入る補聴器が、心強いパートナーとなっています。

補聴器メーカのリオンは、2019年2月より井上さんを 「リオネット補聴器アンバサダー」 として迎えました。井上さんは15年来のユーザーとのことです。

補聴器アンバサダーとして、自身の体験やメッセージを発信したり、補聴器が豊かな人生をサポートするものであることを啓蒙するため、一般向けのセミナーへの登壇などを予定しています。

井上順は現在結婚している?30歳年下の現在の彼女とは?

井上順さんは離婚してから独身を貫いていましたが、フライデーにスクープされた30歳年下の彼女との関係は、現在どうなっているのでしょうか。

2014年30歳年下の真木よう子似の女性と交際されていることが報じられる

2014年7月、当時67歳の井上順さんが30歳年下の一般女性と親密交際していることが、写真週刊誌「FRIDAY」で報じられました。

同誌によると、7年ほど前に友人の紹介で知り合い、4~5年前から交際に発展したそうです。都内を歩くツーショット写真が掲載されました。

同誌から「結婚前提ですよね」と直撃を受けた井上さんは「いい時間を過ごしていますよ」などと否定しなかったとのことです。関係者によると、女性は女優の真木よう子に似た雰囲気があるといいます。

現在も交際中で再婚については彼女の意志を尊重していると語る

以前「徹子の部屋」に出演した時に、黒柳徹子さんから結婚について聞かれ、井上順さんは次のように応えています。

「それは流れに任せようと。僕の意見より彼女の意見を尊重しているので、彼女がそうしたいと言ったら、そちらに進んでいこうと思っている」と結婚も視野に入れていることを告白していました。

共演していた堺正章さんは「結婚の時は司会を務めさせていただきます」と元同僚の話に笑顔で答えていました。

元妻は人気モデルだった青木エミ

井上順さんは1971年、当時資生堂のトップモデルであった青木エミと結婚しましたが、11年におよぶ結婚生活の末1982年に離婚し、その後は独身を通しています。

二人は「ラブラブショー」の共演がきっかけ1971年大恋愛の末に結婚

1970年からはじまった、フジテレビの番組「ラブラブショー」は、毎回当時の若手歌手や若手俳優などのカップル1組を招き、司会の芳村真理とその他のゲストやリポーターが2人を盛り上げる番組です。

出演者の大半は番組側が決めた演出上でのカップルで、井上順さんと青木エミさんもご他分にもれずカップルで出演しました。

2人は「ラブラブショー」の共演をきっかけに交際し、大恋愛の末、1971年晴れてゴールインしました。

1982年に離婚するがその理由は?

そんな2人でしたが、1982年に離婚してしまいます。離婚の理由は、井上順さんの忙しさにありました。多忙で、そして交際範囲が広い井上さんは、毎日帰るのが深夜になります。

すれ違いが多い生活に、エミさんが耐えられなくなって、ということだったのではないでしょうか。

でも嫌いになって別れたという事ではないので、離婚してからも電話で話したりしていたそうです。

井上順と青木エミの間に子供はいたのか?

11年の結婚生活でしたが、2人には子供はいませんでした。そのため、子供の親権争いなどをせずに済みました。青木エミさんは、離婚後は洋菓子店の立ち上げや、講演会を開くなど多彩な活動をしています。

30歳年下との交際に元妻も祝福していた

2014年のフライデーの熱愛スクープを、元妻の青木エミさんも喜んでいました。離婚後の2人の関係について詳細は不明ですが、良好な関係を続けていることがわかります。

井上順の家族構成や経歴

ここからは、井上順さんの多彩な経歴をまとめてみましょう。

井上順の家族構成

家族構成は、両親と兄2人の5人家族、井上順さんは3人兄弟の末っ子です。

井上順の若い頃の画像は?ハーフの噂の真相

井上順さんは、彫が深い甘いマスクで、スタイルもよかったことから、ハーフという噂もありましたが日本人です。

結婚した青木エミさんがハーフなので、混同されたのかもしれません。

麻布で育ち、六本木界隈で遊ぶ井上さんは、小学生時代からおませな男の子でした。

13歳で「六本木野獣会」に加入

1950年代後半から1960年代のはじめにかけて、東京六本木に集うおしゃれな若者たちは、やがて「六本木野獣会」と呼ばれるようになります。

メンバーには、峰岸徹や中尾彬、大原麗子、小川知子、ムッシュかまやつなどがいました。

井上順さんはそんな世界にあこがれ、1961年わずか13歳で参加しています。その頃からずっと峰岸さんには弟のように可愛がられたようです。

「ザ・スパイダース」のライブに触発され加入を申し出る

井上順さんは成城学園高等学校の1年生の時に、「ザ・スパイダース」のライブを聞いて大変感動しました。それは1963年のことでした。

そして井上さんは、ライブが終わると「ザ・スパイダース」に加入したいと申し出ました。交渉は成功し「ザ・スパイダース」の最年少メンバー、ボーカルとしてデビューしました。

「ザ・スパイダース」は井上さんを含めてメンバー8名で構成され、現在司会者やタレントとして活躍する堺正章さんや、ムッシュかまやつさんなどが所属していました。

「ザ・スパイダース」解散後はソロデビュー

「ザ・スパイダース」は1970年に解散し、井上順さんはその後ソロ歌手として活動します。

1971年「昨日・今日・明日」でソロ歌手デビュー、その際に本名である井上順から「井上順之」へと芸名を変えています。

改名するも痔が影響して元に戻す

1972年頃、井上順さんは「痔」を患いました。芸名を井上順之に変えた後に「痔」になったため、新たな芸名の最後に「ジ」が付くのがよくないと考え、わずか3年で名前を元に戻してしまいました。

テレビドラマ「ありがとう」の1972年~1973年の第2シリーズで、薬剤師役で出演した時、最初「井上順之」名義で出演しましたが、最終回間際に「井上順」に戻しています。

俳優や司会者としても活躍

井上順さんは俳優として「ザ・スパイダース」時代から出演していました。同バンド解散後は、数多くのドラマや映画に出演するだけでなく、司会者としても活躍しました。

「夜のヒットスタジオ」では9年司会を務め芳村真理とのコンビネーションを披露

井上順さんは1971年から1973年に放送された、フジテレビ系列音楽番組「ゴールデン歌謡速報」で、初めて司会者を務めました。

1976年からは、フジテレビ系列音楽番組「夜のヒットスタジオ」でメイン司会の芳村真理さんのパートナーとして司会をしました。

二人の息の合った軽妙な司会者ぶりと、芳村さんのセンスのよいファッションが、番組の名物となりました。井上さんは、男性司会者として最長の9年半を務め、絶妙なダジャレや茶化しで番組黄金期を築きました。

井上順の主な出演作

井上順さんは、現在でも多くの映画やドラマに出演しています。

ソロデビュー後の有名曲は「お世話になりました」

1971年のソロデビューシングル「昨日・今日・明日」が、30万枚を超えるヒットを記録した後の第2弾シングルが「お世話になりました」です。

作詞山上路夫、作曲筒美京平、週間シングルチャートで最高位17位を記録し連続ヒットとなりました。

また井上順さんがTV番組で持ち歌を披露する際も、この曲を歌うことが多く、ソロ歌手時代の代表曲となっています。

ドラマ「ありがとうシリーズ」

井上順さんは、1972年~1973年の第2シリーズで、相沢万希男、十病院の薬剤師役で出演、涙もろく同情屋のキャラクターでした。

1973年~1974年の第3シリーズでは、八百屋の家業を継いでいる寺川明子(てらかわ あきじ)役で出演、同じく涙もろい設定です。1974年~1975年の第4シリーズでは、カレー屋の依光七生役でした。

ドラマ「渡る世間には鬼ばかり」

1998年~1999年の第4シリーズで、井上順さんは、設計会社「NAOエンタープライズ」の社長宗方直之役で出演しています。

岡倉家の四女葉子に惹かれ、自身が膵臓癌になったことで葉子と結婚します。癌の手術は成功したものの、葉子と部下との不倫により破局します。

NEXT:大河ドラマ「真田丸」
1/2